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5, 赤髪の刺客(2)

「・・・・・・暇だ」


 病院のベッドの上、春樹がそうつぶやいたのも既に数えるのも面倒くさい数。

 腹部と肩部に損傷がある春樹は、まず右肩を上げることが出来ない。さらに、腹筋が使えない状態にあるので、起き上がるのも困難と、案外厳しい状況だった。

 朝の爽やかな風も、温かい日差しも、今の春樹にとっては倦怠感を増す要素となるものとなっている。

 病院は全て完全な個室になっており、部屋に話す相手もいない。まぁ、いた所で話さないだろうが。


「・・・・・・暇だ」


 もう春樹はこの言葉しか言えないのではないだろうか、という疑問を他人に持たせることが出来るだろう。

 春樹は、ベッドの上で軽く体を起こしてみる。


「・・・ってぇ」


 やはり痛みは激しかった。体を刺すような痛みを感じると、毎回のように黒ローブの男を思い出してしまう。

 昨日の戦いで出来た傷は、信一が言ったとおりさほど深いものでもなかった。だが、戦闘中ではやはり、痛みや筋肉の動き云々に異常を来たすため、その時点では厳しい傷となるような、非常に不愉快な傷。

 ライフ、つまり『コア』のあるエリアに入るために鍵を集めることがバレていたのならば、やはり大問題な事象だと春樹は思う。考えてみれば、由真が来てからの数日、恐ろしくめまぐるしい日々が送られているような気がしてならなかった。


「・・・・・・はぁ」


 ため息を一つ大きくつくと、それに呼応するように扉が突然開いた。

 春樹がその音に反応して見ると、白衣の天使が・・・。

 そして、視覚的効果から脳内に異常が訪れる。

(こ、これはまさか!?)

 妄想ワールドが展開される。

『武藤さん?お体のほうは大丈夫ですか?』潤んだ目で聞いてくる天使。『問題ないです。あなたの処置が良かったからでしょうね』クールに答える春樹。『いえ、そうではなくて、その・・・武藤さんも良いお年頃でしょうし、そういう不満はと思いまして』赤面してうつむく。『安心してください。俺はあなたを見ているだけで十分です』・・・・。『まぁ、うれしい!』抱きつく天使・・・。そして二人は、禁断の・・・。


「だはぁ・・・!?」


 かなり現実離れした妄想である。が、春樹は吐血。

 そんな春樹を見て、気持ち悪いものでも見るように引きまくる天使。


「な、何があったか知りませんが、とりあえず検査しますので落ち着いてください」

「検査・・・ぐは」

「きっと脳内に異常が見られると思いますが、気にしないでください」


 微妙に皮肉を言う天使である。

 またもや何かを妄想した春樹だが、もうこの際触れないことにする。

 天使もとい、看護婦は春樹の点滴を変え、適当に春樹の体を調べ、何も異常がないと判断したらしく、引きつった笑顔で病室を出て行った。



「さて、暇だな」


 先ほどの妄想からなる興奮はどこへ行ったのか、またも怠惰し始める。

 怠惰し始めると、それに呼応するように扉が開いた。

 春樹は同じようにそちらに目をやると、そこには白衣の天使・・・ではなく、由真が立っていた。


「あ、はるぴょんさん、起きてたんですね」

「まず突っ込むとすれば、そのネーミングだがどう思うよ?」

「いえ、特に問題はないかと思いますけど・・・。もしかして嫌でした?」


 潤んだ目で見てくる。


(こいつは本気で天然なのか?それともおふざけですか?)


 春樹は潤んだ目を理性でかわしながら、由真の手にある袋に注目した。

 ビニール袋なので、中身が分かる。


「りんご、か。俺にくれるのか?」


 すると由真は、その袋に目をやってうなずく。


「切ってあげますね」


 袋からりんごを一つ出して、机に置き、袋から刃こぼれした果物ナイフを取り出す。

 その果物ナイフを見たとき、春樹はすこしやりきれない気持ちになる。


「今日は、準と信一はどうしたんだ?」


 ふと聞いてみる。


「お二人とも、朝早くにどこかへ出かけてしまったみたいですね。私が起きたときにはいませんでしたし」

「そうか・・・」


 会話が止まる。

 病室に、りんごの皮を剥く、ザクッっという音が響くだけ。

 それ以外は何も聞こえない、静かな部屋になってしまった。由真は無我夢中でりんごの皮を剥いているらしく、あまり気になっていない模様だ。


「・・・・・・ん?」


 何かに疑問を感じた春樹。

 先ほどから聞こえる音は、ザクッザクッとりんごの皮を剥く音・・・。


「ってんわけあるかぁぁぁ!?」

「わ!?ど、どうしたんですかはるぴょんさん?」

「その名前止めてくれ、そしてりんごを見せて」


 春樹が差し出した手に、りんごを置く。

 春樹はそれを凝視する。じっと、何かを確かめるように見る。

 由真の額に冷や汗が流れる。

 その場に、緊張が走った。


「・・・・・・」

「・・・・・・」


 無言の境地。


「・・・・・・なぁ?」


 破ったのは春樹であった。


「な、なんでしょうか」


 緊張した面持ちで、由真がぐっと顔を前に出して春樹の言葉を待つ。

 春樹はもう一度、自分の目に間違いが無いか、りんごを見て確認する。


「なぜ、丸かったりんごが、四角い」


 言うとおりだった。

 本来丸い形であるりんごは、今ではその丸かったという情報すら疑わせるきれいな四角になっていた。

 それに、由真は自信満々に答える。


「はい。成り行きです!」

「天宮寺さん、料理を作るのは諦めてくれ」

「えぇ!?」


 春樹の冷たい一撃が間髪いれず放たれ、由真の心を刺す。

 素で言ってしまったため、春樹は多少後悔するも、このりんごを見る限りでは、本気で料理させると殺人兵器が完成しかねないと判断したから仕方が無かった。


「まぁいいや、それよりもさ、気になることがあるんだが聞いてもいいか?」


 料理の件は放置した。


「はい、なんでしょうか?」


 気づかないで答える。


「最初天宮寺さんと会ったとき、なんか兵隊に追われてたけど、何かあったのか?」


 今更ではあるものの、非常に気になっていた点であった。

 事実、良く考えてみれば由真は外界からの人間。こちらの動きを監視するためのスパイとして捉えるのには十分な情報がある。完全に疑ってるわけではないものの、知っておく必要があると春樹は判断する。

 しかし、その話題に触れると由真はうつむいて黙りこくった。


(やっぱ、何かあるのか)


 さらに追求を続けることにする。


「俺も、疑ってるわけじゃないけどこんな状況だ。天宮寺さんのことも良く知っておきたいんだよ。分かってくれるか?」

「・・・・・・はい」


 よし、と心の中でこぶしを握り締める。

 このまま行けば、『私の、全てを知って欲しいんです』。『俺も、君の全てが知りたいんだ』見詰め合う二人。『武藤さん・・・』『天宮寺・・・』距離が近づき、そして二人は禁断の・・・


「ぶへ!?ちょ、やっぱ待って。心の準備が・・・」

「え?あ、はい」


 不思議そうに吐血する春樹を見る由真。

 心を落ち着かせ、脳内から煩悩を取り除く。


「よし、始めようか」


 うなずく由真。そして語りだした。


「あの人たちは、外界の兵隊さんたちです。それは武藤さんも分かっていたと思いますが」


 名前が直ったことに、少し感動する春樹。


「あぁ。で、なんでそんなのに追われてたんだ?」


 由真がますますうつむく。


「私が、外界の人たちを裏切ったからです」

「・・・裏切った、か」


 確かな話だろう。

 実際、今こうして政府の計画を止めようとしている春樹たちと行動を共にしている、この時点で既に裏切っているのと変わりは無い。だが、そこで問題なのが、今こうして春樹たちと行動を共にしている理由である。


「天宮寺さんは、どうして俺らと一緒にいるんだ?ってか、何のために裏切った」


 核心にどんどん迫っていく。


「前にも言いましたけど、このサークルエリアのどこかに私の知人がいるはずなんです。それで、政府に加担してしまうと、結果的にその子を殺すことに・・・」


 今にも泣き出しそうな表情に変化していく。

 まずいことを聞いたかな、と一瞬思うも、これも仕方がないと片付ける。

 だが、春樹は問いを止めない。


「その子は、政府を裏切ってまで守りたい子なのか?」


 正直関係の無い話だと思う。だが、興味本位で聞いてしまう。

 由真は、話すべきかと一瞬迷うが、口を開いた。


「私の、好きな人・・・だった人です」

「・・・・・・」


 本当にまずいことを聞いた、と思いながらも、由真の言葉が真実だということを完全に確認した。顔を見ればすぐ分かる。真っ赤だ。


「会いたいのか?」


 こんなことを言うつもりはなかったはず。

 だが、春樹の口は意思とは無関係に声を発した。


「会いたい・・・のかな」


 曖昧な答えが返る。

 会いたいに決まってる、そう春樹は断言できると思った。

 こんなにも顔を赤くし、恥ずかしがるようにしているのに、会いたくないわけがないのだ。そんな顔が出来る由真を少しうらやましく思ったりもした。


「ごめんな」

「え?何がです?」


 突然謝りだした春樹に、首をかしげる。


「いや、好きな人がいるのに滅ぼせるわけないよなぁって思ってさ。疑って悪かった」


 思いっきり頭を下げる。

 それに由真はあたふたした様子で、


「そ、そんな大丈夫ですよ。向こうは忘れてるだろうし・・・」


 突如悲しみに歪む。

 こんなに思われているのに、忘れるなんてどんなやつだと思いながら頭を上げた。


「期待して、待っててくれてるわけない・・・」


 小さな声でつぶやく。


「何か言ったか?」

「いえ、なんでもないです・・・」


 由真は頭を左右に振って、思考を取り除こうとした。

 ふと、思考を取り除いた後、春樹を見てみる。


「・・・・・・」

「・・・・・・何かついてるか?」


 じっと春樹を凝視したまま、首を横に振る。

 その熱い視線に耐え切れなくなった春樹は、視線を横にそらす。


(な、なんなんだ・・・?)


 由真は数分凝視した後、何故かため息をつく。


「ごめんなさい。今日はもう、帰ります」


 暗い表情で言うものだから、春樹は微妙に、いや、多大な罪悪感を感じる。

 立ち上がる由真を、何故か止めようと春樹は手を伸ばし・・・。


「え?」


 その手が、由真の手にたどり着く前に握られ、空を握ったことに変な声を上げてしまう由真。

 だが春樹は、すぐにもう一度手伸ばし、由真の腕をつかむ。


「・・・その、マジで悪かったな」


 本当に申し訳なさそうな顔で謝る。


「いいですって。私も、変な話しちゃってごめんなさい」


 笑顔でそう言ったから、春樹の心は少し晴れたような気がした。

 それじゃ、と言って、春樹の元を後にする由真。

 春樹はその後、自分の左目を押さえつけていた・・・。







 病室を出た由真は、疑問を持ちながら廊下を歩く。


(私、最初の位置から変わってなかったはずなんですけど・・・)


 と、その時、目の前の何かにぶつかる。


「あ、すいません」


 由真がそれを見ると、黒い塊が目の前にあった。いや、塊ではなく人だった。

 黒いローブに身を包む人は、由真を一瞬だけ見ると、何も言わずに由真の横を通って行ってしまった。

 由真が振り返ってその人を見ると、手にはビニール袋が握られている。


「あの人も、お見舞いかな?」


 特に気にしないで、病院を後にする。


 その後、黒ローブの人が春樹の病室に入ったことなど知らずに。




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