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58, 隔離された要塞(2)

作者発熱のため、明日明後日の更新は恐らくできないかと思います。

ご迷惑をおかけしますが、何卒ご理解くださいまし。

 月夜が街を照らす頃、その月の加護すら受けられない建物の内部では、緊張の争いが繰り広げられていた。

 オレンジ色に灯るランプの下、四人の男女が正方形に並び、それぞれが手に持った手札を切っている。これは賭け、これは勝負、これは自棄。日比谷と新谷は、既にその場を抜けている。


 ―――そこは戦場。


 散る火花は、由真と九条の間に色を持って存在していた。二枚の切り札を構え、睨みあう二人。その場に居合わせることは、名の轟いた武将の一騎打ちに割り込むのと同意味。武士の語らいに第三者の介入は既に不可能の領域。

 まず一閃。九条の手が由真の手に伸びた。真っ二つに切り裂いた空間で手にしたのは相手の手駒。だが、それは求めるものではなかった。軽く舌打ちが飛ぶ。

 後手に回った由真は、相手に考える隙を与えない。手にした手駒を陣地へと隠す前に、由真の剣戟が横薙ぎに走った。そして掴んだのは、またもやダミー。落胆する由真は、急いでそれを欺く工作をかける。

 繰り返される一騎打ちの鉄の火花に、傍観に回った男二人は身を震わせていた。

これが、命を懸けたゲームなのだと。

 奪い合う二人の目付きは既に殺し屋の目。相手を射抜き、見通し、次の一撃にて決着をつけようとする本気の戦い。


「くっ・・・」


 日比谷の喉に唾が音を立てて嚥下されていった。汗が滲み出てくるのが分かる。これは威圧の空間。その場にいる資格があるのは、いかなる状況においても勝利だけを見据えた者のみの領域。日比谷はその中には含まれなかった。


「これは・・・」


 新谷の身体が震えた。これを傍観できた事が、歓喜に値するほどの両者の均衡。力と力がぶつかり合い、その度に笑みを漏らす、戦いを愉しむ武芸者の試合。言葉は武器を用いて、決意は意気を用いて、結果は勝敗を用いて、ただ自らの満足のために戦うもの。

 走る稲妻は交錯し合い、毎度のように相手の仕掛けたダミーを焼き尽くす。

 苦悩の表情が二人に浮かんだ。これ以上長引かせることは、すなわち根気と精神のぶつかり合いになる。長期戦は望めない。

 先手にある九条が、カッと目を見開いた。


(左、右。見極めなさい。あたしなら見えるはずよ、相手の手の内が)


 九条の背の後ろに、覗くように龍が現れた。火炎をその猛る牙の隙間から噴かせ、紅い魔性の眼光は由真をそのテリトリーに置いた。

 そして、龍が長身を伸ばしてその場を咆哮と共に駆けた。


「もらったぁぁぁ!!」


 が、掴んだ瞬間に九条の表情に亀裂が走る。

 由真は不敵に笑った。九条が見ると、龍の牙が捉えたのは不気味な嘲笑を浮かべた道化の姿。


(かかりましたね。この私の一手で、必ず決めて見せますっ!)


 由真の背の後ろに、威嚇を振りまく虎が現れた。怖気づかせる巨体は、逆立った毛で覆われ、今にも襲い掛かりそうな狂気の沙汰。鋭く光る象牙色の牙からは、獲物を狙う熱い吐息。

 そして、虎が爆発するような跳躍で九条に襲い掛かる。

 対峙したのは龍虎。

 巻き付きその灼熱の炎で灰燼と化そうとする龍と、岩すらも噛み砕く強靭な牙でその体を貫こうとする虎。


「これで、終わりです!」


 虎は龍の束縛を切り抜け、天高く飛び上がってその脅威を撒き散らした。


 ―――そしてその牙は、ついにキングを捉えた。


「ああああっ!!」


 九条が崩れ落ちた。

 決着は付き、日比谷と新谷もほっと胸をなでおろす。後数分この場に居合わせたら死んでいたかもしれないと、冗談抜きにそう思った。


「ふっふっふー。私の勝ちですね、九条さん」


 キングのカードを、既に積もっているカードの山に置いた。

 つまり、ババ抜きだった。

 事は、夜中に九条が目覚めたときに始まった。

 状況を理解しきれない九条に、新谷が軽く説明してやると、いきなり『春樹を助けなくちゃ』とか自殺志願者のようなことを言い出したので、由真が必死に止め、その後暇なのでというどうしようもない流れでこう落ち着いた。


「うぅ。貴女さっきからギリギリの所で粘ってばかりね。というか男共!!少しを手加減しなさいよ全く・・・」

「ははっ。僕は生憎と戦略的なのは得意で、手加減とか出来ない性質なんだ。そういうのは日比谷君に頼んでくれ」


 新谷はケラケラ笑う。

 ちなみに新谷は全戦全勝だった。それも圧倒的に。

 次いで、毎回のように九条に勝利を譲ろうとした日比谷だが、運が良いのか悪いのか、これまたすぐに上がってしまっていた。


「お、俺は手加減してたぜ?ただ知らねぇが、引くカード全部が何か当たりだしよぉ」


 他でもない、新谷の策略でもあったりした。


「さて、罰ゲームだけれども・・・もう日比谷君をいじるのにも飽きたしなぁ」


 罰ゲーム付だった。

 一番に上がった人間が、やりたいことを指定し、それに従って他の人がそれをしなければならない王様ゲーム的なものなのだが、新谷は執拗に日比谷を標的にいじっていた。というのは表向きで、実際女性陣をいじる勇気など無かった。

 だがそこで新谷が提案したのは、由真と会話がしたいというものだった。







「いいんでしょうか、二人を二階に置いて」


 由真が階段を上がっていった日比谷と九条を見送って言った。


「そうだね。まぁ実際僕の狙いはそこにあったんだけどね」


 新谷は由真と二人で話しがしたと言って、日比谷と九条を二階へと追いやった。

 その時に日比谷が赤面していったのを新谷はいつまでも覚えていることだろう。

 さて、と一置き置いて、新谷は向き直る。


「さっきの結界式のことだけれど、聞きたいかい?」


 瞬間、由真の表情が変わって空気が張り詰めた。

 新谷はそれに驚きつつも、笑みを崩さない。

 これでは『意欲剥奪』を破ったのもが感じる違和感が、由真にもあるようで笑えたからだ。母のような海から、乾ききった荒野への由真のオーラの変貌。王女というのは皆こんな人間なのだろうかと思うと、係わり合いになることはご丁寧にお断りしたいところだと思った。

 だが、対する由真も新谷に不審を覚えていた。


(彼は、悪くても一般生徒では無いですね)


 新谷が由真を王女だと確かめようとしたあの問い方といいなんといい、隙の無さが逆に目立つ。結界式を張っている時点で普通ではないのだが、彼の笑顔は自然と出ている『仮面』のようなものだと。それこそ、狐のような。


「この情報課はね、地味だけど最後の砦、『要塞』なんだ。最重要関門の守護地、それがここ」

「それであの式を?それならもっと強力なものにすればいいのでは」

「そうしたいのは山々なんだけど、『狐の仕掛け』を見破られるとまずいものだからね。人を隠すなら人の中、要塞を隠すなら建物の中。まぁ地味なほうが良いかと思ってね」


そう言ってはにかんだ。

『狐』は化かすものの象徴。行われる学園祭では、あの仮面の男が着用していた仮面のプラスチック版が生徒全員に配られるらしい。

 それはどのような意図があってか。


「この街はね、『全員が化け狐』なんだよ」


 そう新谷は言った。


「だから『要塞』も化け、『人々』も化け、何より『命』が化ける。今だ見破った人はいない・・・というよりも、この謎にすら気付かず終わる人が多いけどね」


 城下町を思い出した。

 城。それは権力者を守るために作られた巨大で強靭な盾。


 ―――そう、城は盾なのだ。


 ならばこそ要塞は城を守るための第二防衛線として機能する。とすれば、城にとっての要塞とは何か。

 それが、城下町。

 人々の住むその穏やかな要塞は、我が身を『平穏』という名の街に潜めて敵を迎え撃つ。一本道と言っていいほどに整理された分かりやすい町並みは、相手を誘き出すための迷路。

 つまりは、城という圧倒的な存在を『狐』として扱い、その実態はさらに大きい城下町。

 要塞が化け、人々が化け、命が化け、ただ一つのものを守るために機能する。


「じゃあ、その要塞の中には何があるんです?」

「―――何も無いさ」


 そう要塞の守り手はつぶやくように漏らした。

 それに由真は耳を疑う。


「何も・・・ない、とは?」

「言葉通りさ。それにさっきも言っただろう?『要塞』は化けているんだって。だから何も無い。何かあると見せかけるために、ここはあるんだ」


 由真は混乱する頭を整理する。

 つまり、ここは要塞であって、何かを守るために意欲剥奪の式が施されているのだが、それは向こうの意識が剥奪されるという意識を植えつけるためであり、実際はその要塞には何も無く他に要塞があるのだが、その要塞を守るための要塞がこれでありその要塞が要塞だと感づかれないために要塞の要塞を要塞して要塞・・・。


「要塞がヨーサイという緑野菜がようサイ」

「特別難しいことを言った覚えは無いんだけどね・・・」

「はっ!?つまりここはダミーですね!?」

「ものすごく物分りが良くて助かるよ。さっきのは何だったんだいと問い詰めたいけどね」


 ふぅと一息ついて、新谷は背掛けにぐったりともたれた。

 言われてみて、由真はぐるりと室内を見回してみる。機材や何やらは沢山置かれているが、特別守らなければならないものは一見して無さそうだ。ランプを見ると、むしろ洞窟探検に行った時の中継テントみたいにも見えた。

 これが要塞なんだと知ってしまったら、さぞかし落胆してしまうだろう。

 そして新谷は、勢い良く椅子から飛び降りると、近くのタンスから何が馬鹿でかい紙を持って由真の前に広げた。

 線と面で構成された二次元の世界がそこには広がっていた。

 それは塔だった。

 四方体で堂々と地にそびえ立つ塔は、天高くから俯瞰風景を達観する。存在を自己顕示する姿がそこには大きく描かれ、淡い思い出の一ページのような色ボケた筆圧で線が走っている。

上に題名のような欄があり、『オベリスク』と書かれていた。


「これは?」


 さも当然のごとく由真は問うた。


「『オベリスク』こと、僕らの最後の城さ」


 偽りの要塞の守護者は、守るべき城を前にして藻屑。だから彼はその絵を目の前にして震えるのだった。

 愛でるように、撫でるように、自分の守ってきたものを目で嘗め回す。

 新谷は言う。


 ―――これは侵略と守護の戦いだったのだと。




 夜は更けていく。

 もう一つの決意が、同じ場所に介在していた。

 名を『騎士ナイト』と『プリンセス』。





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