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44, 大脱走劇と狐(2)

 日の光を浴びられない朝を、どう朝と認識したら良いのだろうかと、春樹は本気で悩んでいた。

 日光こそが朝の象 徴であり、雨でも降っていたら非常に鬱な気分になる。その原因は、その時間を朝だと認識できないが故だ。人は既にそういった概念が出来上がってしまっている。

 暗ければ夜。明るければ昼。

 幽閉された部屋で時間感覚が無くなるのもまた同じくだ。

 そういう状況にあるとき、いかに日光が重要かが身に染みて分かる。

 だが彼女は違ったようだ。


「ほら、起きなさいよ春樹」


 腹時計というのは案外当てになるものなのだろうか。眠い目を擦りながらそう思った。首辺りが痛い。コンクリートの上で寝れば自然とそうなるか、と自己完結した。

 一つ欠伸をして、虚ろな目を開けた。


「・・・」

「・・・」


 眼前数センチに九条の整った顔。化粧をしなくてもそのきめ細かい肌などは、十分に魅力を引き立てていた。ここ数日風呂にも浸かってないだろうに、少し可哀想に思えてきた。

 彼女の瞳に春樹が写っている。春樹の瞳には九条が写っている。

 髪の毛の色と同じ、微妙に赤みのかかった瞳が春樹を逃がさんと捉えている。


「ってちけぇよ馬鹿っ!?」



 その距離に気付いて春樹はアリのような足取り手つきで大きくバックダッシュ、するつもりだったが途中手首の痛みによって、踏み外してこける。

 見れば、九条は四つん這いになって春樹を覗き込んでいたようだった。全く持って危うい。


「ま、目覚めたようね。あと数分で朝食が届くから、用意しておいて」


 それだけ言うと、九条はまたベッドに横になった。

 高鳴る心臓を抑え、春樹は言われたとおりに頭にある奇襲作戦の準備を始める。

 と言っても、ただ扉の横で待ち伏せしているだけなのだが。武器は壊れた鉄製の手かせで十分、むしろ都合の良い鈍器だった。

 一撃だ。一撃で決めなければならない。警棒や拳銃を所持する政府の兵士に対して長期戦に持ち込むのはあまりに危険すぎる。こちらは武器といえば今手に持っている手かせしかなく、 さらには九条もいる。みすみす発砲させて流れ弾が直撃でもしたら正気の沙汰では済まない。

 心配なのは手首。果たして全力が出るかどうか。ほぼ賭けに近かった。

 少しだけさすってみる。痛みは依然として消えないが、出血は昨日の九条のまじないでも効いたのか、完全に止まっていた。


「来るわ」


 九条が警戒の意を込めて春樹に伝える。

 それに軽く頷きだけして、春樹も構えた。

 コツコツと靴音が鳴っているのが分かる。扉の向こう側、鍵を差し込んだ。唯一の鈍器を握る手が汗でべた付く。だが知ったことではない。振り下ろせばいいのだから。

 鍵を回そうとしているのか、こちら側から見れる鍵穴が動いている。が、なかなか開かない。何を手間取っているのか、春樹は焦りと共にタイミングをずらされたことに苛立ちを覚えていた。

 と、その時明らかに開錠された軽音がそこから発せられた。そして、扉が開いた。


「堕ちろぉ!!」


 手かせを勢いよく振り下ろした。が、なんと兵士はそれを読んでいたように警棒で受けとめた。驚愕を覚えた春樹を横目に、さらに兵士は警棒を春樹に袈裟斬りのように斜めにたたきつけた。肩に直撃し、春樹の手から手かせが落ちる。

 まずい。直感した春樹は手かせを拾うことなく、半我武者羅になって身体をひねり、その回転で回し蹴りを放った。見事顔面に食い込むが、ガードを付けていたため兵士は大きく飛んで壁に叩きつけられた。


「九条さん!今のうちに逃げろ!」


 九条は言われて初めて気付き、足取り不安げながら慌ててベッドから飛び降りて扉に走る。

 春樹は九条が扉から出たことを確認すると、蹴り飛ばした際に兵士が落とした警棒を拾って大きく振りかぶり、投げた。

 一直線に飛んでいったそれは、兵士のガードを貫いて顔面を砕いた。殺すつもりは無かったが、仕方ないと、春樹は黙祷を数秒だけ捧げて九条の後を追う。

 扉を出ると、そこは真っ白な空間だった。一体どんなデザイナーが建築したのだろうと、想像したところで結果が出ても興味は無い。強いて言えば、他の牢獄を見ると、鉄格子まで白というのはどういった意図だろうかと、それだけは謎に思った。

 春樹は奪われたナイフ一式を目で探した。

 だが、どこを見ても書類一つすら落ちてない。看守室というのが普通はあるはずなのだが、一見したところそれはないようだ。牢獄の中にも誰もいない。本当に随分奥に閉じ込められていたようだ。

 見れば、九条が何メートルか先で浮き足立っている。早く脱出したいのだろうが、春樹はナイフを取り戻さないわけには行かなかった。というのも、脱出する途中、政府の人間と会う確立が高い。最悪仮面の男なんぞと出くわした日には、死をも覚悟しなければいけない。


「サバイバルナイフがそこら辺に落ちてないか!?」


 首だけは床を捜索しながら、九条に向かって叫ぶ。


「さ、サバイバルナイフ?そんな物騒なもの・・・」


 あった。口には出さなかったが、牢獄の前に変な紋章がついているナイフが落ちていた。

 それに近づいていき、膝をかがめて掴もうとした、その視線の先だった。

 白い鉄格子の奥、相変わらず白い部屋にそれはいた。春樹のような手枷足枷なんて比じゃない。体中を鎖で縛り付けておられ、壁にそれが杭で打ち込まれている。繋がれている男、金髪なのだろうか、随分と薄汚れてしまっている。

 男はぐったりと首をうなだれていて、動く気配は無い。

 だが遠くからでも分かる。彼の胸はかすかに上下していた。いや、死に掛けだからこそ、息が上がっているのだろうか。何にせよ助けなければならないと本能が叫んでいた。


「春樹!人が、人がいるの!手伝って!」

「人?囚人か?」


 春樹がそこへ寄ると、とりあえず、はい、と九条がナイフを渡してくる。それを腰のホルスターに入れると、九条の指差す向こう側を見てみる。

 と、その瞬間春樹は鉄格子に抱きつくように迫った。


「こ、黄金!!どうしたんだお前!」


 牢屋のような密閉された空間で叫べば、ホール効果と同じように声が響くが、黄金はその声にも反応せず、首をがっくりと下げていた。

 危篤状態にあると判断した春樹は、急いで牢屋の鍵穴にナイフを差し込み、無理矢理こじ開けた。これが案外呆気なく開いたため、落ちた鍵を怪訝な目で見たが、すぐに黄金へと駆け寄る。

 前に来て膝を付く。脈を確かめていると、脆弱ながらも手の平に鼓動が伝わってくる。それが分かると頬を叩いて、目覚めさせようとする。


「おいっ!起きろ黄金!」

「・・・・・・んぁ」


 黄金がうっすらと瞼を開けた。それに安堵する春樹だが、すぐに鎖を取り外す作業に移る。


「てめぇ、何してんだ?こんなとこで」

「話は後だ。とりあえず脱走すんぞ」


 再びナイフを使って、杭を抜き取る。その時に若干の痛みが生じて顔をゆがめるが、時間が無い。

 黄金は春樹の作業を横目に見つつ、目の前でそれを見守る九条を視界に捉えた。


「なぁ九条美香留さんよぉ、頼みがあんだがいいか?」

「え・・・?あ、あたしあんたに名前言ったっけ?」

「立場が立場だろが。オレでも知ってるっての。で、いいか?」


 立場という言葉を聞いて、納得はするが、何ともいえない感情が胸に渦巻いた。


「そう、ね。何?」


 なんでもない振りを装って返した。


「看守がいたろ?そいつがちっとした薬を持ってるはずなんだが、それを取ってきてくれ。あれが無いとまともに動けねぇ。ああ、当然看守は昏倒でもさせてきたよな?」


 春樹が蹴り飛ばしたヤツのことだろう。

 九条は頷いて、先ほど監禁されていた部屋に戻る。ガードを貫いて、太い棒が顔面に突き刺さっている。一瞬たじろいだが、恐る恐るといった感じで兵士のポケットなどを漁ってみる。

 中から出てくるのは、緊急用の傷薬や、小さい何かの機械。胸ポケットに手を突っ込むと、何か注射器と液体が出てきた。見た目はドラッグと呼ばれるんじゃないかと思ったが、貼ってあったラベルを見て、判断した。

『情報供給薬』。九条とて同じ『人種』だ。それが何を意味するかは分かる。恐らく黄金もそれなのだろうと思い、それを持って部屋を出る。

 戻ると、春樹は既に全ての杭を抜いて、黄金を解放していた。床に散らばった杭の数々が痛々しい。

 九条は黄金に注射器と液体を差し出す。それを見ると、黄金は分かってるじゃねぇかと言いたげに微笑し、それを腕に刺して注入した。


「黄金、それは一体何だ?」


 ナイフを腰にしまって、注射器を見る。


「あぁてめぇは知らねぇのか。情報生命体は知ってるか?」

「聞いた。人造人間みたいなもんだろ」

「そうだな。まぁ情報生命体は名前の通り情報で出来てるんだが、人間みたいに細胞がどうのこうのとか、血液がどうのこうのとかの造りが若干違ぇんだわ。老化する度に、身体から情報が欠落していく。一応通称『情報欠落症候群』っつぅんだが、それを抑える薬だ、これは」


 注入し終えたのか、黄金はそれを投げ捨てて、服装を整えるように皺を伸ばした。

 立ち上がる黄金に視線を合わせて上げ、春樹はその身体をじまじまと見る。


「きめぇなぁ。見た目は対して変わらないのは、そこの嬢ちゃん見ても分かんだろが」

「いやお前が情報生命体ってのに非常に驚きなんだが、どうしてかそこまで驚けない」


 外見は変わらないし、喋り方も特別アンドロイドみたいに所々文にしたらカタカナになるようなものでもない。九条や日比谷もそうだが、一体情報生命体だからと言ってどこに偏見や差別をする要素があるだろうか。

 人種差別、別名レイシズムというのは、例えば白人黒人のようなもの。肌の色が違えば、移民だということが分かるのだから、差別が起きるのもそこまで否定はしない。宗教関係だとしても、信じるものが違えば自然とかち合うのも納得がいく。


 ならば彼らはどうだろうか。


 肌の色も変わらない。信じるものも多々あり。普通の人間と何ら変わりが無いではないか。

 九条に至っては『ライフ』を取り込んでいるにも関わらず、特別な力が使えるわけでもなし、れっきとした女の子だ。

 だが、そこで完全肯定しないのが春樹であった。

 差別とは、相手を卑下に扱うことと捉えがちだが、逆に考えれば『我らこそが』という思いが強い表れでもある。

 白人黒人は、遠い昔の話だが、白人の奴隷として黒人が使われるような時代があった。白人は文明の開化こそ素晴らしいものがあったが、それは略奪と虐殺によるものだったという。そのまま調子に乗ったせいか、自らこそが人類の進化系と捉え、他民族を劣等族などとみなしていたという。対する黒人は肌の色という下らない理由だけで目に余る扱いを受け、奴隷としてみなされる。その扱いは人としての価値を否定され、まるで『もの』を扱うように人身売買が成されたり、暴力の対象とされていたほどだ。

 もし、似たような歴史が情報生命体にもあったのならば、彼らが差別されるのも有り得ない話ではないのだ。

 とは言え、誰が彼らが情報生命体だということを発見することが出来るだろう。春樹が黄金や九条をそう認識できないように、他の人も恐らく出来ないだろう。


「まぁとりあえず、逃げるんならさっさと逃げようぜ。オレの槍はねぇか?」


 黄金が先ほどとは打って変わって、しっかりとした足取りで牢獄の外に出る。あの薬が効いたのだろうかと、春樹は無意識に注射器に視線を向けた。


(麻薬じゃないだろうな、これ)


 自分で思っておいて、今更馬鹿らしいと思考を一蹴。

 九条と共に牢獄から出ると、黄金は立てかけてあった兵士の槍を手に取り、ぶんぶんと振り回していた。


「形だけだが、まぁねぇよりましか」


 先ほどの脈の弱さはどこへいったのか、笑みまで浮かべている。


「元に戻ったみたいだな。しかしなんでお前が政府に捕まってるんだ?」


 疑問を口にしてみる。


「それは・・・」


 と、黄金が思考に耽った瞬間だった。


「それは私の口から答えよう」


 黄金の声でないことはすぐに分かった。証拠として、黄金が槍を軸に後ろに振り返る。

 そこにいたのは、一体何度見ただろうかという姿。

 黒ローブを着込んだ仮面の男だった。

 春樹がナイフを抜き、臨戦態勢を整えてから黄金と同じ位置まで前に出る。


「鍵が都合よく開いたかと思えば、そういうオチか?」


 仮面の男は、答える代わりに左腕を上げる。


「Forward.」


 式が瞬時に構成された。言うまでも無い、ブリューナクだ。

 禍々しい妖気を放つ、黒い旋風。殺気と狂気が渦巻くその槍は、男の左手一本に収まっていた。


「簡単な話だ。金剛地黄金は、政府の計画に逆らった。ただそれだけ」

「ホントすげぇ簡単にありがとよ。で、やり合うってのか?」


 冷や汗が流れる。余裕など微塵も無かった。

 黄金は衰弱しているし、春樹にいたってはナイフを握っているだけでも痛みが走っている。それも九条を護衛しながらなど、劣勢以外には考えられない。

 仮面の男が、槍を挑発的に薙いだ。


「殺しはしない。ただ、再びあの固いコンクリートの上で寝てもらうことになるがな」


 と、その時だった。

 スッと男の黒ローブに一閃が走った。漆黒のローブは、多少破れたところで全く注意を引かないが、後方からやってきたその一閃の正体が、春樹の後ろで甲高い音を立てて落ちたナイフだとするならば、話は別だ。


「化け狐とは全くもって滑稽だな。俺の真似か何か知らないが、黒ローブと仮面とは何だ。謎の男でも気取るつもりか?」


 仮面は無い。が、黒ローブの男。

 ブリューナクの奥に見えた姿は、潤目だった。その手にはナイフが握られている。白の世界に銀色は目立つ。銀化粧と呼ばれたナイフの刃は、不気味に仮面の男に向けられていた。


「春樹。ここは俺が抑える。お前はさっさと九条美香留を逃がすといい」

「な、なんでお前がいるんだよ・・・って、またストーカーでもしてたのか?」

「みたいなものだ。この状況、お前が殺されかねないからな。こういう時くらい人の親切に黙って頼ってろ」


 数秒考えたが、潤目に従うことにする。

 九条を先頭に、黄金と共に仮面の男の横を通り、続いて潤目の横まで来る。相変わらず潤目の表情はうかがえなかったが、笑っているように思えた。


「あいつの槍の投擲には気をつけろ。抑えきれるものじゃない」

「忠告感謝するが、俺は例え核爆弾の爆風だろうが防ぎきる自信がある」

「そりゃ心強い」


 背中を預ける、というのはこういうことなのだろう。

 春樹は目先にある階段を目指して、地を蹴った。

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