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62, 騎士の心(1)

作者こと蜻蛉は、少々忙しくなってまいりましたので、一日一回更新を一時停止したいと思います。「セルフ・ディストラクション」のほうはさっさと書き上げたいので、最悪二日に一回は更新すると思います。

次回更新は、一週間後あたりになるとおもうので、ご了承ください。

 夜の街を疾駆するのは一組の男女。

 追う側と追われる側という事だけを想像すれば、仲睦まじいカップルを思い浮かべることも出来なくは無いが、そんな微笑ましい光景であるはずが無い。

 さしずめ獲物とハンター、いや、これは犯罪者と警官と言ったところだろうか。危なっかしくも剣を構えて女の後を追う男は日比谷。背中が見えなくなることは無いが、その一方で距離が詰まることも無い鬼ごっこに苛立ちさえ覚えていた。


「くそっ。待ちやがれってんだ」


 全力疾走に近い速度を出しているはずなのに、女であるミリアに追いつけない。向こうの足が速いと理由をつければ一発だが、それだけで理由付けするには何かが足りない。向こうは余裕を持って走っているのだ。それは本当に鬼ごっこでも楽しむように。

 街角を左に曲がったり右に曲がったりと、右往左往しながらかく乱し、ミリアはどんどん路地の奥へと入り込んでいく。そしてその姿を見失わないように、辿っていった道をそのまま日比谷が追う。

 埒が明かない、とそう判断した日比谷は一種の賭けに出る。


(土地勘ならこっちのほうが上なんだよ)


 後を追うのを止め、先回りをしようと路地の道を真っ直ぐではなく横に入る。これで完全に見失ったわけになるが、それでも疾走する。

 ジグザグに、足をステップでも踏むような軽快さで次々と壁を伝っていき、そのまま大通りへと出た。そこにミリアの姿は無く、だからといって落胆したわけでもなかった。

 冷静さ。それが今の日比谷を構成するもの。

 耳を澄ます。建物の間を吹き抜ける風が不思議な音を立て、夜の街に雰囲気を作り出す。深夜二時だと言うのに、どこからかは子供の声も聞こえてくる。

 耳で探すのは足音。とは言え広い路地だ。そこからミリアの靴音を判断することなど不可能に近いし、そんな警察犬まがいの能力は日比谷には無い。だが、建物は音を反響させ、確かな情報を日比谷に与えた。突如、その情報が途絶える。

 しかしその事切れに、日比谷は激しく疑問を抱いた。


(おかしい。背水の陣……なわけないしな)


 音が途絶えた場所は、日比谷の記憶の中では行き止まりのはずだった。そこに今、ミリアはいる。どう考えても罠としか思えないその行動に、どうするべきか一瞬迷うが、拳を握り締めて覚悟する。

 取ったのは疾駆。待ち受けるのならばこちらから攻めて行くまで。軍師のような陰湿な策略など日比谷には不要だし、考え付きもしない無駄な思考となるだろうと判断したからだ。

 縦横無尽というわけではないが、日比谷はその目的地へ向けてコンクリートを走る。最短距離と思われる道を選び、重くのしかかった剣の重量を引きずって流しながら壁を伝う。

 奥へ行けば行く度に、街灯の数は点々と消えていき、ついには月明かりだけが頼りとなる路地へ出る。いや、入る。


 ――一体何をしてしまったのだろうか。


 押し寄せる後悔の念を打ち払い、状況を確認した。

 先ほど襲ってきたのは蛍の墓場からあふれ出た死者のような眼光の数々。そして現れた古代生物。どれを取っても既におかしいのだが、今回のはそれと同等。

 剣士、いやあれは槍騎士か。

 西洋の甲冑と鎧を身に纏った槍騎士が数を成していた。当然人間ではないだろう。ぎこちない動きがそれを証明していた。機械的な動きをするそれは、明らかに侵入者を排除する門番。


(これも、あの女が仕掛けたってのか・・・?)


 信じられないというのが率直な感想だが、確かにここでミリアの足音が消えたはず。そこに配置されていたというのならば、確実に刺客であることに間違いは無い。

 銅の剣を冗談に構えた。流石にこの程度の相手ならば・・・と思った矢先だった。

 甲冑の一人が槍を突き出した。距離は十メートル以上はあり、届くはずの無い距離。だが、それは届いた。


「なっ!?」


 何の冗談でもなかった。槍は確かに日比谷の腹部を掠めた。掠めた、というのは距離が足りなかったからではなく、日比谷が咄嗟に横に飛んでかわしたことによるもの。つまり、矛先は十二分に足りていた。

 正面、日比谷は咄嗟に剣を振り下ろす。

 ギィンッ!!

 あるはずのない音が鳴り、改めて危機感を身に覚えさせた。だが同時に、あまりに不可解。

 槍の射程の三倍はあろうかという距離からの攻撃に身を固める他無い。接近戦に持ち込めば幾分楽になるのだろうが、数だ。

 十はいるだろう鉛の騎士。全員同じ槍を構えているからに、伸縮自在という如意棒のような槍に間違いない。つまり、あの剣山の壁を乗り越えなければならないのだ。

 唾が喉を嚥下していった。生暖かい感覚で、冷たいものが欲しい日比谷にとっては気休めにもならない。ミリアともやり合わなければならないというのに、こんな所で足止めを食らっている自分に苛立ちを覚えられずにいられない。


「死ぬわけには、いかねぇんだよ!!」


 一喝。

 そして迫り来る悪魔の手。

 三本。まずはそれを横薙ぎで日比谷は叩き潰した。間髪いれずにその合間を縫って日比谷は駆けた。

 二本。左右から襲い来る銀色の矛先は回避に困難だった。だが、今度は受け止めることすらせずにそのまま突進した。間一髪の所で、服だけ切り裂いて二つは衝突した。後方で鳴った音に安堵を覚えながらも、次の攻撃に備える。

 距離は詰まっていく。

 五本。走り抜ける隙間も無ければ叩き潰すにはあまりに多い。思考を巡らす時間も無い。

 ならば――掴み取る。

 再び剣を横薙ぎに振り払い、最初の三本を叩き落す。そして一瞬の隙すら挟まず飛び込んでくる一本を避け、最後の一本を貫く寸前で腕力で止めた。そのまま力を込め、へし折る。

 柄のほうはどうやら木製だったようで、咄嗟の判断が幸運を呼び込んだ。

 無論、向こうに驚いた様子も無く、ふらふらと次の攻撃態勢に入ろうとしているが、日比谷はそれを許すほど悠長な性格ではない。

 剣の腹だ。鈍器でも扱うような不器用な袈裟斬りをお見舞いした。

 ゴンッ!と鈍い音が鳴ると、甲冑がへこんで動かなくなる。一体動力源が何なのかは知らないが、これもまた幸運に恵まれたようだと、自分に陶酔した。

 流れるような連撃。斧を振り回すような動きで次々と甲冑を沈めていく。あまりに大きい手ごたえに、打ち抜くたびに腕が痙攣するようだった。


「はぁ…はぁ…」


 息が切れるほどの運動量をこなした頃、全ての甲冑が動きを止めた。



 吐息は白く、目の前の光景を靄にかける。さしずめ霧の出た古風豪邸のような不気味さを漂わせている。

 散らばった鈍色の塊たちは仕えるべき主のために死に、そして今こそ下僕の敵を取るときが来た。甲冑は地に帰り、先ほどの戦闘を闇に隠した。

 消え去った闇から半ば浮き上がるようにして金髪が現れた。幻影のようにも見えたが、それは肉体を持って日比谷の前に存在する。不敵な笑みを向け、そこで改めて罠だったことを認識した。

 ……だが後悔は先に立たない。

 今更どうこう言ったところで遅いのだ。真っ直ぐに相手を見据える。

 それは記憶が正しければミリアで間違いはない。ただ違ったのは、やはり見慣れた白衣の姿からはかけ離れた夜の女王。露出度の高い黒い服装は、あながち不似合いではなく、むしろこちらが本当の彼女だと言い切っても疑問は持たない。


「良く追いついてこれましたわね。全力で逃げていたつもりなのですが」


 良く言ったものだと感情を噛み締めた。

 手には鞭。教師が持つ鞭でも騎乗の鞭でも調教師の鞭でもない。薔薇の茎のような歪な棘を持ったそれは、相手を痛めつけるための武器。

 美しいものには棘があると言われるが、歪なものにもさも当然のように痛々しい針がある。


「あんたの武器はそれか?」

「あら馬鹿にしていらっしゃる?鞭は伸縮自在に加え、捕縛、拷問、様々な用途に使えますのよ」

「そりゃ痛い。だがな……」


 剣を下段に構える。錆び付いた刀身が地を擦って嫌な音を立てた。

 そして、自分の頬を叩くような気合いを一喝。


「あんたはここで、死ぬっ!!」


 ミリアの懐へ飛び出していった。

 今度こその対峙。ミリアは依然として余裕を浮かべて迎撃の態勢を取り、鞭を一発地に振った。

 威嚇には十分な効果だった。振り降ろされた鞭は硬いコンクリートを傷つけ、あまりに強烈な快音がなる。その瞬間、しまったと日比谷の中に戦慄が駆け抜けた。音に反応して身を怯ませてしまったのだった。足が竦み、剣の構えが攻めから守りへ移る。

 その隙をミリアが逃すわけがなかった。振るった鞭は目にも留まらぬ速さで剣に絡み付き、錆び付いた部分を止めとして引っ掛けて捕縛する。

 日比谷の持つ手に大きく引かれる力が加わった。それでも離すまいと必死に足で踏ん張るが、その努力も長くは続かない。

 一際大きく力が入ると、日比谷は成されるがままに空中に投げ出された。腕の筋肉が激しく軋んで音を立てる。同時に耐え難い痛みが襲い、滝のような汗がにじみ出るが、それでも尚力は緩めない。

 高くから見た光景は広かった。まるで自分すら星空に一体化したような感覚。

 だがそれもそこまで。


「くそっ」


 真横に壁。衝突は免れない。

 次の瞬間には背中から頭にかけての打撃痛が襲った。


「がぁ……」


 吐血はなかったが、脊髄から何かを搾り取られるような鈍痛。

 ミシリと音を立てたのが体が壁かを判断する材料はなかった。

 浮いたかと思えば今度は浮遊感からの直下。態勢を衝撃緩和のものにする暇もなく落ちる体の重量には逆らえない。

 二度目の痛みが走った時、遂に意識が朦朧とし始める。


「思いましたが、貴方相当貧弱ですわね」


 ため息混じりにミリアがそう言った。さぞかし表情は呆れに満ちているだろう。落胆は予想出来ていたことだったが、それでもミリアにとってはあまりに呆気ない。これでは害虫駆除のほうが楽だと言いたげだ。

 痛む体に気合いの意味合いの鞭を打ち、剣を支えに立ち上がって日比谷は言う。


「一つ聞いてもいいか」


 自身ははっきり言ったつもりだったが、ミリアにはかすれかすれにしか聞こえていない。背中をやられたダメージは予想以上に日比谷を傷つけていた。


「何かしら。冥土への手土産程度になら答えてあげないこともなくてよ」


 不吉なことを付け加えられたが、今となっては現実味がありすぎて苦笑してしまう。


「何故情報生命体を作った」


 冷酷な口調でそう問うた。目には炎が宿って、ミリアの返答を逃すまいと睨みつけている。

 その怒りを込めた眼差しにミリアは一瞬臆した。これが死に際の騎士というものなのかと。恐竜の凶悪な眼光とは違った強い意志の光。涙で潤んでいるわけでもないのに瞳が輝いて見えた。


「何故、と聞かれましても、気分、としか言いようがありませんわね。創作意欲は常に突然ですのよ。まぁ強いて言うならば、強兵制度にのっとって国から色々と命令されたのが事の始まりだったかしら。元はクローンを研究してましてね、その延長線上に情報生命体があった。それだけの話ですわ」

「じゃあ何故オベリスクなんてルールを取り入れた!!あれは必要無かっただろうが!」


 憤慨を露わにして怒鳴りつける。

 が、ミリアはそれには臆さず淡々と会話を続行した。


「あれはわたくしの案ではないわ。元はと言えば、こちらの国の貴族がわたくしたちに研究施設、つまり3rdエリアを提供したんですもの」

「……何だって?」


 日比谷は信じられないといった表情で問い返した。


「あら知らなかったんですの?わたくしは確かにクローンなどが禁忌とされた後も研究を続けてましたが、情報生命体の研究を続けられたのは他でもないこの国の貴族のおかげ。もっと具体的に言ってしまえば……」


 焦らすように一息置いた。そしてニヤリと口元を歪めて続けた。


「神堂。今回の政府の統括者の協力ですわね」


 開いた口が塞がらない。意外性には欠けたが、まさかという気持ちは強かった。

 急激に寒気がした。同時に熱いものが胸の奥からこみ上げてくる。相反した感情の温度に日比谷は戸惑いを隠せなかった。


「ああそうかよ。やっぱりそいつの名前が出てくんのかよ。ならなんだ?治安維持機関は政府から独立したってのか?」

「治安維持機関?さぁ、どうなんでしょうね。わたくしはあくまで彼の計画に少し加担しているだけで詳しい内容は聞いておりませんもの」


 嘘は無いようだったが、白けた態度がいちいち感に障る。

 治安維持機関。

 政府の管理下にあるはずの機関だが、春樹を含めて彼らは政府を止めようとしている。更にうち一人はオベリスクについて知り、こちらに提案をしてきたほどだ。

 情報生命体の研究施設を提供したのが政府だと言うならば、政府がそのことを知らないのはおかしい。いや、一人は……。

 頭が長らく放置していたケーブルのようにこんがらがってきた。

 ただ一つ言えることは、騙されたのではないかという微かな不安。効率が良く、こちらにも得がある提供を受理したが、彼の目的は別にあったのではないかという疑念。

 オベリスク自体を作り上げた政府がオベリスクを知らない?有り得ない話だ。だとすれば、何故……。


 ――思考が寸断されるには十分。


「うわっ?!」


 辺りに強烈な光が立ち込めた。閃光弾かと疑ったが、向こうでミリアも小さく悲鳴を上げたのが聞こえた。

 瞼をかきむしるような痛みに襲われ、思わず頭を抱え込んで座った。キィィンという耳なりがし、意識をもがれそうになる。同時に何故かは知らないが、足の裏にかなりの振動を感じた。

 うっすらと光が朝靄のように失われていくと、先ほどの暗闇が視界に帰ってきた。あまりに対象な光の加減に目が慣れない。


「な、何があった」

「わたくしに聞かないで下さいな。今のはこちらも予想が……」


 言葉が止まる。喉に何かを詰め込まれたような突然。

 そしてミリアは空を見ていた。だが、綺麗なものを見るようなうっとりとした恍惚はなく、何かに怯え、何かを喜ぶような複雑な表情だった。

 満天の星空を見ていないことにはすぐ気付いた。彼女は違った何かを見ている。まさか流星群などに目を奪われるような状況ではないだろう。

 日比谷も同じくしてミリアの視線を追った。

 瞳に映ったのは柱だった。神々が天を支えるようにして、一本の巨大な柱がそこには存在していた。それは神々しく輝いており、下界の人々を照らし出す太陽のよう。あまりに目に余る光景に言葉を失っていた。


 ――それは絶望。


 ミリアが笑うならば日比谷は嘆いた。あの柱の意味を知っていたからだ。天に向かって一直線に伸びる柱は、最後の砦。

 そうだ、あの柱は何と呼ばれているか。


「ふふふ、あれが狐の城というわけ」


 ……?

 日比谷は絶望から一転、ミリアの妖艶な笑みを驚愕を隠さない表情で見た。

 その顔はしてやったりといった満足感に満ちていた。ついに化けの皮を剥いだとも言いたげに、拳を握り締めていた。


 ――ああ、そうかよ。


 全ての事情と事象に合点がいく。

 そう思えば、不思議と日比谷の顔にも笑みが浮かんだ。

 してやったぞ、新谷、と。

 だがここで日比谷は一つの違和感に気付いた。地鳴りが先ほどからしているが、日比谷が知っている地鳴りの時間よりも相当長い。初期微動がなんたらという機能はこれにはないはずなのだが……。

 いや、揺れが続いているだけではない。――段々と、大きくなっている…?

 それは目に見える形で現れた。これは地震だった。ガタガタと壁に投げ捨てられている機材などが揺れだし、コンクリートの上に散らばる何の変哲も無い小石が微振動を繰り返す。

 その時に日比谷は直感した。


「ま、まさか……『あっちのほう』を起動させやがったのか!?」


 見上げた空は瞬く星で満たされていた。

 そこに突き刺さる一本の心。

 日比谷が見上げたのは、それとは逆の方角。

 大きなうねりを上げて、あるものが目を覚ます。一日だけの休息を得た守護者が、再び目を覚ます。

 ミリアが鞭を振るった。それは開始の合図。


「さて、本格的に叩き潰してあげますわ」


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