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010 休息

「おおーオオカミにトナカイにと毛皮がたくさん! 日本で買うより半分から三分の二近くやっすー! やっぱりこっちまで来たかいがあったじぇい」


 零亜は露店が並ぶ広場の中から、お目当ての店で毛皮やアクセサリーを見つけては買い込んでいる。

 カバンの中にいろいろな品を詰め込んでいる零亜を見ながら、アキラは休憩のできるテントの一角でピロシキを口に運ぶ。

 ゴルツェグラード市内にある教会広場に設けられた露天には、食料品から日用品、布から毛皮に至るまで、数多くの品がテントごとに販売されている。

 玲奈が総括に出席している間に暇を持て余した二人は、第8管区に近いこの場所へとショッピングに来ていた。

 もっとも二人だけで来ているのではなく、玲奈の息のかかった国防軍の人間も同行したうえである。

 息苦しさを感じないではなかったが、通訳と護衛を兼ねているということもあっては断ることもできない。

 それ以前に零亜と二人だけでは、この場所へ来ることすらできなかっただろう。

 ゲスト参戦である零亜とアキラは、正式な軍人ではないために、特別評価演習を含めた期間中は軟禁に近い形で国防軍のテントで過ごしていた。

 中の広さがおよそ12畳相当もあるテントの中は、広いとは言っても装備品や各種機材が搬入されれば身の置き所がなくなってしまう。

 およそ一週間近くそんな環境にいればストレスも溜まるため、演習終了後には零亜の強い要望もあって演習場の外へ出る許可が得られた。

 ちなみにアキラは外出許可申請自体をしていなかったが、いつの間にか零亜が連名で申請していたため、無理やり連れだされる格好でゴルツェグラードまで来ている。

 ただし外出に当たっては国防軍の人間が、護衛もかねて同行することが義務付けられた。

 何しろアキラは未成年であり、零亜自身も運転ができるとはいえそれは国内のみの事。

 ロシアの大地で目的地に行けと言われたところで道に迷って帰ってこれないこともありうる。

 GPSがあっても、キリル文字で書かれた地名を理解できるかということも問題であった。

 そうしたことを気に病んでいるのは実はアキラだけなのだが、他人がその心中を察することは、なかなかできないものである。

 零亜の行動を見つつ護衛の存在について思い悩んでいたアキラだったが、不意に肩をつつかれた。

 通訳兼護衛の人が、傍にあらわれた人物を指さす。


 特別評価演習に参加していたミッチェがそこに立っていた。


「彼がどうしても、あなたと話がしたいと言っている」

 一緒に来ていたヒョードルが説明をする。

 通訳を介しての会話なので、確実な意思疎通がとれているかはわかりにくいが、ロシア側の総括はひと段落しているのか、ミッチェとヒョードルはわざわざ国防軍のテントまで訪ねてきた後にアキラを追いかけてきたというのだ。

「あらかじめ言っておくが、今回の演習に関する内容について今の時点では、明日の12時までの間は公には話せないことになっている」

 こちらに視線を向けた後、透明な瓶を掲げる。

「なのでここからの発言は、酔っぱらいの戯言である」

 ぐびりと音をたてて、どうやらウォッカであるらしいその液体を飲みほす。

 中瓶一本を空にしながらも、顔色が変わらないのはロシア人だからであろうか、と感心しながら、アキラは二人のロシア人のうちのもう一人を見た。

 ミッチェと呼ばれていたロシア人。

 年のころは20歳くらいに見える、中性的ともいえる顔立ち。

 酔っぱらいの発言であるという体裁を取るために、ヒョードルから受け取った、ウォッカの入ったコップを少し口元で傾けているが、中身はそんなに減っていない。

 ヒョードルに比べると、酒には強くないのであろうか。

 酒に強くないロシア人もいるのかと思いながら、相手の様子を観察していると、コップが口から離された。

「君はまだ、どちらになるのか決めていないのかい?」

 日本語で尋ねられた。

 不意を突いて日本語で話しかけられたことに驚いたが、それと同時に発言内容にも驚かされた。

 ミッチェは「決めていないのか」と言った。

 全く前後の脈絡もなく、アキラにのみ向けられた言葉。

「あなたもエンジェル?」

 相手の問いかけに質問で返す。

「だった。 エンジェルだった。 軍へ入隊する少し前、6年前に男になった」

 まだ半分以上残っているグラスを露天のテーブルに置く。

「今回の演習で、あれだけの成果を上げたのは、エンジェルだからなのか確認したくなった」

 グラスは置いたまま、手で弄ぶようなこともせずに視線をアキラに固定する。

 沈黙したままなのは、アキラからの発言を待っているのだろう。

「・・・ぼくは才能とかそんなことが、エンジェルだからというだけで評価されたとは考えていない。 たまたま、ゲームがうまくて、そのせいでロシアまでこんなことをしに来たんだって考えているくらいだから」

 うつむきながら発せられたアキラの言葉を聴いて、ミッチェが続ける。

「今回に関しては、そのゲームがうまいという才能こそが、エンジェルの能力によって発揮されたのではないかと思ったから、尋ねにきたのだ」

 グラスを左手でいじりながら更に言う。

「エンジェルという症例が、性別に関わるものだけなら、ナボコフもイライラしない。 エンジェルの厄介なところは、様々な才能がいろいろなところで発揮されるということだ」

 眉をひそめながら、左手に持ったグラスを口に持っていく。

「事実、俺もそうだ。 今もそうだけれど、日本語のみならず、四十の言葉を自由に操れる。 エンジェルの才能のおかげだけれども、性別が固定化されてからはその才能もなくなってしまったかのように、頭の回転と理解力が衰えたようになっている」

 三分の一ほど残ったグラスを再びテーブルに置く。

「だからこそ、尋ねたのだ。 君はまだ、どちらの性別になるのかを決めていないのかと」

 その問いかけにアキラは答えられない。

「他のエンジェルの症例でも多く報告されているが、性別固定化前の患者は有益な才能を発揮するものが少なくないが、性別が固定化された後にはその能力が、極端に伸び悩むか劣化する傾向にある」

 コップをいじっていた手は、テーブルの上に載せられている。

 ミッチェの視線はテーブルの上にあるが、その視線はどうにも定まらない。

「才能のある人間にエンジェルが多いのか、エンジェルに元々そうした資質が備わっていたのか、今までの事例だけで判断するのは早計かもしれないが、性別が固定されていないときのほうが、自信を持ってその能力を発揮できていたように思えてならない」

 だんだんにミッチェの声が大きくなっていく。

「だからこそ、今の時点で確認しておきたいのだ」

 ずいと身を乗り出すようにミッチェがアキラにせまる。

「俺を含め、エンジェルとはどうした存在なのか。 才能は維持できるのかを、まだ性別が固定化していない君を通してもっと知りたい」

 ミッチェの顔は、アキラの目の前にある。

「だから、アキラ、君のことをもっと知りたい。 俺と交際しないか? アキラ」


 ぴっ。


「ぐふふー、いい場面いただきましたー」

 いつからそこにいたのか、零亜がPADのレンズを構えてこちらを撮影していた。

「できればこのまま、返答の場面までぷりーずといきたいけれど、アキラちんはあちしの嫁だかんねー」

 ぎゅっとアキラの首に腕を回す零亜。

「そちらの国では未成年者で、同性との婚姻は認められてはいないはずだが、何かの比喩表現かな? だとしても、俺はアキラとの関わりをあきらめるつもりはない」

 ミッチェはアキラの手をとって自分のほうへと引き寄せる。

「そんなゴツイ手で握り締めたらかわいそうジャンかよー。 アキラの柔肌はあちしが守る!」

「誰が誰とくっつこうと関係ないだろう。 べたべたとくっついていないで離れないか」

 大岡裁きの様相を呈してきた三人を尻目に、ヒョードルと、アキラたちを案内してきた国防軍の二人はウォッカと紅茶で乾杯していた。

「これもまあ、一つの紛争とも言えるのである」


 ロシアの大地は雲一つない晴天に見舞われ、乾いた空気が広場を一撫でしていった。

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