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ジャック視点

 世話になった村人達に挨拶して回るチホ。彼女は村人達と別れる事を悲しんではいるが、王都への旅をやめるつもりはないだろう。

 目が大きくて幼く見える可愛らしい顔立ち。そしてとても優しく、思いやりのある子だ。こんな娘がいたら、と思わずにはいられない。いたら絶対可愛がる、うん。

 そんな彼女を星政庁の信用を失墜させる為に利用する。とても心苦しいが、もう決めた事。その分絶対に守ってやる、と二週間前に心の中で誓ったのだ。

 二週間前、王都にいた時の事を思い出しながら、私はチホの背中を見詰めていた。


 エッケリオンの王都、私の店である『ブライト商会』。今は息子のフェイに任せてはいるが、私も色々とやる事があって忙しい。

 そんな中でやっととれた休憩時間に、フェイとエレン村での出来事を話していた。フェイはチホの占いに興味があるのか目を細めて聞いている。

 私が言うのもなんだが、フェイは亡き妻に似て整った顔をしており、その顔一つで頬を赤らめる女性がたくさんいるのを知っている。色彩は私に似ているのに・・・。


「へ~。占星術ではない占いかぁ。僕もちょっと見てみたいなぁ」

「占星術とは違って的中率は高い。三日ほどしかいなかったが、その間に行った占いの結果は全て当たっていたからな。彼女は凄いよ」

「・・・父さんがそんなに褒めるなんて、珍しいね。よっぽど気に入ったんだ?」

「ああ。娘にしたいくらいだ。どうせならお前の嫁に、と言いたいところだがまだ子供だしなぁ。彼女が成人するまで待つか?」

「おいおい・・・。まあそれまで結婚したい人が現れなければ考えるけどね。でも彼女の気持ちが大事でしょうが。無茶言わないでよ」

「残念」


 この時の私は真剣だった。眼の色を見てフェイもそれを感じたのか、軽く睨まれてしまった。

 彼女を初めて見た時、この世界では珍しい黒い髪に黒い目が英雄物語を思い出させた。かの英雄と同じ色。まさか彼女は異なる世界から来たのか、と頭に浮かんだ考えに困惑したものだ。まあその後の彼女の言動から、信頼できると長年培ってきた観察眼が述べていたが。


「あ、そうだ。この間ラムダ国のウェルスさんが父さんを訪ねて来たよ。行商に行ってるって伝えたらまた来るってさ。近くに来たから寄っただけだったみたい」

「ウェルスさんが? 私も会いたかったし、残念だな」

「しょうがないよ。商人同士忙しいんだから」


 ラムダ国とはエッケリオンから南にずっと行ったところにある国だ。いくつかの小国を挟んではいるが、交易は昔から行われている。医術に優れた国で、エッケリオンから医術を学ぶ為に留学生も派遣されている。と、言っても最初に派遣されたのは現王、ギルフェウス・シャルロット・エッケンス様が即位してからだが。

 怪我や病気の治療はほとんど魔法で行う。国によって仕える魔法使いの力に大差はないのに、何故ラムダ国よりエッケリオンの医術が劣っているか。そこには星政庁の存在も影響している。

 魔法は魔力が低くとも想像力や集中力が高ければ効率良く使う事が出来る。ラムダ国ではそれをもとに研究し、人体の構造や薬学についての知識も意欲的に学ばせた為、想像が容易なのだ。少ない魔力で効率良く使える治療魔法だからこそ費用も安い。エッケリオンでもそれを実践すればいい、と先々代の王が考えたらしいが、星政庁の反対にあった為に叶わなかった。反対の理由は占星術で悪い結果になると出たから、という何とも馬鹿らしい理由だ。そのせいでエッケリオンでの治療魔法の費用は高く、払う事が出来ない平民は薬に頼る。だが薬とて安い物ではないのだ。結果病気になって死んでいく者が多いのが現状だ。

 ギルフェウス様はこの現状を改善したくて星政庁の反対を押し切ってまで留学生の派遣を行ったが、そのせいで貴族達との仲も良くないと聞いている。まあこれらの情報は一般には知られていないが。

 ウェルスはラムダ国の商人で、昔フェイが大病を患った時に、自分も同じくらいの息子がいるからとわざわざ薬を取り寄せてくれた命の恩人だ。彼とはずっと親しくさせてもらっている。仕事の面でもお互い情報を交換し合ったりして、交易に活かしているのだ。おかげでいまや商人の元締めのような面倒くさ・・・遣り甲斐のある立場になって、ギルフェウス様にも何度かお会いした事がある。交渉事に慣れているはずの私でもさすがに緊張したが、ギルフェウス様は寛容な方で私のような平民にも優しく声をかけてくださった。だから私はこの国、というよりギルフェウス様の為に尽力しよう、と誓ったのだ。

 そう言えばこの辺りの事をチホに軽く説明した時、とてもキラキラした目で見てきたな。本当に可愛い子だ。やはり娘に、いやフェイの嫁に(以下略)


「・・・父さん? 何だらしない顔してるの?」


 おっと、息子に注意されてしまった。そんな顔していたかな?


「すまんすまん。二、三日はここにいるから、ウェルスさんが来たら教えてくれ」

「わかった。で、その後はまたエレン村に行くんだろ? 彼女に会ったらよろしく言っといてよ。僕も占って欲しいからさ」

「ほう? 何を占ってもらうんだ?」

「勿論将来の事だよ。父さんの跡を継いで立派な元締めになるんだ」

「おいおい・・・」

「それで星政庁とも堂々とやり合ってやる」

「!」


 いつの間にか真剣な色を浮かべていた息子の目を凝視する。まさかフェイがそんな事を思っていたとは。


「・・・関わり合いにならなければ害はないだろう。それでもか?」

「何言ってるんだよ。僕が気付かないとでも思った? 父さんが星政庁を潰したがってるのは知ってるよ。その為に色々動いている事も。だから僕も協力する。言っとくけどこれは僕の願いでもあるんだよ。占星術師のせいで死にかけたんだから、僕だって恨みを持っていてもおかしくないだろ?」

「・・・お前ってやつは」


 確かに星政庁を憎んではいたが、フェイには気付かれないようにしていたつもりだったんだが。昔から賢い子だったしなぁ。

 思わず頭をクシャクシャと撫で回してしまった。嫌がるように手を叩かれたが。


 小さい頃は喜んで笑っていたのに・・・。


 手を擦りながら昔の事を思い出してしんみりしていると、さらに肩を叩かれた。だから痛いって。


「で、父さんはこれからどうするの? この際だから僕にも教えてよ」

「・・・・・・」


 言外に一口噛ませろ、と言っているのが分かった。我が息子ながら腹黒い性格になったなぁ。まあ私がそう育てたのだけども。

 確かにずっと考えていた事がある。チホに会って、彼女の力を見て、これなら星政庁に対抗できる、と。だがこれは彼女の身を危険にさらす行為だ。だから本当に実行するか迷っていた部分もある。

 私が言い渋っていると、フェイは何となく気付いたようで苦笑を浮かべた。


「みんなは父さんの事を容赦のない人だ、と言うけど、本当は優しいんだって知ってるよ。商会を大きくする為に厳しくしないといけなかった事も理解してる。だから父さんが何を言おうと嫌う事はないから安心してよ」

「・・・フェイ」


 優しく見詰める瞳は妻にそっくりだ。本当に良い息子に育ってくれた。


「さっきお前に話したチホ。彼女を利用しようと思う。王都に彼女の店を出せばすぐに人気は出るはずだ。占星術師がそれを黙って見ているとは思えん。確実に癒着している貴族どもと共に彼女を狙う。それを利用すれば星政庁の力を削げるし、腐敗した貴族どもを処分できる口実を作れるだろう」

「なるほど、囮か。まあ他に良い手がないしね。じゃあ父さんは言い出した分きちんと彼女を守らなきゃね」

「ああ」


 息子に言われずとも分かっている事だ。絶対に彼女は守る。

 これでも個人の財産は結構な額を持っているのだ。多少彼女の為に使っても罰は当たらんさ。


「エレン村から王都までの間にある街や村でも彼女の占いを広めればいいんじゃないかな」

「ああ、そのつもりだ。ただ、彼女が店を出す事に危険を承知で同意してくれるか。もし嫌がるようならその時は星政庁に手を出す事を止める」


 私がそう言うと、フェイは驚いたように目を見開いた。

 勿論これも本気だ。この計画を思い付いた時に、チホの考え次第で実行するか諦めるかを決めようと思った。彼女には悪いが、賭けようと思ったのだ。


「・・・それが父さんの考えなんだね」

「ああ」

「・・・わかった。でも僕は諦めないよ。例え父さんが諦めても、一生かかってでも潰してやる」

「やれやれ。そういう強情なところも妻に似たなぁ」

「何言ってるんだよ。父さんだって仕事で妥協はしないだろうに」


 暗くなってしまった雰囲気を払拭したくて冗談交じりに言えばフェイも気付いて冗談交じりに返してくれる。呆れたように苦笑を浮かべているが、その目はやはり妻に似た優しい瞳。

 それを見ながら、できればチホが同意してくれればと心の中で呟いたのだった。


 ふと気付けば、チホは村人への挨拶が終わってみんなに見送られながら馬車に乗るところだった。寂しそうなその背中を見つつ、私は手綱を握る。リトルドラゴンは私の指示通りゆっくりと歩き出した。

 リトルドラゴンの走りはとても速く、本気で走られたら馬車の方が持たない。だからゆっくり歩かせるのだが、それでもそれなりの速さになる為、村が見えなくなるのはすぐだった。


「・・・またみんなに会えるよね」


 ポツリと聞こえた彼女の言葉に、私は「勿論だよ」と答えた。その小さな願いをかなえるのが私の義務だ。

 朝早くに村を出て、延々と進んできてそろそろ昼に差し掛かる頃だろう。ずっと静かだったチホに声をかけ、馬車を降りる。昼食は簡単にパンと干し肉で済ませた。リトルドラゴンにはあらかじめ収納袋に入れておいた兎の肉を放ってやると嬉しそうにパクリとくわえる。それを見たチホが目を丸くしてリトルドラゴンと収納袋に視線を向ける。


「え? あんな小さい袋から肉が出てきた?」


 まじまじと袋を凝視するチホについ笑ってしまう。

 確かに収納袋は手のひらにのってしまうほどに小さいし、見た目はただの小汚い袋だ。だがこれもれっきとした魔道具で、どんな大きさの物でも入るし重さも感じないのだ。ただ容量は馬車一台分なのでそれ以上は入らないし、とてつもなく高価な為持っている人はとても少ないだろう。

 そう説明すると、彼女の瞳が好奇心からかキラキラと輝きだす。魔道具を見る度に同じような目をするチホはやはり可愛い。成人していると知ったのだから、フェイの嫁になって(以下略)

 そんな事を思っていると、リトルドラゴンがもっとくれ、とばかりに擦り寄ってきた。これはこれで可愛いのだが、折角チホの可愛さに癒されていたというのに。


「わかったわかった。今出すから」


 仕方なく肉を取り出すと嬉しそうに尻尾を振るリトルドラゴン。犬のような奴である。


「可愛い~」


 チホは微笑ましそうに見ているが、リトルドラゴンが一度暴れれば周囲は何も残らないほどなのだ。その光景を見て彼女は微笑ましい気持ちを失くさずにいられるのか。まあ魔物に囲まれない限りはそんな光景を見る事もないだろう。盗賊の類だってリトルドラゴンにかかれば簡単に蹴散らせる相手なわけだし。

 チホに鼻の上を撫でられて気持ち良さそうに目を細めるリトルドラゴンに、苦笑を浮かべずにはいられなかった。

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