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017 帰還

 すべての演習日程を消化して国防軍は、北海道へと帰還した。

 その後、演習に参加した部隊は出身地域ごとに各地へと帰っていくのだが、その中で一部毛色の違う一団がいる。

 上之宮玲奈含む、通称「貴族隊」だ。

 特徴として、一般隊員よりも好待遇であるが、それに見合った責務を課せられており、他者と区別するため襟章が少し特殊な形をしている。

 様々な点で融通をきかせやすい立場ではあるのだが、それに伴う支出や根回しは各自が行う事が義務付けられているのが特徴だ。

 これらの特権を行使できるのは、ここに所属する者たちが「新貴族」と呼ばれる、旧来の身分制度にも似た権力を有する家系の出だからである。


 大分裂、と呼ばれる中東からアフリカ諸国で起こった紛争をきっかけに、各国に波及した分離独立運動から生き残った国家の中で、台頭してきた商社や財閥出身の一族が新貴族誕生のきっかけであるとは言われている。

 彼らの誕生は大分裂がきっかけではあるが、その後の働きによって各国で火の粉の残っていた紛争が徐々に沈静化していき、ついには機能不全に陥っていた国際連合に代わる、国際同盟国会議の設立と発足に至る。

 端的には世界秩序に安定をもたらしたと見られている新貴族は、既存のインフラの中でその才覚を生かしていって40年近く、国家間に紛争のない平和な世界を作り上げた。


 そうした歴史を持つ新貴族は、その歴史が浅いためか不正や腐敗が少ない。

 玲奈たち新貴族の一団は、話し合いをしている。

「では今後も協力を」

「ああ、お嬢も出来るだけ控えめにな。 でないと恨みを売りつけられるぞ」

「そんなことをわざわざ言うくらいなら、自らの立場と能力を磨く努力をしてくださいませ。 私の上官となるならそれ相応の人でいてくださらないと」

「ははは、その役目は一条さんに譲ります。 俺自身はこのあたりがちょうどいいので」

「能力を腐らすな。 あと二つくらいは上の階級、少将くらいになれるだろうに」

「余裕のあるくらいがちょうどいいんです。 これは宮埜家の家訓でもありますから」

「お前のところの家訓とは、いったい幾つあるんだ?」

「20を境に数えるのをやめました。 そんな訳で上ノ宮さんと一条さんはぜひぜひ、私の上官として頑張ってください。 扇さんも」

「・・・とってつけたように言うな」

「ではまた次の機会に、とでも言っておこう。 あるいは京都でかな」

「う、・・・あそこ、本家が」

「それくらいでひるまないでくださいまし。 新貴族と呼ばれ続けたければ、日々の付き合いも大切になさい」

「ついでに言うなら、お嬢はそうした場で無駄にケンカを売るな。 ロシアでも後のフォローがどれだけ面倒だったか・・・」

「・・・努力しますわよ」

「あとロシアで起きた一連の出来事については、情報課が正式に調査班を組むようにしてくれた。 ルシフェルと合わせてババルスタンについても情報があったら、それぞれ報告してほしいとのことだ」

「わかりました」

「了解です」

「・・・何かあれば言う」

「では今後も各員壮健でな」

 そして貴族隊の面々は、解散し部署に戻る。

 上ノ宮玲奈もその場を離れ、自身の持ち場に戻りながら思考する。

 今回の演習は、満足のいくものではなかった。

 ケンカを売ってきたナボコフを負かせることができた。

 成果があったのはそれだけ。

 戦略についての上申書は受理してはもらえたものの、採用されたわけではない。

 アキラに自由時間を与えたのは妥当であったと思うが、そのためにルシフェルに目をつけられ、仕事が増えた。

 自身のとった行動の結果、やるべきことが増えた。

「いろいろ考え直さないといけませんわね」

 何についてかは言わない。

 あらゆることが、今現在の彼女の思考の対象になっている。

「まずは差し迫っている、九月のお茶会でどうするかから、考えましょうか。 ああ、でも」

 歩きながらPDAを取り出す。

「アキラたちにきちんと連絡を取っておかないといけませんよね」


 よく寝た。

 およそ二週間ぶりだろうか。

 低反発のメッシュマットの上にタオルケットを引き、軽くエアコンをかけた部屋でぐっすり眠る。

 二日前までロシアにいた時の環境からすれば、やはり自室は天国である。

 日本の夏が暑いのはいつものことだが、ロシアに行っていた間は暑いを通り越して熱いだったらしく、熱中症での死者も少なからずいたと聞かされた。

 そんな暑さの中では仕事にはならなかったようで、父はともかく母はパート先のスーパーのレジから一歩も出なかったという。

 アキラが帰ってきたころには暑さも和らいできていたが、緯度の高いロシアの気候と比べたら、日本の夏は地獄にも感じられる。

 少々日程が長引いて帰国したアキラに、両親はいろいろと聞いてきたが、きちんと家に帰ってきたことを喜んでくれたうえに、どこかのギルマスのように社会復帰についても言ってきていたが、それほどしつこくは言ってこなかった。

 外で活動してきたことをねぎらい、ゆっくり休むように言ってくれた事に甘え、二日ほど自室でぐうたらと過ごした。

 やはり自室のベッドは気持ちがいい。

 素材や携帯性、寝心地もよくなっているとはいえ、軍のベッドは堅かった。

 さすがに最後には普通に眠れるようになっては来ていたが、家に帰ってきた日にはベッドにもぐりこんで一分もたたないうちに熟睡していた。

 一日たっぷり寝て、翌日遅い昼食をとってから風呂に入り、巡回しているゲームのページをたどっていく。

 ハンターズはキマイラクイーンを倒すことができたようだけど、キュラソがやられてたらしい。

 いつものことだ。

 ミッドガルタはキリマンジャロマップのアップデート後に、大規模戦が組まれているようで、掲示板にメンバーの募集が上がっている。

 PDAじゃなく、固定PCのほうにも何件か誘いが来ていた。

 いくつかのメールには返事を返し、参加条件とアイテムの確認をしておく。

 フェニックス・ガンナーは動きがない。

 自分の愛機Su-27の整備だけして接続を切る。

 三つのゲームの動向を確認して夕飯を食べる。

 風呂に入って、気持ちも心もほぐれたところで、またゲームの巡回をする。

 再度接続をしようとも思ったが、そのままベッドにもぐりこんだ。

 自分では一日寝てゆっくりできていたと思っていたが、意外に疲れがたまっていたようで、目が覚めた時には11時を回っていた。

 時間の確認がてらPDAを見ると、玲奈からメールが来ていたが連絡するよう書かれていただけなので無視しておく。

 両親のいない家の中で一人で食事をとり、自室に戻ってゲームの準備をする。

 やはり、PDAでは物足りない。

 プロジェクターモニターの電源を入れ、床に置いてあるベアリングマットに乗る。

 スティックコントローラーを両手に持ち、ゲームの起動を待つ。

 インカムを忘れていた。

 両耳にセットして、再度ベアリングマットに乗る。

 縦1メートル、横2.5メートルのスクリーンに、ハンターズのスタート画面が映し出され、アキラはゲームの中に映る街の中を歩いて行った。


 所属ギルド、バリアントのギルドホールに行くと、リーダーがいた。

「こんにちはリーダー」

「サマーか。 日本に帰ってきたみたいだな。 何もなくてよかった」

「ログ見ました。 2パーティーでキマイラクイーンは難しかったんじゃなかったですか?」

「まあ、確かに。 が、ログ見てたんなら解るだろ? 途中助っ人に来てくれたパーティーのおかげで何とかなった」

「結構レベルの高い人たちだったみたいですね。 装備もそろってたし」

「向こうのリーダーのモンキーさんのことか? ありゃ結構やってるな。 ロンギヌスの槍なんてSSレアアイテムなんて初めて見たぞ俺は」

「それだけのアイテムを持ってて、今まで名前が出てなかったって不思議ですね」

「普段は俺らと違う時間帯でやってるらしいな。 今回はたまたまだったみたいだけちょっとまて」

「どうしました?」

「ボイチャが入ったモンキーさんだ。 こっちに来るって」

「ここに?」

「フレンド登録したしな。 できればこの間のお礼もしておきたいしな」

 そうして会話が途切れたころに、ギルドホールの扉がノックされる。

 リーダーが招き入れると、胸当てに丸盾、右手に槍を持った長身の男の人が入ってきた。

「この間はどうも。 そしてそちらの人は初めてでしょうか? モンキーと言います。 どうぞよろしく」


 スクリーンに映るキャラの画像はキネクトを通して反映されている。

 そしてインカムから伝わるその声と姿は、まぎれもなくロシアで関わったあのネゴシエイター、サルバトーレ・フレッチェンのものだった。

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