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アンナさんが用意してくれた部屋はベッドが一つと机と椅子二つが置いてあるだけのシンプルな部屋だった。ベッドは木で出来た四角い台に布団(藁や羽を詰めたもの)が敷いてあるものだ。エレン村でのベッドも同じだった。
ジャックさんによると王都では羽毛が詰まったクッションのような物などもあるそうだから、お金に余裕があったら買ってやるのだ。だって布団が硬すぎる・・・。
コンコン
「はい?」
お風呂からあがって窓から入ってくる風に涼んでいると、ノックが聞こえたので誰何する。ジャックさんだった。
「どうしたんですか?」
「ちょっと話があってね。今いいかい?」
「あ、はい。どうぞ」
ジャックさんは中に入ると、持っていた二つのカップ(中身はお茶)を机に置いて椅子に座った。私も向かいに座って、礼を言ってお茶を貰う。
「で、話って何ですか?」
「うん。これからの事、かな」
「これからの事?」
「今日チホは占いをしたね。これから立ちよる街でも占いを続けてほしいんだ。君の噂が広まればそれだけ人気も出るだろうし」
「わかりました。次の街にはどれくらいで着くんですか?」
「この村を出れば王都までには街があと二つあるんだ。次の街へはだいたい三日ほどかかる」
「三日・・・」
エレン村を出たのが今日の朝。この村に着いたのは日が落ちた頃。日帰り旅行みたいな感覚でいられるのは今日までか(帰るわけじゃないけど)。
今まで本格的な旅行なんてした事無かったからなぁ。強いて言うなら学生の修学旅行ぐらい? まあこの世界の旅がそんな簡単にいくものじゃない事はわかるけどね。
「チホは旅慣れていないだろうから、何かあったらすぐに言ってくれればいいよ。無茶を言えるのも今のうちだよ?」
ウインク付きで言うジャックさんに思わず笑ってしまった私は悪くない(笑)。だって似合わないんだもん(ジャックさん、ごめんよ・・・)。
「あ、そうだ。一つ訊きたい事があったんですが」
「ん? 何だい?」
「この村には特産物はあるし、ダナンさんの素晴らしい料理もあります。たくさんの人がここを訪れていると思うんですが、それにしては・・・」
「村の規模が小さい、かい?」
「・・・はい」
王都から離れているとは言っても、これだけ王都で有名な特産物、ダナンさんの料理があれば人が増えて村の人口も増えそうなものだけど。
「確かにライガ村の規模や人口はエレン村と変わらないくらいだね。実はリグの実のせいなんだよ」
「え?」
「リグの実が生育によって変わる事は教えたよね。ライガ村の土壌が一番良い条件を備えている事も。ただ何故かその土壌の範囲が小さくてね。収穫量がとても少ない。今の時期が丁度収穫期なんだけど、村で使う分と王都に卸す分―――ほとんどが貴族達に買われてしまうけど―――で精一杯で、品切れ状態が普通なんだ。そうなると村の収入も少ないだろう? あまり村人を増やせば負担が大きくなるから、今の状態になっているというわけだ。収穫量を増やす為にリグの実や土壌の研究も行われたが、芳しくはなかった。リグの実そのものの生育は難しくないのに、特に甘くなるライガ村のリグの実は村人しか作り方を知らないから余計に大変なんだよ・・・」
う~ん・・・まあ作り方は村人が教えればいいけど(簡単に教えるかどうかは置いといて)、一番厄介なのが土なんだね~。私の世界なら成分まで詳しく調べられたかもしれないね。魔法じゃそこまで詳しく調べられないか。というか成分についても知らなかったり?
リョウタのおかげで魔道具が出回って生活は便利だけど、こういうところで手探りっていうのが両極端だね。
「占いで解決する事は出来ないかな?」
「え。占いでですか?」
「一番の問題は土だ。リグの実が甘く育つのに適した土壌を探せないかい?」
「・・・やってみます」
カップを横に避けて、タロットカードを取り出す。気のすむまできりまくり、三枚のカードを並べる。出た絵柄は。
「『東』、『○』、『ペン』・・・東って言ったらエレン村かな。ペンは・・・仕事というより役職? 村長さんの事かな」
つまり村長さんが知ってるって事になるんだけど・・・。
「村長さんが? 確かに昔王都でギルドマスターをしていた事があるくらいだから、人より情報は持っているだろうけど・・・」
・・・何ですと?
「村長さん、ギルドマスターだったんですか・・・?」
「聞いてないのかい? 当時は有名な冒険者だったんだが、怪我で引退して、その鋭い洞察力を買われてギルドマスターになったんだ。彼の手腕は確かだよ」
ほえ~。あのサンタクロースのような見た目からは全然予想もつかんですよ。あ、でも辺境の村の村長さんにしては目の色は鋭かったなぁ。ちょっと納得。
「そう言えば村長さん、身分の高い人の話になると顔を顰めてたし、冒険者に詳しかったりしたからちょっと不思議に思ってたんですが・・・」
「ギルドマスターという仕事は大変なんだよ。貴族からの依頼もあったりして交渉事はほとんど彼が行っていたし、色々な冒険者を見てきているだろうから」
「はあ・・・」
苦労してたんだろうねぇ。
村長さんがエレン村という辺境の村長になったのは、もう貴族とか人間関係のしがらみにとらわれたくないと思ったから、なのかな。
そう言うとジャックさんも「恐らくね」と頷いてくれた。ジャックさんも色々と苦労をしているから、良く理解出来るんだろう。
「ふむ。だったら今度行った時に訊いてみるとするよ。何か手土産でも持っていくかな」
「こういう事は早い方がいいんじゃないですか? 魔法陣も一日経てば使えるようになるんだし、戻ります?」
「いや、そんなに急がなくても大丈夫だよ。それに今回は君を連れていくという事で通りかかる村や街で行商は行わないから、それだけ早く王都に着く。その後向かえば良い」
「え。それは悪いような気が・・・」
「チホは気にしなくて良いよ。ちゃんと今回の分の行商は他の者に任せてあるから」
「そ、そうですか」
何とも用意周到なジャックさん。最初から私が店を出す事を承諾させるつもりだったんですね・・・。まあ断るつもりはなかったけどさ。
ジッと平凡な彼の顔を見詰めていると、フイッと視線を逸らされた! 罪悪感はあるんですな? なら許す(何様だ)。
そんなこんなで少し話をして、ジャックさんは自分の部屋へと戻っていった。扉には絶対に鍵をかけるように、と念を押して。
(私ってそんなに心配されるほどなんかい・・・)
まあこういう世界では盗みも普通にあるらしいからちゃんと鍵はかけますけども。ちなみに宿には全ての扉に鍵がかけられるようになってます。王都の宿にもなると魔道具式の鍵とかあるらしいよ。実物は見た事ないからよくわからないけど、説明を聞く限り私の世界の指紋認証みたいなものなんだってさ。ホント凄い。
まだ見ぬ王都に思いをはせながら、ちょっと固いベッドに寝転んだ。