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暗躍・貫くものの意

 暗闇はあまり好きではなかった。

 彼がいた場所は、暗くは無かったが所詮は作られた電気の光。そんなこと言っても、外に出たところで浴びれるのは模造の太陽だけだ。だが高くは望まないから、その光だけでも浴びてみたかった。

 彼がさらに嫌いなのは、狭いところだ。閉所恐怖症とも言うだろう。

 あの空間は、この密閉された世界、サークルエリアの中のさらに密閉された空間だった。あんなところに入れられていたのだから、仕方ないと割り切ってほしいところだ。

 現在位置は中央大学園施設の裏路地。ここには昔から誰も立ち寄らない秘所となっている。秘所と言っても、何か美しい風景があるわけでもないし上手い和菓子の店があるわけでもない。ただ誰も立ち寄らないだけだ。

 ここはいつだって死に満ちていた。通常裏路地というのは、賑やかなところで不良、最悪でも黒猫やカラスの一匹はいるものだ。だがここには何も無い。包含する生がどこにもいないのだ。死んだように黒ずんだ壁、錆び付いた廃棄物、どこからともなく流れてきたゴミの山、これのどこに生が存在するだろうか。


「だが、ありえねぇことってのはあるもんなんだよ」


 誰に言ったわけでもなく、そうつぶやく。

 木を隠すなら森の中、人を隠すなら人の中とよく言う。同じように、日常を隠すなら日常の中だ。死が日常であるこの場に、生は似合わない。


「兄さん、ここに何があるというのですか?とても彼女がいるようには見えませんが」


 銀髪を闇の中で照らす少女、いや少女と呼ぶには既に大人びすぎている白銀が言う。


「それに・・・これは」


 視線を下に落とす。

 砂だった。白銀の兄、黄金の足元に場に似合わない白い砂がそこにぽつんと存在していた。


「情報欠落症候群。マジで気味わりぃな・・・」


 直感でこの場所に入ったのち、一人の男子生徒が黄金たちを襲った。わけもわからず正当防衛していたが、突如その男子生徒の身体が崩れ始め、ついにはこうなってしまったのだ。


「情報欠落症候群・・・。情報生命体が何らかの身体的異常を起こすと、身体を構成していた情報に乱れが生じ、供給を受けられなければ肉体の消滅に至る病。ここでも・・・」


 下唇をかんで、黄金のほうを見る。

 黄金の目は砂を見ている。哀れむような目でもなく、悲しむような目でも無いし、こうなった原因に怒る目でも無い。何かを悟っているような、そんな目であった。


(そんな目をしないで下さい、兄さん・・・)


 砂に向かって、せめてもの慈悲のために白銀はそっと祈りを捧げた。

 だが、祈っていたのは死者の冥福ではなく、生者への祝福をだった。


「聞き込みによりゃ、最近増えてるらしいな、こいつら」


 黄金が口を開く。

 金剛地兄妹は3rdエリアに来たのちライフを探すのは勿論だが、それよりも生徒たちの状況についてを聞きまわっていた。

 理由はただ一つ、今目の前にある光景がこの裏路地周辺で多々見られていることを聞きつけたからだ。そしてこの光景の原因を二人は知っている。

 情報欠落症候群。情報生命体だけに見られる特異な病で、人間が老化するのと対して変わらないが、情報生命体はある薬を飲んで、この病を回避する。そしてその薬は政府によって供給されていたのだ。

 だが現在のこの状況、情報欠落症候群によって砂化する生徒が増えてきているということは・・・。


「政府からの供給が止まっているようですね」


 白銀が推測を口にする。黄金もそれに頷く。


「変な計画のせぇで資金が尽きたか、それとも意図的なのか、はたまた第三者が絡んでんのか。ったくもってうぜぇ話だ」


 槍を肩に乗せて、辺りを見回す。

 特別おかしい所は無い。記憶にある、あの裏路地であった。だが、それが逆に異常だということを示していることを黄金は知っていた。

 ここは元から普通という名がつけられる場所ではない、と。


 とその時、突如として後方からザッと砂を蹴る音がした。素早く振り返り、槍を反射的に構えた。


「・・・・・・」


 相手を見る。

 黄金は思った、なんとも場に合ったヤツなのだろうと。黒いローブにフード、そして狐の仮面を被っている。しかし色が鉛色であるからに、恐らく鉄製なのだろう。その仮面の人は、何を言うまでも無くじっと黄金のほうを見つめていた。


「兄さん」


 白銀が黄金の位置まで下がって、同じく仮面の人を見る。ピリピリとした緊張がそこに流れ、黄金の槍を持つ手に力が入る。


「・・・金剛地、黄金」


 野太くは無い、若い男の声で名前をつぶやく。何かを確かめるように、しっかりと発音して。


「んだよてめぇ。クソ怪しい格好しやがって、何のようだ?」

「なるほど、これは滑稽だ。本当に黄金なのだな、貴様は」

「あぁ?何言ってんだよ」

「目ざわりだ。命令には反するが、オレの気が治まらん」

「なんのことだって言って・・・」


 答えるつもりは無いらしい。気味の悪いことこの上ない。仮面の男は仮面の奥で微笑したかと思えば、ゆっくりとその腕を上げる。


「I demand a reply.(我が声明に答えよ)」


 声を発した。しかも共通語ではない、古代の外来語だ。

 何の意味があるのかは分からなかったが、意図は分かる。二人は次に来る何かに備えて戦闘態勢を作る。白銀が黄金の一歩後ろに跳んでパソコンを開いた。


「ビット、発動」


 情報が生成され、三個の球体が宙を舞い始める。精神統一状態を完全にし、意識を疎通させる。


「I carry him through and invite it to the place that should die.(我は彼の者を貫き、死すべき在り処へと誘う)」


 その時、仮面の男の腕に見える式が舞い始める。情報が構成され、少しずつ形を成していく。

 止めなければならない、そう思っていてもその圧倒される言葉の重みから動けないでいた。


「You retain power in my hand in response to it.(汝はそれに答え、我が意志の中に力を宿す)」


 もう全景が見え始めている。妖しい光を放つ式が、一つのものへと変わっていく。


「The name is―――(その名は)」


 黄金は感じ取った。男が何をしようとしているのかを。

 後ろで呆ける白銀を一瞥したのち、槍の矛先を仮面の男に向けて一直線に全力で走り出した。だが、全力で走っているはずの脚は重く、その距離はなかなか詰まらない。

 一体あの言葉のどこにそんな威圧感があるのか。

 違う、威圧感があるのは言葉でもなく、言葉による式の効果でも無い。仮面の男自身が発しているものだった。


 そして、男の手に力が宿される。


「―――Brionac.(ブリューナク)」


 式が完全に生成され、音声認識が完了する。手の中にある力は槍。穂先が五つに分かれ、なんとも歪な形をしているがれっきとした槍だった。

 禍々しい雰囲気を放つソレの矛先が必死に脚を引きずる黄金の喉元へと焦点をあわせる。


「消えろ、もとから無為なものは、無為に帰るべきだ」


 肩を回し、ブリューナクに黒い旋風が巻き起こったがごとく死の一撃を放とうとする。黄金は何かに怖気づかれたかのように、動かない。

 が、ここで白銀が我に帰り一瞬の判断でビットを走らせる。仮面の男の肩めがけ、光線を発射させる。

 それを態勢を崩さず仮面の男はあっさりと槍で粉砕し、その勢いで黄金に槍を投げつけた。


「兄さん!!」


 あと二つのビットを高速移動させ、その槍に向かって光線を放った。

 それは見事槍に直撃する。しかし槍は若干角度を変えただけで、黄金への直撃は全く避けられるものではない。


 黄金は見た。

 自らに迫る五つの穂先を、黒い風を。

 そして、自分の腹部にささるブリューナクを。


「・・・かぁっ」


 投げられた強さで、槍を腹に抱えたまま一気に後方に吹っ飛ぶ。途中廃棄材や壁にぶつかり、壮絶な痛みが黄金を襲った。口の中には噛んで出たのか胃から流れてきたのか分からない味が広がる。


「そんなっ!?」


 白銀が黄金のもとへ駆け寄ろうとする。が、一瞬にして仮面の男が眼前に移動し、腹部を強打された。


「がっ・・・!?」


 そのまま首筋に手刀を叩き込まれ、白銀は地に伏す。その白銀を見下して、仮面の男が言った。


「貴様に用は無い。黙って寝ていろ」


 立ち上がって殴りつけてやりたい衝動に駆られるが、平衡感覚を失っているせいか上手く動けないに加えて焦点もままならない。


「Return.」


 そう言うと、黄金に突き刺さっていたブリューナクが一瞬にして式化して消える。あれだけ長い音声認識を登録しておきながら、返すときはこれである。白銀は面白いわけでも無いのに笑みを浮かべた。単なる自分に対する嘲笑だった。

 仮面の男が黄金の傍まで来ると、その首襟を持ち上げた。


「これが黄金の名を語る人間の力か?『貫くもの』を目の前にして怖気づくような屑ではなかったはずだ。聡明なる王者の意志はどこへ消えたのやら」

「な、なんのことだ・・・」


 言葉は発したつもりだが、上手くなっていなかったらしい。仮面の男は声に耳を傾けることもせず、黄金の髪の毛を掴んでそのまま引きずっていく。

 もはや抵抗する力も無く、自分が向く方向とは逆に身体が動いていく中、昏倒する白銀の姿をいつまでも見ていた。


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