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61, 要塞を守る者(3)

 月の女神が微笑まないなら、闇の女神に微笑んでもらえばいい。

 運の女神が微笑まないなら、それもまたいい。

 女神などに頼らなくても、既に結果は分かりきっていることだから。

 新谷は腕をせわしなく動かしている。水流を操作するためでもあり、またもう一つの式を組み立てているためである。恐竜は原理は分からないが、狂犬病に感染しているらしく、水を怖がってそれ以上近づいてこない。アスファルトから湧き出す水は、本当に少量ずつだが水かさを増していっている。

 ふと、後ろを振り返った。

 要塞は闇の中に静かな廃墟のように佇み、中にいるであろう生物の気配を感じさせない。それはつまり、生を包含した死の表れ。この要塞もまた、覚悟を決めているのだと新谷は知った。

 しかし要塞を見て、我ながら良い表現をしたと新谷は自分に笑った。狐だとか、街がどうのこうのだとか、話すつもりは全く無かったはずなのだが話してしまった。それは、決して由真に心を開いたとか初々しい理由ではなく、こういった事態を心のどこかで想定していたのかもしれなかった。


(化かして遊ぶ狐にハッピーエンド?有り得ない話だよね)


 このまま遊んで暮らせると思った自分に自嘲する。

 そしてその馬鹿馬鹿しい気分はすぐに薄れ、はぁ、とため息を吐いた。


(分かりきっていたことなんだけれど、こうして直面すると今更迷いが出るものだよね)


 思えば反射的に日比谷を走らせてしまったが、目の前の巨大な敵に立ち向かうのに一人ではあまりに心細い、とこれこそ今更後悔していた。

 獰猛な性格をする肉食獣には特有の威圧感がある。大きさ云々の問題でもあるが、やはりなんと言ってもその形状がどうにも慣れないものがある。爬虫類など好くのは物好きだけだ。


(さて、頼むから受け切るとかやめてくれよー)


 せわしなく動いていた新谷の手が止まる。それは、式の完成を意味していた。

 ざっと分単位で数えるほどの時間を構成にかけていただけあって、地面には地上絵でも書きたいのか、一つのアートのような多さの文字と記号が広がっている。


「守るのではなく、攻撃してこそが『要塞』、なんだよね」


 式の名は要塞。

 その瞬間、先ほど恐竜が上げた地響きよりも数段揺れの大きい地震がその場を困惑のどん底へと陥れた。同時に地割れが置き、それが奇妙に上下し始める。まるで音楽のアナライザーのように激しく動く。

 式特有の淡い光を地面から発しながら、それは次第に形になっていった。

 錬金術。

 卑金属から貴金属を生み出すといわれたその技術は、中世西洋において不老不死の薬や、ホムンクルス製作といった科学では証明しきれないようなものを作り出すために使われた。賢者の石を用いたそれは、用途を様々に広げ『無から有を生み出す』ことの出来る技術として名を馳せる。

 土塊が動き出す。


 ―――それは砲台だった。


 十数個は超えるその土から生成された迎撃砲は、無機物にして心を持つかのような佇まいを見せる。

 対空陸戦などに用いられる、投擲武具。それが今、新谷の周りに遊園地でも作りそうな勢いで構成されていく。さしずめ砲台パーク、いや、これこそが要塞といったところか。

 砲台の口は全て恐竜へと向けられ、太平洋中心にある島の石造彫刻のような統一感を見せている。

 地震が収まったかと思えば、砲台は熱をどんどん帯びていっていた。それは火種であり、発射の合図を待つ幾人の兵隊。投擲部隊は無人にして最強の威圧を見せていた。

 しかし恐竜も怯まない。水には依然として警戒心を抱いているようだが、あの図体にとって砲台の十や二十は敵だと判断できないらしい。

 ・・・だが、それこそが人類が猛獣に打ち勝つ慢心。

 獣はツメと牙を用いて、人は武器を科学を用いて。

 新谷の表情に思わず笑みが浮かんだ。これならばやれると、そう・・・慢心した。


「発射っ!!」


 土塊が火を噴いた。

 空気が激しく震え、新谷の耳の鼓膜に何の遮りも無く響く。発射した砲台は勢いに耐え切れず吹き飛び、再び地に帰っていく。


(殺ったか・・・!?)


 光景は新谷の想像を超えた。

 薙ぎ払ったのは尾。発射したのは鉄。再構成されたはずの鉄は、恐竜が振り払った尾によって弾き飛ばされた。それは近くの家にめり込んで、重量感をかもしだしている。

 数十発の砲弾を一薙ぎにて叩き潰した尾によって走った閃光はまるで剣。弾き返せるはずの無い質量の法則を無視して、恐竜の尾は傷一つ付かずに同じ位置に戻る。


(ははっ・・・。笑えないね、これは)


 既に構成した要塞は崩れ去り、新谷を守る物も無ければ恐竜を攻撃する手段も無い。

 だが、賭けを捨てるにはまだ早かった。表情は今だ曇っていない。


 ―――落ちたのは、狐の要塞。


 そして動き出したのは、城を守る要塞だった。

 物凄い機械音が後方から鳴り、工事現場など比にならないような騒音が辺りに響き渡った。


「始まったみたいだね。無知なクセして頭でっかちな君にも理解できるように・・・いや、無理だけれどもね」


 説明しようとした自分が酷く阿呆に見えた。

 新谷も後ろを振り返る。そこには情報課のボロい建物が・・・あったはずだった。

 恐竜すらもその奇妙な光景に目を疑っただろう。建物が蠢いている。まるで意思を持ったかのように、長い眠りについていた身体をゆっくりと起こすように起動する要塞。その体から現れたのは無数の口、つまりは砲台だった。

 ゴシャァンッとこの世のものとは思えない間接音を立てて恐竜に照準を合わせる。一方の猛獣はそれが何なのかを知る由もなく、不思議な目でそれを警戒しているだけだった。


「今度こそ・・・。撃てぇぇぇ!!」


 守護者の合図と同時に、砲弾が発射された。今度は先ほどの数も質も威力も比にならない。これこそが総本山の実力とでも言いたげに力を発揮する。

 速度が違った。

 ただの一瞬すら重力に負けず駆ける砲弾は、恐竜が反応するより早くその皮膚に特攻した。

 直撃と同時に炎が上がる。土煙と爆発の白煙が上がり、巨大な図体を丸ごと覆った。


(・・・鋼の肉体って、あったんだね)


 白煙という憎い演出から現れたのは眼光と、不気味なまでに埃すらつなかいうろこのような皮膚。漏らす吐息と煙の区別は付かないが、恐らく殺気をかもし出しているのが吐息だろうと無理矢理判断した。

 内心焦燥と同時に笑いもこみ上げてきている。まさか要塞の全段発射砲撃を全身に受けてもその身は怯まないどころか、まるで迫り来る虫の大群を追い払うような何気なさ。優雅とは言えない立ち振る舞いが、余裕を物語っていた。

 今となってはもう、水流の防衛線だけが頼りだった。


(はてさて・・・。もう逃げ道は無くなっちゃったなぁ)


 口元が不自然につり上がる。

 逃げ道を失った人間が見せる、最後の笑みに似ていた。どうしようもない状況に置かれたとき、人は最後の賭けに出るように火事場の馬鹿力ならぬ勇気を振り絞り、ある人は高い崖から飛び降りて窮地を脱出したり、ある人は肉を切らせて骨を絶つという戦法を取ってみたりする。

 だが新谷は既にそれを覚悟の内として入れていた。

 取り出したるは再びペン。尖ったその先を・・・自分に突き立てる。

 水流は操作の主をなくし、段々と動きを止めていき、その水かさも落ち着いてきている。それを見て新谷の動きは早まった。

 恐竜は今か今かとその牙を慣らし、じわじわとその足を動かしていた。


「―――はっ・・・」


 突然、新谷が天を仰ぎ見て声を漏らした。


「くっ・・・あっはっはっはっはっ!!」


 それはまるで何かの愚行を嘲笑うかのような侮辱的な爆笑。夜空に届くんじゃないかという勢いでしばらくその笑い声は収まらず、新谷は見た目にそぐわない涙を流していた。

 ・・・それが笑って流した涙なのかは、誰も知らない。


「はっは・・・は・・・はぁ。何がおかしいんだろうね、全く。聞いてくれよ古代生物様、どうやら僕ら人類は市と直面するとどうにも面白くなってしまうらしいんだ。いや、それこそおかしな話だけどね」


 ―――笑みの終わりは、水を止めた。


 恐竜は忌々しき敵がいなくなると、その鋭いツメを地に付きたてて一歩前に踏み出してきた。知恵を持たない生物に容赦は無いな、と新谷は苦笑いした。

 だが笑みもやはりすぐに消え、変わりに無機質な、それも見下すような表情で夜を拝んだ。


 ―――もう一歩、近づいてくる。


 今や要塞も落ち、守るべきものは無くなった。予感が当たればどうせ城も落ちるだろうと新谷は楽観的になる。どうせ終わることなのだから。


 ―――もう一歩、近づいてくる。


 星空をすがすがしい気分で見るのは初めてだった。やはり、作り物の世界と言えども美しさは本物に引けを取らない。あれもまた、狐だったのだろうかと下らない思考を巡らした。


 ―――最後の一歩を、踏み出して牙を剥く。


 新谷は大きく手を広げて、その恐竜を抱擁するような体制を取る。無論、抱きしめるつもりは無い。それも覚悟だったのだ。

 見上げた空は輝きを纏い、暗闇の中でもいっそう輝いていた。暗闇を作っている張本人だというのに、理不尽な話だと鼻で笑った。

 そして・・・新谷は向かって言う。


「さぁ、僕を食べるといいよ」


 抱擁されたのは、新谷のほうだった。



 煌く星空はやはり贋物でありながら美麗。

 そして、その夜。

 星空に向かって一本の柱が地から昇ったという。

 大きな爆発音を携えて。

 それを見た人々は皆がこう言った。

『守護者の柱』だと。

 式の名は『爆発』。

 情報生命体のような造りだからこそ出来た、要塞の守り手という氏名があったからこそ出来た業。

 昇った柱はどこまでも高く、星空に穴を開けるようにして天に突き出す。

 天文は死者の魂が作り出すという。

 いつか誰かが漏らす言葉。

『守護者の星』



 ―――要塞の守り手は、散っていった。

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