019 確保
「そうした話を、なぜ真っ先に報告しなかったのかしら?」
上ノ宮玲奈は怒っている。
むろん、その内容は夏目アキラがサルバトーレと接触した件だ。
国防軍もロシア軍も、例の演習があってから、ルシフェルの動向や行動について様々な調査を行っている。
もちろん、一週間やそこらで有益な情報が得られるものではなかったが、それでも彼らなりに苦労はしつつ、情報収集を頑張っている最中なのである。
人工衛星からババルスタン近辺を探った。
各地のテレビ放送から、ババルスタン関係の情報を集めた。
ネット上からは多くの情報を、人出を集めて検索している。
大使館を通して聞き取り調査を行う。
新貴族の人脈を利用して、心当たりがないか訪ねて回る。
それらの努力をしている最中に、当のアキラはゲーム中にサルバトーレ本人からいろいろな話を聞いていたという。
「ええ、ええ。 おそらくは、こういう感情も逆恨みというのでしょうね? 人が苦労しているにもかかわらず、あっさりとそれを覆す成果をしれっとした顔で提出する。 テキサス攻防戦でもそれなりに思うことはありましたが、今回はそれをも上回る屈辱ですわ」
やはりいうべきではなかったかとも思うアキラ。
だが、ハンターズを終了した後に、20件にも及ぶメールと着信履歴を確認していてなお無視していた事がばれたら、絶対にとんでもない報復が待っているだろうことは想像に難くない。
情報を言おうが言うまいが、何らかの形で相手に不快を与えるこの状況をもたらすルシフェルという団体のことを、アキラは結構嫌いになりつつあった。
そういう意味では理不尽な要求や様々なことを言ってくる上ノ宮のお嬢様も、微妙な立ち位置ではあるのだが、最初の接触がメールからの丁寧な対応であったことから、誘拐から始まったルシフェルとの関係に比べればまだ印象がいいほうである。
「とりあえず、どんなことがあったのか、ひとつづつ言いなさい」
額に手をやりながら玲奈が言う。
「ええと、まずは・・・」
アキラは、ゲームの中での出来事を、一つ一つ話し出した。
「こうなってきますと、なおさらあなたを放っておけなくなりそうですわね」
一通りの報告を聞いて、玲奈はアキラに向けて言う。
「参謀としてロシアまで引っ張り出した挙句に、世界デビューさせた私が言うのもどうかとは思いますが、あなたはもう少し自身の能力の持つ怖さと有益性について自覚なさい」
あきらめたようにも、達観したかのようにも見える表情で続ける。
「結構長い話になりそうね。 このまま話を続けるか、あるいは私のところへ来てしっかりと話をするか、どちらかを選びなさい。 私自身は後者をすすめます。 前者を選んだ場合には、あなた自身が自分で自衛をする必要が出てくるのと、最悪な場合直ちに命の危険も発生することも覚悟なさい」
口調がだんだんにきつくなっていく。
「そのサルバトーレという男の言っていた、ヨーク帝国保健局局長の話も、今私たちの議題になっていますわ」
一拍置いてさらに続ける玲奈。
「そのうえでもう一度確認しますが、このままここで話しますか? それとも私のところで話をしますか? そうするなら、こちらから誰か迎えをおくりますわ」
再度の問いかけに、アキラは首を横に振る。
「ごめんなさい、お嬢。 せっかくだけど、僕はそっちに行くのは無理っぽい。 というより、この間のロシアでの出来事も無理やり連れていかれたからということもあるけど、自分からどこかへ行くのは怖いよ」
モニター越しではあるが、きちんと答える。
アキラにとって、一仕事やり終えた感はある。
「・・・そう。 ではあなたは今後、世界各国から様々な形で何らかの接触や勧誘、はては誘拐や暗殺の危険にさらさられる事になりますが、自身の裁量で対処されることを、上ノ宮玲奈はこの会話から確認したと言わせていただきますわね」
「・・・ゑ?」
思わず古語表記で言葉を漏らす。
「わかりにくい問いかけであったかもしれませんが、理解していなかったなどとは言わないでくださいませ。 あなたが15歳の未成年であることは、この際関係ありません。 事象としてあなたは未成年であるにもかかわらず、世界各国から狙われる立場にあり、それについての対処を自身で行うと、わたくしとの会話でその意思を明らかにしたのですから、相応の覚悟をもって事に当たられることを期待しますわ」
「ちょーー!!」
「手始めには、先日から熱心にアプローチをかけてきているルシフェルあたりからでしょうかね? それともヨーク帝国が直接乗り込んでくるかしら? それとも華南共和国に対抗する戦力を手に入れようと正統中華中国が工作員を送り込んでくるかもしれないわね? いいえ、意外なところでは特定の国家の利益になることを恐れるキリマンジャロやオセアニア連合が、スナイパーを雇うかもしれませんわね。 あら困りましたわ。 こんなにたくさんの方々が日本に来られるとあっては、国防軍もじっとしていられませんわねぇ。 わたくしにも早晩呼び出しがかかるかもしれませんから、関係先とすぐに動けるようにしておかなければ。 そういうわけでアキラさん、わたくしはしばらくの間連絡が取れなくなってしまうかもしれません。 何か連絡がある際には今のうちに・・・」
「ちょっと待ってごめんなさい!」
「あらどうしたのかしら? 何についてごめんなさいとおっしゃっているのかしら?」
「世界各国から狙われるって何! いつの間にそんなことになっているの!」
「動画が公開されてからですわよ。 というよりも、もっとさかのぼってミッドガルタの頃から注目している人はおりましてよ。 それが今回の動画公開によって、より多くの人に注目されて関心を呼んだということ。 そして各国がそれぞれの思惑に沿って動き出そうとしているという、それだけのことですのよ。 ですからあなたは、もう一度しっかり考えなさい。 あなた自身だけでなく、今後多くのエンジェルが同じような目に合うことになりますわ。 いま世界はそのように変わってきています。 水面下ででは昔から動きがあったかもしれませんが、その動きが加速することでしょう。 いつまでも部屋の中でじっと引きこもっていられるほど、世界は寛容ではなくなってきていますのよ」
「・・・。」
「再度、お尋ねしますわ。 じっくりと話をするにあたってこのまま回線を通して話をするのか、迎えを待ってこちらで話をするか、どちらがよろしいのですか?」
しばらくの沈黙の後、アキラは返事をする。
二時間後、国防軍御殿場駐屯地の一角に設けられた敷地内に迎え入れられたアキラの姿とトラック一台が、これからの生活環境を整えるために活動を開始した。
「さて、おさらいしましょうか」
無味乾燥な会議室で玲奈とアキラと、記録を担当する国防軍の人間が二名同席する中で、玲奈先生の特別授業が始まる。
「現在、ルシフェルことババルスタン及びヨーク帝国の二者が、対外的にもエンジェルの獲得を表明している国家でありますわ」
広げられた世界地図の中で中東と北米大陸の東半分に印がつけられる。
「途中でも言いましたが、現在の世界情勢をかんがみるに、正統中華中国にオセアニア連合、キリマンジャロ共和政府も動き出さないとも限りませんわね」
赤道付近の島しょ諸島と帝政ロシアの南側の地域、アフリカ大陸の東側にも新たな印が加わる。
「現在のところ、動きを見せないか静観するのはわたくしたち日本と帝政ロシアくらいでしょうか」
別の色で二国に印がつけられる。
「動きが分からない、どのように動くのかわからない国はまだまだあります。 ですが、事態が動き出せば西ユーロ共和国も南米各国も動き出すかもしれません」
ここまで印をつけて玲奈はアキラに向き直る。
「これらの国家群が、エンジェルの獲得に動きを見せることが考えられますが、この図を見てアキラはどう思いますのかしら?」
「・・・本当にこれだけの国が動くのか、正直に言って実感がわかないですよ」
机に肘を突きながら答えるアキラ。
実際に地図を見ても本当かどうかの実感が得られていない。
「そのように思うのは無理もありませんが、予測を低く見積もっても後の被害を大きくするだけでしかありませんわ。 特にヨーク帝国の動きは早すぎるくらいですのよ。 後手に回ってすべてが手遅れになって無辜の方々に火の粉が降りかかるようになる事態に見舞われないようにしておくほうが、何よりも大切ですからね」
ノブレスオブリージュ――社会的地位に伴う責任を果たすこと、国民の生命と生活を守ること、それこそが新貴族の使命でもある。
「だからこそ、あなたが接触したサルバトーレの情報が、何よりも必要になってきますのよ。 ですから改めて、あなたを国防軍ひいては上ノ宮家が主導して保護します」
はっきりと宣言し、アキラに顔を向ける。
うつむいたままで返事をする。
「わかりました。 でも、本当に何をしたらいいのかは、わからないんです。 僕の見聞きしたことが必要なら話します。 それ以外のことはゲームしか知らない僕には、見当もつきません」
「そうした些末事も含めて、あなたの面倒を見ると言っていますのよ。 それに、これはあなただけではなく他のエンジェルも対象に行っていきますわ。 ヨークもルシフェルも、好き勝手にはさせませんから、あなたもそれ相応に覚悟と努力をするよう求めますわ」
発言が一息ついたようで、顔を横に向ける。
それを受けた先で、国防軍の一人が立ち上がり言葉を引き継ぐ。
「改めて、夏目アキラくん。 君の身体の安全と情報の保全のために国防軍の中で、上ノ宮家主導での保護生活を送ってもらいます。 ここでの生活については私、森大輔とこちらの――」
「知里川三樹也が担当します」
「時間外や何かあって対応できない場合には、他の隊員が対処させていただきますが、基本は我々の二人が窓口となります」
日々の訓練もあるのだろう、いかつい顔つきで二人が立ち上がりアキラに向かって礼をする。
「ではアキラには一つ宿題ですわ。 自室の用意が済み次第、二人に今回の出来事で得られた情報について細大漏らさず伝えるように。 それができるまであなたの好きなゲームへのアクセスは禁止とします」
冗談ではなく、アキラは顔をこわばらせた。