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リトルドラゴンはジャックさんによく懐いているようだ。ちょっと羨ましいなぁ。
見た目は大きくて怖いけど、尻尾を振る姿なんて犬みたいでとても可愛い。最初は恐る恐るだったけど、今では慣れて鼻の上を撫でる事も出来るようになった。どうやらそこが一番気持ち良いみたいで、もっと撫でて、と言うように鼻を突き出してくる。
「本当に可愛いですね。そう言えばいまさらなんですが、この子名前は何ていうんですか?」
「え?」
「え?」
名前を訊いたのにキョトンとした顔で返された。思わず私も同じ顔になってしまう。あれぇ?
「もしかして名前、ないんですか?」
「いや、あるとは思うんだ。だが私は知らないんだよ」
「知らない? どういう事ですか?」
「ドラゴンという種族は高位の者ほど知能が高く、言葉を理解する。低位の者でもある程度は知能があるんだ。まあ動物という扱いを受けるほどのものだけどね。そして彼らは総じてその身を表す名前を自分につける。これはドラゴンの古い因習みたいなものらしくてとても大事なものなんだそうだ。だから人間が勝手につけた名前など認めないし、自分の名前を他人に教えたりはしない。ドラゴン同士で教え合う事はあるが、それは番だから、と言われているよ。このリトルドラゴンも名前はあるみたいだけど私は知らないし、どれだけ懐いてくれても私が付けた名前では振り向きもしないよ」
ファ、ファンタジーだなぁ。あれか、真名とかいうやつかな。本当の名前を知られたら隷属させられるとか?
思い付いた事を訊いてみると、そういうわけでもないらしい。
ジャックさんの知り合いに、高位のドラゴンから話を聞いたという冒険者がいて、その人によるとドラゴンにとって名前は誇りなんだって。すっごい昔、この世界を作ったとされる創造神が生き物を創造した時、一番に与えたのが種族の名前だった。その為名前とは最も尊いものだという考えが出来て、個人の名前は自分でつける事が誇りだとされた。だが長い年月でそれは忘れ去られ、今では親が子供の名前をつける事が当たり前になっている。長生きするドラゴンだけがいまだに誇りを忘れていないのだ、と。
なんか深い話だねぇ。ってか神様ってホントにいるのかな? 英雄であるリョウタを召喚したのが神様だって話だし、ドラゴンの名前の事もあるし実在するのかもねぇ。
・・・という事は私がこの世界に来たのも神様のせい? 聞こえた声も神様だったり? ・・・元の世界だったらないわー、って信じなかったね、うん。
まあ考えても仕方ないし、悩むのは調べ尽くしてからよね。
「リトルドラゴンの食事も終わった事だし、行こうか」
「あ、はい」
ジャックさんが袋を仕舞いながら言う。リトルドラゴンも分かっているようで、伏せていた身体を持ち上げてキリッと前方を見た。・・・かわい~。
別れによる悲しみはリトルドラゴンのおかげでいつの間にか消えていた。本当に可愛い子ね~。
しばらく進むとジャックさんと初めて会った草原が見えた。あそこがこの世界で初めての場所なのよね~。何にもないところだけどちょっと思い出深い場所、かな?
「ここで初めて会ったのだったね。遠くから草原の真ん中でぽつんと一人立っている姿を見た時は、自殺志願者か? と思ったよ」
ジャックさんの言葉は大袈裟に聞こえるかもしれないけど、間違ってはいない。草原には何もない、と言ったけど魔物はちゃんといるのだから。地面に潜っていたり、茂みの中に隠れていたりと少なくない数の魔物が生息しているんだって。あの時私が無事だったのは奇跡だよ。たった一人で武器も持たずにぼへー、と立っていれば格好の的だからね。すぐにリトルドラゴンを連れたジャックさんが通りがかってくれてホント助かった~。
「あの時はお世話になりました。本当に助かりましたよ」
「いやいや、大した事はしてないよ。さすがに子供を一人置き去りにするのは後味が悪いと―――」
「な・に・か言いました?」
「い、いや、女性を一人で放っておくのはダメだからね、うん。気にしないでください」
子供、という単語に反応してジロリと睨むと、しどろもどろになったジャックさんが慌てて言い直していた。何故に敬語。
「コホン。もう少し行くと魔法陣がある。それを使えば一気に移動できるから距離を短縮できるんだよ」
咳払いして誤魔化したな。まあいいや。魔法陣とやらの方が興味があるし。
「それは空間移動、みたいな感じですか?」
「似たようなものだね。と言っても使えるのは一日に一回だけで、他の誰かが使ってしまっていたら野宿になるけど」
何でも遠くに見える山は結構険しい上に道が複雑で、普通に通ろうとすると一か月はかかってしまう。なので山のこっち側と向こう側に魔法陣が描かれていて、それを使うと一瞬で向こう側に出られるらしい。ただ起動に使う魔力は自然から集めているので、再び起動できるほどの魔力を蓄えるのに一日かかるのだそうだ。
「魔法陣で移動できるのは最高でも馬車一台分でね。大勢では使えない。エレン村が辺境だと言われる意味がわかっただろう?」
確かに王都からは遠すぎるね。魔法陣がなかったら行き気すらできないと思う。
というかそんなに離れているんだったら、辺境一帯を隣国が狙いそうなものよね。
それを訊くとジャックさんは苦笑を浮かべながら教えてくれた。
「隣国との間にも険しい山脈があってね。こっちは魔法陣もないから誰も通ってこない。戦争を仕掛けようにも兵士がたくさんいればいるほど山脈越えは難しくなるから、無駄な事をするよりほかの益になる事をするのが賢い選択だ」
なるほど。エレン村って平和なんだな~、と思っていたけど、本当に平和だったね。ずっと平和が続きますように、と。
「まあエレン村に行こうとするモノ好きは私くらいだから野宿の心配はしなくて良いよ」
自分でモノ好きだって言ってるけど、優しいからだって私は知ってる。だって誰も行商に行かなかったらエレン村の人々が飢えちゃうもの。そりゃ畑があるからほそぼそと暮らしていけるかもしれない。でも今より人口は減るだろうし、外の情報が入らなくなったらますます村が孤立して忘れ去られるよ。
(それにモノ好きだからこそ私は助かったんだし)
心の中で呟きつつ、進行方向を見遣った。すると。
「ああ、見えてきたね。あれが魔法陣だよ」
ジャックさんが指差す先に開けた場所(草がなく土の地面が剥き出し)があり、地面に白い線で魔法陣が描かれていた。大きさはやはり馬車一台分くらいで、魔力が溜まっているのか光り輝いている。
「この魔法陣は昔からある物で、一説では神が描いた、という話もある。古文書なども残っていないから事実は謎のままだが」
言いながら馬車を魔法陣の上まで進めると、リトルドラゴンは空間移動だとわかるのかジッと大人しくしている。
ジャックさんは手を翳すと一言、「対の魔法陣へ移動」と呟いた。すると輝いていた魔法陣の光がさらに強くなり、眩しくて目を覆うと身体がふわりと浮いたような感覚がした。
「もう良いよ」
優しいジャックさんの言葉に、恐る恐る目を開ける。すると辺りの景色は一変していた。
足元の魔法陣は、光が消えている事を除けば全く同じ魔法陣だった。だが草原にいたはずが今は木々に囲まれている。森の中、らしい。
「ここからは次の村まではそんなに遠くないよ」
そう言ってリトルドラゴンを歩かせるジャックさん。私はいまだに呆然と辺りを見回していた。凄いな~、便利だな~、と内心で呟きながら。