追憶・惨劇を舞うハクチョウ(1)
四年前。サークルエリア都市化計画が決行されたのが十年前だとして、それから内部がやっと整った、そんな間際での出来事だった。
その頃の1stエリア、現在においての滅びた6thエリアで、サークルエリア史上最悪の事件が起きた。国の文化を直接的に受けた内部は、西洋館のようなレンガ造りの家が目立ち、廃れた外界から見れば国宝級の出来がそこには広がっていた。現在において、外界の建物文化は完全に近未来化し、今やレンガは勿論のこと、コンクリートや鉄筋などで作っている家宅はほとんど見受けられない。式で構成された最上級建築方法がほとんどの場所で取り入れられ、今や昔の温かい雰囲気は微塵も感じられない。
そんな中で平和とはっきり言える暮らしをしていた、その均衡をぶち壊したのが『それ』だった。
―――
「ふざけるなっ!!」
空間に喝が飛んだ。隊列を乱すことなく歩いていた兵士たちは、その声に怖気づいた。
声を発したのは、彼らの上司、若くして治安維持機関の統括者となった希信一だった。その若さでここまで上り詰めたことを妬む人間はいない。というのも実力頭脳などなど、治安維持機関の統括者に必要なスキルを全て身に着けていると言っても過言ではないからだ。逆らった人間も多少いたようだが、すぐに捕らえられて牢獄に入れられている。二の舞を踏もうとしている人間はいないようだった。
その当の信一は、通信機に向かってむき出しになった怒りをぶつけていた。
「防壁を破壊しただと!?そんなことが有り得るわけがなかろうが!」
と、その言葉が吐かれた瞬間、兵士たちの中に緊張が走った。
口々にその事象に対する自らの推論、畏怖、心配、豪気を辺りに振りまく。信一はそれが耳障りに思ったが、そんなことよりも通信機の向こうが果たして正気なのかを確かめる必要があった。
『あっ、今最終防衛フィルターを突破して1stエリアに到着!物凄いスピードで破壊行動を……』
「市民の避難は完了しているのだろうな?」
『滞りなく。傭兵に志願したものたちは中央広場にて集合している模様です』
「了解した。1stエリアに被害を留めろ。絶対に拡散させるな」
『了解。では、指令をお願いします』
「傭兵たちに牽制を依頼しろ。街の損害は諦めて良い。それと決して無茶をするな、牽制と退避を繰り返し、こちらが到着するまで時間を稼げと伝えておけ」
『了解しました』
ブツッと耳につく音を立てて通信が切れる。その音を聞いてか、兵士たちはざっと静まり信一の命令を待つ。
兵の数は百は超える。見渡したところで一番後ろの隊の構成が見えないほどだ。だが、話を聞いた後では何故かこれでも心足りない。信一は程度の半端無い事象に怒りを隠せなかった。強盗殺人や連続強姦魔、無差別発砲に立てこもり事件。様々な事件を解決してきたが、これほどに焦燥を感じることは無かった。
一度深呼吸をし、震える全身を抑えるように暗示をかける。
落ち着け、落ち着け、落ち着け……。
「本隊は早急に1stエリアに直行する。その後の指示は各部隊隊長に一任し、私も戦闘に参加する。先ほど通信でも言った通り、ヒットアンドアウェイを基本戦法にして戦闘すること。少しでも危ないと思ったら撤退しろ。決して無茶はするな。プライドがあるのは理解できるが、今回は相手が悪すぎる。実力は未知数、実態も不明。気に留める部分も多いと思うが、皆全力を尽くしてくれ」
『了解!!』
武士たちが意気を空気に響かせ、その場に一気にピリピリとした空間が広がる。これからはもう冗談など介入する余地も無い状況になる。
信一はもう一度深呼吸をし、後ろで大口を開けて彼らを迎えようとしている巨大な扉を目にした。これにサイズの適当な手でも付いていれば、間違いなく地獄への誘いだろう。
白い霧が見えたような気がした。
(そろそろ緊張がピークだな。幻覚まで見えてきた……)
何故か冷ややかな感覚までも感じてきた。これは本格的に五感がいかれてきた様だと、信一は頭を抱えて首を二三回横に振る。
「の、希隊長。扉の隙間から冷気が漏れていますが……」
「――何?これは幻覚ではないのか?」
「はい。皆見えていると思いますが……この温度の低下は恐らく」
まさか、と思って信一は扉に手を当てる。
……冷たい。コンクリート自体が熱の吸収と発散のコントロールが出来ないと言えども、これは間違いなく『冷やされている』。長い間手をつけていれば、凍傷を起こしてしまいそうだった。
本当に地獄の空間があるかのように白い霧は立ち込め、ひんやりとした肌を突く感覚が痛い。
冷気。つまり、この扉の向こう側にあるのは『零度以下の何か』。そんなものが街中にあるとは到底思うまい。
「まさか、式……だというのか?これは本格的にまずい。特攻するぞっ!!」
信一はカードを扉に当て、その上からペンで開錠式を刻んだ。
―――
春樹の目の前にはおぞましい光景が広がっていた。援護に来るという本隊は後数分らしいが、このままでは全滅しかねない。
侵入者はあまりにも美しい鳥だった。白い天使のような羽を背中に惜しげもなく広げ、その上から人を滅ぼす殺虫剤を振りまく悪魔。風貌もまた、流れるような黒髪に、どこから脱走してきたのかは知らないが、それに似つかない囚人服。華奢な細い体で、空というリングの上でスケートとするように舞う。
だが、その振りまく殺意はあまりに危険。式というものがどれほどのものかは知らないが、仲間で扱える人間が多少いる。その風景を見ていたが、まずは理論と根拠を組み立て、それを理解した上で法則に従って空間もとい物理に干渉するらしいのだが、あれはもう『魔法』だった。
ファンタジーの世界に迷い込んだ覚えは無い。だが、悪魔が唱えるのは魔方陣も皆無に等しい即効の攻撃。
「『冷気』っ!」
まるで神からの恵みでも受けるように手を上げ、そこに白い色をもった冷気が収縮していく。周りではその冷気で凍りついた水分が凍りつき物体になる。
「はぁっ!!」
一喝と共に、それが拡散する。屋根の無くなったドームのように展開していき、直撃した全てを絶対零度へと導いていった。それに隠れていた同胞が凍傷を起こし、次々と倒れていく。
ずいぶんと芸の利いた地獄絵図だった。
「や、やべぇぞあれ。時間稼ぎとか言ってる場合じゃネェ……。早く逃げよう!」
「政府到着まであと五分か……ギリギリで厳しいな」
「ふざけんじゃねぇよ!あんなのとやり合ったらマジで殺されちまう!」
次々と傭兵が姿を消していく。気持ちは分からないのでもなかったが、あまりに無様な光景で笑みが漏れた。
無論、春樹には逃げる意思などない。むしろ震える身体を恐怖ではなく、武者震いだと無理矢理こじつけられるくらいの度胸はあった。とは言え、真実は恐怖。勝てる気はそれこそ微塵も無い。
白い羽が生えたあの悪魔はきっとハクチョウ。惨劇を渡り飛ぶ渡り鳥であり、この場で場違いにも体を休めるつもりなのか、それともここでもまた惨劇を振りまくのか。
知らぬ間には春樹と数人の傭兵しか残っていなかった。他は全員避難してしまったのだろう。
その一人、肉付きの良い頬髯の屈強そうな男が話しかけてきた。
「坊主、おめぇこそ逃げたほうがいいんじゃねぇのか?ここは子供のいる所じゃぁねぇぞ」
確かにその頃の春樹は十五ほどの少年。鍛え上げられていると言っても所詮は未発達な身体。男たちには場違いなのは彼のほうではないかと思ったのだろう。春樹も自分の風貌を知っているから、納得出来ないでも無かった。
けれども春樹は精一杯威勢を張る。
「任せろ。俺はそこらそんじょのガキとは違う。今ここでお前を刺し殺すことだって出来る」
そう言ってナイフをくるくると回した。挑発だったが、正直勝てる見込みは無い。どう考えても体系的に無理がある。漫画の世界ではないのだ、体系が劣れば戦況も変わる。自己顕示以外の何ものでもない。
すると男は豪快に大口を開けて笑った。
「はっはっはっは!!根性あるじゃねぇか坊主。良い目をしてやがる、てめぇには期待出来そうだ」
だが一転、笑う余裕など与えないとでも言うように収縮した冷気の柱がこちらに向かってくる。目に見える風景を氷結させながら、直進するそれは台風を上から見たような竜巻。氷のつぶてが壁に当たるたびに破砕音が耳をつんざき、『その音が壁の壊れた音』だと知る。
筋肉質の男は、おもむろに近くにあった鉄板を投げ、それを直撃させた。
すると、物体が凍っていく過程を観察する間も微塵も与えられず、鉄という凍りつきそうに無い物質が白銀に閉じ込められる。物凄い風の音が辺りを包み、春樹やそのほかの男たちは壁にしがみついて態勢をなんとか崩さずにいた。
「ちっ。なんちゅう威力だ」
鉄板を投げた男も、それでは抑えきれないと悟って建物の隙間に飛んで逃げ込んだ。その合間を縫うように氷結した風が鉄板ごと吹き飛ばし、今まで男のいた路地をアイスバーンへと変貌させていく。
ビキビキと乾燥していく路地は、次の瞬間にはひび割れて氷山を作り出していた。
その光景を見て、春樹は再び身を震わした。武者震いじゃない。圧倒的な戦力差による絶望を含んでいた。
(化け物だな、あれは)
空中で神でも気取るように自分たちを見下す男とも女とも言えない襲撃者に目をやる。既に次の式も完成させているのか、手の上には巨大な水泡がいくつも展開されていた。
「ありゃぁ本物の化け物だな。確かに政府の言うとおり援護を待たなけりゃ本気で死ぬかもしれねぇ」
隣にいた男が漏らす。それに筋肉質の男が頷き、壁の隙間からこっそりと敵を観察する。
「操作性の式使い。それもとんでもねぇ種類を持ち合わせていやがるし、あの威力だ。追尾性でも付属されちゃ俺たちもあっという間に転がる死体なっちまうぜ。次は『水泡波』か何かが来るぜ」
するとそれを聞いた隣の飄々とした男が、ペンを手に持って壁に何かを書き始めた。その不思議な光景に、春樹は思わず問うた。
「それは何をしてるんだ?落書き、なわけはないよな」
「式を知らねぇのかお前は。まぁ子供だから無理も無いわな。見てろ、すげぇことしてやる」
と男が勢いよく筆を振るうように一線入れると、その異変はすぐに表れた。
壁は白色だった。汚れ一つ付いていないと言えば嘘になるが、それでも手入れのされた手触りの良い壁だったはず。だが、それが今段々と変色し始めてきている。
灰色、というには光沢があり、銀色、というには鈍色に近い。鉄がそこに生成されていた。触ってみれば、ひんやりとした鉄特有の温度を掌に感じた。
「『変性』。まぁ総称だが、材質変換だ。こういうことが出来るんだよ式って奴はな」
何度も壁をさすってみるが、やはり『鉄』以外の何ものでもない。
――瞬間。
カンッ、と何かが何かにぶつかった音がした。ちょうど、そうだ。春樹の記憶上で最も酷似しているのは、トタンの屋根に水玉が落ちるような音。
(いや、これはもっと鈍い音……)
百聞は一見にしかず、という言葉は誰が作ったのだろうか。
春樹の目に飛び込んできたのは、穴だった。
「まずいっ、ここから離れるんだ!」
男が叫んだのと、春樹の頬を何かがかすめていったのは同時だった。
しかし叫んだのは飄々とした男。
「鉄を貫いてきやがった……冗談もほどほどにしてくれってもんだ」
毒づいて壁の間から出て、大通りへと出る。春樹と筋肉質の男も後に続いた。
春樹は今までいた路地を振り返る。
鉄と化した壁は、今やマシンガンに打ち抜かれたように歪に穴だらけになっていた。そして、その周辺にその残骸。……水。
飛んだ飛沫が鉄と化していないほかの壁にシミを作り、その下には水たまりがうっすらと出来上がっていた。あれが鉄を貫いたというのならば、水圧はいかほどのものか。あれで身体を貫かれたらと思うと、二度と水道を使えないトラウマになりそうだった。
「うあぁぁぁ!!」
悲鳴が次々と聞こえる。他の場所に逃げ込んだ仲間があの水鉄砲にやられたのだろう。それを聞いて飄々とした男が苦い表情をする。拳を握り締め、地面にペンを走らせた。
「お、おい!そんな大通りで式を組み立てるな!やられるぞ!」
筋肉質の男が春樹の横で言うが、行動を止めようとはしなかった。春樹と男は既に他の場所に身を隠しており、その飄々とした男だけが路地で怒りの表情を悪魔に向けていた。
「死にさらせ、このクソ悪魔がぁぁぁ!!『地殻』っ!」
地柱とは違う。
まず春樹が見たのは、地面の激しい隆起だった。土の下からモグラでも出てきたわけでもないのにアスファルトが破砕し、茶色の土が姿を現す。だが、それは『土』ではなく既に焼き色と化した『殻』だった。
異物がそこには存在していた。ボコボコとこぶが連なって殻を広げていき、次第にそれが天に伸びていく。非現実的な形はとても理論は根拠で立てられるものじゃなかった。
「な、どうやってあんな訳の分からない形を地面から出してるんだよ」
筋肉質の男はその式から目を一点すら離さず答える。
「客観的に見れば、あれを生成するには広範囲にわたって地面を削って生成する必要がありそうに見えるが、見ての通り俺たちの周りの土は少しも減っていない。あれはだな、内部が無いんだ。つまり、柱の中身は空洞、よってその部分が突起に使われる。重量面の問題もあるが、それは式でまかなわれている」
地殻は物凄い速さで悪魔にたどり着くと、その大口を開けて悪魔を取り込んだ。重量のあるものが地面に落下したような大きな音を立て、その口が閉まる。悪魔は閉じ込められた。
滑稽であった。空高くにごつごつした球体が一本の柱によって支えられている。
しかし春樹はどうにも危うい感じを覚えていた。中が空洞であるからに、殻は薄い。あの悪魔を閉じ込めておくには幾分どころか、全くと言っていいほど強度が足りないように思えた。
だが、飄々とした男は構わずその柱に更に式を刻み込む。
「これで、終わりだぁぁ!!」
春樹は空を見上げる。
瞬間、球体が歪な体をさらに歪にくねらせ、風船が割れるように一気に収縮した。質量を完全に取り戻した柱は、今や空洞などとは無縁の関係。中に入っていた悪魔は間違いなく潰された。
メリメリッと依然として不気味な死の象徴が音を立て、さしずめ拳に握りつぶされた卵のように破砕する。
「やったかっ!?」
男が表情を緩めた、その隙が命取りとなった。
「――は?」
次の瞬間には男はがっくりと膝を折っていた。その胸には――氷の刃。無慈悲なまでに冷たいそれは、本当に無慈悲に男の身体を貫いていた。
「死ね、愚図が」
終わりではなった。
球体は知らぬ間になくなっており、空にはその殻が散る。代わりに悪魔の周りには氷の星たちが光を取り込んで反射し、そして、降り注いだ。
飄々とした男の眼が最後に捉えたのは視界を埋め尽くす氷の塊。塊ではないのに、その量からそう錯覚してしまうほどの脅威だった。肉を引き裂かれ、貫かれ、冷たい感覚が身体中に渡る。
凍りついたわけじゃないのに、身体が動かない。それは全ての間接に杭を打たれたから。
死にそうなわけじゃないのに、身体が冷たい。それは全身が凍り付いているから。
身体が冷たく、そして動かない。それは、既に死に絶えているから。
「嘘……だろ……」
男は顔面から地面に落ち、呼吸を止めた。
北極大陸だったか。いや、恐らくユーラシア大陸北部のほうはこのような光景であったような気がしないでもない。氷の祭典と呼ばれる祭りが開催されている地区もあったはずだ。
だが、ここサークルエリアにおいては雪どころか雨すら降らない完全管理区域。気候の変化の訪れることの無い室内において、信一が見ているものは有り得ない。
「希隊長……。冷たい世界ですね」
そう言う隊員は、倒れている傭兵を抱き起こして、脈を計る。生きていないことを確認すると、数秒だけ黙祷してゆっくりとその死体を寝かせた。
冷たい、というのは温度の問題もあったが、何よりも死が満ち溢れていた。傭兵で作られた死の路地は、中央広場へと一本に伸びていた。そして、その中央広場の上空。
「あれが、襲撃者か。歪……ではないな。むしろ美しいという表現が似合うか、それとも妖しいという表現が似合うか。……何にせよ、討つぞ」
「中央広場との連絡係との連結が途切れています。恐らく、傭兵側の被害も絶大かと。最終報告では、傭兵の九割は撤退したらしく、残っているのは片手で数えられるほどらしいです」
「そこまで減ったか。五人以下で抑えられているのか?」
「最後の悪あがきみたいなものでしょう。早く救援に行かなければ時間の問題かと」
「分かった。全隊員ここで待機しろ」
その信一の言葉に、隊員たちがざわめきだす。
「な、何を血迷ったことを!?今までの行動は一体何を」
それを遮り、信一が振り返る。
「奴の力を見て分かった。数は質に勝るというが、恐らく相手が悪い。犠牲を出さないためにも、ここは私が一人で食い止める。無論、これは演習ではない。手加減する気など微塵も無いから私の身を案じているのならば止めろ。必ず仕留める」
「し、しかし。これまでそのような前例はありません。むしろ我々が貴方の護衛をしなければならないというのに、それでは顔が立たない」
「顔が立つ、立たないの問題をこの状況で出すのは不適切だ。先ほども言ったが、プライドや各自の想いというのがあることは私も重々承知している。だが、相手を考えろ。サークルエリアを丸々一つ飲み込み、腕の立つ傭兵たちを残らず始末出来る輩だ。傭兵の中には我々治安維持機関をも勝る人間がいることは貴様らも知っているだろう。兵士がどれだけ群がろうと、傭兵がどれだけ奮闘しようと歯が立っていない。ならば、どうするべきかは一つしかなかろうが」
兵士たちはその演説ばりの言葉に耳を傾け、黙り込んだ。
「私の実力は各自が痛いほど知っているはず。確かに、十五やそこらの少年の言うことを聞くのは大人である貴様らにとっては不服かもしれないが、それこそただのプライドだ。私も人並みの感情は持ち合わせているが、今はそれを捨ててくれると有り難い。いや、捨てろ」
信一の決意に満ちた眼光が全ての兵士を貫いた。その眼は絡みつき、決して各個を離そうとはしない。そんな眼力が信一にはあった。
兵士たちは怖気づき、既に信一の論に反する人間はどこにもいなかった。それを確認すると、もう一度中央広場上空を見据え、大きく深呼吸した。
「I demand a reply.(我が声明に答えよ)」
兵士たちはそれに驚きの声を上げた。
あの希が、本気を出すのだと。あの信一が、ついにあれを使うのかと。
信一の周辺に式が展開される。
「All elements gather to me and make form.(力の源は我に集う)」
十五やそこらの少年が、ここまで上り詰めた理由は何か。
聡明かつ豪気。信一に対して全ての分野でたった一つでも勝利を収めることは、たとえその分野に長けた博士でも難しい。それは『神童』という名の天才だったからだ。
「A fist for the shape to destroy it. A fist to protect it.(型は殲滅の意思。型は守護の意思)」
入局当時から信一は目を付けられ、英才教育とも言えるスパルタを受けてきて育った。いつしか感情は押し籠り、知らぬ間に信一は全てを超越した。
「The name is―――」
だから信一には、特別これといって特筆すべき点がない。だから信一には、全ての分野において最強を名乗ることが許され、義務付けられた。
信一に与えられたのは、『全能』というなの武器。
「element.(エレメント)」
拳にしたのは、篭手。
本来弓を射るための防具であったり、フェンシング等の防具である手甲。それは『守るためのもの』であると同時に、信一にとっては『滅するためのもの』でもある。
だから、その拳を強く握り締め慣らしておく。今から殴りに行く悪魔を見据えて。
「行ってくる」