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32, 侵入者(2)

 その扉を開ける音は耳に大きく響き、キーンという金切り音を鳴らした。

 怒っていたわけではない、いや怒っていたのかもしれないが、それは誰に対するものでも無かった。だが焦りがそうしていた。

 何故焦っているのか、それは分からない。だが、この学園は何か大きなことを隠しているに違いなかった。


 ―――情報生命体。


 記憶をめぐらしてみれば、聞いたことがない言葉などではなかった。鮮明に思い出すことは出来ないが、昔外界にいたころに何度か耳にしたことがあった。

 信一はここ、サークルエリア出身の人間ではなかった。彼もまた、多くの人と同じようにサークルエリア都市化計画とともにこの場に来た人間である。だが、外界での地位の問題からすぐに治安維持機関へと呼ばれ、職を手にしている。

 そんな場にいるのだから、一般的に不可解とされる言葉も多少は理解できる。

 情報生命体というものに係わり合いはないが、何かがあるような気がしてならなかった。それもあの場で聞いたことだからさらに怪しい。

 学園長室、恐らく九条美香留行方不明事件の真相を掴むまでは何度と無く訪れるであろう場所、この仕入れた情報の信憑性、詳しい内容を聞くにはここが一番適していると思った。

 学園長はその威勢に椅子を引きながらも、険悪な顔で信一を迎える。


「何事かね、ノックも無しに」

「質問に答えろ学園長殿。これはお願いでもなければ命令でもない。れっきとした脅迫だ」


 少し大袈裟かと思ったが、この際どうでもよかった。

 学園長はその権力の横暴に苦い顔をしながらも、特に断る気は無さそうである。


「この学習施設にある理科実験用具室の内部構造を教えろ」

「理科実験用具室・・・だと?」


 もっと核心に迫った質問をされると思っていたのか、拍子抜けした様子で学園長が聞きなおす。だが二度は言わず、学園長の返答を待つ。

 しばしの間均衡状態が続いたが、先に妥協したのは学園長である。机の中から内部構造の設計図のような図面の書かれた紙を出す。それを何も言わず信一の前に出す。

 それを信一が手に取って見る。

 多少見づらい図面ではあったが、理解するには十分なものであった。学園内での教室の位置、理科室の内部構造は見たとおりである。そしてそのすぐ横に『理科実験用具室』と表記された場所があり、その場所はちょうど理科室の半分以下ほどの広さで記されている。


「中には何がある」

「何があるって、理科の授業に使う実験用具であろう?それ以外何があるというのだ」

「なら問おう。何故理科室と実験用具室の間の扉には、政府製の磁気認証装置がある。危険物質が保管されているにしても、あれはやりすぎだと思うのだがね」


 ここで準がその言葉にえっ、と声を漏らした。


「政府製って・・・電流流れるやつだよね?あんなもの間違って触ったりしたら怪我どころじゃ済まないよ」


 由真もそのものを知っているのか、その事実には共感できないようだ。

 だが一方学園長は狼狽の欠片も見せない。ただ、唇が若干乾いているように見えた。


「以前に薬品を無断で持ち出した生徒がいてな、それで政府に頼み込んでもらったのだよ」


 良いいい訳だ、と信一は思った。語る目からは嘘をついたときの揺らぎが見えない。恐らく何度も復唱したか、元からそういった人間なのか。何にしてもタダで学園長という地位まで上り詰めているわけでは無さそうである。

 だがこちらは治安維持機関、下がりはしなかった。


「ならば理科室入り口の情報強奪は何だ。いちいち出入りまで管理するのかここは」


 が、その問いには顔をしかめた。


「そんなものを仕掛けた覚えは無いが?何かの勘違いでは無いか?」

「ほう・・・」


 学園長はこのことを知らないらしい。そのことに若干ながら意表を突かれていた。

 だがこれで分かったことがある。学園町は今回の件には加担していない、少なくとも表では。関わっているとすれば恐らく利用されている側の人間であろう。

 ここで式の上書きを行った当の本人、由真が口を開く。


「そんなはずはありません。あれはれっきとした情報強奪の式でした。精度はえと、政府の白銀さんって言う人より遥かに落ちていますけど、効果ははっきり現れます」


 力強い答弁。白銀が誰なのか信一には分からなかったが、政府の人間だというからには相当の技術者と比べているのだろうと推測した。


「そうは言われても、こちらは何も知らない。一体誰がそんなところに・・・」


 言おうとした学園長も気付いたのだろうか、言葉を途中で止めた。皆が言うまでも無い、ただ一人の男の名が全員の頭に浮かんだ。

 信一はそう思っているものだと仮定して、学園長に問う。


「彼はここ最近、『情報生命体』とやらを研究しているらしい。心当た・・・」

「なんだとっ!?」


 学園長が立ち上がって身を乗り出す。その反応はあまりに意外で、信一も反射的ながら身を引いてしまった。威圧感ある遮りの言葉に、その場が凍りついた。


「政府め、やはり目的はそこだったのかっ!!」


 机を殴りつける。上に置いてあったものが揺れ、その慌しさを引き立てる。だが自分のした行為にふと気付き、荒くなった息を整えて席に座る。

 タイミングを見計らって信一が切り出した。


「知っているのか、それを」


 一度ため息をついてから、首を縦に振った。話すのも重々しいのだろう、ついたため息は肺の中の空気を一気に吐き出したような大きさだった。


「今回の九条君の件でも世話になるからな、教えておいたほうがいいのであろう。この、3rdエリアの実態についてな」


 三人は学園長の話に耳を傾ける態勢を取る。

 それを確認して、学園長はゆっくりと話し始めた。


「事の発端から話せば長いが聞くと良い。希君といったか、君は15年前の出来事は知っているか?」

「15年前・・・首都大紛争か」


何の関係があるのは分からなかったが、信一の知識の中からその言葉を引き出した。そしてそれに学園長が頷く。


「首都大紛争、その紛争事態は関係ないのだが、その紛争に参加した一人の科学者がいてな、そのものが作り出したのが『情報生命体』だ」

「その概要は」

「名前の通りだ。情報により構成された人造人間、それが『情報生命体』だ。君たちも知っての通り、全ての物体、現象は式によって構成されている。人もまた同じく、だ。君たちは15年前以上に『クローン』という禁忌にされた技術があったのは知っているか?」


 それに信一が答える。


「複製技術か。確か人の遺伝子などを操作して全く同一の人物を作り上げるというものだったか」

「その通り。人権的な問題や道徳的に考えて禁止された技術。それの完成系が『情報生命体』と言えよう。何故なら情報生命体は人の遺伝子、もとい構成式情報を複製し構成しているのだ。人として」

「つまりクローンと何ら変わりは無いということか。よくも禁止されているのにそんなことを研究したものだな」

「いや、その研究者自体はその禁止令に伴って研究を中止したらしいが、それは『外界』での出来事だ」


 思わせぶりな発言に、信一の勘は簡単に働いた。あえて口には出さない。


「なるほど。それで、今回の九条の件と関係があるというのは・・・」

「つまり、彼女も同じなのだよ。いや、彼女だけではない。この3rdエリアの子供たちは皆、情報生命体なのだよ」

「・・・そういうことか」


 信一以外の二人は言葉を失う。とは言え、信一も心情穏やかではない。今まですれ違ってきた学園生が全て『作り物』だとは到底思えなかったからだ。情報生命体という言葉を聞いただけでは、この事態は想定出来なかっただろう。

 由真が重く沈み込んだように言う。


「政府は、それを許しているんですか」


 怒りの意を込めた、一言。

 だが学園長は流すようにして返した。


「許したのではない。彼らがこの3rdエリアでの研究を科学者たちに進めたのだよ」

「そんな・・・政府はどこまで非道な行為を・・・」


 サークルエリアを崩壊させようとする今回の大方の事件といい、今知った真実といい、由真の知る政府は既に無く、傍若無人な姿しかいまや想像できなくなっていた。

 由真は落胆の表情を消し、力強く言い放つ。


「止めさせましょう、その研究を」


 皆がそれに頷いた。

 そして信一がそれに続いて発言する。


「学園長殿、その、研究に関わった科学者が誰かは分かるか?」

「無論、当然だ。何しろここのエリアそのものを作ったような人物だからな。確か、所属国はあのルイド・フォン・アザーアイズの隣国あたりだったはずで・・・」


 誰が予想できただろう。記憶にも浅いが、聞けばそうだと分かる人物の名前を。

 灯台もと暗しではないが、準や由真はその名前を聞いて驚愕した。先ほど、会ったばかりではないかと。信一も会ったことはないものの、少し考えれば分かるその狂科学者マッドサイエンティストの名前に表情を強張らせた。


「名前は、ミリア・ヴァンレットだ」


 金髪碧眼、露出度の高い服を着て闇夜の森で準と由真と対峙した政府の女の名前だった。

 考えてみれば記憶の中でそんなことが出来そうな科学者などミリアしかいない。狂犬病のシステムを操り、生物の呼吸器官の改竄をし血液を限りなく酸性に近づけ、返り血を浴びると皮膚感染するという誰も考えもしない、いや、考えたところで成し得ないことを成した女性。


「学園長殿、その女のことを詳しく教えてほしいのだがよろしいか」

「構わん。とは言え私が知っているのも一部だけだが、それでもいいのなら」


 両肘をつき、信一を見据えた。その視線を逃すことなく受け止め、話に聞き入る。


「ミリア・ヴァンレット。現在年齢にして三十五歳だが、外見の若さから二十歳前後ではないかと噂にもなっている。15年以上前にクローン技術の開発に携わっていた女性研究員の一人で、実績はなかなかのものだったという。だが、先ほど申したとおりクローン技術が禁忌とされてからはその身を暗ましている。というのが表立った情報だ。

 実際は、彼女はクローン技術成功まで後一歩というところだったらしく独自に研究を進めていたところ、首都大紛争が起きる。内容は知っているだろうが、戦争の最中にあったその頃、当然物資などの経済的面が不況に陥っていたところに、ルイドの国が鉱山を発見するのだが、それを求めてさらに戦争が悪化した。これが首都大紛争だ。

 そしてここからが大切なのだが、一国の政府が『人体強化計画』というものを立てた。それに便乗したのが、彼女だ。計画の内容は式による人体構造の強化。そして見事その技術を盗んだ彼女が立ち上げたのが『情報生命体製作計画』だ」


 長々と知識を披露した学園長は、もうこれ以上は無いと一息ついた。

 不穏な空気が流れる。誰も彼もが学園長の披露したミリアについての情報に圧巻していた。準や由真においては、2ndエリアで出くわした政府の人間が、まさかそこまでの過去を持っているとは予想も出来なかった。

 信一も、理科室で聞いた情報生命体という情報からまさかここまで深く掘り下がるとは思いもよらなかった。


「ミリアは2ndエリアにいました・・・。偶然にしろ、こんなことがあって・・・」


 由真が身体を震わせている。怖いわけではない。ただ、何か得体の知れないものが背中を通り抜けて言ったような気がしたのだ。

 準がそれに補足するように言葉を続けた。


「あの人、何か政府の計画に加担する以外に目的があるって言ってたよね?この3rdエリアの件と関係があるんじゃ」

「そういえばそうでした。神堂の名前もうろ覚えだったみたいですし、他にやることがあるとすれば、恐らくは・・・」


 信一がそれらの発言を聞いて考える。今、何をすべきかどうかがだんだんと分からなくなってきていた。実際はダムン・デルファを捕らえるなりなんなりして、今回の九条美香留行方不明事件を問いただすつもりであったのだが、そこにあらぬところから違う末路へのヒントが入り込んできたことにより、脳内が若干混乱に陥っていた。


「とりあえず、その線で調べるか。理科実験用具室に出入りすることになるが、良いな?」

「どうせ断ったところで今回のように不法侵入するのだろう?なら妥協して入ってもらったほうが良い」


 学園長は机の中から鍵束を取り出し、それの一つを外した。信一にそれを差し出すと、信一はそれを当然のごとく受け取る。

 政府製の磁気認証装置を掻い潜るための鍵、恐らくこれが本当の『鍵』になるだろうとしっかり握り締めた。


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