47, 誘拐(1)
サブタイトルを大幅変更いたしました。
その都合上、たまにサブタイトルが変わることがあるのでご注意ください。部数か、話数で覚えておいてもらえると感謝です。
ちなみに理由は「ネタギレ」(ぁ
&46話内容が若干変更されています。
いや、ほとんど変更されていませんが、最後の部分だけ。
では、ご迷惑をおかけしました。
敗北者が向かう先は、いつだって保護者のもとだ。
兵士が敗北を期せれば、王の下へと急ぐ。子供がけんかに負ければ、まっさきに家に帰る。それは保身を考えた行動であり、賢い判断。決してダサイなんて言葉で片付けてはいけない。
けれども春樹は、自分の不甲斐無さに軽く自虐に陥っていた。
確かに黄金と白銀を同時に連れて帰ることは難しかったかもしれない。それでも何か、何か出来たかもしれないというのに、恐怖に臆して逃げた自分を迫られずにはいられない。
握っている九条の手を、決して離してはいけないと思った。
けれども人というのは、そうやってどれだけ心に覚悟や決意、信念を宿していたとしても、時にそれが無意識のうちに崩れ去ることがある。
原因は驚愕や、畏怖。
春樹は手を離さないと誓った九条の手を、既に離してしまっていた。
無理は無いと自分に言い聞かせることすらも忘れ、目の前に広がる惨状に目を疑う。
半壊した学園施設がそこにはあった。
来るときはどこぞの有名学園のように、立派レンガ造りをしていたそれは、不自然に壁に穴を開け、トラックにでも突っ込まれたような破壊の後が残っていた。
「なんなの、これ・・・」
手を離された九条はそれに気付いた様子もなく、春樹と同じく呆けている。
だが呆けている暇など無い。
現状を受け入れ、学園施設内に足を踏み出そうとした春樹の横を、同学園生徒だろうか、何人かの女子生徒が通り過ぎ際に漏らしていった。
「なんなのかしらね。中央大学園施設に喧嘩売るなんてどうかしてるわ」
「でも警備の人とかもやられちゃったらしいし・・・先生とか大丈夫かな?」
「殺し屋じゃない!?早く逃げないと!」
「に、逃げ遅れた人とかいない?」
多者多様とも言うべきか、しかし女子生徒たちは何故か酷く落ち着いて見える。
おかしい。学園内で何が起きたというのだろうか。
春樹はその女子生徒の一人に声をかけた。
「すまないけど、何があったんだ?」
声をかけられた女子生徒は、春樹を舐めるように頭からつま先まで見回すと、次に九条を見た。特別感情を持ち合わせていたわけではないが、その口からは一瞬不満が飛び出すのではないかとひやひやした。
「えと・・・、何が起きたかはよく分からないんですけど、襲撃にあったみたいで」
「襲撃?で、誰か人質とか取られてんのか?」
それに女子生徒は首を横に振った。
「なら何をしに・・・」
「それが、私たちは放送で聞いて、壁が壊れる音がしたから急いで逃げたんですけど・・・。だから良く分からなくて」
その言葉に顔をしかめる。
おかしいと思う点はすぐに見つかる。
(放送で聞いてから、壁が壊れた?)
普通順番が逆ではないだろうか。いや、警備の人間が気付いて急いで警報でも鳴らしてから破壊されたと思えば不自然ではないが、それならば何故誰も犯人を見ていない?いや違う。どの順番にせよ、何故誰も見ていない。
「誰か、犯人を見た人は・・・?」
「多分誰もいないんじゃないかと思いますけど。壁が壊れたのは廊下辺りで授業中でしたし、 出会ってたらそれこそ人質に取られちゃうんじゃ」
―――否、それは違う。
思う所はあうが、今はどうにも言えない。
「ありがとう。で、もう一つ頼みがあるんだが、こいつを連れてってくれないか?」
と、背中に乗る日比谷を視線で指差した。
女子生徒は一瞬嫌な顔をしたが、結局は事態の危険性を知ってか妥協してくれた。
背中から降ろすと、びしょぬれになっていたせいか、背中が蒸れていた。それを伝えると、数人の男子が集まってきて日比谷を運び出していった。
それを見ていた九条が、突然口を開いた。
「ね、ねぇ、あたしはどうすれば」
「出来れば一緒に避難してくれ。正直守ってるのも辛い」
突き放すように言うと、九条は寂しそうな顔で頷いた。
が、春樹はそこでにっこり笑って九条の頭に手を置く。
「と言いたいが、目を離すとどこ連れて行かれるか分からないからな。一緒に来て欲しい」
それに意外そうに顔を上げて、今度は先ほどより大きく頷いた。
春樹は大きく開いた学園の穴を見つめる。あれはトラックで突っ込んだのでも、爆撃を放ったのでもない。そうであればトッラク型、円形などに穴が開くが、あれは紛れも無く不自然な円の周りに棘が生えたような模様。
つまり、人外技術によって開けられたものと言って良い。現代機械の中で、あんな星型のような穴を開けられる工業機械は無い。
つまり、式かその類か。
「行くぞ」
考えている暇などあれば動く。春樹の出したどうしようもない結論だった。
「あっ、ちょっと待ちなさいよ!」
九条も走り出す春樹の背中を追った。流れる人ごみを反対方向に進む二人は、その間を縫っていくように入り口へ向かった。
向かうところは本能でも理性でも決まっていた。
学園長室。惨状を理解するにはもってこいの場所である。というよりも、春樹は他に場所を知らなかった。後ろから息を切らして付いてくる九条に聞けばよかったなどと、今頃考えても仕方がない。春樹は学園長室の扉を押した。
中を見て唖然とする。声も出なかった。
誰もいなかったのだ。
いや、学園長がここにいると限っているわけでもないし、襲撃を受けたのであれば避難しているかもしれない。そう思えば特別おかしなことはない。
強いて言えば、九条が入ってくるはずの扉が音を立てなかったことだけ。
だからその声は春樹の耳に届いたのだろう。あるはずのない声が。
「ごきげんよう。と、お声をかけてもよろしい状況ですこと?」
聞き覚えがあるかと聞かれるまでも無い。
春樹は後ろを振り返る。その視界に映ったのは、あの散々悩ませてくれた金髪の女。何故だか知らないが、あの露出度の高い服ではなく白衣を着込んでいる。
「ミリア・ヴァンレット・・・」
ミリアの腕には九条がぐったりとしてうなだれている。それを見て理解する。
「そうかよ。お前も政府の人間だったっけかな」
「ええ。予言通りではないですけど、また会いましたわね、武藤春樹」
2ndエリアにて、黄金を救出するときに最後に戦った相手。
そのライフの輝きに照らされていたこの女は、・・・何を言ったか?覚えていないわけではないのだが、記憶の断片がバラバラすぎてかき集めることが出来ない、そんな感覚に陥っていた。
―――予言。否、予告か。
春樹のその表情を見て、それを察したのか、ミリアは妖艶な笑みを浮かべて反芻するように言った。
「きっと必然的にわたくしはあなたの前に現れるでしょう。いえ、あなたがわたくしの前に姿を現すでしょう。真実は必ず貴方の行く先にある。その経路に、わたくしの名前が必ず出て来るはず。その時にこの決着はつけましょう、と」
言われてみればそういわれたような気もするが、確信は持てないでいた。
だが、調べの中でミリアの名前が出てきたのは真実。情報生命体の創造主にして、今尚その名を轟かせる狂った研究員、マッドサイエンティスト。誰が命名したのか知らないが、これほどミリアに合った二つ名はないだろうと苦笑した。
だが彼女の言う『真実』とは何だ?情報生命体絡みなのは・・・確かでも無いが、可能性として一番大きい。
何にせよ、ミリアの意図を読み取ることは不可能だった。
「わけがわからないけど、とりあえず九条さんを離してくれないか?」
「それをわたくしが了承すると思って?玉砕覚悟で人にものを頼むのは、恋人関係だけにしておいたほうがよろしくてよ。この状況では、その頼みは口数の無駄というもの」
「なら、やっぱこれなのか?」
春樹はナイフにいつでも抜けるようにと体制を整えると同時に、相手に威嚇の意を示すように手を置いた。出来る限りなら話し合いでどうにかしたい所だが、そんな余地があるかと問われれば悩ましいところだ。
仮面の男よかは交渉の余地はあるだろうが、それでも絶望的だ。
「早急な判断はよろしいですけど、生憎わたくしは争う気はありませんわ。―――それは、貴方がそのナイフを抜くのなら話は別ですが」
今のミリアはあの鞭を持っていない。戦う意思が少ないのは本当だろう。
だが、彼女の目に宿る眼光には何か黒いものが隠されているようで油断は出来ない。何より九条に手を出されたらおしまいである。春樹は降参する拳銃士のように手を離した。
「話がすぐ通って助かりますわ。では、少々交渉の場を設けます」
「・・・何?」
話があっさり通ったと思うのは春樹のほうだった。だが、依然としてミリアは笑みを崩さず余裕を浮かべている。策略があるのは、向こうのほうだけ。
「正直言いますと、わたくしはこのライフには興味はありません。ですが・・・ある人物には興味があるのです。そこで、人身交換と行きましょう。さぁ、どうなさいます?」
仮面の男と同じ状況。誰一人とも失ったら不利になるということを向こうは知って交渉を持ちかけてくる。常に我に有利にと、巧みな交渉を持ちかけてくる。
屈するわけにはいかないと思考を展開させる春樹。
まず何より交渉の人物の対象が分からない。ある人物と代名詞を使うからには、恐らく答える気は無いだろう。
ライフの重要性は今においては最重要。優先順位で言えば最上位。だが、何かを失えばそれに伴うリスクが必ず生じる。
どうするか・・・。
と、相手を待たせていることも考えないで思考を回していると、ミリア視線を一瞬そらす。いや、そらしたのではなく何かを見た。
そしていきなり微笑を浮かべて、ふふっ、と声を漏らしたかと思えば、九条をこちらに放り投げる。
「お、っと」
床に直撃する前にそれを抱きとめた。九条は気絶しているのか、胸の上下はあるが安堵した様子は無い。恐らく背後から襲われたのだろう。
春樹はこの意図が分からず、睨みつけるようにしてミリアを見殺す。
「何がしたいんだお前」
その射殺す問いを受けながらも、毅然とした態度で白衣のポケットに手を突っ込んでいる。警戒など微塵も無い。
「交渉術を貴方は身に着けたほうがよろしいですわね。そして何より、このわたくし相手にして今の間は余りに迂闊すぎたとは思いませんこと?」
「どういうことだ?」
「言いましたわよね。わたくしは、ライフなどに興味は無いと、2ndエリアでも。それなのに何故わたくしがこうして政府の行動に加担しているのか。それも以前申し上げたとおり、計画のためです。まぁ今は娯楽ですが」
何が言いたいのか掴めない。その回りくどい言い回しに苛つきを覚え始めた。
「ふふふ。悩み多き時代は青春の象徴。では、わたくしはこれで失礼させて」
「待てよ」
扉に手をかけたミリアの言葉を遮って、春樹が言う。
その停止を食らったミリアは面白く無さそうにその歩を止める。
「何で、情報生命体なんか作ったんだよ」
その発言にミリアが眉をひそめた。
「そう、お知りになったわけで。それもいずれ分かること。何も生命を生み出すことまで娯楽で片付けるほど腐ってはおりませんこと。そこはご理解いただけて?」
春樹としては生物という生物に狂犬病をばら撒いた本人がよく言うものだと思った。当の被害者の一人が言うのだから、間違いは無い。
しかし、何故だかミリアはいつものような妖艶な笑みを浮かべてはおらず、真剣そのものでそう言い放ってくる。その勢いに押され、反論できない。ここで皮肉の一つでも言ってやろうかと考えていた春樹は、それがまたも苛立たしかった。
「ふふふ。さて、時は満ちたようですけど、それよか貴方のお友達は一体どこに?」
一変した。あの馬鹿にするような、傍から見れば優しい目とでも表現できそうな表情。
「友達って、準と天宮寺さんのことか?」
「そういう名前だったかはもはや忘れましたが、女子でしたわね。・・・いえ、『女子』のお友達と言うべきかしら」
「さっきから回りくどいこと言ってんじゃねぇよ。はっきりと言いやがれ」
「探してみなされば?百聞は一見にしかず、でしょう?」
それだけ言うと、ミリアはふっと消えるように扉の向こうに姿を消した。
九条を抱いている春樹は、やはり目を離さないようにと背負い上げ、胸のうちに渦巻く何かを感じ取っていた。
これは不安。疑念。確信。
(信一!お前どこにいるんだよっ!?)
苛つきの矛先は、彼女らと一緒にいるはずである彼に向けられていた。