41, 串刺し公
日比谷、白銀は信一と二手に別れてそれぞれ春樹、黄金を探すことにしていた。
裏路地の扉は何故か開錠されており、侵入には手間を取らなかった。信一はそのことを大袈裟に警戒していたが、それ以外の侵入経路が無いので仕方なく、ということで信一も妥協していた。
入り口付近ですぐ分かれ道になっており、そこから二手に別れたのだ。
研究施設内は、言葉通りの風貌をしていた。何やら用途の分からない機械、医薬品の詰まった箱、無造作に投げ出された書類。
そして何より、気味が悪いと思うまでの白。
人は幽閉された空間の内部が真っ白の場合、そこに長い間居座り続けると気がおかしくなるという。純白の白とは、清楚なイメージが強いが、それは人に認識されたものであり実際はそうではない。こうして目の前に広がる光景が、それを物語っていた。
日比谷は抜け出してきたとは言え、あの牢獄の位置を知らないので、ほとんど道なりに進むしかないというどうしようもない事態に陥っていた。
白銀は内部を把握するためにも、ビットを発動して周りに張り巡らしている。日比谷はそれを始めてみたが、なんとも滑稽である。ふわふわと浮かんでいるかと思えば、急に直角に曲がったりと、見ていて飽きない。
しかしどうだろう、この警戒度の薄さは。
あれだけ頑丈に施錠してあったにも関わらず、内部には警備の一人もいない。監視カメラなどはもしかしたら設置されているのかもしれないが、だからと言って警報がなるわけでもない。
恐らくこの不自然さを、信一も白銀も警戒しているのだろう。
邪魔な書類を蹴飛ばしていきながら進むと、目の前に構えるようにして扉が現れた。
「ど、どうする?」
日比谷は後方でビットを操っている白銀に振り返った。
白銀は精神を統一しているせいか、動きが非常にぎこちなく、目だけ動かして日比谷を見る。
「どうするもこうするもありません。道は進むのみです」
言われて再び扉を見る。
同じだった。この研究施設へ入るための分厚い扉と。つまり、開かない可能性が高い。
とりあえずドアノブを回してみるが案の定、引いた直後に引けなくなる。次に鍵穴を見てみれば、やはり先ほどの扉と変わらない。
「どいて下さい。ビットで鍵穴を抉じ開けます」
と、足を踏み出したその瞬間だった。
白銀の表情が一気に苦痛に歪んだ。体調不良を催したような度合いではない、瞬時にだ。
その原因を当の本人はすぐ理解する。
白銀は扉を後ろに、素早く飛びのいた。日比谷は何が起きたかを感知し、下がった白銀の一歩前に出た。
「誰だっ!?」
銅の剣を構える。銀色なれば光で反射して鋭くも見えるのだろうが、銅の剣には錆しかついていない。なんとも頼りないが、無いよりはましだ。
日比谷の叫びに答えるように、霧の中から姿を現すかがごとく黒いローブを身に纏い、仮面をつけた人間がそこには立っていた。
「警戒が強ければ、人は自らも警戒して進むが、それは実に慎重だ。しかし警戒が弱ければ、人は更に警戒するものの、慎重さはさほど無くなってしまう。進んだ先に何があるかなど考えず、右と左だけ見ていれば良い。そう慢心してしまう」
そう言う男の右手には、見覚えのあるものが握られていた。
禍々しい黒い風を纏う槍、ブリューナク。二人は警戒心を最大級に強めて、仮面の男と対峙する。
「貴様らがこれを見るのは・・・二度目か?三度目か?まぁどちらでもいい話だ。結果など見え透いているのだからな」
笑っているのだろうか、声に震えが生じている。
「本当にどうでもいい話だな。結果が見えてようが見えてなかろうが、俺は突き進むだけだってことだろ」
剣の切っ先を仮面に向ける。
が、それを白銀が制して仮面の男に問いかける。
「貴方、一体何の目的があって兄さんを連れて行ったんですか」
しかし仮面の男は答えない。狐の仮面の奥の表情は相変わらず解せず、苛立ちだけが白銀の質問に対する結果として残った。
「無駄だろ。こういうタイプはやり合うの早いんだって」
それには仮面の男が微笑し、言った。
「どれ、少しだけ揉んでやろう。私も暇なものでな」
矛先が対峙した。
まず先手を取ったのは日比谷だった。大きく振りかぶった一線を上から叩き落す。仮面の男は飄々とした感じで軽くそれを飛んでかわし、日比谷の心臓目掛けて突きを放った。
それを剣の腹で受け止め、一定の距離を置いた。
今度は仮面の男が槍を頭上で回してから、勢いをつけて薙いできた。それを受け止めるが、衝撃に耐え切れず足を取られた。
そこに間髪入れず白銀のビットが援護に入る。標準は定かではないが、仮面の男の足を食い止めるには十分でだった。だが、ビットは何事も無かったかのように無情に破壊される。
精神が結合されているため、白銀はそれに表情を歪めるが我慢の及ぶ程度だ。再び破壊された分のビットを発動し、援護に回る。
援護を受けた日比谷は追撃を受けることなく立ち上がり、その振り向きざまに逆袈裟を放つ。
甲高い音と共にそれは防がれるが、そのまま鍔迫り合いに持ち込む。
「手加減してんじゃねぇよあんた」
ギリギリと音を立てる剣と槍を境にして、日比谷が怒りを露にする。
「言ったはずだが。揉んでやろうと」
仮面の男は言うと、すぐに剣を薙ぎ払い、後方に跳んだ。そこには入れ違いになるようにビットの光線が照射され、白いコンクリートを灰色に染める。
「それに、君も君じゃないか、金剛地白銀。何故この状況で手加減などできる」
その言葉に日比谷の手も止まり、白銀に顔を向けた。
白銀はそれでも表情一つ変えずにビットの精神操作だけに集中している。額には汗が滲んでおり、無理はしていないだろうが疲労感が出ていることは否めない。
「あくまで黙秘か。ならばっ!!」
仮面の男が地を蹴った。
突然だったので、反応が間に合わず日比谷は剣を半ば押し出す形で仮面の男の前へと無理矢理防衛線を張る。だがそれを蝿でも払うかのように叩き上げ、白銀に特攻する。
寸前のところで白銀はビットの光線を発射した。
「むんっ!」
頭上から槍のように降り注ぐ光線を、槍の回転だけで拡散させ、その回転の勢いで白銀に突きを放とうとする。が、後方からの攻撃に気付いて男は身体ごと回して飛んできた剣を薙ぎ払った。
間一髪の判断で剣を投げた日比谷は、走ってそれを拾い上げ、再び男に斬りかかる。
またもや鍔迫り合いに持ち込んだ日比谷は、白銀に向かって叫んだ。
「手加減なんかしてやんなよ!こいつはあんたの兄を捕縛した人間なんだぞ!?」
その言葉にはっ、と白銀は顔を上げる。
全くもってその通りだったのだ。躊躇する必要など無い、この仮面の男は黄金の金髪を引っ張っていった醜き敵なのだ。
(仕方ありませんね。あれは体力を非常に使うのですが・・・この際良し悪しを考えている暇はありませんか)
白銀は一度ビットを式に解体し、消滅させる。
そしてパソコンを開き、その言霊を口にした。
「I demand a reply.(我が声明に答えよ)」
聞き覚えのある発音。
それに日比谷だけでなく、仮面の男も驚愕を隠せないようだった。鍔迫り合いなどそっちのけで、白銀に渦巻く式を食い入るように見つめてしまう。
「I never forgive a sin and give punishment.(我罪罰は汝に与えられる)」
違う。それはすぐに分かった。
ブリューナクではなく、異なったものを白銀は出そうとしている。日比谷は期待に似たものに身を震わせ、仮面の男は宝物でも見極めるがごとくそれに見入っていた。
「Let me explode. thousand skewers and urge to kill.(放つは串刺しの殺意)」
その光景を見て、誰が呆気に取られないでいられるだろうか。
白銀の周りには無数の式が飛び交い、一つ一つが形を成そうとしていた。つまり、それは一つではない。輝かしい式の舞いは、まるで蛍が夜を闊歩しているようだった。
「The name is―――」
それはビットではない。一見ビットのように見えないことは無いが、それは明らかさまに『串』であった。恐ろしい数の刃物が白銀の周りを守るように在り、矛先は仮面の男を目指していた。
「Vlad.(ヴラド)」
目の前にいたのは白銀ではない。処刑人だった。
庶民のみを処刑の対象としていた時代、ある人物が貴族王族に関係なく処刑を行うものがいた。その頃の宗教では珍しいものではなかったが、彼は処刑をするとき必ず『串刺しの刑』に処していたのだ。
その異常性を見た兵士が彼を『串刺し公』と名付ける。その残酷な人物は、後世でドラキュラのモチーフともされるほどだった。
今それが、千の串を従えてたたずんでいた。
それを目の当たりにした仮面の男は、その狐の顔から声を漏らす。
「面白い、面白いぞ金剛地白銀。最上級音声認識に、神話の武具の模造品ではなく、実話のオリジナルを作り出したか。だがぬるい、ぬるすぎる。その数で私を串刺しに処することは叶わぬと思え」
「その口、すぐに塞いで上げますよ」
仮面の男は放心している日比谷を蹴飛ばすと、槍を脇に抱えて懐からペンを取り出す。アクティブエンブレムだ。そのまま地に式を走らせる。
それを見て、反撃を想定した白銀は一気に勝負をつけるべく、全ての串に意思を送り込む。
一撃、いや、千撃にて相手を処する。
「行きなさい!!」
「『隆起』」
寸劇だった。
とてつもない速さで流星群のように仮面の男目掛けて発射される串。が、その一瞬の間に仮面の男の式が発動された。
隆起。
地面がまさに守る盾となるべく、一気に壁となって盛り上がる。それは千の串を全て阻み、無慈悲なる音を立てて地に落としていく。
このままでは貫けない。白銀は激しい焦りを覚えた。
「うぉぉぉ!!」
が、それを打開すべく日比谷が突っ込む。白銀側からは見えない壁の向こう側、日比谷は仮面の男に向かって剣先を突き出した。
「日比谷さん!?何を!?」
攻撃を一度停止させ、壁に駆け寄る。
不穏な空気が流れる。音が全くしない。悲鳴も、叫びも、雄たけびも。
まさか、と思った頃には既に遅し。
白銀の後方からも床が隆起し、次々と右側左側を床に囲まれた。
「八方塞ですか・・・。まずいですね」
壁の向こう側のことが気になって仕方が無い。
何故仮面の男は自分をここに閉じ込めた。その理由はなんだ。何故殺さなかった。
―――否、彼は遊んでいる。
「くっ。舐められたものですね」
とは言え、千の串を出現させた白銀の体力は限界に近かった。壁に背をもたれると、すぐに意識を失ってしまった。
散らばった串が、光となって消えていった。




