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54, 贋グニール

 その客は、招待状も貰っていないのに突然訪問してきた不法侵入者。

 だが、魔王にとって宴での招待状など無意味。あるのはその存在でのパスポート。門を守るものは、状況に関わらずその客を通さなければならない。そして魔王は門番がいたことすら気付かず宴の席に着くのだ。

 今回の客は狐の仮面をつけた貴公子だった。その身体にローブを纏い、存在をオブラードに包んでいた。


「このような宴に呼んでくれないとは、貴様もなかなか独占欲が強いな?」


 仮面の男、二人目の危険人物は顔を真っ青にする黄金に向って言った。この場合、黄金はオリジナルのほうになる。


「何をしにきた。貴様はこちらには関わってこないのではなかったのか」

「そう言うな。私も少しばかり戯れたいのだよ。向こうは研究員どもに任せてある」


 扉を潜ると、仮面の男は発狂している春樹の前まで歩いていった。

 仮面の男の素性を知る黄金はこの男の行動について稀に思うことがある。こうして今の春樹に近づける人間などそういはしないはずなのに、彼は何の恐怖も感じずその歩を進めている。

 果たして狂っているのは、相手なのかこの男なのか。

 狂喜に打ちひしがれる男か、その狂喜に立ち向かう男か。

 ある程度春樹に近づくと、男は視線だけこちらに向けて言う。


「貴様は・・・これに負けたのか?」


 ぞわっとした戦慄が黄金の身体を襲う。全ての身の毛が総立ちになり、明らかな怯えを感じさせていた。男の言葉にはそんな感情が込められている。


「くっ・・・。負けたのではない、まだ力試しを」

「腹部に拳を浴び、壁に叩きつけられ、無様に首襟まで掴まれてか?」

「・・・」

「今こうして隙を見せているこれに槍を突き立てないのは何故だ?恐怖しているからだろう?」


 返す言葉は無かった。

 春樹の狂う姿を見ると、足が震える。―――いや、白銀を貫いた後から恐怖を感じていた。

 今まで雑魚同然だった男が、たった数分の間に手も足も出ない化け物に変貌したのだ。これで調子を崩さない人がいるのならば、それこそが魔王だ。つまり、目の前の仮面の男。

 同じ仮面を被っていた者として、悪寒を覚える。


「ふむ。まぁいい。それよりも、その槍騎士の意思とやらを見たくは無いかね?」

「何・・・?」

「答えずとも良い。Forword.」


 言うと、黄金から仮面の男へとブリューナクが渡っていった。黄金はそれに顔をしかめるが、黙って後ろに下がった。

 仮面の男は白銀のほうを見た。


「貴様ら兄妹も相当苦労しているようだな。まぁ不遇だった自分たちを呪え」


 白銀は自分の兄である黄金を背中にし、後ずさった。


「貴方は誰です?その仮面、正直見飽きたのですが」

「ふむ。恐怖して尚威勢を張るか。後方に下がった判断は正しいぞ、白銀。私とこれとの戦いに巻き込まれてはならないからな」


 質問に答える気は無いらしい。変わりに、槍を春樹に突きつけた。

 春樹は相変わらず笑い声か泣き声か分からない声を上げ続け、ついには声が荒れていた。それはもう人間のものではない。

 だがそれを仮面の男は平常心で見つめている。


「五月蝿いな貴様。少し黙って」

「あ゛ぁぁぁぁぁあああ!!!」


 一際大きく叫んだかと思えば、突きつけられた槍を殴って吹っ飛ばした。仮面の男の手を離れたそれは遠くの壁に大きくめり込む。

 それを目で追った後、仮面の男は笑い声を漏らす。


「面白い。これは楽しめそうだ」


 春樹の見開かれた眼球がその瞬間狐を捉えた。普通の人間ならばそれだけで怖気づいてしまうが、男はペンを懐から出して式を構成する。

 それは傍から見れば、闘牛に似ていた。暴走する闘牛を赤いスカーフを持った人間が翻弄していく、一種のパフォーマンス。興奮状態にある牛は、その赤い布以外視界に無い。ただその 一点を角で突くためだけに地を蹴り、鼻息を荒くする。

 春樹に武器は無い。よって、拳が仮面の前で空を切る。右が外れれば左を、左が外れれば右を放つ。そして闘牛士はそれを難なくかわしていく。


「『風切』」


 言葉にしたのは風の式。

 春樹の拳が放たれた瞬間、傍観していた二人の目には恐ろしい光景に見えただろう。拳から腕にかけて、機械か何かで刻まれたように血が噴射する。赤以外に色を持たなくなった腕は、ぶらりと下がりその機能を失う。

 鋭利化された風は切り刻むための武器となった。しかし風は風、広がればその範囲が大きければ大きいほど旋風になったり、そよ風になったりする。だが、広がった距離は限りなくゼロ。風は刃を持ったまま現存し、我領域に踏み込んだ招かれざる客を切り刻む。


「ほう。痛みは既に無いか」


 春樹の勢いはそれでも止まることは無かった。右が消えれば、左で十分。そう物語る拳が放たれる。

 だが二本が一本になったならば、対処は更に容易い。男は再び式を構成する。


「『風切』」


 二度目。再び春樹の拳は鮮血の薔薇を散らせる。


「がぁぁぁ・・・」


 流石の猛獣もこれは耐え難い。既に人の一部として役目を成さない腕が、付属品のようにぶらりと垂れ下がり、致死量ではないかと思うほどの血が滴り落ちる。

 その春樹を見下すように立ち、仮面の男は言い放った。


「白銀が持つパソコンの中に何が見える」


 血を失って少しは鎮火されたのか、春樹は言われた白銀のパソコンを視界に捉えた。

 既に春樹の目に写っているのは物体としての形ではなく、その物体が持つ本質的な情報。つまりパソコンの中身。


「見えるだろう。それを貴様は武器として使って、私を殺せば良い。武器が、欲しいのだろう?呼べ、その名を。貴様にならば分かるはずだ」


 春樹はその機能しなくなったはずの腕を上げた。

 虚空を掴むように指を動かし、真っ赤な瞳をパソコンに注いだ。


「I demand a reply.(我が声命答えよ)」


 誰もがその言葉に我耳を疑っただろう。だが、依然として仮面の男だけはその光景を冷静に見守っている。冷静というのは表現の間違い。彼もまた興奮を胸のうちに抑えきれないほど秘めていた。その理由は、他の二人とは違う。


「An ancient golden can go through nothing.(太古より伝わりし黄金の意思は、何ものをも貫くことが出来ない)」


 春樹の手には式が渦巻き、その姿を現そうと強靭な殻を破ろうとしている。これが孵化だというのならば、殻はパソコン。白銀のパソコンは中に不気味な生物でも住んでいるわけでもないのにカタカタと音を立てて微振動する。


「A spear knight of a wise king appears here.(聡明なる王者、槍騎士の意思はここに在り)」


 ふざけていると白銀は思った。音声認識は、その名の通り音声によって使い手を認識する方法。あの槍は白銀の声にしか反応しないはずなのに、何故春樹の手に展開されようとしているのか。

 それに加えて、何故春樹は詠唱を知っているのか。何もかもが理解できない。


「The name is―――」


 そこに光臨したのは何だったか。

 初めて見る王者に、驚きを隠せなかった。


「Gungnir.(ガングニール)」


 驚きを隠せないのは、それが圧倒的だったからではなかった。白銀は知らない。それが金色であることの意味を。それが何故グングニルという発音をしなかったのかを。

 戦場を駆け、死の象徴ともされた最強の魔術師にして神、オーディン。愛馬スレイプニルに乗るその姿と名前はあまりに有名であり、その槍グングニルは持ち主を越えようかと言うほどの更なる名の知れた槍。

 魔力の塊で出来ていると言っても過言ではないその矛先の鋼は、『銀』。

 白銀は思った。その全てから今かけ離れているのではないかと。せめて似通っているならば、春樹が今は死の象徴といったところか。

 仮面の男が声を上げて笑った。


「ふはははは!!これが、奴の作り上げた最高傑作か。最強の槍という概念の元に作られた『グングニル』。名だけとはまさにこのことだな」

 

 春樹がその槍を不器用に掴み、この世のものとは思えない叫びを上げて突き出す。

 が、それは何事も無かったかのように男にキャッチされた。男はブリューナクを呼び戻し、春樹の顔面を薙いだ。わざと刃に触れないように、棒の部分で叩き込む。骸骨が悲鳴をあげ、春樹は足をもつらせる。


 「粋がるな。貴様は槍の使い手ではなかろうが」


 男は言った後、春樹の顔面を強く殴りつけた。

 王者は登場から数秒で地に伏した。召喚されたグングニルが白銀の目の前に転がってくる。


「知っているかね白銀よ。神話に登場する武器や人物など、所詮は架空に過ぎん。その形など人々の作り上げた捏造であること。文献などに多少は残っているのだろうが、それでも同じことよ。『ロンギヌス』を思い出してみろ。あれはキリストの心臓を貫いた槍として名を馳せたが、それはただの兵士が持っていた一般槍。しかし、偉大なる神の子を貫いたことから人々が勝手に祭り上げ、ロンギヌスなどと名高い様に聞こえる名を授かった。実際はその突き刺した兵士の名らしいが、全くもって馬鹿げている。そして私たちが手にしているロンギヌスの模造品は、ただ槍として貫くことに長けていただけでそう付けられているのだよ」


 男の話は十分に理解できた。

 古代の文献や記述は信憑性に欠ける。何より神話や童話などにはあまりにも根拠が無い。

 そして何より、事実を脚色しすぎている。


 例えば古代の東洋の島国にいたとされるスサノオ。そして彼が討った八つの頭を持っていたとされるヤマタノオロチ。これは酷く脚色されつつ、意味のあるものとして有名だ。


 こんな生物が実際にいたと考えるのは人間の思考ではない。これは、スサノオという人物の偉大さを伝えるために脚色された表現方法だったのだ。その大袈裟振りには驚きだが、だからこそ伝わってきたものである。

 それを紐解けば、学者たちは多くの意見を出す。

 最も有力なのが治水説。

 ヤマタノオロチは河の氾濫を示す竜神。後にスサノオの妻となったクシナダヒメは別名イナダヒメとも呼ばれ、そこから稲田を表していたのではないかと思われている。そして話ではクシナダヒメがオロチに食われるのをスサノオが止める。

 変換すれば、河の氾濫により稲田が荒らされ困っていたところを、何らかの方法でスサノオが治水をしたということ。

 そしてかの有名なアマノムラクモこと草薙剣。ヤマタノオロチの体内から奪ったとされるその剣は、現在においてもどこぞの神宮で祭られているという。

 しかし、その実態は実に拍子抜けするもので、その頃の製鉄技術の象徴となど下らない表現に使われており、言ってしまえばそれこそまさに名だけのただの剣なのだ。

 つまりはそういうこと。

 白銀の目の前にあるのは、ただ『最強』という表現を『グングニル』で表しただけの槍。

 その真名を『ガングニール』といった。

 仮面の男は嘲笑する。なんて馬鹿げたネーミングをしてくれたのだと。


(お父さんは・・・本当に素晴らしい言葉遊びを思いついたものですね)


 白銀も場にそぐわないが笑みをこぼした。

 その槍をグングニルとした理由はもう一つあったのだった。

 表現だけで付けられた名前のモノなど、所詮は『贋物』。贋物とはつまり偽物であり、それは百も承知だ。

 Gungnir。

 これは現在の言葉ではなく、古来の言葉。発音が曖昧のため、地域によっては「グングニール」やら「ガングニル」やら「グーングニル」やら多彩な呼び方をする。

 白銀の父は、中から「ガングニール」の名を選んだ。

『贋・グングニル』、合わせて『ガングニール』という意味を込めて。

 贋、つまり偽物のグングニル。考えれば本当に笑える話だった。白銀の口調も意思とは関係なく弾む。


「本当に馬鹿げていますね。ですが、音声認識で出される模造武器は大体そうでしょう。私のヴラドとて、あれは既に武器の名前でもありませんから」

「そうだったな。貴様のあれもまた、下らん言葉遊びをしたものだと思ったわ」

「それはどうも。・・・で、どうするつもりですか私たちを」


 既に春樹は昏倒し、ピクリとも動かない。もしかしたら死んでしまったのかとも思う。だが、微弱に波打つ血がまだ生きていることを証明している。しかし、早急に措置しなければ・・・。

 仮面の男がそんな白銀の不安げな表情を見て、顎の部分に手を置いた。


「ふむ。その男、放っておけば死ぬだろうな。むしろ今まで生きていたことのほうが不思議でたまらないが、まぁそういうこともある」


 仮面の男は一瞬だけふっと声を漏らすと、後ろを振り返った。視線の先には傍観に完全に徹していた黄金。


「ならば去ろう。黄金、デルファを連れて待機に回れ」

「なっ!?見逃すというのですか」

 

 仮面の男のありえない行動に、それがこちらに吉と出ると分かっていながらも問う。


「実は言うとな、その男、私の知人に良く似ている。先の暴走といい、まだ殺すには惜しいだろう。それに私にとっては黄金のイミテーションなどにも興味は無いしな」


 言い分は分からないことも無いが、何ともあっさりした幕引きだった。

 もう一度低い声で仮面の男は黄金に命令した。それまで呆けていたのか、はっ、として黄金は言うとおりにダムンを担いだ。恐らくこれ以上何を求めても、この男に制されるであろうという判断からの呆気なさだろうと白銀は思う。

 正直助かったと思う気持ちが強い。張り詰めていた雰囲気が、一気に崩れていく。


「黄金。貴方も一体何故今頃になって・・・」

「答える義理は無い。オレは今政府の手駒、ただそれだけの話だ」


 結局どちらからも満足のいく答えは貰えず、白銀はそれ以上問うのをやめた。

 黄金が扉から出た後、その後を追うようにして仮面の男が歩いていったが、途中で歩を止めた。


「この3rdエリア。そろそろ学園祭という祭りが始まる予定だったらしい。折角の祭りをぶち壊しにしてしまい非常に残念だ。故に私は、代わりの祭りを用意した。楽しみにしていると良い」


 その祭りに参加するだけの余裕があるかどうかは悩ましい。

 男が去ると、急いで春樹の傷を治しにかかった。流血が激しすぎるため、自然治癒だけではどうにもならない。もてる限りの医学知識を応用し、ナイフを滑らせる。

 汗ばむ額を拭いふと見れば、扉は再び固く閉ざされていたのだった。


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