015 困惑
「なんともまあ、不気味な連中もいたもんだ」
報告を受けたブロコビッチ中将が呟く。
PDAが電波を拾えるところまでおよそ5kmほど歩き、ばてながらも連絡をしたアキラたちとロシア・国防軍の共同捜索隊が合流できたのは、夜10時を回ったころだった。
それまでの経緯を箇条書きにし、まとめたものを共有ファイルで閲覧したうえでの発言である。
「幸いにして死者は出ておらんが、やってることはテロリストよりはマフィアのいざこざレベルでしかないのが歯がゆいな。 もっと大々的にやってくれておれば治安維持目的で色々できたもんを」
微妙に物騒なことを口にする。
ともかく昨日の騒ぎから一夜明けた第8管区では、情報収集が続けられている。
昨日の出来事を順に追っていくと、以下のような流れになることが分かった。
アキラ、ミッチェ、ヒョードルがゴルツェグラードの教会広場で合流。
雑談後に第8管区演習場へ戻る途中に襲撃される。
襲撃の際に使用されたのは、フラッシュグレネーダーと衝撃を受けて膨らむ、目くらまし程度の一時的な障害物になる風船地雷が数基。
襲撃直後にアキラ、ミッチェ、零亜の三人が連れ去られ、残りのメンバーは特に何もされることもなくその場に放置された。
現場に残された国防軍の二人とヒョードルは車両がひっくり返った際に、多少のけがをしていたが行動できなくなるようなものではなかった。
そのため車両の立て直しを行った後、直ちに基地に連絡を取る。
衛星からの現場確認を行ってもらったがタイミング的なこともあったのだろう、襲撃者及び近辺に不審な動きをする車両は確認できなかった。
状況がつかめないまま車から落ちた破片と、使用された風船地雷の回収、地元警察と共同で交通整理を行いつつ、けん引車両と迎えの車を待ち三人は演習場へ帰還。
状況の報告と、改めて傷の確認を行っている最中に、アキラから連絡が届く。
三人を迎えに車が二台出て、夜10時過ぎにようやく全員の無事が確認された。
一連の動きを国防軍の割り当てられた環境の中で、何もできないまま玲奈は聞いていた。
自身がアキラと零亜を連れてきた張本人であり、今回の演習においての保護者的立場にいる玲奈ではあったが事件がロシア国内、しかもロシア軍の所有する車両に対して行われたものであるだけに、ロシア軍の面々がかなり警戒している。
結局のところアカネから第一報を聞いた後、ロシア軍主導で行われた調査の様子を、じっと部屋の中で聞いていることしかできなかったのである。
もっともそうした待ちの姿勢でい続けることに我慢が出来なかった玲奈は、上官に掛け合って自ら動こうとしたが、下手な動きをすることはロシア軍の主権を犯し、場合によっては外交問題に発展すると諭されて自室で待機することを余儀なくされた。
はやる気持ちを抑えながらじっと待つのは苦痛であったが、自身のPDAにアキラからの連絡がきたことで事態が動き、結果全員が無事に帰還できた。
事前にPDA内にアキラがことの顛末を入力したメモを送付していたため、連れ去られた三人がどのような扱いを受けていたかもわかった。
零亜のとった行動に眉をしかめた玲奈であったが、その玲奈以上に険しい顔をした人はもっといた。
ブロコビッチ中将と上原中将もそうである。
ゲスト参戦であるアキラと零亜は軍人ではないため、その行動の大部分については命令ではなく、要請でしか縛れない。
さらに言うならその後ろ盾になっている上之宮家の存在もあって、機密部分に関する資料や装備品以外の場所に関わらない限りは、自由な行動が保障されていたことも事実である。
ゆえにコスプレでの参戦が可能であったのだが、これについてはロシア側にも少なからず関わっている部分があったために黙認されたという背景がある。
そして無警戒(?)に外出し、誘拐にあった。
自由にさせすぎたのではないか、と上原は考えている。
ロシア側はロシア側で治安の失敗を問題にしている。
外国人を危険にさらした。
軍人が同行していたとはいえ、国内でテロに近い襲撃を受けた。
死者が出なかったのは、ルシフェルがわがきちんと加減したからであって、ようは手を抜かれた。
そのうえ誘拐までされながら、無傷でなんの見返りもなく解放された。
ルシフェル側から、非公式に打診があったことは事実である。
無視した結果、強硬手段に出られ、誘拐された挙句に無傷で返された。
不手際。
そんな言葉が脳裏をめぐり、国防軍、ロシア軍の演習のトップはそれぞれの場所で頭を抱えていた。
「ひまだぁねぃー」
零亜はふてくされている。
誘拐騒ぎのあった日は、解放されたのち、第8管区の演習場まで戻ってきた時間が遅かったため、そのまま就寝となった。
開けて翌日。
詰問とも尋問ともいえる取り調べにも似た詳細の報告をさせられた。
時間経過からそれぞれのとった行動、その場で感じたことや同席したルシフェルメンバーの特徴や装備品について。
相手をしたサルバトーレや判ずる者の身長や体格。
誘拐後の話し合いの舞台になった、古い教会まで戻っての会話の再現。
ありとあらゆることをさせられた。
だがそれは昨日までの話。
今日になって、零亜は一人軟禁状態で部屋にいて放っておかれている。
部屋の外には勝手な行動をしないよう、巡回と見回りの人間がいるのだが話しかけてきたり何かしてくる様子はない。
「アキラはまーだお話につかまってるしぃー」
がちゃ、と急に扉があいた。
そこには玲奈の側近的な立場であるアカネが立っている。
「口頭でいろいろと伝えに来ましたがよろしいでしょうか?」
「ってな感じであちしは全くの無視虫状態だったのんよ」
「心中お察しいたします」
アカネの要件は玲奈に代わって、零亜の相手をすることだった。
相手をするとはいっても零亜は子供ではなく、21歳の大学生。
であると頭では分かっているのだが、小柄な体躯で童顔の零亜はともすれば高校一年生にも見られかねないし、アカネ自身も錯覚しそうになる。
本人はそのことを苦にするでもなく、コスプレに生かしたりイベント会場で年下の同人仲間と遊びまわったりするのに、色々と生かしている。
アカネはその身体的な才能をうらやましく思う。
玲奈の側近的な立場にいるが、より正確な役職は国防軍第二情報局二課所属大尉となる。
そのため相手に警戒を抱かせない、緊張を和らげるという意味においても若々しい容姿というものは、ハニートラップなどを行う事を前提にした人によっては喉から手が出るほどに、渇望するものである。
もっともアカネ自身は自身のできる範囲で勤めて有能であろうとしているものの、それでも若々しい容姿があればと思わなかったことは少なくない。
とはいうものの、三十路を超えた自分がそんな若作りな容姿を持っていたら、不気味に思われるであろうとの考えは持っているが。
そんなアカネは役職上も年齢的にも玲奈を上回っているのだが、上ノ宮家の意向もあり玲奈付の秘書を兼ねた側近のような立ち位置についている。
情報局に所属していることもあるが、今回の件に関する情報は1バイトでも多くほしいとアカネは考えている。
場合によっては上ノ宮家の不手際と糾弾されないためにも、多くの情報を集めて利用できるようにしておかなければならない。
そんな思いもあり、玲奈から零亜のケアを含めて話し相手になるようにと訪ねてきたが、零亜のメンタル的にケアやカウンセリングが必要になるとは思えないくらいに図々しく図太い神経であると感じられたし、軽薄にも思える言動には内心で思うところはあったが。
ともかく零亜からの話はルシフェルに対する愚痴、お土産や今後のコスプレで使おうと思っていた毛皮やアクセサリーが失われた事についての不満が大半であったが、ルシフェルについての情報もそこそこに得られた。
だからこそ違和感を感じざるを得ない。
ルシフェルの行動が見えなさすぎる。
誘拐だけであるならわからなくもない。
接触を図るにしては、強引過ぎる。
だが、誘拐して接触を図るだけなのに顔まで隠さず、無傷で解放した意図が全く分からない。
しかも軍事演習期間中にわざわざ誘拐まで行ってやる意義が分からない。
普通にやるならもっと目立たない方法をとるはずだ。
地道にアクセスを重ねて面会して既知を得る。
誘拐して強引にババルスタンまで連れていく。
どちらか一方の手段を時期をずらして行えばよいものを、強引に、軍事演習に合わせて無理やり両方の手段をとったように思えてならない。
ルシフェル、ババルスタンは馬鹿か間抜けの集団なのか?
そんなことまで考えてしまう。
そう考えるのは、零亜の話だけを聞いているからなのか?
何か別の角度からの情報があれば、また見方も変わるかもしれない。
「でー、結局もらったあの名刺ってどこにつながんだろ?」