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69, 前夜・誓いの兄妹

 イミテーションとオリジナル。そうやって黄金の頭の中で順番が付けられているのならば、彼にとってはイミテーションこそが近い存在。オリジナルになど程遠い生を受けたことに恨みを抱くわけでもなかったが、そういう考えを持ってしまう自分に黄金は嫌気が差した。

 裏路地でオリジナルの黄金と出会ったとき、黄金は相手が仮面を被っているにも関わらずその正体にほとんど確信を持っていた。あれは、自分と対を成す存在なのだと。

 実際に黄金がオリジナルと顔を合わしたことは、3rdエリアに来る以前は三度も無い。黄金はそのような存在であったことは生まれた瞬間から知っていたが、ドッペルゲンガーと同じくオリジナルに出会えば自分の存在意義について問われることに恐怖を抱いていた。だが、一度会ってしまえばそれまでだ。他人がとやかく言うことも、オリジナル自体が黄金自体を酷く扱うわけでも無いし、目が合った瞬間石になったり死んだりしたわけでもない。つまり、何でも無かったのだ、黄金自身ががイミテーションだということで支障をきたしたりはしない。

 強いて言うのであれば、黄金が造られた空間の全ての生物が『自分と同じ』であったことには驚いた。同じ年代の子供が一人、二人と増えていき、いつしか大人たちよりも増えていく。子供の知識ではそれがどういう意味だったのかは理解できなかったが、今思い返してみれば、あれは『現在進行形』だったのだ。ああして遊んでいる間にも情報生命体は数を成していたのだ。

 そんな中、たった一人だけ自分と違う人物が目の前に現れた。

『何してんだてめぇ?迷子か?家出少女か?人攫いか?』

 少女は泣いていなかった。話を聞けば、少女の親が死んでこれから施設暮らしなのだと言っているにも関わらず、少女は自分を強く持っていた。暗がりで膝を抱え込んでいたにも関わらず、少女は黄金の問いに答えた。勿論、その口調に絶望が含まれていなかったわけではない。悲しみは確かにあっただろうし、我慢もしていたのだろう。

 少女の名前は白銀といった。以前から外に出るたびに顔はあわせていたものの、他とは類を見ない顔立ちをしているくらいで、後は銀色の髪の毛が不思議に思った、その程度の感想しか持ち合わせていなかった。

 けれどもあの時の彼女は違う。黄金はあの白銀を見て、半ば強迫観念に似たような感情に駆られて言葉を口にしたのだ。

『よし!今日からオレのことをお兄ちゃんと呼べ!』

 別に妹が欲しかったわけではない。肉親のように呼べる仲間が欲しかったのは確かだが、慰める意味でも、そう言いたかったのだ。

 彼女には戸惑いも何も無かったのではないだろうかと黄金は思う。返答は二秒もかからず、最後には微笑んで『兄さん』と黄金を呼んだ。

 ――その日から、黄金は白銀を守ろうと誓ったのだ。

 天真爛漫なくせして大人びていて、どこか危なげでしっかりした妹を。泣きたくても泣けない、強いのに弱い。本当にどうしようもない妹を。


「兄さん、何を考えているんですか?私の予想によれば、とてつもなく不謹慎なことを考えていたと思うのですが」


 隣で廃棄材に腰掛ける当の本人が、黄金に細い視線を送ってそう問うた。両手には情報課から持ってきたコーヒーカップが握られている。ミルクが大量に入れられているため、カフェオレと言ったほうが良いかもしれない。白銀はそのうち一つを黄金に渡して、話を促した。


「別に不謹慎じゃねぇよ。ちょいと昔のお前を思い出してただけだ。あの頃は身体の発達もまだまだで……」

「殺しますよ?」

「冗談だ。オレはシスコンでもロリ趣味じゃねぇ」

「……納得していいのか分かりませんが、とりあえずそういうことにしておきましょう。で、何を考えていたんです?」

「白銀がここにやってきた時のことだ」


 言われて、白銀はそうですか、と静かにつぶやいてカップに口をつける。ゴクリ、と一度誰にも聞こえないくらいの小さな音を立ててコーヒーを喉に流し込み、白銀は口を開く。


「私を妹にすると言われた時は、精神異常者と関わってしまったのかと大いに後悔してましたよ。まあ、今でも普通ではありませんけどね」


 声を出すたびに温まった口内から白い吐息が漏れる。

 黄金も何故だか酷い言われようだが、笑って壁に背を掛けた。


「今更だけどオレが、オレたち3rdエリアの人間が普通じゃないって気付いたのはいつ頃だったんだ?」

「ほとんど最初からですよ、普通ではないと思ったのは。何より決定打になったのは兄さんが父という言葉を知らなかったことです。良く考えてみれば、他の子供たちの親も全く見たことがありませんでしたし、今考えればおかしな所だらけですね」


 言われて黄金も考えてみたが、確かにそうかもしれない。

 親という概念はイコール研究員として繋がっていたあの頃ならば全く違和感を感じなかったが、父母を全く見たことが無いこの3rdエリアはどう考えても異常である。そんな最中に白銀が入ってくることを許されたのは、彼女の父である人間の所為なのか。


「さて、本題に入りましょうか」


 しばらく黙りこくっていると、黄金の話題を切って、白銀が真剣な表情でそう言った。

 黄金は先ほどまで疲労で倒れていたが、先に起きた白銀がこの深夜に話があるから来て欲しいとここに呼び出していた。

 白銀は一度俯くとコーヒーを傍に置いてパソコンをどこからともなく取り出した。何度かキーボードを打つと、ポケットからメモ帳を取り出して黄金に手渡した。黄金はそれを受け取って、ざっと目を通してみた。


「……?何だ、これ」


 書いてあるのは良く分からない古来の文字だ。読めないことは無いが、全く意味が分からない。白銀の几帳面さが出ている上手い文字がつらつらと列を成している。


「つっかえずに読んでください兄さん」


 いつの間にか白銀は黄金を見ている。期待とは違う、何かを我慢してるような、そんな顔が白銀に垣間見れた。それを横目にして黄金は文を読み上げる。


「I demand a reply.(我が声命答えよ)」


 突如、異変が起きた。白銀のパソコンから流れるようにして式が溢れ出し、黄金の周りに舞う。暗闇の中、プラネタリウムの中心にいるような輝きが辺りに立ちこめて黄金は思わず心を奪われた。感嘆の声を出しそうになるのを抑えて、続きを読む。


「An ancient golden can go through nothing.(太古より伝わりし黄金の意思は、何ものをも貫くことが出来ない)」


 黄金おうごん黄金こがねは同義。金色とは最も高貴である証拠であり、何よりも英雄の象徴。それは、たとえ死の象徴を象ったオーディンであっても同じく。最強とは高貴であり、魔とは最強である。形作る造形は限りなく槍に近い。


「A spear knight of a wise king appears here.(聡明なる王者、槍騎士の意思はここに在り)」


 黄金の頭に何かが流れ込んできた。

 荒野を駆けた英雄の姿。その手に握られた銀色の矛先を持つ神の槍。そして担い手を運ぶ馬の姿。万軍を打ち払い、死を形成す。


「The name is―――」


 春樹の出したそれは、白銀が見る限り『それ』ではなかった。持つべきものの手に帰る槍は、それ以外を対象としない。だが、今見ている姿は『それ』である。金色の矛先も変わらず、槍の寸も変わらない。けれども白銀には分かった。それが、黄金の槍であることが。


「Gungnir.(ガングニール)」


 黄金は槍を手に取った。吸い付くように自分の手に合い、今までそれがそこになったことが違和感とも感じるほどの一体感。ぶるりと身震いが自然に出てしまう。恐怖、とも言えるだろうが、何よりもこの槍から感じられる力こそが、黄金を奮い立たせていた。

 穂先に殺意。柄に覇気。自らに豪気。感じ取れるのは、槍騎士の意識。これこそが、黄金の槍、ガングニール。

 一度空を薙ぐ。

 ブォンッ!と激しい空気を斬る音がし、重量感も上々、何もかもに最上級のバランスの取れた槍だと黄金は直感した。


「これは、そうか。白銀の親父さんが作った言う、『三種の神槍』の一本。あいつも持ってる、神々の槍の模造品」


 あいつ、という言葉を聞いて白銀がその槍に手を添える。


「用件は理解できますよね。それは、兄さんのために作られた槍。……いえ、本当はお父さんが誰かのために、何かのために残したのでしょうけれど、私はこの槍は兄さんの手にあるべき運命だと信じています」

「……これを、どうしろってんだ」


 用件は本当は理解できていたが、あえて黄金はそう問うた。


「この槍で、あの男を倒しましょう。そして、そのあかつきには政府を離れて、彼らと共に戦う。3rdエリアのためにも、数多く死んでいった情報生命体たちのためにも」


 決意を共にすることを、白銀は黄金に要求した。

 黄金はそれにすぐには答えない。眉を寄せて、少しだけ考えるように空を見上げた。

 あいつとは無論オリジナル黄金のことである。確かに裏路地の一件から黄金を殺そうとしたことは確か、敵であることに間違いは無い。しかし、それは『敵』だと認識した場合に限った。黄金としてはオリジナルである黄金に勝負を挑むのにはやはり引け目がある。それは向こうに対する同情も含め、その場に居合わせた自分がどうなってしまうのか、という少量の恐れも含まれる。どこの世界でも所詮模造品はオリジナルには勝てない。これは不変の真理であり、言いくるめられたらそこで自我の終幕。存在の不確定性が発生する。

 弱気になっているつもりは黄金自身には無いのだが、戦う姿を想像すると胸の奥がもやもやした。


「あいつを殺したら、オレは一人の黄金になる。イミテーションとか、オリジナルとか関係なく黄金になる。それは良いことなんだろうか」


 素朴な疑問であった。知らない人間は知らないままだが、自分自身の問題としては、言うなれば実の親だと思っていた人間が実は違った、くらいの環境的心情の変化が必要だ。あって当然だった自意識。抱かざるを得なかった劣等感。それが急に失せたと言われても、困りものであった。

 白銀はそんな黄金の心境を察してか、それでもなお強い口調で言った。


「良くも悪くも貴方はイミテーションじゃありません。兄さんは兄さん以外の何ものでもありません。そして、兄さんは兄さん以外では有り得ない。それだけです」

「それは無理矢理こじつけた自己保身だろ。オレっつぅ存在は確かにオレでしかないが、それは主観的に見たもんだ。客観的に見れば、オレはあいつの贋物。それも動かねぇ事実なんだよ」

「だから主観で感じろと言ってるんです兄さん。どれだけ辛い事象があろうとも、それをどう認識するかが全ての問題なんです。物を無くしただけで精神的に追い込まれる人間もいれば、幾億の嫌がらせを受けようと前向きになる人間もいる。私は兄さんに後者になれと言ってるんです。それが無茶な注文でも、今は聞いてください。……お願いです」


 白銀はうつむいてそう小声で懇願した。黄金の服を掴んで、力を込める。それがどれだけ強いものなのか黄金には分からなかったが、震える手先から本当にそれを心から望んでいるのだと感じ取った。

 話だけ聞けばそれは無茶な話である。空元気など出したところで、本番にそれが実行できるわけが無い。

 だが、どれだけ弱気になろうとも、どれだけ自虐に走ろうとも、目の前で自分の服を掴んで離さない彼女の言葉だけは黄金にとって大切なものだった。


「――そう、だな。可愛い妹のお願いとあっちゃあオレも覚悟を決めるしかねぇな。ま、別にあいつが怖いわけじゃねぇ。ただ、そのなんだ、あいつは強い。オレらしくねぇけど不安要素がな」


 すると白銀は掴んでいた手を黄金の背中に回して、顔を黄金の胸に埋める。


「大丈夫。私も一緒に兄さんと戦う。辛い思いをしてきたのは兄さんの方なんです。私が付いていて、負けることは有り得ません。きっと神様も私たちの味方をしてくれます。だから、大丈夫」


 珍しくも神頼みのようなことを口にした白銀を、黄金は頭に手を置いて抱き寄せた。さらさらと流れる白銀はくぎんの髪の毛が手の平に気持ちの良い感触を残し、確かにそこに守るべき妹がいることを頭に刻み込んだ。


「そうだな。白銀がいりゃお兄ちゃんは力が百倍に増すからな」

「――本当に、馬鹿ですね」


 愛しい、本当に愛しそうに髪を撫で、新しい自分の槍を天に掲げた。


「誓ってやる。オレはこの槍であいつの心臓を貫く。オレを手に入れるためにも、白銀に心配をかけないためにも」

「……はい。よろしくお願いしますよ、兄さん……」


 贋物の兄は、月の女神に願いを捧げる。

 どうか、この優しさで満ち溢れた妹だけは、彼女だけは永遠の幸せをと。

 死の象徴が振るったこの槍が、我らの未来を紡げるようにと。

 叶わない望みを、どうか叶えてくれないかと。




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