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001 戦端

「我々は先人の苦悩を忘れてはならない。

 多くの人々が無益に殺し合いをした時代は過去のものとなり、血を流さずに紳士的な紛争処理することが新たな価値として構築されたことを我々は歓迎しなければなりません。」     

――第六回国際同盟国会議・平和会議開会式にあたってのミヒャエル・ハルトマン議長の言葉より抜粋



「なかなかに独創的なお言葉ですこと」

 女性は七色の光沢を放つショールを揺らしながら黒髪をかき上げて言葉を紡ぐ。

 パーティー会場には多くの人がそこかしこで談笑していたが、いま笑い声をあげているものは一握りもいない。

「ええ、しかしながら歴史をたどってまいりますとこれがまた実に面白いのであります」

 女性の言を受け、アレクセイ・ナボコフが自説を述べる。

「前世紀のみならず多くの時代で戦術家や戦略家は多数おりましたが、残念なことにその絶対数の少なさから女性が活躍できた事例はほとんどといっていいほど存在しないのです。

 無論、軍務が男だけのものであるという証左を言いたいのではありませんが、こと戦略や戦術に関するところにおいて女性のみが単独で功績をあげた事例は極めて珍しいと言わざるを得ないのです」

 アルコールが入っているためもあるのであろうか、ナボコフの言葉は止まらない。

「しかるにお嬢さんの言い分は活躍の機会が女性に与えられていないが故に、女性の戦略家がいないとの事でしたが、女性士官の絶対数を盾に、自身の不満を述べられているようにも感じられることが、小官には残念でなりません」

 公衆の面前で侮辱するように、いや実際侮辱しているのであろうが、ナボコフは言葉を続ける。

 それを受けたお嬢様と揶揄された上之宮玲奈は怒りに顔を紅潮させるでもなく、かといってショックで泣きわめくでもなくナボコフの言葉に反撃する。

「あら、不満を持っているのは事実ですもの。

 機械化が進んで兵士の絶対数までもが少なくなっていますのに、その中での女性の役割までもが固定されたままというのはこの私にとっては看過しかねる問題ですわ」

 はずむような調子で一言ずつ丁寧に言葉を発したあと、さらに言を重ねる。

「それが未来の平和を志向するべき将校の口から、男が平和を作るのだから女はそれを感謝しろなんて発せられたのであるならなおのこと、その挑戦をないがしろにするなんて、そんなプライドをくすぐられる言葉を投げかけられて無視することができるとお思いでしょうか?」

 酒の席であったこともあり、どのような経緯があってことに至ったかはこの会場にいた参列者も正確には記憶していないが、ことの結末に関しては克明に記録されており、ロシア第8管区において自動機械化無人戦車大隊による合同軍事演習が二週間後の日露防衛省交流会議の席で決定されることとなった。


「いや、無理だから」

 はっきりと言おう。

 夏目アキラは彼女からのメッセージを受け、ヘッドホンの位置を気にしつつ一拍置いてから玲奈に答えた。

 上流階級のお嬢様である彼女とやり取りするのは、それなりの回数になったとはいえ慣れるものではない。

 そもそも彼女のような身分の人間と話ができているというのが、まずもって間違いだったんだと自分に言い聞かせる。

 加えて相手はモニターの向こうにいるんだから、こっちの考えを読まれることなんてない。

 様々な思惑がアキラの脳内を駆け巡るが、

「却下しますわ」

の一言で覆された。

 『おーあーるぜっと』の三つの使い古されたアルファベットの小文字が、眼前に現れた気がした。

 いや気のせいじゃないかも。

「それ以前にアキラが何を言おうとも、この問題について、異議申し立てが可能であると考えること自体が不遜であると知りなさい」

 その異議申し立てを行いたい場合には誰に申し出ればいいんでしょうか?

 あとそういう手続きはだれからどうやって教わればいいんでしょうか?

 そんないつもの、向こうからいろいろと押し付けられる無理難題を始めとしたなんやかやを、モニター越しにやり取りする彼女との交流が始まったのはいつからだっけか。

 出会った当初はここまで上から目線で語る人だったかと過去を振り返ってみたが、どうも今の会話と似たようなポジションで話が進んでいたような気がする。

「復唱することになりますが、きちんとその耳をスピーカーに直結して私の言葉を拝聴するように」

 こちらの考えを知ってか知らずか、お嬢様は言葉を続ける。

「来る八月二十六日、一二○○(ひとふたまるまる)、正午よりわたくし達は国防軍の一部隊としてロシア第8管区内にある軍事演習場内において自動機械化無人戦車大隊を用いた合同軍事演習に参加。

 予定されているスケジュールとは別に組まれた特別評価試験演習に参加して大隊指揮を行うことになっていますから、さかのぼって一か月前までに身の回りの荷物の整理を行って、こちらからの迎えを待つように」

 はっきりいってお嬢様が何を言っているのか半分も理解できない。

 軍関係でロシアに行くのは解っているんだけど、なんで僕がという感想がぬぐえない。

「えーと、質問していいですか?」

 気弱にではあるが抵抗を試みる。

「まず一つ、なんで僕がロシアに行くことに? それも何だか話の流れからすると軍の関係者として行くみたいだけど?」

「質問を許したつもりはないけれどもまあいいわ、答えて差し上げます」

 するとモニターの向こうでお嬢様が軽くため息をつき、薄く眼をつむって話し出した。

「先日のことですが欧州の某国で、ある方の主催するパーティがありましたの」

 さすが社交界、欧州なんて言葉がサッと出てくる。

 こっちはニートみたいな生活なのに。

「その席上において、とある将校と軍事のお話になりましたのよ」

 ふむふむ。

「そしてその方との会話の間に男と女の軍事的能力の差異について口論となり、結果として私とその方とで戦争ごっこをすることとなった次第ですわ」

 なるほど。

「そしてその方との対決の日が、先ほど述べました日程になりましたの」

 うん。

「だからあなたもそこに行くのよ」

 ?

 まておかしい!

「ちょ! 話が飛んでる! 僕がロシアに行く理由は!?」

「参謀」

「は?」

「私たちが出会うきっかけとなったオンラインゲームにおいて、負けはしましたが戦術的には戦況を覆しかねない活躍をおさめた『あの』作戦の立役者を連れていけば、私の勝利は揺ぎ無いものになりますわ」

 思い出した。

 というより記憶を巻き戻されたという感じで、お嬢様が言っている『あの』作戦が何であるか理解した。

 おととし位の事だっただろうか。

 当時流行っていたオンラインゲームの中で、1・2を争うまでではなかったものの、そこそこに人気のあったゲーム『ミッドガルタ』での一幕だ。

 各人が自分の分身をゲーム上で動かしてレベルを上げるのはどのゲームでもあるが、戦車戦を中心に据えて戦略性を持たせ、連携プレイができるものは少ない。

 加えてミッションモードで大軍を指揮できる機能が付いている『ミッドガルタ』はコアな軍事マニアに大いに受けた。

 今世紀初頭までの各国の戦車が扱えるということも、その筋のマニアに受ける要素であったわけだが、ここでアキラは第六次テキサス攻略戦で、圧倒的不利にあったテキサス防衛隊を指揮し、敵軍の戦車58両をせん滅するという軍事上無視できない戦果をあげたことがあった。

 このゲームにはマニアだけでなく、各国の陸軍参謀や軍事プロパイダーや非番の将校等がその動向に注目している。

 また非番の将校や兵士もちらほらいて、当時まだ国防軍に入隊して数年が経過しただけの玲奈もテキサス攻防戦に参戦しており、少なからず衝撃を受けた。

 ちなみに当時の玲奈はアキラの敵軍プレイヤーの一人として参加しており、ゲーム上の上官から突撃命令を受けてあっさりと撃破されている。

 ゲームは物量差によってテキサス防衛軍の敗退で終わったのだが、玲奈はその58両をせん滅した相手をまず否定した。

 『ありえない』と。

 データを改ざんしたか、バグを利用した裏技か何かを使ったのだとそう思いたかったし、思わずにはいられなかった。

 事実ネット上でもゲーム終了後、敗退したテキサス防衛軍に対して

「チートつかってそれかpgr」

「Go To Hill!」

など罵倒を浴びせる言葉が多く投げかけられた。

 ただ玲奈はそれらの罵倒を目にしたことで冷静になった。

 自分が動かしていた戦車は、罠にかかったりコンボを食らったのでもなく、油断していたのでもなく、間違いなくあっさりとやられたことを思い返した。

 冷静になった玲奈はマウスを動かし、アキラにメールを送って通話アカウントを取得した。

 以後二人の交流が、というより一方的に振り回される関係が始まった。

「あれを、あれをまたやることに・・・」

「もっと大規模よ。なにしろ実戦なんですから」

「実戦!?」

「ロシア第8管区で行うといいましたわよね。 決定事項に虚偽を織り交ぜて誰に何の徳があるのかしら」

「政治家の人とか他にもいろいろと、じゃなくて!」

「もう決定事項なのだから、じたばたしても始まりません事よ?」

 本気なんだな、というより事実を述べているだけなんだなと確認ができた。

 いや、確認したくはなかったけど、どうやらそういうことらしい。

「ていうか、軍でしょ! 戦車でしょ! なんでそこに行かなきゃならないの? そもそも民間人の僕が参加するなんてありえないでしょ!」

 言いながらこの話にはなんだかおかしなところがあるような気がしてきていた。

「軍での演習なら軍人が行くのが当たり前だし、そうするべきだろうけど、ポッと出の民間人がほんとに行ける訳なの?」

「いけますわ」

 あっさり肯定された。

「この私を誰だと思っていますの? 曲がりなりにも上之宮の一員たるこの私が口にしたことですわよ。

 彼らに女の力を見せつけてやりますわ」

 ・・・話がかみ合っているんだか噛み合っていないんだか。

「・・・あ」


 ?


 打ちひしがれようとしているその矢先に、モニターの向こうにいるお嬢の雰囲気が変わった。

 なんだろう。

 何か忘れていたことを思い出したような感じ?

「アキラ、確認し忘れていたことがありますわ。

・・・・あなたの今の性別は・・・?」

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