31, 侵入者(1)
side信一に移ります。
話の急な変わりにご注意してください。
カチャカチャ・・・。
無機質な音が廊下に響き渡り、その清閑な空間をよりいっそう際立たせている。
緊張感がそこには満ち溢れ、その無機質な音とともに床に汗が落ちる音、状況を見守り息を呑む音、あまりの均衡状態に荒くなる息遣いの音がそこにあった。
「信ちゃん。どう?」
黒髪をおしげもなく伸ばしている女子が聞いた。目の前にいる男子の肩を掴み、その行く先を見守る。
「少し待ちたまえ。何ら問題はない」
男子は眼鏡をかけており、その増幅された視力を駆使して指先を忙しく動かしている。先ほどからなる無機質な音はそこから鳴っているものであった。
その作業には、いくら自分を万能人間だと言い張る男子にもなかなかの労力と時間を要している。
そしてもう一人、蒼い髪を左右に揺らし周りをあたふたと見渡す少女。作業に参加はしていないものの、最も焦りを見せているのは彼女であろう。彼女は見張りを命じられているのだ。
「ま、まだ終わりませんか?」
焦燥感に負けた少女が眼鏡の男子に問う。相当な緊張感にやられてしまったのだろう。
「だから待てと言っている。どうせ発見されたところでいつかはバレるもの、気にすることは無い」
「え、えぇ・・・」
あまりの楽観的な言動に反応すらしがたい。
そしてまたそこから数十分。その時は案外拍子抜けするような音と共にやってきた。
―――カチャリ。
「む。きたか」
一度その場を離れ、信一は手にグローブを付ける。グローブと言ってもスポーツで使うものではなく、形は手袋のようなもので厚い皮と鉄で構成されている。主に戦闘において打撃を扱うれっきとした武器である。
おもむろに目の前にある扉の隙間に指を差し入れ、力の限り左右に引いた。そこまで力を要していなかったのか、歯を食いしばるような行動をとることも無くその扉は呆気なく開いた
。
「完璧だ。赤外線のセキュリティーに引っかかったことを除けば何ら問題ない」
「それ一番ダメじゃん信ちゃん」
「・・・学習施設の理科室などに赤外線が施してあるとは思うまい」
「でも理科室って危険指定の薬品が多々あるから、そういうのが施されてるのもありだと思うけど」
「・・・ふむ。人間気持ちの持ちようだ、気にすることは無い。警備兵が出てきたら殴れば良い」
「いつからそんな暴力的なキャラになったの信ちゃん!?」
「冗談だ。赤外線も問題なく突破している」
またなんとも微妙な嘘に騙され、準は唖然としながらため息を吐いた。
ここで先ほどからあたふたとしていた由真が二人に静かに言った。
「あのー、一ついいですか?」
「なんだね」
もう一度辺りをきょろきょろと見回してから、ばつが悪そうに一言。
「は、犯罪ですねそれ」
「・・・・・・」
「・・・・・・」
黙る二人。そして信一が諭すように言う。
「天宮寺由真よ。貴様も貴族なのだから覚えておいたほうがいい」
緊張した面持ちで由真がそれを聞く。
「権力とは横暴するものだ」
当然横にいた準まで口を開いて呆気にとられていたことは、言うまでも無い。
ちなみにこうなった経路は以下の通りだ。
準と由真は信一探しを半分以上放っておき、二人で楽しくアイスクリーム屋にてお茶をしていた。由真のほうは本望ではなかったようだが。
そこへ一体どのようにして情報を嗅ぎつけたのか信一がやってくる。準はそのことに大喜びし信一にダイブするも顔面掌握によって阻止される。ちなみにアイスはフォールオン床。
そこで久しぶりという言葉を交わす前に信一が言った言葉がこれであった。
「理科室に不法侵入する。協力決定だ」
そこから半強制的に連行され現在に至っていた。
「というわけだ。もはや我々に遠慮する必要性など皆無。というよりも既に手遅れというものだ、諦めろ」
そう言って足軽々と扉の向こうへ足を踏み入れた。が、その瞬間にして信一の足はいきなり止まる。それも片足浮いたままだ。そのまま準たちにも聞こえるよう舌打ちした。
「情報強奪の式が張ってあった。これで中に何かがあるのは確定か」
いきなり行き先が不安になる一言である。
だがそれには準も由真も不可解な気持ちを覚えた。
いくら危険な薬物を扱っている場所とは言え、情報強奪の式は滅多に使われない。それこそ重要機関の入り口や金庫室など、重要なものがあるところや人を入れない場所などに使われる。というのも、情報強奪の式は構成が非情に難しく、並大抵の技量を持った人物では話にならない。
属性的にはクリエイション、つまり空間干渉の式に分類されるが、実質的にその物体付近を通過した、という最低条件が必要となるため物体干渉にも含まれる。
そういったことが出来る技術者は、治安維持機関にもそう多くはいなく、式知識に長けた学者や政府の行動部隊などが多く使用者が存在するのだ。
このような学習施設に勤めるもの、つまり教師が使えるかどうかと聞かれれば、悩む。しかし、たとえその技術者がいたとしても、『理科室にそれを張るか』と聞かれれば即刻無いと答えられるだろう。
準が心配そうな目で信一の足元を見て言う。
「だ、大丈夫なの?多分セキュリティをきちんと外せたらその式も自動消去される方法なんだろうから、引っかかったら同時に侵入者っていうのがバレちゃうんじゃ・・・」
それに信一はそのままの体制で頷く。
「恐らくはな。とりあえず二人はここで待て。貴様らまで情報強奪されては適わんからな」
二歩目の足を踏み出して、後ろに振り返る。
「白鳥準、情報強奪の式は扱えるか?」
それに首を横に振る。
ふむ、と信一が一置きすると由真が何やら視線を斜め上へ向けている。人が何かを思いついた、もとい考えているときの行為だ。それを見て信一が言う。
「天宮寺由真、何かあるか?」
声をかけられたのが意外だったのか、ビクリと身体を震わせた後何故か申し訳無さそうに手をこすりながら提案する。
「えと、情報強奪の式、上から書き換えることくらいなら私出来ますけど・・・」
信一は目を見開いた。無論、驚愕だからである。
一国の王女が情報強奪の式を操作することなど出来るわけが無いのだ。
「背伸びはする必要が無いぞ。猫の手も借りたい状況だが、何も貴様に何かを求めているわけでは無い。気にするな」
「いえ、本当に出来ます。昔、友人からそういったことを教えていただいた過去がありますので」
「・・・ほう、ならやってみるがいい。私が帰ってくるまでに操作しておけ。エンブレムは白鳥準から借りろ。分かったな。まぁ、期待はしないがな、白鳥準も出来ぬことだ」
期待はしないというか、全く出来ないがやらせてみることにした。
最後の言葉に準が何か言いたげな顔をしたが、無視してその部屋の奥へと歩を進めた。
視界が広がってすぐに分かったことがある。
―――ここは理科室などではない。
確かに実験用具も置いてあるし、学習用の机や椅子、レポートなども置いてあるがこの部屋には肝心なものが無い。それゆえに、視界が広がるのに数秒要した。
(薬品を扱う部屋に、窓が無いとは滑稽だな)
見渡す限りの壁、壁、壁。夜中だったら電気がついていなければ何も見えないだろう。幸い現時点では昼間なので、廊下から漏れる光によって視界をなんとかできた。
しかし、理科室で無いと断言できたとしても、他の何なのかと問われればまだその答えは見えてきていない。一見窓が無いのを除けば普通の理科室とは何ら変わりは無い。壁には天体の種類が記載された壁紙が多々貼ってあり、近くには水道があった。
ステンレスの流し場にはまだ若干湿っている感じが残されており、最近使った形跡はある。ということは、理科室としての機能も成されているようだ。
だが先ほどの情報強奪の式といい、この窓の無さといい普通で無いことから理科室であると納得は出来ない。何かを隠すとすればどこか。
生徒たちが出入りしていることから、一般的に人が触れられる場所には無い。それは確かだ。
暗中模索していると、信一はあるものの前で止まった。
(生徒立ち入り禁止。理科実験用具室、か)
大体どこの学園施設でも、この場所は教師の許可無しでは入れないことになっている。無論、危険だからだ。とは言え、生徒が全く入らないのかと言われればそうではないだろう。
それが、『普通』ならば、だ。
信一は目の前のドアを見る。木製ではない、鉄製だ。ドアノブ式の一見見れば普通のドア。先ほどのようにピッキングも可能でありそうな単調な作りをした鍵穴。
信一は胸ポケットから、一枚のカードを取り出す。それは、準にも渡したあのカードであった。これもまた単調なカードで、磁気を読み取るバーコードがついているだけのもの。
それをドアに近づける。
バチンッ!!!
突如何かがはじけるような音がしたかと思えば、信一はカードを瞬時に手放した。若干痛みが走ったが、それよりも発見した出来事に笑みが漏れる。
「ふっ、政府製磁気認証装置か。尻尾を出したな、ダムン・デルファ」
政府製磁気認証装置。
主にセキュリティー云々に使用され、磁気を読み取って認証するものだ。これは、一般的にはレジでのバーコード読みなどに使われるが、これは政府が独自に改造した特性の物だ。
登録された情報以外のものが認証されようとすると、高圧電流が流れる。また、これはなかなか悪性が強く鍵穴に他の鍵を刺そうとしても同様のことがおきる。
よくもこれで今まで生徒や他の教師たちにバレなかったものだ。
(いや、政府からの派遣という名目で許しを得ていたか・・・?)
推測するのはやめ、とりあえずカードを拾おうとしたその時だった。
《ほう、第二研究体のクローンが・・・》
声が聞こえる。ドアの向こう側からだ。これがダムンだと決め付ける材料は何も無いが、野太い男性の声なのでそう仮定して聞き耳を立てる。もう一人会話の相手がいるみたいだが、そちらは聞こえない。
《政府からの支給がなくなったからな。助けを求めに来たか・・・、それとも何かに気が付いたか》
眉間に力が入る。一体誰のことを言っているのか考えてみるが、相応する人物は頭のどこを探してみてもいない。
《情報生命体の性だからな。利用されるか、捨てられるか。我々も随分なものを作らされたものだよ全く》
今の言葉に脳内に衝撃が走った。理解することは出来ていないが、聞きなれない言葉を耳にしたからだ。
―――情報生命体の性だからな。
と、ここで思考する間もなく声が近づいてくるのが分かったため、一度身を離して入り口へ戻る。足取りは来るときとは違い、とても重いものだった。
扉付近にまで来ると、由真が汗をぬぐう仕草をして待っていた。
「あ、おかえりなさい。なんとか出来ましたよ、操作」
一体どの事象に驚くべきか、頭が痛くなっていた。
とりあえず信一は、情報強奪のデータ送信先を自らの持つ先ほどのカードに指名してもらい、二人に言う。
「学園長に会いに行く。付いてこい」
信一の意図が分からず顔を見合わせる二人であったが、何も問わずに信一のあとについていくことにした。
急かす気持ちが抑えられない、自分のそういった感情にイラつきを覚え始めていた。