011 蠢動
ゴルツェグラードからの帰りの道のりは賑やかだった。
ミッチェと玲亜がアキラを挟んでにらみ合う車内で、アルコールがいい具合に回っているらしいヒョードルが唄い、国防軍の二人は後ろの騒ぎを程よく無視して、前の座席に座っている。
ちなみに、ヒョードル達が乗ってきた車は、あとから広場にやってきたロシア軍の別の部隊の人間に預けられた。
アキラ達は中型のバンに乗ってきていたため、ミッチェ達二人が乗り込んできてもそれほど狭くはなかったが、二人に挟まれているアキラだけは窮屈そうだ。
なにしろミッチェも零亜も、車が揺れているわけでもないのに体をずらし、少しずつアキラに密着してきているので、必然的に両脇からプレスされることになっているのである。
早く基地に戻りたいとアキラは思っているのだが、まだ30分程はこのままで過ごさなくてはならない。
ゴルツェグラードから基地までの距離がやけに長く感じられる。
普段の生活を家の中ですべて過ごしているアキラにとって、外での生活というものは、ことのほか不快なものである。
アキラの日常生活のほとんどは、家の中でネットでいろいろすることである。
部屋の中で一日を過ごすので、PC周りをとにかく快適な環境にして、ちょっといい感じのソファに身を沈めてヘッドホンで外の音もシャットアウトすることで、完全に自分だけの世界で過ごしていられる。
こんな生活を毎日送っているものの家族からはあまり干渉されていない。
一つにはネットを通してではあるもののお金を稼いで、いくらかを家に入れているからだ。
とはいっても15歳の子供がデイトレーダーや株式投資をしているのではなく、もっと手を付けやすいところ、様々なネットゲームで手に入れたレアアイテムやSレアカードの売買を繰り返してEマネーで取引をして、その後現金化することで、月に3~7万円の収入を得ている。
そのうちの3万円を電気代や生活費として家に収めている。
最初は渋っていた両親も、ネットばかりやらずに学校へ行くことを望んでいたが、二か月ほどで折れてくれた。
もう一つの理由としては、こちらのほうが深刻であった。
学校でいじめにあった。
他者にとってはただの好奇心。
本人にとっては深刻な問題。
裸に向かれて股間をしつこく観察された。
男にも、女にも。
特に女子生徒のほうが容赦なかった。
その時のクラスの全女生徒が見る触る撫でる、体を裏返して四つん這いにさせるなどもした。
結果、アキラは学校に足を運べなくなった。
隔離教室、保健室登校など、学校側も配慮はしてくれたものの、アキラの心を開くことはできなかった。
メールでやり取りをして、課題提出と数度の家庭訪問を受けることで、勉強に関することはまとめられたが、この一件以後アキラは家から外に出ることは無くそのまま中学卒業となり、通信制の高校を選択して今に至る。
そんな引きこもり生活を続けていたのだが、玲奈の強引な連れ出しでロシアくんだりまで来て、挙句になにやら三角関係の一点にまでなってしまった。
しかも、男と女の両方から同時に言いよられて来るという、今までの15年という短い人生の中でも全く未知の経験にさらされて、アキラはすでにフリーズしかかっている。
それなんて言うご都合主義ですかむしろ誰が得するんですかこの環境。
早く帰りたい早く帰りたい早く帰りたい早く帰りたい早く帰りたい早く帰りたい。
少し冷たくて乾燥気味の空気も不快でならない。
なんでロシアまで来たんだろう。
お嬢の事なんかほっておいてどこかに逃げてればよかった。
たとえば連絡がきたその日に出れば・・・。
家から出たこともないのにどこかに出るなんて無理だ。
ロシアに来た今となってはさらにどこにも行きようがない。
言葉も通じない、土地勘もない。
こんなところにほおっておかれたら一日たたずに死ぬ。
辛いけれどもとの基地まで帰り着くまでこのまま車に揺られるしかない。
あと20分もかかる。
20分・・・。
どうやり過ごそう。
窓の外でも眺めていようか・・・。
「アキラ、何を見ている?」
ミッチェが声をかけてくる。
反対側に首を向けると。
「何を見たいのかにゃー?」
どっちも向けない。
座っているからまだましだけれど、それでも窮屈で仕方がない。
どうすればいいのやら。
いっそ何か起こって、このピンチから逃げられないか。
・・・願いはかなった。
アキラから見て左側からの衝撃が車を襲い、衝撃に押される形で座席から投げ出された玲亜とミッチェに上下からサンドイッチにされる。
痛みに呻いていると、再度車に衝撃がきて、車が引っくり返った。
車は今、完全に上下がさかさまになり、零亜が買った荷物が車内に散乱してしまっている。
何が起きているのかを把握しようと、車外に目を向けようとすると同時に、外から伸びてきた手に右足首をつかまれて、強引に引っ張りだされた。
「・・・!」
何か言っている?
しかしながら確認する前に、頭に布をかぶせられ、手足も固定されて車か何かに載せられた。
どれくらい時間がたったのか、アキラの大体の見当で言うなら3~40分くらいだろうか。
どうやら車は止まったらしいけれど、外が何も見えない状況で手足を縛られていたものだから体のあちこちが痛い。
ついでに言うと車酔いしたみたいで、吐き気がする。
だが布を取ってもらえていないので、今吐いてしまうと大惨事になる。
幸いに、今すぐ戻しそうな感じではないのだけども、それでも頭がくらくらし、おなかの具合も落ち着かないので、できれば動いたりしたくない。
相手はだれなのかわからないが、誘拐が相手の目的なのだろう。
けれど、誰が目的なんだろうか?
ロシア軍か国防軍の誰かが狙われて、そのとばっちりを受けた?
・・・日本人を狙った営利誘拐の先の方が、選択肢として優先されているような気がする。
だとしたら、犯人はロシアのマフィアだろうか?
であってもわざわざ軍の車を襲うのか?
そんな風にいろいろ考えていた最中に、アキラは誰かに抱えられ持ち上げられた。
下手に動いて落とされてはたまらないのでじっとしていると、数歩歩いた後に足から地面に下ろされた。
頭に被せられていた布も取り払われる。
ミッチェと玲亜の姿があった。
あたりを見回して見るものの、どこかの教会のような作りの建物の中に連れてこられたようだ。
ヒョードルさんや運転していた国防軍の人達の姿もない。
それ以外に辺りにいるのは、いかにもチンピラといった感じの大男が二人。
眼鏡をかけた中南米系の顔立ちのサラリーマン風の外国人が一人。
銀髪の軍人のような格好のショートヘアーの女の人が一人。
それとその軍人風の人にかばわれるような位置に座る、修道女のような格好に、イスラム教の女の人がしているような顔を隠す布を組み合わせた格好の性別不詳の人物が一人いた。
「手荒なまねをして、申し訳なかったです」
サラリーマン風の男の人が日本語で言う。
日本語?
「今回の交渉を請け負った、サルバドーレ・フレッチェンといいます。 ネゴシエイターと言って解っていただけるかな? 皆さんに解りやすいよう日本語をベースに話を進めさせていただきますよ」