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65, 異変(1)

更新が一週間に一度に戻る・・・かもしれませんが、恐らく不定期です。三日に一度ほどを目指したいと思います。

 目覚めたときにまず襲ってきたのは激しい疲労感と両腕の裂傷による鋭い痛み。瞼を開けることすらままならないはずだった眠気は、痛みによってかき消された。

 何がどうなっているのかと周りを見渡せば、黄金と白銀が同様に固い床の上で寝息を立てている。二人とも衣服は血にまみれ、ふと自分のものにも目をやったら彼らよりも酷く赤かった。良くこれだけの出血で目覚めを迎えられたものだと自分自身に驚愕した。

 場所は地下牢獄。記憶によれば、案の定とも言うべき結末で叩き込まれている。何故か所々抜け落ちている部分が思い当たるが、恐らく激しい戦闘の末の思考の混乱だろうと位置付けした。

 記憶の乱れ。以前にもあったような気がするが、それ自体が記憶に無い。いや、やはり部分部分は覚えがあるのだが、あまりに漠然としすぎている。全体集合が何を表しているのかは分かっているのだが、部分集合やそれに含まれる要素が分からないといった所か。

 毎度のことながら、記憶に関しては重病を抱えているのかもしれないなと思った。

 春樹は立ち上がって背を伸ばした。全身にズキズキと鈍痛が残っているが、式による治療をされたのだろう、出血量の割には傷は塞がっていた。

 というよりも早く二人を起こしてここから脱出する必要があった。この血なまぐさい空間はあまりに衛生上厳しいところがある。鼻をつままないと呼吸すらし難い。血の臭いは人を狂わせると言うが、確かにここに長居してはどこかおかしくなりそうだった。

 とりあえずまず容易に起床してくれそうな白銀の肩に手を伸ばした。上下する肩が安静を物語っているが、その寝息でこの空気を吸わせるのはあまりに不憫だった。


「おい、起きろー」


 やる気を感じさせない声をかけながら、ゆさゆさと身体を揺する。何やら切ない声を漏らしているが、まるで無視する。


「ん…ぅぅん。…………」


 うっすらとその眉を上げる白銀。相当疲労が溜まっているのか、状況を確認する前に再び瞼を閉じてしまう。そして数秒もしないうちに可愛らしい寝息を立て始めた。

 少々起こすのが勿体無く感じてきたが、春樹自身がここにいたくない。自己中を通させてもらうことにする。


「起きろって。ほらほら、愛しの黄金兄さんが襲って」

「何ですって!?」


 とんでもない形相で飛び起きた。プロレスラー顔負けの素早い頭突きを寸で所で止めて、冷や汗を流した。


「ああああ、あれほどまでに忠告したのに。兄さんはどこです!」


 酷く狼狽している。先ほどまでの眠そうな白銀は第十三惑星辺りに旅立ってしまったのだろうか、目の前でビットを展開して殺劇を起こそうとしていた。


「落ち着け。お前の大好きな兄者は大絶賛爆睡中だ」

「……へ?」


 間抜けな声を出して白銀がやっと現状を確認した。どうやら自分が他人には見られてはならない姿を見られたと気付いたらしく、顔面を真っ赤に染めて怒りだした。


「ばっ、馬鹿ですか貴方は!?」

「まぁ許せ。俺だってまさかお前らがインセストな関係だったとは知らずに…」

「今夜の食事は人肉になりそうです」

「マテ、それはどういう意味だ」

「人の胎盤は食べられるそうですね」

「知っているか。胎盤は女性にしかないぞ」


 それにしまった、と口にまで出して白銀は黙り込んだ。


「……」

「馬鹿」

「ううううるさいですねっ!?あまり口答えしていると脳みその神経一本一本に串を通して爆発させますよ?」


 想像するだけでもとんでもないことを口走った。出来るわけがないと確信していても身震いしてしまう。


「悪い。とりあえず、黄金を起こしてくれないか?ここから脱出したい」

「用件がそれなら最初からそう言えばいいんですよ、全く。……ほら、兄さん起きてください」


 今度は白銀が黄金をゆさゆさと揺するが、こちらは頑固一徹起きようとする意思が微塵も見られない。大らかに寝転がって、もし黄金を好きな人間がいたなら思わず膝枕してしまいそうなくらい幼い寝相。春樹が見たところでは『親父臭い』としか言いようが無いが、白銀はあながち前者でもいける口のようだった。

 黄金が起きないのを見通すと、春樹は白銀に先ほど気になったことを聞いてみた。


「なぁ、結局仮面の男とダムンはどうなったんだ?」


 すると白銀はこちらに振り向いて、目をまん丸にしていた。ついでに、その表情には疑問も混ざっていたように思える。まるで、本気なのかと問いたいような眼差しに春樹は多少たじろいだ。

 白銀はどこかに視線を一瞥した後にすぐに春樹に戻して、口を開いた。


「彼らは帰りました。貴方の狂った姿を見て方や怯え、方や笑いながら」


 皮肉を込めた言葉をぶつける。だが、白銀はその返答が納得では帰ってこないことを予想していた。

 案の定、


「…狂ってた?俺が?いつ?」


 という反応。狂気の世界に居座った当事者からすれば撲殺モノだが、それを素で言われていると怒りようもない。物言わぬ子供に何を叱ったところで二度三度と繰り返すのと同じだ。

 ……そう、あの森でも。

 アクティブエンブレムを持っていながら、まるで初心者のような動きをしていた春樹。無論、白銀の目の前で式を使ったことは無かったし、仲間である準がその役目を果たしていたため、春樹は式を扱えないものだと思っていた。

 だが、あのライフの森にて春樹はミリアの精神操作を上回る式使いを見せた。春樹に教えたのは、脳内での活動構造云々の話だったはずなのだが、彼はそれを応用して完全に解いた。それは、式使いにとって異常な光景。白銀は春樹の真髄を垣間見た気がしたのだった。

 そして昨晩の戦い。いや、昨晩と言って良いのか時間帯は分からないが、長い間寝ていたような気がする。

 春樹は最初ダムンと戦っても仮面の男と戦っても式を使用しない。それは再び白銀を奈落の底へと突き落とした。何故、あれだけの技術がありながら使わないのかと。

 しかし、二人目の男が現れた直前に春樹は白銀の貫かれた胸を、数秒にして完治させた。最先端医療技術を以ってしても、大手術が必要になるだろう出血量と傷の深さ。これを完治させたことは即ち異常。

『あ、貴方。式が使えたなら……』

 そう白銀は漏らした。それは不満であったと同時に、感嘆でもあった。

 そして、それは再び裏切られる。

 春樹はその度に記憶を失っている。――否、不安定になっているとでも言うべきなのだろうか。錯乱とも言わず、はっきりとした記憶があるはずなのに、ない。


「何だってんだ。言いたいことがあるなら言えって」


 ダムンと仮面の男を退けたことを春樹は知っている。けれども、自分が暴走したことを知らない。これもまた異常。異常。

 だから白銀はぶしつけと思いつつも聞いてみた。


「貴方は、何者なのですか?」


 言っていて白銀は自分の問いに訳の分からなさを覚える。だが、これ以外に問いようが無い。


「武藤春樹だけど。一応治安維持機関協力者の」


 嘘は無いのだろうと白銀は思うが、求めていた類の返答とはかけ離れている。恐らくこれ以上問答を繰り返していても埒が明かないだろう。

 一度小さく息を吐いて、黄金を起こしにかかる。


「おいおい、端折って良い所じゃねぇだろそこ。俺が狂ってたってどういうことだ」

「別に大したことじゃありません。急に貴方とは思えない動きで戦い始めたからそう見えただけです」

「本当か……?」

「ええ」


 わざと打ち切るように単語で返事をした。

 春樹はそれに不快感を覚えるが、こちらも同様にこれ以上の会話は無駄だろうと思って黙り込んだ。

 白銀が黄金を起こす気も無いだろう優しげな手つきで揺すっているのを横目に、春樹は血が染み込んだコンクリートから尻を離し、扉の部分をコンコンッと意味もなく叩いてみた。当然隠し扉が見つかるなんて都合の良い展開は用意されていない。

 ため息をついて、どうしようかと半ば諦めに走っていた……その落胆の隙を突くようにして、それは起きた。


 ――視界がうねりを上げた。


「んなぁっ……何が……」


 立ちくらみの数十倍はあろうかという視界のぐら付き。結界式が崩壊した時に感じた五臓六腑が大波のように荒を立て、心臓と腸の位置が逆転してしまうのではないかと大袈裟に考えてしまうくらいの嘔吐感。


「こ、これは一体。……おぇ」


 白銀が女性らしからぬ嗚咽を漏らすが、それを咎める権利は春樹に無い。壁に手を付いて必死にその畏怖に耐える。

 終われ。終われ。終われ。

 思考がただ一点に収束され、それ以外の全てを許さない。ガクガクと意思を持ったように震える手足を抑える余裕すらなく、崩れ落ちそうになる意識を保つので精一杯だった。

 やがて、それは台風の通り過ぎた後のような清々しい感覚を残して去っていった。


「はぁ…はぁ…。何が、起きたんだ?」


 喉の奥に残る不快感に顔をゆがめながら、春樹は白銀に問うた。

 当の白銀も奥歯を噛み締めて吐き気に耐えていたのか、唇の辺りからうっすらと血が滴る。それを舌ですくってから春樹に答える。


「結界式の崩壊に似ています。恐らく強大な空間干渉が近くで行われたのかと。それも、その空間自体を軽く破壊してしまうような規模の、です」


 言われても全く規模とやらが掴めないが、白銀が大きく表すというのならば、ただ事では無いのだろうと思う。その頃寝ていた黄金が羨ましく感じた。

 と思ったのもつかの間、黄金が物凄く嫌悪に満ちた表情で声を漏らす。


「うぁ、気持ち悪っ」


 間髪入れずに上体を上げ、すぐに四つん這いになって態勢を楽にしていた。血にぬれた金髪が垂れ下がり、戦闘の激しさを物語る。


(こいつは平和だなぁ……)


 そう思うのは春樹にとっての当事者が春樹であって、黄金にとっての当事者は春樹では無いのだからだと思う。

 イミテーション。

 まさか自分と同じ顔をした人物がいるとは思うまいし、それが政府にいる仮面の男だったとは更に予想もつかないだろう。不幸な運命を背負っているのは、一体どれほどいるのか数え切れないと思った。


「やっと起きたか黄金。とりあえず気持ち悪いのは同じだから、脱出の方法考えるの手伝え」

「んあ、てめぇ何でここに……の前にオレがここにいる理由をって、白銀!!」


 いくつもの事象が重なってしまったせいで、黄金は何度かころころと話題を切り替えて選んでいたが、最終的に行き着いたのはそこだった。


「無事だったのか。良かった、本当に良かった」


 そう言って白銀を有無と問わず抱きしめる。強く、本当に強く。


「い、痛いですよ兄さん。それとほら、彼の提案を受け入れて早く脱出する方法を」


 そこで我に帰って、黄金は白銀を解放して春樹に向き直る。


「方法も何もねぇ。ぶち破れば――」


 言葉が遮られる。

 まただった。視界が再びぐらつきを見せ、四肢の自由を奪って内臓を攻撃する。

 歪んだ世界はやはり白く、ぼかしの効いた中に赤い色を混ぜたアートのようだった。という表現をしている余裕など当の春樹たちには微塵も無い。二度目三度目になったところで辛いものは辛い。


「ぐぅぅ、何だってんだよ……」

「こいつぁ……おぁ」

「に、二度も……」


 数十秒後、やはり今まで何も無かったかのように過ぎ去り、それでも尚叩かれた内臓には違和感を覚える。流石にこれが何度もくるようならば、ゴミ袋が無ければ悲惨な光景に化してしまいそうだった。

 春樹は唾液が垂れるのを必死で押さえながら、白銀に今一度問う。


「マジで何が起きてるんだよ。このままじゃショック死しちまうかもしれないぞ」


 正直冗談では済まない。それは白銀とて同じで、だからこそ立ち上がって壁周辺を調べ始め る。冷たい温度だけが掌に伝わり、特にそれ以上は何も無い。


「空間干渉が起きているのは間違いないはずです。どこかに干渉によって影響が出た部分でもあれば都合よく脱出できるのですが」


 春樹も白銀と同様に壁をコンコンッと叩いてはみるものの、別段その手のプロでもないので、その違いが分からない。たとえ破壊できそうな場所が見つかったところで、この衰弱しきった三人ではどうしようもないような気もした。

 その後も部屋中の壁を調べてみたが、特に異常は無い。それどころか、その最中に何度も微弱だったり強烈だったりする空間干渉の副作用を浴び、戦闘していなくともこのままでは衰弱が半端ではないものになる。事を急ぐものの、全く持って打開策は見つからなかった。

 既に六度目ほどになろうかという、嘔吐感に耐え切り、意識が朦朧としてきたところで、ついに三人は寝そべってしまった。


「こ、これは本格的にまずいって。誰だよこんなに空間干渉とやらをしてんのは」


 嫌気が差して春樹は愚痴を漏らす。だが、三人ともそれは全くもって同感である。

 しかし白銀にはいくつか腑に落ちない点があった。

 白銀がビットの操作に失敗して結界式を崩壊させてしまったとき、確かに空間干渉が起こって春樹と黄金が飛ばされた。それに加え、このような耐え難い嘔吐感もあった。

 これほどの回数と、この数分しか間の無い早さ。何が起きているのか全く予想が出来ない。

 結界式は構成になかなか時間がかかる。……否、これは結界式ではない。そうも簡単に結界式を破壊できるほうもそれはそれでおかしい。

 ならば、何がこれほどまでに連続して副作用を出しているのか。

 攻撃タイプや防御タイプの式もしかり、ここまで規模の大きい副作用は出ない。

いや、まず考える対象が違う。


(誰がこんなことをしているのか、でしたね。これだけの回数の式を構成できるとしたら……神堂様、くらいでしょうか)


 どうやっても思い当たる名前はそれしか出てこない。政府の統括者にして、戦闘能力も満更ではなかったような覚えがある。


「だとしたら、一体何を……」


 つい口に出して思考を漏らした。何を、と考えておいて思いつく節はライフ関係であることは間違いないのだが。


「ったく何なんだっつぅの!」


 と、ここで黄金が苛立って傍にあった扉を蹴った。ガンッと鉄のような音がして、春樹と白銀は首をかしげた。


「ここって、コンクリート製じゃなかったか?」

「ええ。だとすれば、今のは……」


 顔を見合わせて、まず春樹が軽くその部分を殴ってみた。今になって思い出したが、手首の怪我はどうやら完治していないようだ。鈍い痛みが走る。

 コンコンッ。

 再び春樹と白銀は顔を見合わせる。今鳴った音は、こちらから叩いた時の音ではない。まさか山に呼びかける木霊のような現象が起きたとも思えない。ということは、


「誰かいるのかっ!?返事をしてくれ!」


 春樹は五月蝿くも、押し寄せるクレーマーのように壁を叩く。期待と焦りが同時にやってきていて、冷静になれと今言われたところで、その人物を突き飛ばしてでもこの行為を続けられるくらいだった。


「武藤春樹か?少し待て、今壁を破壊する」


 聞きなれた声。人物をフルネームで呼ぶ癖。

 春樹は横に身体をどけて、黄金と白銀にも少し離れるように言う。

 ドガァァァンッ!!


「うわっ」


 飛び散るコンクリートの残骸を浴びながら、春樹はそれでも破壊された壁を視界に入れていた。土煙が激しく上がり、目に見えるものを少なくしていく。

 それもすぐに粉となって地面に降り注ぎ、雪のように積もっていった。


「無事か。と、安否を確認している暇すらない。ここから脱出するぞ」


 頼もしくも、それは信一だった。

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