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35, 黒き槍、穿つ魔弾(2)

「I demand a reply.(我が声明に答えよ)」


 ダムンが発した言葉を春樹は理解できなかったが、それが危険なものだとは瞬時に判断がついた。しかし何故か分からないが、身体が上手く動かない。怖気づいているわけではないのだろう、ただ『期待』によるものなのだろうと思った。

 王などの権力者や英雄などがもし道の向こう側から来ると知ったとき、身体は期待に震えるだろう。そしてその姿を見たとき、唖然として身体は硬直するだろう。そして我に帰ったとき、相手を敬うような態度をとるのだ。

 ダムンの腕の周りに文字と記号が舞い踊るようにして展開される。

 これを一度春樹は見た事がある。白銀のビットの発動と、見た目の派手さは大きく異なるが、恐らく一致しているものだと考える。


(ということは、あれが音声認識の式・・・だってのか?)


 威圧感というものがそれからは感じられる。ただ、登録された音声を発して式を呼び出すだけなのに。ならば登録してある媒体はどこか。

 春樹は周りを見渡したりダムンの身に着けているものを確認するが、白銀のように記憶媒体機械を持っているわけでもなく、白衣を着用している以外には何も無い。


「I carry him through and invite it to the place that should die.(我は彼の者を貫き、死すべき在り処へと誘う)」


 言葉が紡がれる。春樹にも分かる、これは古来に消えうせた外来語であった。どこかの文献で読んだが、昔は言語が統一されていなかったらしく、各大陸ごとに言語があった。その中でも有名なのが、今の言葉である。

 文法などの情報量が多く、考えても見れば音声認識の中では最も多くの情報を呼び出すに相応しいと言える。


「You retain power in my hand in response to it.(汝はそれに答え、我が意志の中に力を宿す」


 意味は分からないが、危険なことだけは分かった。

 止めなくてはならないと体中の細胞が騒ぎ出すが、その騒がしい体内とは真逆に本体は微動だにしない。


「The name is―――(その名は)」

「クソがっ!!」


 完全に情景反射だった。動かない身体に鞭打ち、握っていたナイフを投擲する。

 それは風を切るようにダムンへと向かう。

 ダムンはそれに気付かないのか、詠唱を止めようとしていない。

 そして、ナイフが眼前へと迫ったその瞬間だった。

 横から何者かがダムンを蹴飛ばす。ぐぅと重い悲鳴を上げて、ダムンはそのまま横へ吹っ飛んだ。ナイフは空を切る直前で横割りしてきた者に掴まれ、逆に春樹に投擲する。

 それを春樹は瞬時にして腰から新谷より授かった工具で受け止め、地面へ叩き落す。それを拾って、相手を見た。


「・・・なっ」


 言葉がそれ以上出ない。

 ダムンがいた位置に今いるのは、黒ローブ、そして狐の仮面をつけたあの男だった。仮面は鉄製だ。つまり追っていた男と一致する。


「害虫ごときに手を煩わせるな、デルファ」


 蹴り飛ばされたダムンは立ち上がり、若干憎らしい目で仮面の男を見る。


「礼は言うが、お手柔らかに頼みたかったな」

「ふん。援護しろ、すぐに始末する」


 仮面の男が腕を掲げる。

 まさか、と春樹は直感した。そしてそのまさかは見事に的中する。


「I demand a reply.I carry him through and invite it to the place that should die.You retain power in my hand in response to it.The name is―――」


 即効で男がダムンと同じ詠唱を展開させる。同じようにナイフを投擲しようとするも、それをダムンが阻止するべく懐から拳銃を取り出し、一撃放った。

 命中率は低いのか、春樹の横を大きく反れて通過していく。だが、春樹にとっては射撃されたことが大きく災いしナイフの投擲を諦めてしまう。

 が、ここで日比谷が唾を大きく音を立てて飲み、突然仮面の男に向かって走り出す。だが、タイミング的に間に合うわけも無く、展開されていた式は形を成した。


「―――Brionac.(ブリューナク)」


 現れたのは槍だ。だが穂先が五本もあり、普通ではないことがすぐに分かった。


「失せろ雑魚が」


 仮面の男は最小限の振りで、槍の柄の部分で日比谷の横腹を捉える。そのまま日比谷は苦痛の声を上げて、廃棄材の中に突っ込んだ。

 それを横目で見送ったのち、春樹はナイフを構えて同じく仮面の男に突っ込む。ダムンは射撃の命中率が低いことから、乱戦に持ち込めばそう易々と撃って来ることは無いと踏んだ。


「はぁっ!」


 一気に距離を詰め、ナイフを脇から叩き込もうとする。が、案の定とも言うべきように柄で防がれ、それを回して弾く。しかし春樹はそれで距離を開けさせはしないと、追い込むように追撃を始める。

 だが、右に放てば防がれ、左に打てば防がれ、突きを放てば弾かれ、いたちごっこのようになっていた。仮面の男もそれにイラつきを覚えたか、力強く槍を振り完全に春樹との距離を離す。


「青年、知っているか、槍の使い道を」


 突如、そんなことを聞いてきた。


「槍の使い方だと?今お前がそうしてるみたいにだろ」

「・・・一般的意見で外れではないが、本来の使い方は違う。特にこの槍の場合は」

「何だと?」


 それ以上問おうとした時だった。明らかに仮面の男の雰囲気が変わる。

 実際そんなものが存在していたかは定かでは無いが、黒い旋風が巻き起こっているように見えた。この裏路地のように、死を包含した風が。


「槍は貴様がナイフをそうしたように、投擲に使う」


 黒い旋風が巻き上がる。それが春樹の喉元を目掛けて少しずつ充満していった。仮面の男が肩を回し、投げの態勢を取った。

 その只ならぬ威圧に春樹は思わず防御体制をとった。そしてその光景を見て仮面の男のその狐の仮面が道化のように、微笑する。


「穿つ魔弾、受けろ」


 何が起きたかは分からない。ただ黒い風が自らを拘束するように舞い、それ以上の行動を許さなくする。

 そして仮面の男の槍は不気味に輝きを増し、発射される魔弾のごとく春樹へ投擲された。

 一瞬である。春樹の防御していたナイフにそれが直撃し、春樹の身体にこの星のものとは思えない重力が前方かかる。


「なっ、んだ、これっ」


 膝が悲鳴を上げる。もはや踏ん張ってそれを抑えきることが出来ず、地から足が離れた。


「ぐぅ!?」


 槍は紙一重の判断で空に向かって弾いたが、身体は壁に強烈な衝撃と共に激突する。今度は脊髄が悲鳴を上げ、思いっきり歯を食いしばった。

 立っている事が出来ず、そのまま地面に突っ伏す。


「Return.」


 仮面の男が言う。恐らくまた音声認識なのだろうと春樹は薄れる意識の中思った。


「さて、始末するか否か・・・どうする」

「私に任せろ。この者たちはどうやら九条美香留を探しているらしいし、この黒髪の男、何か反政府行動のことを知っているかもしれん」

「拷問にかけるか。趣味の悪いやつだ」

「道楽の一つでな。気にしてもらっては困る」


 と、ここで後方からがさごそと物を掻き分ける音がする。仮面の男だけが振り返り、その音の正体を見る。

 日比谷であった。服が所々破け、なんとも無残な姿であったが目は死んでいなかった。仮面の男を敵意丸出しで睨みつける。


「九条は、どこだ・・・」


 力の無い声で仮面の男ではなく、ダムンに向かって問いつける。


「どうするデルファ。蝿は叩いておくか?」


 ダムンは振り返らずに笑みを含んだ声で答える。


「気絶する程度に頼む。使えるものは何でも使う、それがモットーだ」

「そうか」


 もはや相手ではないと知ったか、軽い足取りで日比谷の元へ行く。

 その行為に怒りを覚えたか、日比谷があの銅の剣を仮面の男の喉下へ一気に突き立てようとする。が、甲高い音と共にそれは呆気なく弾かれた。

 同時に槍の柄で日比谷の腹部を殴打し、顎をそれに乗せ、顔を近付けて言った。


「雑魚が粋がるな。弱い者は陰に隠れて見ていれば良い。貴様の身も危ういし、オレから見ても邪魔な蝿のような存在なだけだ」

「・・・ふ、ふざけ」


 そこまで聞くと仮面の男は最後の一撃を叩き込む。日比谷は完全に昏倒した。


「ほう、君も人のことを覚えるほどの心を持ち合わせていたとは驚きだ」


 ダムンが皮肉を交えて言う。


「ふん。弱者を見ていると腹が立つだけだ。そう、アイツのように」

「あれを弱者と呼ぶか。・・・そういえれば回収はしたか?まさか殺してはいないだろうな」


 それに仮面の男は黙る。


「・・・殺したのか?」


 鋭い目付き、何かを射殺すような憤慨が満ちている。だが、それを一蹴してため息を吐きながら答えた。


「そうするつもりだったが、邪魔が入った」

「・・・。今回ばかりは邪魔に感謝せねばなるまいな。ま、早めにヤツから音声を聞き出さねばならん」

「無駄だ。アイツは気高き王者の言霊を感じてはいない。ただの、抜け殻だ」

「元より抜け殻であろう、ヤツは。・・・ふはは、しかしヤツから聞き出すことが成功すれば、ついに集まるのか、三種の神槍が」

「所詮は模造品であろう。期待はしないことだな」


 それにダムンが嘲笑する。


「模造品とて舐めてもらっては困る。考えても見るがいい?モナリザの模作があったとして、それを見分ける力は一般市民には無い。一般市民から見ればそれは財産であり、至高の宝物。似ていれば、似ているほど模造品は価値があるのだ。そして、力もな」

「まぁ、確かにブリューナクの投擲の威力は本物に引けをとらないだろうが・・・」


 ダムンは恍惚とした表情を浮かべて、言う。


「さて、そのためにも早く連れて行くとしよう。青年のほうは・・・九条と同じ部屋で良い。日比谷君は空き部屋にぶち込んでおくといい」


 春樹はその会話をしっかりと頭の中に焼付け、薄れる思考に身を任せた。



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