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55, 第一号情報生命体(1)

 足取りは自分でも驚けるほどに速かった。これは焦りの象徴であり、何より危機感の具現化でもあった。

 信一は研究施設内を走り回っていた。正真正銘、名の通り走り回っているのだ。準がどこに捕らえられたのかが分からない以上、手当たり次第に潰していくしかなかった。

 苛立ちは収まらない。もう何度唇の皮を千切ったかは忘れてしまったが、今そうしているのだから苛立っていることは確か。

 不覚だったのだ。政府の人間が潜んでいることは知っていたが、まさか本当に準を標的にしてくるとは思いもよらなかった。何故なら彼女にはさらわれる理由が無い。それどころか、護られる理由なら見つかるほどだというのに。

 春樹と別れてからなかなか時間がたってしまっている。それがまた焦燥を生んでいた。


(思った以上に広いのが予定外だった。地下施設があったと言えども、学園内だけでこれほどか・・・)


 もはや外見上の学園内に収まりきらないのではないかと思うほどの敷地。それが信一の行く先を阻む最も厄介なものだった。

 長距離走行でタイムを計るとき、同じトラックをぐるぐる回るだけではタイムは落ちてしまうという。その原因となるのが景色の変化の無さにある。精神的な問題が人を疲れさせるのだ。

 信一は今その気持ちが人並み以上に理解できるような気がした。

 見渡す限りの白、白、白。これではタイム云々の前に、走ってきた道がどこなのかも覚えているのに苦労する。


「クソッ。時間を食っている暇など無いというのに」


 吐き捨てるようにして言う。

 信一は今日何枚目か数えるのも止めた扉の前に立ち、乱暴にその扉を開けた。

 無人。散らばった書類だけがまた目に入り、信一は苛立ちからそれを蹴飛ばす。

 が、ふと目を落とした書類に信一は釘付けになった。


「これは・・・」


 それを慎重な手つきで手に取った。


『研究日誌・記録4』


 古びた冊子の表紙にはそう記してあった。年季を見れば、もう十年ほど前のものになっている。試しに一番最後のページを開いてみると、それは以外にも新しく、日記のようなものらしく昨日の日付になっていた。

 これは恐らく資料になると、信一は熱心に周りの書物を漁ってみる。すると、同じ題名の冊子が何冊も見つかった。

 信一はそれを並べて、目をざっと通してみた。

 下記が内容を抜粋したものである。


『クローン技術の完全廃止により、我らの研究は早くも終わりを遂げた。学会に研究結果を報告し、なんとか我々の研究だけでも続けさせてくれないか交渉を持ち込んだが、蛇足に終わる。我らのリーダーは酷く憤慨していたようだが、これも研究者の定めだと言って妥協している様子だった。

 しかし間もなくして戦争が始まる。我が国の政府は、我々に発見されたばかりの『式』という概念的真理に基づいたものの研究を強要する。名を『人体強化計画』という子供も考えそうなネーミングで打ち出され、リーダー共々研究に参加した。

 ここでリーダーが、独自に式を研究し始めたのがそもそものきっかけだった。

(中略)

 首都大紛争の医療班として我々は戦争に参加した。その頃の我が国では『魂喰らいの炎』と恐れられていた男が負傷し、その治療に当たったことを覚えている。ここでリーダーはその男を利用し、式の研究成果を試した。結果は上々、彼はほぼ不死身の身体を持ったと報告にあるが、その真相は定かではなかった。

(中略)

 敵国から子供を拉致し、実験に使用。どこかの貴族の協力があったらしいが、私は良く聞いてはいない。実験の内容は『人体強化計画』の応用で、これもまた成功したという。その後、拉致が世界に知れ渡ってしまい、リーダーは致し方なく密輸船にその子供を乗せて帰したらしい。協力をした貴族は、その国の巨大監獄施設、『サークルエリア』に連行されたと速報が入っていた。

(中略)

 クローン技術を学会に内密で研究を進める。式の構造を使えば可能性は広がるとリーダーは豪語し、案の定作り上げて見せていた。後に『情報生命体』という正式名称を考え出し、リーダーは酷く喜んでいる様子だった。私も同様に、この研究の意味合いは強いと考えていた。

(中略)

 第一号情報生命体が暴走した。普及した式を独自に編み出し、非常に危険な存在へと育ってしまった。研究施設から逃亡し、外国のあの監獄施設にて捕縛されたらしい。学会で問い詰められたが、難は逃れた。だが実験体は向こうの国に捕らえられ、人格改変などの処置を受けて一般に溶け込ませることにより、人間としての更正を計っているようだった。私はそれでも構わないのではないかと思ったが、リーダーは不満を隠せない様子であった。

(中略)

 向こうの国の貴族からこちらに連絡が入った。第一号情報生命体は、政府管理下の治安維持機関という所に預けられ、監視を受けているという。何故貴族などと面識があるのか私には分からなかったが、リーダーの顔が広いのはいつものことだったので気には留めなかった。

(中略)

 こちらの政府から、新たに任が下った。どうやらあの監獄施設内に研究施設を設けてくれるらしい。向こうの貴族からの直接の願い出であったらしく、研究内容は知らされていないが赴くことになる。確か、貴族の名は』


 そこまで読んで信一は冊子を閉じた。

 冷や汗が首筋を伝う。恐怖に似た感覚が体内を支配し、それを押さえるために震える吐息をゆっくりと吐いた。

 冊子を裏返して著者を見てみてたが、記憶に無い名前だった。


(あの男、そういうことだったか)


 悔しさをかみ殺す。これはもうどうしようもないこと。だが、知りえただけまだましだった。

 信一は他にも何か無いかと、本棚を漁っていく。そこで分かったが、どうやらここは情報生命体の研究室だったようだ。それに関する本が沢山肩を並べていた。

 だがそんな学者知識は必要ない。信一が求めているのはもっと具体的なものだった。


(第一号情報生命体。恐らくこれは・・・)


 床にどんどん書物が積もっていく中、信一はまた一冊の本を手にとって題名に目をつけた。


『オベリスク建設』


 その瞬間、信一の脳裏に何かが閃いた。

 何故オベリスクなどが情報生命体に関係あるのか。それは直接的には全く意味合いを持っていないだろうが、これは恐らく一つの資料としてここに置かれたもの。

 本を見るとまだ真新しかった。つまり、最近持ち出したものだろう。

 ならば何に使うのか。


「・・・ふざけおって。クソ研究者どもはあの悲劇を知らないわけがないというのに」


 それが『あの男』の力ということなのだろうと思う。

 他にも漁ってみたが、やはり内容は専門的知識を要する研究内容であり、信一には理解しがたいものばかりだった。

 今まで仕入れた情報を頭の中で整理する。

(やはり奴らが絡んできているのか・・・。しかもこうも昔からとは、驚きよりも感嘆だな)

 これ以上の詮索は無理だと判断し、信一は部屋から出た。

 と、その瞬間だった。


「いやぁぁぁぁ!!」


 それは甲高い悲鳴。恐ろしいまでに響いた声は、聞きなれた女性の声。

 信一の神経が一瞬にして鋭敏になり、その反射速度は頭よりも身体が速かった。声のする方向へ向き直り、アキレス腱を伸ばし、跳躍の姿勢を数秒もかからず取る。

 だが、それよりも速い物が目の前を通過していった。

 その鋭利な何かに反応しないわけも無く、信一は身体をのけぞる。


「何者!?」


 予期せぬ乱入者に、必要以上に警戒の意を示した。

 乱入者は何事も無かったかのように、白の空間に場違いの黒いローブをまとって佇んでいた。右手には投げたと思われる短刀。左手には本家のナイフ。遠くからでは見分けは付かないが、握り方の違いに信一は気付いた。

 だが、どちらが投擲用かなどどうでも良い話。信一の記憶にある限りでは、あの男は・・・。


「春樹を狙う謎の男、というわけか。何の用だ。生憎だが私は先を急いでいる身でな、遊戯に付き合っている暇など無いぞ」


 潤目だった。今だ信一はその名を知らない。


「用が無かったと言えば嘘になるが・・・まず、今の悲鳴に覚えがあるのかお前」

「答えればそこを通すと?」

「内容によっては」

「・・・ほう」


 思考する。

 潤目は危険な存在ではあるが、1stエリア以降では特にこちらに干渉してきた覚えは無い。とは言え、やはり情報強奪で奪ったあの真名があまりに頭に引っかかる。ここで問うのも悪くは無いが、恐らく答えないだろうと踏んでいた。

 ナイフの構えは無い。ただその手に握っているだけの飾り。

 しかしこちらが下手に出れば、恐らくそれは血の彩る赤い銀化粧と成り得る。


「あの悲鳴は、白鳥準のものだ。貴様もこちらに相当関わってきているようだから誰かは頭にあるだろう」

「白鳥準?何故奴の悲鳴がここから聞こえる」


 答えてみたは良いが、潤目は信一の予想を裏切って質問してきた。


「何故も何も無い。学園が襲われさらわれただけの話だ」

「政府が奴を狙ったというのか?何故?」

「それは誰より私が知りたいことだ。そして今、白鳥準は危機にある。ついでに言えば我々もだがな」


 信一は挑発のつもりで微笑した。いや、苦笑した。


「まさか・・・有り得ない。政府も危険性は重々承知なはずだろう」


 潤目は本当に予想以上に食いついてくる。それだけの事情を知っているのならば、通してくれればいいのにと信一は思った。

 構えにより固くなっていた身体を少し信一はほぐす。潤目に攻撃の意は見られないからだ。


「私もそれは考えていた。何をしようとしているのか知らんが、研究室に『オベリスク』についての書籍があった。事情を知っているのなら、大体の予想は付くかね?」


 潤目はついにナイフをしまい、顎に手を置いた。

 ここで襲ってもよかったが、意外に潤目が話の分かる人間だと判断した信一はそのまま話を続ける。


「貴様がどうやってその情報を仕入れたのかは聞かん。だが、ならばこそここは見逃せ」

「・・・一つ、質問をしよう」


 いきなりだった。

 信一は早急に、と言って潤目のローブの奥を見据えた。


「何故奴を助けようとする」


 はっ?と信一は間抜けな声を漏らしたが、潤目の情報の量がこれまた予想以上だったことに気付き、驚きつつもそれは愚問だと答える。

 何故ならばそれは呆気に取られるほどの単純な理由だから。


「白鳥準は、私の友だ。それ以外に理由は無い」


 虚実はそこに存在しない。それは、潤目も聞いて理解した。


「ならば春樹はお前にとって何だ?」

「何・・・?何故そこで春樹が出てくる」

「黙って答えれば良い」


 相変わらず表情が見えないので、意図が全く読めない。が、これもまた信一は胸を張って答える。用意などしなくとも、思考などしないくともいつもある答えを述べるだけ。


「武藤春樹もまた友だ。かけがえのない、な」


 微笑する。今度は苦笑じゃない。自分の言ったことに自信を持った証拠。

 潤目の表情はやはり分からない。

 それに納得しているのか、不満を覚えているのか。ただ、顎に手を置いたままこちらからは見えないマジックミラーのような苛立ちを覚える視線を向けてくる。


「ならば、天宮寺由真は・・・友か?」


 それには一瞬信一は顔をしかめる。ピクリと動いた眉毛の端が潤目に確認できたかは分からない。だが、動揺は隠せなかった。


「それは誘導尋問かね?それとも別の意味かね?」


 だが依然として潤目は微動だにせず、言い放つ。


「勘違いするな。俺は『希信一』と会話をしている」


 ふっ、と潤目は笑った。

 それに信一も笑みを返し、すぐに険しい表情になると、息を大きく吸って、吐いた。


「天宮寺由真も当然だ。友は誰も失うわけにはいかん。それが、運命に定められていようと、人の意思に逆らおうとな」


 その答えに満足したのか、潤目は身体を横にどけて言う。


「ならば俺はそんなお前のために、友を一人守ろう。三人も友人がいたら、全て守りきるのは至難の業だろう?」


 開いた道に足を踏み出し、横目にして潤目を睨む。


「どういう意味だそれは」

「春樹は恐らく牢獄行きだろう。仮面の男が向かっていったのを確認している。だが、天宮寺由真の元にも悪魔はやってくるようだ。その悪魔を俺が退ける。だから、お前はもう一人の友を助けに行け」

「天宮寺由真が襲われるというのか?既に向こうの戦力は出尽くしたはずだが・・・」

「政府の戦力は無尽蔵だ。それも、ミリアが加わった後は」

「・・・ふむ。まぁ、ここは貴様の親切にすがっておくとしよう。では、先を急ぐ」


 潤目の開けた道を疾走し、信一は白の世界に吸い込まれていった。

 その後姿をしばらく眺めていた潤目も、信一に投げた短刀を拾い上げると、それをローブの中にしまい込む。

 天井を見上げてみた。

 これが青空ならば、少しは黄昏ていたかもしれないが、視界に入るのは何も感じさせない白。だがそれもいいと思う。


『唯一つの希を信ずる者』


 その意思は見習うべきだろうと、潤目は頭の隅でふと思ったりした。



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