7, 赤髪の刺客(4)
ロビーまで駆ける潤目。
もしかしたらただの火事とかかもしれないが、そういった気配は見られない。いや、むしろ危険性がある気配を体中に感じていた。後ろから春樹が追ってくる気配が感じられるが、待つつもりは全く無い。
(危険な気配は一つ。ジャックでもするつもりか?)
色々な事態を想定するも、強盗や、その類くらいしか思いつかなかった。
階段は全段飛び越して行く。着地時に多少の痺れが来るが、気にする痛みではないと心頭滅却する。
潤目がちょうどロビーに来たときには、かなりの人だかりが出来ていた。いや、無理矢理集められたというところか。
その人だかりの中心に、男が一人、ライフルを持って陣取っていた。
赤髪で、見た目、もみあげが非常に長いと思われる男。ふざけたようにぶかぶかとした服を着ており、その服には、潤目の見覚えのあるマークが刺繍されていた。
(あれは、政府の紋章・・・いや、外国のか?)
そんな男は、老若男女問わず、全員を標的にライフルを構え、不敵に笑みをこぼしている。
潤目は、なるべく見つからないよう、息を殺してその中に入っていく。
「あはは〜。院長さんはどこだい〜?」
ふざけた格好だけでなく、ふざけたしゃべり方だ、と潤目は思う。だが、男から発せられる確かな殺気は、本物の殺しを知っているものだと判断する。
院長はどこだ、と聞かれるも、ナースたちは怯えでそれどころではない様子だ。
「あれ〜?誰も知らないなんてことはないよねぇ〜」
相変わらずの気の抜けたような話し方で、ここにいる全員に問う。
ここで、初めてナースの一人が口を開く。
「い、院長先生でしたら、き、今日は出張でいません・・・」
「あらら〜、そうなんだ。じゃあ電話してくれないかなぁ〜。アイツァー・ランフォード様がお呼びですよ〜ってさ」
アイツァー・ランフォード。それが男の名前だと判断する。
ナースは、慌ててナースステーションの電話を取り、院長がいるであろう場所に電話し始める。
「あぁ〜暇だなぁ〜」
アイツァーがふとそんなことを口に出す。本気で暇だと思っているのか、あくびを一つ。
そして、大きな声で一声。
「あはは。俺様が犯罪者だぞ〜」
その後、アイツァーは自らで爆笑した。ちなみに、周りに笑える人間など、いるはずもない。
潤目は思う。
(こいつは、本気で馬鹿だ)
呆れの目でアイツァーを見るが、やはり気は抜けない。
と、その時ちょうど電話が終わったのか、ナースが戻ってくる。
「おかえり〜。どうだったかなぁ?」
「そ、それが、院長先生は、こちらで、問題を解決しろとの事で」
その言葉を聴いた瞬間、ナースたちの表情は瞬時にして曇る。
なにしろアイツァーの要求にこたえることが出来ない、つまりは危険度が増すのだ。
だが、アイツァーはそんな怯えもよそに、相変わらずのへらへら笑顔で、
「あら〜、それは仕方ないね。じゃぁ帰ってくるまで待とうかなぁ〜」
と、その瞬間だった。
アイツァーの目が、急に鋭さを増し、
「って言いたいところだけどさ、まずそこのアンタ、誰よ」
と、銃口を向けてきた先は・・・。
(気づかれていたか)
潤目だった。
一体全体、どうやってあの人数の中から潤目の存在を見抜いたのか、アイツァーのライフルは、間違いなく潤目に向けられていた。
その銃口から逃げるように、他の人たちは潤目から遠ざかっていく。
「もうなんかさぁ〜、黒ローブに身を包んでフードで顔隠してるって、怪しすぎでしょ〜」
外見の問題だったかと、舌打ちする。
潤目は、一歩前に出て、警戒の意を強める。こうなったからには、全面戦争しようとしているのだ。
「何が目的で、ここに来た」
誰?と聞かれた質問はまるで無視して、敵意満々で、アイツァーに問う。
だが、アイツァーはそれに気づいていないレベルのへらへら度で、答える。
「あはは。いやさ〜聞いておくれよ」
やりにくい、正直な感想そう思う潤目。
向こうはまるで、普段から接している友達のような口調だ。だが事実、知り合いではない。
とりあえず潤目は聞くことにする。
「うちの王子様がさぁ〜、この国の王女様に惚れちゃってさぁ〜、仲良くなったんだけどね、計画が決行されてから王女の行方が分からなくなっちゃったんだよ〜」
(どこの世間話だ、全く)
呆れながらも聞いているが、アイツァーの目的の目星はついた。
「つまり、お前はその王女様を探しに来たということか」
「あはは。そうなんだよ〜。んで、サークルエリアに侵入しちゃったらしく、戻らせろって命令受けてるんだわ〜」
どこの国の私事情かは分からないが、ずいぶんと迷惑な話だ。
しかし、問題となる点が、その言葉で出てくる。
(この国の王女が、サークルエリアに侵入した、か)
思い当たる節が無いわけではない。というよりもあった。まさかと思ったため、その時点では対処はしなかったが。
「そんでさぁ〜、アンタ一体誰なわけぇ?」
口調はそのままだが、明らかに敵意がある雰囲気で言う。
「答えてやる気は無い。今すぐ退け」
「あはは。そういうの、嫌いだ」
と、その瞬間だった。
潤目の目が、アイツァーのわずかな動きを見逃さない。引き金が、引かれる。
「っ!?」
思った時には、既に鉄と鉄がぶつかり合う音が響いた。
「うぉい!?銃弾止めちゃうってどんな奴だよアンタ」
感嘆の声をもらすアイツァーの手に握られているライフルからは、発砲した証拠に、煙が上がっていた。
「いきなり何の前触れも無しに撃たれると、流石に危なかったな・・・」
その手に握られていたのは、ナイフだった。
潤目は、引き金が引かれると思った瞬間に、その銃口の向きから位置を推測し、ナイフを構えていた。反射神経の向上をしていたから出来た技だが、もしやっていなかったらと思うと、背筋に冷たい感触が走る。
やはり、この男は相当な実力者だと判断する。
(ライフルに消音の式を施してたか。いや、それよりもあの全く無駄の無い動きでの発砲、気をそこに集中させてなければかわせなかっただろう)
潤目は、次の攻撃に備えて構えを作る。
「あらら〜。俺様とやる気かい?止めといたほうが身のためだと思うけどねぇ〜」
そんなことは言われなくても分かっている、と心の中で思う。
だが、口からはあえて強気の発言。
「お前に負かされるほど、やわな人生は送っていない」
すると、アイツァーは妖しく笑いかけ、
「俺様よりも苦のある人生送ってるんだったら、負けを認めてもいいけど、きっとアンタはまだまだ世界を分かってないね」
ライフルを捨て、懐に手をやる。
出てきたのは、一般のものよりもはるかに長い、二本のトンファーだった。それには、クリエイション・エンブレムがついている。
「こっちが俺様の本命よ〜」
くるくると、トンファーを回し、挑発するように言う。
潤目は思考を展開する。
(トンファーは、近距離での連打を主とした武器だ。一度攻撃されてはそのまま向こうのペースに持っていかれる。ならば、選択肢は一つ・・・)
身を低く構える。
「おぉ、来るか〜?」
相変わらずの余裕。だが、そんなことは関係無しに、潤目はナイフを握る手に力を込める。
そして、地を蹴った。
瞬時にして潤目とアイツァーの距離が詰まる。だが、アイツァーは逃げる気も避ける気も無いのか、微笑したまま、動かない。
「その余裕、打ち砕いてやる」
直前まで来たとき、潤目はとっさに懐に手をやり、もう一本ナイフを出す。果物ナイフだ。
それを超近距離から投刀する。
「あはは。甘めぇっての」
その近距離からはかわせないと見たのか、アイツァーはトンファーでそれを瞬時に叩き落とす。そして、そのままの動きで、潤目の下段からの第二撃をも予測し、叩き落す。
予想できないはずの攻撃を対処されたことから、潤目の表情は濁る。トンファーに蹴りを加えて、距離を一度取った。
「逃がさねぇって」
まだ、潤目が体制を立てる前に突っ込む。その速さも式によって強化された俊敏な動き。
「くっ!?」
距離を詰められ、アイツァーの豪雨のように降り注ぐ連打を紙一重でかわし、受け止める。だが、それは止まることなく降り続く。
「あっはっはっはっは!!どこまで耐えれるのかなぁ〜!」
中段下段上段、様々な角度から打撃が来るため、反撃を考えている余地は全く無い。
(政府の集めた臨時戦力が、これほどとは!)
なんとか体制を立て直したいものの、連打のせいで崩れるばかり。
「ほいよ〜!」
と、ここにアイツァーが蹴りを入れた。直撃し、軽く飛ばされ壁にぶつかる。
背中に衝撃が走り、肺から空気が猛烈に抜ける。
「かぁ・・・」
咳き込んでいる暇など無いが、あまりの苦しさにそっちに意識が行く。
アイツァーがゆっくりと、歩み寄る音が聞こえるも、上手く体が動かなかった。動かそうと力を入れると、肺が酸素を求めようとする。
「あはは〜。何者か分からなかったけど、アンタも頑張ったよ〜」
空中で、トンファーを不規則に動かしているのが見える。
(式を・・・組み立てて・・・・・・まずい)
潤目は、ナイフを地に走らせる。それを見たアイツァーは、やはり微笑し、
「まぁだ諦めないのか〜。あんまり頑張ると、殺すよ?」
アイツァーの回していたトンファーが、式を組み立てている。
「この程度で、終わると思うな」
その言葉を聴いた瞬間、アイツァーの式が完成する。
「あは。じゃあ死ね。『炎上』」
すると、空間が瞬時にして炎に包まれ、それが一点に集まり、潤目に放たれた。
そのタイミングに合わせたように、潤目の式も発動した。
瞬間、潤目のいた床が、ひび割れていく。
さらに、それは大きく地を響かせて、床は天高く突きあがった。それにより、炎は柱となった床に直撃し、消え去る。
それを驚いたように、アイツァーは、
「へぇ〜。ここで『隆起』の式を使うなんて、イレギュラーなことするねぇ〜」
突きあがった床に立っている潤目を見上げて、そう言う。
高さは天井ほどに達しており、人間の跳躍では届かないだろう。
そこで、少し体制と思考を整えるべく、時間をとることにする。ナイフを付きたて、式を組み立てる。
(炎上の式、一点集中と方向の調整、有り得ないくらいの出来の良さだ。・・・抜け目が無いな、この男)
改めて、相手の強さを実感する。果たして、勝てるのだろうかと不安にもなってきた。
「お前、一体どこの国の刺客だ」
ふと、そんなことを聞いてみる。
アイツァーは、トンファーを振るいながら答える。
「この国の王女様とお付き合いしてる国だって言ったじゃないかぁ〜」
「知っている。だが、お前のような人間はその国にいたとは聞いたことが無い」
「そりゃぁ―――」
一瞬言葉を詰まらせるアイツァー。だが、同時にアイツァーの式が、完成していた。
にやりと、笑みを浮かべ、
「極秘任務専用の、人間だからね、俺様は。」
式が、中を舞い隆起した床に纏わりつく。それはゆっくりと、蝕むように光を発する。
(干渉タイプの式。予想通りだ)
同時に、潤目の式が発動する。それもまた、隆起した床の柱に纏わり付くように中を舞う。
「へぇ、アンタ、読心術でも持ってるわけぇ?良く『干渉』の式に対して『効能破棄』したねぇ」
干渉の式は、その物体が式によって変換された部分を、意図的にいじる事が出来る。それに対して効能破棄は、自らが変換した部分を元に戻すため、干渉の式が無駄となるのだ。
だが、それに伴い、当然変換した式は崩れる。
隆起した床が、元に戻る。
それと同時に、そこから大きく飛び降り、アイツァーと距離を置いた。
「戦略が、俺の専売特許なものでな」
「ふぅん。じゃあ俺様は、実力が専売特許かなぁ〜」
よく言ったものだ、と潤目は思う。
実力が専売特許だなんて言ったら、他には何も要らないのではないかと。
「だが、ついでに言うならば、まだ終わってないぞ」
すると、潤目は何かを引っ張るような動作をする。見えない、ピアノ線を引っ張ったのだ。その先に繋がっていたのは、先ほど突き刺したナイフ。
ナイフが引かれ、アイツァーの背中めがけて一直線に飛ぶ。
「だから、言ってんじゃん。甘めぇって」
後ろすら振り向かず、ナイフを蹴りあげた。が、次の瞬間。
ドゴォ!と、大きな音がすると共に、アイツァーが背をそらす。
「がぁ・・・」
大きく前に飛ばされる。それを見計らったように、ナイフを構え、前方から飛んでくるアイツァーと対峙する。
「首筋を、狩る」
真っ直ぐ標的を見据え、跳んだ。ただ、一閃。
アイツァーにかわす術は無い。その一閃を、叩き込んだ。
「・・・っ!?」
しかし、潤目の顔に出たのは勝利に浸る表情ではなく、驚きの表情だった。
確かに首筋、頚動脈を狩った。が、狩ったアイツァーは、残像となって消えていってしまったのだ。いや、アイツァーはそこにいた。残像がまたも実像と化す。
「危なぁ・・・。マジで死ぬかと思ったわぁ〜」
汗をぬぐうしぐさをする。
「しかし、引き寄せたナイフで『隆起』の式を完成させるなんて、流石自称策士といったところかねぇ」
実際、本当に危ないのは潤目のほうであった。
確実に仕留めたと思った一撃が、潤目でさえ理解できない方法でかわされたのだ。恐らく式による効果だとは思ったが、一体何の式なのかが全く見当も付かない。
と、その時だった。
プルルルルル。プルルルルル。
「ん?ちょっと待ってぇ〜」
ポケットから携帯を出すと、通話ボタンを押す。
「こちらアイツァー・ランフォード。用件は何?・・・・あぁ、了解」
それだけ言うと、電話を切ってしまった。
潤目は警戒の意を解かないが、電話の内容が気になる。
「何を話してた」
「あぁ、俺様、帰るわ」
「・・・・・・何?」
すると、アイツァーは頭をかいて言う。
「いやね、帰りたくないのは山々なんだけどさぁ、王女様の所在が掴めちゃったわけで、追わないといけないんだわ〜」
トンファーを懐にしまい、ライフルを拾って微笑する
「んじゃ、また会った時にでも、殺させてもらうわ〜」
それだけ言うと、アイツァーは病院を出て行ってしまった。
いきなりの出来事に、潤目はその場に立ち尽くしていたが、状況を理解するとナイフを懐にしまう。
「お、おい。これは一体・・・」
後ろから突如、声がする。振り返ると春樹がいた。
そう言った理由は分かる。先の戦闘のせいで、床がぼろぼろになっていたのだから。
気にはしなかったが、とりあえず潤目は軽く式を立て、それを元に戻した。
その後、潤目は春樹のほうに向き直り、
「式を覚えろ。でなければ、政府に対抗することは出来ない」
振り返り、歩き始めた。
「ま、待てって。一体何が・・・」
春樹の言葉は完全無視で、病院を出て行ってしまった。
(あれほどの実力者、やはり政府も本気ということか・・・)