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51, イミテーション(2)

 それはあまりに見るに耐えるものだった。

 黄金が床に横になっており、その前で膝を付いてうつむいている白銀。


 ―――その頬に、涙。


 その涙が濡らす顔は、絶望に歪んでおり、声をかけるのもためらわれた。実際春樹があれだけ外で騒いでいたというのに、白銀は気付かなかったというのだろうか。その目は黄金を一点に見つめ、それ以外を拒絶していた。


「白銀・・・」


 漏らした言葉はやはり届かず、空虚に吸い込まれて消えていった。

 声をかけることが出来ないのならばと、春樹は白銀に近づいていってその肩に触れた。と、ビクッと大きく身体を震わせ、初めて白銀がこちらを振り向いた。

 本当に春樹がいることに気が付かなかったらしく、急いで隠すように頬を拭っていた。


「な、何ですか。ナンパならお断りですよ」

「今この状況を見てナンパと言えるお前を尊敬するけど、大丈夫なのか?黄金は」

「あ、そ、そうでしたね。兄さんは今のところ気絶しているだけのようです」


 見てみてば、確かに息はしているようだった。

 後ろで束ねていた髪の毛が結われておらず、相当の暴行を受けていたようにも見えるが、春樹としては『何故その程度』で泣くのかが理解できなかった。いや、春樹自体が非情なのではない。彼とて人が死んだのならば涙を頬に写すだろうが、気絶した程度では悲の感情など屑程度しか持ち合わせないだろう。

 白銀と黄金の絆がなせる業なのかと思い、春樹は感心していた。


「貴方は、私たちを助けにでも来たのですか」


 白銀がその無表情な顔を取り戻して春樹に問う。


「ああ、そうだった。政府の奴が来る前にさっさと・・・」


 と、そこまで言ったが、


「無駄です」


 一言にして断絶された。

 春樹はその言葉に一瞬圧倒されたが、すぐに何故?と聞き返す。


「無駄なんですよ。どんなに逃げても、確実に政府は兄さんを捕縛しに、全力で取り掛かってきます。恐らく今兄さんを助けたところで、また何かを人質にでも取られて二の舞、というのが現実でしょうね」

「前から思ってたけど、黄金が捕まる理由は何だ?そう言うからには分かってるんだろ」


 白銀は再び黄金に視線を戻し、口を閉ざす。

 だが春樹は沈黙を許さなかった。


「言いたくない気持ちはなんとなく分かるけど、教えてくれないと守りようが無いんだ。頼むって」


 今白銀の思考はさぞかし回っていることだろうが、春樹は『言う』以外の答えを許さないつもりでいた。

 視線を春樹に戻し、白銀は一度ため息を吐いてから口を開いた。


「私たちが助かる方法が、一つだけあります」

「・・・それは?」


 白銀は床に置いていたパソコンを手に取った。


「これは閉じ込められるとき唯一没収されなかったものです。私にとって一番重要なものを、彼らは残していった。なんともふざけた真似ですが、まぁそのおかげでそことなく目的は分かってしまいました」


 春樹も独自に想像してるみるが、思い当たる節は無い。

 ただ分かるのは、政府はまたもや卑怯な手を使ってきたということだ。

 つまり、狙いは最初から白銀だったということだ。そのために黄金をさらい、利用した、というのが一番妥当な線だろう。実際は白銀のパソコンが必要なようだったが、今の状況を見ると恐らく白銀がいなければ目的は果たされないようだ。


(いや待てよ・・・)


 何かを閃いた。


「音声認識、か?」


 推理を口にしてみた。それは当たりだったようで、白銀はパソコンを膝の上に置いて神妙な顔で話し始めた。


「少し長くなりますが、良いでしょうか」


 春樹は勿論と言うように頷いた。


「『イミテーター』というのをご存知でしょうか。ざっと説明すれば、模造品を作る者、ですが、それが私の父でした。父の作った作品はどれもこれも能力、フォルム共々出来が素晴らしいものでした。それが政府の目に付いたのが、事の始まりだったのでしょう」


 模造品とは模して作ったもの。そのオリジナル性は皆無に等しいが、真似るが故にその実力を要する傑作。努力と才能を持ち合わせ、並みならぬ時間をかけて作り上げた作品は、世に劣化品と呼ばれる。


「その頃から情報生命体を作り始めていた政府は、父の技術を借りようとしましたが、父は頑なに断りました。というのも、父は模造品を模造品として見る人が嫌いだったようで、模造品もひとつの作品だと、彼はいつも言っていましたし」


 模造品とはフォルム、能力はオリジナルと何ら変わりは見えないはずなのに、著作権や新鮮味などの下らない価値観から駄作と化す。

 しかし、それに気付かない人間はそこはかとなくその模造品に魅力を覚え、一つの作品として扱う。世に溢れる簡素な作品は、見た目がオリジナルなので人を満足させるに十分。


「ですが、それに怒りを覚えた政府が・・・私の母を毒殺しました。恐らくそれで父を何とかこちらに引き寄せようとしたのでしょう。そして更に、私を人質に取って父を脅した」


 だから模造品とは、オリジナルをその手中に収められない人々が望んで作り上げ、売買する作品。その価値観はオリジナルと何ら変わりは無い。


「父も最期、情報生命体の研究資料を持ち出した故に殺害されました。その時に、私に託した作品が、恐らくこのパソコンの中にある・・・と、そういうことでしょうね」


 だからイミテーションは、求められた。

 白銀の話は春樹にとっては中々とショッキングなものだった。人の過去というのは、開けてみれば黒いものが次々と飛び出してくるものだと知った。

 だが、同時にだからだろうという納得も出来た。白銀は・・・。

 その声が軽快に響いたときには、既に白銀は立ち上がってパソコンを開いていた。


「やはりそうか。金剛地の残した最後の作品はその中に・・・」


 歓喜に震えるような声。

 主は春樹の視線の先にいた。白衣を着て、不敵に笑う男、ダムン・デルファ。そしてその横にはあの仮面の男が槍を構えてこちらを見ていた。

 春樹はそれに勢いよく腕を広げ、防衛の意思を示した。


「お前っ!これ以上こいつらに手を出すんじゃねぇ!」


 ナイフを抜いて、腹の底から叫んだ。

 しかしダムンは依然として笑みを浮かべたままでいる。


「神堂様の計画は素晴らしいな。これほど上手く事が進んでいるとは思わなかった。君もそう思わないかね?」


 横にいる仮面の男に問うた。

 仮面の男は下らない、といった感じに興味なさげに頷いていた。


「まあ計画などどうでもいい話だ。私はとりあえず、白銀君、君のそのパソコンに保存されているものが欲しいのだよ」

「非情に残念な話ですが、渡すわけにはいきません。これは・・・父の形見でもあるので」

「形見・・・。ハッ、確かに惜しい人間だった。あんな愚行さえしなければ、もっと言い作品を生み出していたというのに、愚かな奴だ」

「・・・父を侮辱することは許しませんよ」


 その侮辱に、白銀の表情が歪む。パソコンを持つ手に力が入り、そして、彼女は口を開いた。

 渦巻くは式の星空。白銀を中心として幾多の星が回る。


「I demand a reply.(我が声明に答えよ)」


 春樹はその詠唱を幾度と無く聞いてきた。

 つまり、白銀が何したいのかを理解する。春樹は本能的にナイフを突き出して床を蹴った。

 距離は一気に詰まり、ダムンの胸元目掛けて銀色が空中を走る。

 ギンッ!!

 金属音がぶつかり合ったのはダムンの前、割り込んできた仮面の男の黒き殺意。しかし春樹はそこで間髪入れず、腰を回して蹴りを顔面目掛けて放った。

 男はそれを槍で受け止め、そのまま心臓を貫く一閃を撃とうとするが、春樹がその槍をもう一本の足で蹴り上げた。男はその反動を受け流し、そのまま距離を置いた。

 見れば、後方でダムンが式を構成していた。

 軽く舌打ちして、春樹はやむを得ずただ一つの武器を投擲に使った。


「なっ!?」


 武器を捨てるなどと考えなかったのか、仮面の男はそのナイフが横を遠すぎるのを見送った。その視線の移動を春樹は見逃さない。近距離からのダッシュで肩での体当たりを仮面の男の腹に見舞った。男の仮面から苦悶の声が漏れる。


「I never forgive a sin and give punishment.(我罪罰は汝に与えられる)」


 白銀の詠唱は止まらない。

 ダムンは眼前に迫り来るナイフに気付いて、式の構成を止めてかわした。が、その後を追うように仮面の男の黒いローブが飛んでくる。それには直撃を逃れる手段は無く、身体を丸めてせめてもの衝撃緩和に臨んだ。苦虫を噛み潰したような嫌な表情をしながら、それに流された。

 絡まるようにして吹っ飛ぶ二人を追って走る春樹。倒れている仮面の男に向かって拳を突き出した。が、男はそれに足を突き出して春樹の腹部を捉える。

 寸前で止まったおかげか、ダメージは緩和できたものの、男からはもう一発の蹴りが放たれた。


「ぐぅ・・・」


 腹を押さえて腰を折る暇など無い。鈍痛を耐え切って、なんとかバックステップで一時を回避した。

 仮面の男はダムンを下敷きにしたまま、壁に当たって落ちたナイフを拾って、バックステップにより隙を見せる春樹に腕を振りかぶって投げた。

 速度的には余裕を持って流せるものではあったが、後方に白銀がいると気付いて、春樹は腕を前に出した。

 次の瞬間、鋭い痛みが春樹の腕を襲った。じわり、と鈍色の刃物から赤い血が伝わる。

 左腕。戦闘するにおいて支障は無い。


「Let me explode. thousand skewers and urge to kill.(放つは串刺しの殺意)」


 形を成す白銀の星空。

 その前で、春樹は鮮血滴らせ、ナイフを腕から抜く。ぶらりと左腕が垂れ下がり、力を入れることもままならない。腕から血液が止め処なく流れ始め、指先から一滴、二滴と床に紅い水玉模様を作り上げる。

 一度ナイフを振って、血を拭う。

 見れば、既に男とダムンは体制を整えており、ダムンは後ろで式を構成し始めている。ナイフの投擲はもはや読まれたも同然。突撃してくるブリューナクに対峙することにした。


「今度は止めさせてもらう」


 落ちてくるは黒い稲妻。突くための槍が一閃、春樹の頭上から振り下ろされた。


「それは、どうかなっ!」


 ダッシュし始めた足は止まらない。身体を半回転させ、その槍を寸前のところでかわした。回転の勢いのまま、ローブの首筋部分に向かってその斬撃を放つ。が、これに仮面の男は即座に反応し、振り下ろした槍をそのままナイフの切っ先に持って来て、音を響かせた。

 手首。

 戦いの最中で再発した痛み。春樹は苦悶の表情を露にし、その槍を力の限り蹴りつけた。


「The name is―――」


 ここで詠唱の最後にて声が割り込む。


「『氷塊』!」


 そこには水という概念は存在しないはずだった。だが、ここもまた常世。

 空気中の水分を圧縮させると共に、その形態は液体から固体へと変化していく。冷気が部屋の天井付近に発生し、溜まった水分を氷結していった。

 それは段々とその大きさを増していき、気付いた頃には人一人分はあろうかという巨大な氷塊。氷のアートとはかけ離れたその醜悪な姿は、今にも空から落下する巨大隕石と化そうとしていた。


「空からか!?」


 頭上、いや若干白銀よりに構成されたその氷は、重量を最大限に生かして白銀へと落下していく。

 間に合わない。そう思った、その時だった。


「Vlad.(ヴラド)」


 春樹は刹那を見た。

 落ちる巨大な隕石に、小さな流星たちが立ち向かっていく姿を。

 それは下克上、いや、数は質に勝る。弱者たちは一人一人は弱くとも、集まれば万寿の知恵とも言うように力を発揮する。

 流星の正体は鋭い串、刃。隕石の正体は氷、魔物。

 魔物は千はあろうかと思われる刃に砕かれ、その体を散らせていった。まさにその光景は、氷の散るダイヤモンドダスト。中に佇むは、処刑人。

 処刑人の周りに、再び断罪の串が中を舞う。その切っ先に獲物を捕らえようと、今か今かと待ちわびている。

 呆然とする春樹を横に、白銀は言い放った。


「さて、もはや手加減する理由も持ち合わせていません。全力で貴方がたを串刺しに処しますが、何か異論は」


 自ら放った式を砕かれたダムンは、失望ではなく希望の笑みを浮かべていた。戦いを愉しむものの顔だった。


「異論などあるわけがない。私は君を屈服させ、槍騎士の意思を頂くだけ」

「そうですか。丸一日そこの仮面の男に眠らさせられてまして、体力は思いのほか万全です。私が途中で力尽きると考えているならば、その考えは正したほうが良いですよ」

「構わん。こちらには貫くものがいるからな」


 仮面の男は依然として春樹に敵意を送り込み、槍を構えている。


「春樹さん。貴方は出来ればダムンを止めていただけると有難いです。近距離の相手は簡単に対処できますが、式による攻撃はものによっては厳しいものがありますので」


 声には張りがあった。

 春樹はその白銀の提案に対して頷いて、視線の中にダムンを捉えた。・・・だが、どうしても仮面の男の動向が気になる。何より正面にいる敵を無視して奥を叩くというのは、なかなかと難題な注文だと気付いたときには、ダムンが空中にペンを走らせていた。


「なるようになるってか。行くぞ、白銀!」

「了解しました。ではっ!」


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