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29, ライフの少女(4)

 ギィ・・・。

 いかにも古屋だと証明してくれる音を出して、扉が開いた。木製なので日比谷が勢い良く占めたところで痛くも痒くもないどころか、扉のほうが春樹の頭の固さに負けて壊れそうな脆さ。

 中も案の定と言うべきか、ランプを電灯代わりにして貧乏感を必死にアピールしているようにも見える。

 そんな部屋の中、日比谷とは違う学生服を着た男が白銀の持っていたパソコンとやらに良く似た機械を前に座っていた。

 外見、学生服は洗濯はしてあるようだが汚らしく、髪の毛も日比谷とは対照的に整えた形跡が全く見られない。鏡など微塵も見ないのであろう。軽くパーマがかかっているのではないかと思うくらい乱れていた。

 そして眼鏡。信一のものとは違って、レンズ全体を黒ぶちが覆っていた。

 これで体格がふっくらとしていたら、引きこもりか何かに間違えられても仕方ないと割り切れるのではないだろうかと思ったが、意外なことに体付きはがっちりしていた。


「お帰り日比谷君。どうだった?」


 澄んだような声が響く。こちらに振り向く気はないらしい。


「協力者連れてきたぜ。あと、やっぱ美香留は誘拐らしい。その線で調べてくれ」


 協力者を連れてきた、という言葉に耳を傾けたのかこちらを向く。

 春樹はかるく礼をすると、向こうも返してきた。


「始めまして。僕は新谷裕紀にいたにゆうきっていうんだ。よろしく頼むよ」


 これまた日比谷とは対照的に礼儀正しい人だった。

 手を差し出してきたので、断る理由もないので握っておく。


「俺は武藤春樹だ。一応治安維持機関に勤めてる。よろしく」


 ここに来て定例化した言葉を並べておく。

 しかし新谷はそれに特に反応はせず、春樹をじまじまと見る。


「ふぅん、治安維持機関か。まぁ深くは聞かないよ。僕らも仕事だからね」


 直感する。新谷は春樹の嘘をなんとなくではあるが見通しているのではないかと。

 思えばこんな場所でも情報課なのだ。治安維持機関の作りなど網羅していると思うと、今の嘘はまずかったかもしれない。

 治安維持機関や、他の職につくには成人でなければならない。バイトや一時募集などでは未成年者も認められるが、治安維持機関のような直接SAMOに通じている機関は成人のみとなる。信一の場合は権力上の問題から特例ということなっている。

 というのも、警務課は危険を伴うのでどうしても志願者が少ない。手数を合わせる為に無理にでも信一を入れているに過ぎなかったが、今では治安維持機関の中でも機関長の次に権力を持つ副長まで上り詰めている。

 春樹は傍から見れば成人には見えない。恐らくそのことに感づいたのだろう。

 日比谷が傍らに着ていた学生服の上着をかけ、新谷に言う。


「で、どうだ?なんかそれらしい情報は入ってんのか?」


 すると新谷は口の端を引き上げ、笑みを作る。そしておもむろにキーボードを叩くと、保存されていたデータが映し出されていく。


「武藤君もどうぞ。さて、僕の独自の情報網で色々と調べた結果、ここ二日になって不審者が三度四度目撃されているんだ」


 どうぞと言われたので、日比谷の横で画面を除く。

 そこには文字が羅列されており、画像が一枚貼ってあった。


「不審者?これがか?」


 その画像を日比谷が指差す。それに新谷は頷いた。


「そうだよ。まぁ僕らから見れば祭りの時の格好に見えるんだけどね」


 画像は、春樹から見たら不審者そのものだった。

 妖しい狐の仮面を被り、黒ローブで全身を覆っている。仮面が無ければ潤目そのものであるような気がしたのは口に出さなかった。


「武藤君に説明しておくと、この仮面は本来この3rdエリアの学園祭というお祭りに使われる仮面なんだ。だから、手に入れようと思えば誰にだってすぐ手に入るし、今シーズンでもあるから付けてる人間もそんな稀じゃあ無いんだ」

「なら何で不審者なんだ?」


 黒ローブのせいかと思ったが、どうやらそうではないらしい。


「この仮面は遠くから見ればいつもの祭りの仮面なんだけど、拡大とか色々してみて分かったんだ。これは、鉄製なんだよ」


 そう言われてもう一度その画像を見る。

 春樹はその仮面を見るのは初めてだったが、確かに言われてみれば鉄っぽい感じがしないでもない。が、それを見分けるのは不可能だった。


「まぁあとは時期とか、目撃場所とかかな。新任のダムン・デルファ氏が来たのも最近、武藤君が来たのも今日、九条さんが誘拐されたのも同時期、そして目撃場所が全て中央大学園施設の裏路地周辺なんだ」


 言いたいことは分かる。それらが繋がっている可能性は十分にあるということだ。

 仮面の人間が九条を誘拐したと思えば辻褄が合う。


「そして逆に言えば、この不審者以外にそれらしい情報は無い。消去法が使えないんだよ」

「じゃあその仮面の奴をとっ捕まえて問いただせばいいんだな?」

「一応可能性だからすぐに殴っちゃうようなことはしないほうがいい。せめて確信が持ててからだね」


 新谷がそう言うものの、日比谷は見つけたらすぐ殴りそうだと思った。

 だが実際新谷の推論は正しい。何より裏づけになるのが、報告が『不審者』として送られてきたことだ。


「俺は新谷の言うことはなかなか良い線行ってると思う」


 口に出してみる。新谷が興味深そうに春樹を見ている。


「報告されてきた情報が『不審者』ってのが普通じゃない。この3rdエリアの・・・学園祭だっけ?そんな祭りに使用する仮面なら大体の住民が知っているはずだ。だけど、報告は新谷の仮定の一つである住民がふざけてつけていた、のような報告じゃなくて不審者として、だった。つまりそれらしい行動をしていたのを見られたということになるし、そんなものをつけて路地裏周辺にいるのもおかしい」


 それに目を開いて驚いたように納得する。


「確かに。普通にしていたなら不審者なんて報告はしねぇ、か」

「治安維持機関に勤めている、と言っただけはあるね」


 やけに皮肉っぽいことを言う。

 新谷が続けて言う。


「で、この仮面の奴の正体なんだが、これは全く見当がついてない。顔は隠されているし、そういうことをやりそうな人間の目処もないしね」


 ここで春樹が疑問に思っていた人物の名を出す。


「ダムン・デルファはどうだ?」


 学園長もおかしいと言っていた人物なので、春樹の推測の中ではかなりの有力だった。


「そうだね。妥当な線だとは思うけど、先生の授業を何度か受けてみたんだけれどそんなことをやりそうな先生じゃなかった。面白い授業だし、人徳もあって生徒に人気も出てきてる。まぁこれが先生の作戦だと言われれば否定する材料は無いけど、そこまで疑心暗鬼になるのもどうかと思うからね」


 どれもこれも疑っていたらきりが無い、ということだろう。


 ここで日比谷が画面から目を離し、傍の机に立てかけてあった長細いものを手に取る。

「とにかくそれこそ消去法じゃねぇか。まず先公捕まえて聞き出せばいい」


 その長細いものにかかっていた布を取り、姿を現す。

 春樹はそれを見て目をしかめた。


「銅の剣・・・?」


 それはさび付いてかなり色落ちしているものの、れっきとした銅の剣であった。銅の剣と言えども剣は剣、使い慣れていない人間には多少重いのか、鼻息を吹かしてそれを肩にかける。


「それは警務課から引っ張ってきたのさ。銅の質を調査したいって言ったらなんの疑いも無く貸してくれたよ。まぁこの状況だし、バレても許されるとは思うけどね」


 春樹は日比谷の姿を見て学園長の言葉を思い出す。


『戦闘においても頭脳戦においても役に立たないと思う』


 これなら警務課とやらに任せたほうがと思ったが、いないよりはましである。少なくとも戦う意思があるだけでも大分違う。腰の抜けた警務課より、勇敢な情報課のほうが役に立つというものだ。


「んじゃぁま、俺は中央大学園施設のほうに行ってくらぁ。武藤、お前も付いてくんのか?」

「当然。と、その前にここには果物ナイフとか、その類のモノないか?」


 新谷はちょっと考えるようなしぐさをした後、おもむろに机の引き出しを開けて青い箱を取り出した。

 その箱を開けると中から工具と見られるものが沢山出てくる。


「刺すことは出来ないけど、殴打なら出来るよ」


 悪巧みをする子供のような笑顔で、それをいくつか渡してくる。

 春樹がそれを手に取ると、そのずっしりとした重みから当たったら痛いだろうな、とこれからこれを受ける不運な奴の顔を想像した。


「んじゃ、行くか」


 日比谷が先に扉を開けて外に出た。やはり軋むような音が耳に障る。

 それを見計らって新谷に出来る限り音量を落として声をかける。


「なぁ、お前は日比谷と仲いいのか?」


 それを聞いて不思議そうに答える。


「ん?そうだね、親友というほどでも無いけど、ここに来てから長い付き合いではあるよ」

「じゃあさ、あいつが九条に好意を寄せてるってのはマジな話か?」

「あぁ、出なければこんなにやる気も出さないだろう。彼見た目通り不良だし」

「そうか・・・」


 少し悩んだが、結局次の言葉を口にする。


「頼みごとがあるんだが、日比谷に内密で」


 新谷が答えるより早く、その内容を伝えた。

 3rdエリアの終着地点はここにある。そんな内容の頼みごとだった。

 恐らく新谷もそれを何故調べるのか大よその予想はついただろう。だが、それでも彼は了承した。


「じゃ、悪いが頼んだ」


 苦笑いを浮かべる新谷を背に、扉を閉めた。




 ただ一人取り残された新谷は、ゆっくりとする暇も無くパソコンに向かう。


「ふぅ、面倒な役割だ」


 ため息すらも忙しさにかき消された。

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