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67, 異変(3)

 そこには春樹、信一、由真、白銀、黄金、九条、日比谷と、政府に対抗するべく見知りの人間が一斉に集まっていた。

 既に白銀と黄金は二階に上がって睡眠を取っている。彼らは戦闘など含め、かなりの行動量をこなしてきたため、ここに来て一気に疲れが出たように情報課の建物に入るやいなや即効で倒れてしまった。中で待っていた由真と九条がそれぞれ二階に連れて行ってくれたのだ。日比谷も昨晩から爆睡状態で、目を覚ます兆しすら見えないという。

 だが、春樹や信一にとってそれ以上に驚いたのが、新谷の死であった。驚いた、というには優しいかもしれない。ショッキングと言えるほど関わった人間でもないが、供養するだけの心の余裕はあった。

 春樹にとっては日比谷の友人、協力者として目を合わせていたし、信一もここに来た直後に政府の目を欺くために色々と協力を得ていたらしい。彼が逝去する間際には光の柱が立ち上り、信一はそれを『要塞が落ちたという合図』だったんだと言った。

 要塞がどうのこうのという話は、由真と信一が交えて説明をした。

 要約すれば、城とは先ほど空間干渉によって建築された中央大学園施設の真の姿、オベリスクであり、要塞とはそれを隠していた中央大学園施設。そしてここはその要塞を欺くために立てられた狐の要塞。

 九条もそれに加わり、自分が実はライフを含んでいないことを春樹と由真に正直に話した。由真はそれに大いに驚いていたようだったが、春樹同様それならば襲われることはないだろうと、安堵を見せていた。これもまた、信一によれば『狐の仕掛け』であり、命が、つまりライフすら化けていたらしいのだ。


「私は貴様たちが来る前にこれを聞き、それを更に信憑性の高いものにするために九条美香留を悪いと思いながらも野放しにした。向こうは情報課にライフの取り出し方があると踏んでいたようだったか、この結界式に負けていたようだな。結果的には私のほうが欺かれたが。まさかオベリスクの存在を知っているとは思わなかった。すまない」


 信一が本当に申し訳無さそうに頭を下げる。信一が頭を下げるという行為があまりに珍しかったため、春樹は急いで頭を上げるように言った。


「確かに九条とかを危険にさらしたのには関心しないけど、もう終わったことだ。向こうもオベリスクにライフがあると知って攻めてくるんであれば、俺らはそれを食い止めれば良い。今はそれでいいじゃねぇか」


 それには由真も頷く。


「ですね。そう思うのであれば、二度と過ちを犯さぬように気を付け、今は準さんを助けることだけを考えましょう」


 その由真の言葉を聞いて、信一は顔を上げてそうだな、とやっと肩の力を抜いた。

 春樹は信一が反省したと見て、自分自身の緊張も解いて、改めて『異常』を見渡した。

 外の光景も十分驚愕だったが、この情報課の中もおかしい。確か以前に来たときの光景は、書類や機械類で溢れていたはずなのだが、それが今全く無い。新谷が死んだからといってそれらが全て無くなるとは考え難い。

 引っ越したばかりの新築の家のようなだだっ広さがある空間には、一台のパソコンと木製の机、椅子のほかには何も無い。情報課、という名前はもはや影も形もなくなってしまっていた。


「それにしても、ここは一体どうなっちまったんだ?俺が最初来たときとは全然違う……」


 そこで九条が話しに食い込んできた。


「多分オベリスクが再建されたから、そういう関係のものは全部燃えちゃったんだと思うわ」


 春樹と由真がそれに同時に首をかしげる。


「燃えた?オベリスクと何の関係があるんだそれ」

「うん。普通は分からないわ。オベリスクには……眼鏡の彼から聞いたと思うけど、『守護』とか『保護』の意味があるのよ。それは他でもないこのエリアの『ライフ』を守ることを指し示しているんだけれども、オベリスクにはもう一つ意味がある。それが、『串』。串っていうのは勿論ものを焼くためにあり、またそのものを落ちないようにとか、固定するっていう役割がある。固定っていうのは『狐の仕掛け』のよる安泰を意味して、『焼く』っていうのにも意味があってね。その……オベリスクが再建されるたびに、それに関わったものが全て燃え尽きるのよ」


 感嘆の声を漏らさずにはいられない。由真もその説明を聞いて、感心したようにしきりに頷いていた。春樹も同様に、口を間抜けに開けて聞き入っていた。信一はそれを知っていたのか、遠くの椅子で座って腕を組んでいる。

 つまり、と九条の話は続く。


「オベリスクを万が一誰かが再建してしまったとしても、それを実行した人間は……皆死んじゃうのよ。当然それに使った施設とか、資料とかもね。ここにあったものは直接再建とは関係してないけれど、何よりオベリスクを守る要塞として、様々な情報が管理されていたわ。だから消えてしまったのね」


 証拠隠滅は滞りなく完了。と、そういうことだった。

 完全犯罪とはまさに証拠隠滅のプロフェッショナルが成せる業。事件を起こさなければ良いなどという愚論もあるが、それは限りなく無理に等しい。隠せたとしても、それは犯罪者側に多大な精神的圧迫を与える。どちらにせよ同じことだが、年がら年中死と隣り合わせの鬼ごっこをしているようなものだ。遊びなどとはかけ離れているが、その緊張は並みのものではない。

 オベリスクは証拠隠滅を選んだ。

 自らの絶対不可侵を破られたということを隠すための焼却処分。だが、それにもやはり完全という言葉は当てはまらない。

 春樹はその『残骸』を見た。まさに燃え尽きた物体が化す『灰』のような白い粉が辺りに舞っている。少しでも大騒ぎすれば埃っぽくて仕方が無い。


「これがその傷痕ってとこか。臭いとかはしないけど、確かに灰だなこれは」


 おもむろに手ですくってみる。粒子サイズとまではいかないが、砂漠の砂ほどにまで分解された何かだった灰は、春樹の掌の上を滑るように落ちていった。砂時計のように少しずつ、やわらかく。本物の灰だったら、もう少し不純物のごつごつした感覚があってもおかしくはないが、これには無かった。


「協力した研究者たちは多分もう生きてないわね。なんというか、自業自得と言っていいのか悪いのかよく分からないわ」


 沈んだ表情を露にするが、確かに春樹もどう反応して良いのか分からない。

 さしずめ呪われた財宝を手にして命を落とした海賊といったところだ。禁忌に触れてしまったのには憤慨するが、あまりの罰の重さに同情しかねない。教師に起こられる子供とは訳が違うのだ。


「でも、それじゃあ政府の奴らは……?」


 恐る恐るといった震えた声で春樹は問う。

 死んだのか?と言おうとした時に、信一が割り込んできた。


「政府の人間は研究員に指示を出していただけだ。オベリスクとて神ではない。そこまで遡ることは出来ない。研究員たちは……このことを知らなかったのかもしれんな」


 それはあまりに報われないと思う。

 が、そこで春樹はある一つの結論に導いた。たどり着いた瞬間、ぞわりと背筋に悪寒が走る。有り得てはならない思考が、形のはっきりした確証を持って口から飛び出した。


「――準は、準はどうなるんだよ……?」


 口内が激しく乾くのが分かった。それには信一も目を無慈悲に点にして、虚空を意味も無く見つめる所在となった。

 二人の想像に寄れば――準は間違いなくオベリスクの標的だ。

 由真はそれに気付かず、間抜けに二人に問うた。


「ど、どうして準さんとそのオベリスクってものに関係があるんです?何か人質に使われているだけじゃないんですか?」

「そうか、天宮寺さんにはまだ言ってなかったな。いいか、信一?」

「私に問うても仕方あるまい。それに金剛地兄妹には話してしまったからな、今更だ」

「そうだな。九条さんは……まず事件のことを知らないか。まぁ聞き流しても良いから、とりあえず耳には入れておいて」


 それに九条は頷いた。

 思い出すのも嫌になる。追憶に消えたはずの記憶はいつでも頭の隅に蔓延り、いらないとゴミ箱に捨てようとしたところで数秒後には戻ってきている。都合よく改竄できないものの中で、最上級に不可能なものは記憶だ。どうしたって忘れられない。自分の中で美化するか、それ自体を諦めるか、その記憶に蝕まれていくかしかない。

 信一も春樹が一部始終を語ると悟った瞬間、目を閉じて少しだけ現実を逃避したがっているように思えた。


「最初に俺と信一の予想だと、政府は準のことを知って、さらったんだ。つまり、信一が言う通り、そのオベリスクとやらに途中で気が付いたとして、多分その時点で準をさらうことは決定されていた。そのために、俺らを引き離したんだ。九条も十分に利用されちまったってことだな」


 それに信一が続く。


「ダムン・デルファの目的もそれとかち合った。奴は政府の行動にはさして興味は無い様だったが、金剛地黄金に奴は興味があり、それが政府に利用されたということだな」

「まぁまとめて言えば、全部政府に取られちまったってこと。んで、これから説明するのは、何故準が政府に狙われなきゃいけなかったか。天宮寺さんも耳にしたことくらいあるかもしれないけど、一応な」



 鮮明に思い出される光景。

 火だ。土ぼこりだ。人の悲鳴だ。

 そして、天に大きく羽ばたく白い双翼。

 春樹はゆっくりと口を開いた。


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