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26, ライフの少女(1)

 巨大な時計が装飾された建物の内部は、予想通りの完全な学園作りであった。

 廊下、教室、掲示板、想像上での学習施設というよりも、やはり学園という言葉が似合う風景に少し観察するような目で色々と食い入るように見てしまう。

 果たして部外者が入校していいいのか迷ったが、そこは向こう側に妥協してもらわねばと思って緊張気味に足を踏み入れた。

 というのも、この所戦闘や緊迫感満ちる会話が多かったので、こういった人に溢れる活気に満ちた場所は精神的に久々であったのだ。

 当然の事ながら中には学園生が盛んに動き回っており、たまに奇異の目で春樹を見てきた。これは一種の羞恥プレイに値していたような気がしたが、とりあえず学園長らしき人物がいそうな場所を尋ねてみると、案外快く教えてくれたのでそれには驚いた。

 しかも案外そこが早く見つかったのにも、その生徒に感謝である。

 その扉は、硬く閉ざされているようには見えなかった。

強いて言うならば、この学園の雰囲気と同じ、生が行き来しているせいなのか感じ取れる雰囲気に冷たさは無かった。

 一応礼儀として、軽く二回ほどノックをしてから声をかけてみる。


「誰か、いますか?」


 学園長室に入るにおいてこの質問もどうかと思ったが、後から後悔するのも面倒なので気にしないことにした。

 すると、声は返ってこない代わりにゆっくりと扉が開いた。最近の学園は自動ドアまで設備されているのかと多少感心した。

 一瞬躊躇ったが、失礼しますと言って入室する。

 中には、まさに長とも言うべきであろう年を召した男と、教頭なのだろうか側近らしき男が構えていた。真っ黒な服を着込んでおり、権力の高い証拠を見せ付けているようだった。


「君も、1stエリアから来た客人かね?」


 突如、春樹の顔も見ないでそう学園長は言い放った。

 何故自分のことを知っていたのか気になったが、ある一つのことが思い浮かんだため特に問い詰めなかった代わり、神妙な態度を取る向こう側と同様に頷きで肯定を示した。


「というと、やはり内容は外界の政府云々、ということでいいのかね?」


こちらが何を言いだす前に、学園町が確かめるようにして言う。春樹は、これならば信一の居場所などを聞くよりも、ライフ云々のほうが先に仕入れられるのではないかと思い、その問いを返した。


「話が早くて助かります。それで、ここ最近で政府が襲ってきたりとかしませんでした?」


 馴れ馴れしいいきなりの質問だとは思ったが、そこまで今時間をとりたくなかった。

 学園長は教頭にちらっと視線を向けると、すぐに春樹に向き直る。


「君もその口の人間ならば話しても良いだろう。君の質問の答えは、ノーだ」

「じゃあ、何かおかしなこととかは?」


 すると今度は手ごたえありだった。

 学園長が教頭に再び視線を送る。教頭はそこから何かを読み取ったのか、一礼してから部屋を出て行った。


「そのことだが、その質問にはイエスと答えられる。この写真を見てほしい」


 学園長が机に写真を置いた。あくまで手渡すつもりはないらしい。

 それを手にとって見てみる。それは、何かの証明書かに使うようなタイプの写真であり、そこに女子生徒と思われる人が写っていた。

 特徴は髪の毛が一般的な茶色に染めているような色で、パーマが多少かかっていた。これで性格が良ければさぞかしモテるであろうという外見だった。


「これが、何か?」


 春樹が問うと、重い口を開くかのようにゆっくりと語った。


「彼女の名前は九条美香留くじょうみかる。見て分かるとおり、どこにでもいそうな一般生徒だが・・・彼女が行方不明になった」


 その言葉には多少の驚きを示した。

 もう一度写真を良く見てみる。確かにどこにでもいそうな若い女性だ。だが、何か他の生徒などと違って風格のようなものが一段異なっているような気もする。


「行方不明、か」


 事件の内容を口に出してみる。

 政府の侵攻とこの事件の関係を明確にすることは今では不可能だが、無いとも言い切れなかった。

 ここで話は終わりかと思ったら、学園長は言葉を続けてきた。


「そこでもう一つ、それと関わるような事があった」


 写真から目を離して、そちらのほうに気を向ける。


「何ですか?」

「つい最近になって、新任の教師が派遣されてきた。だが、彼は履歴書は曖昧であるし今まで噂すら聞いたことの無い先生だった。ついでに言えば、その教師はこちらでは間に合っている科学の教師でな。一体派遣元の人間たちは何を考えていたのやら・・・」


 引っかかるものは多々ある、そう思った。

 やはり先ほどの行方不明の事件といい、タイミングがあまりに合致しすぎている。


「その教師の個人情報の提示とかは、出来ませんかね?」


 無理難題だと思いつつも聞いてみた。案の定、それには首を横に振られた。

 やはりいくら妖しい人物だといえども、学園だ。個人情報の保護は義務付けられている。


「その教師の顔くらいは・・・出来ませんか?」


 学園長は多少悩んだようだが、おもむろに机からファイルを取り出し、そこからまた写真を机に置いて提示してきた。

 それを先ほどの九条の写真と入れ変えて拾い、見てみる。

 40代までには届かないだろうが、かなりの年を召した男だった。灰色の髪をオールバックにしていて、科学の教師にしてはかなり肉付きの良い身体が想像できた。


「えと、派遣元とかは?」


 また無茶だと思って聞いてみる。やはり答えられないようだ。

 男の写真をじまじまと見る趣味は無かったので、とりあえずまた九条の写真と入れ換えで見てみる。

 九条美香留。やはり見た目はともかくとして感じるオーラが他と異なっていた。廊下で何人かの女子生徒を見たが、顔立ちの整い方やスタイルなど、完璧にマニュアル通りといった印象を受ける。


「この、九条さんでしたっけ。この子がいなくなったのはいつ頃ですか?」

「最近になって、この教師が派遣されてくる少し前だ。・・・そうだな、君も感づいてはいると思うのだが彼女は他とは少し違う境遇で生まれてきているが故に、少々貴族のような生活を送っているのだ」


 どうりで、と思った。

 学園長は言葉を続ける。


「その為、学園への行き帰りなどには護衛なども付く。そんな待遇を受けながら、今回の事件が起きたのでこちらも謎だらけなのだ」

「家出とかの可能性は、無いんですか?」


 学園長は迷い無く答える。


「無いな。例えあったとしても、地位が地位だけに発信機のようなものも使われている。逃げたところですぐに捕まえられるのだ。だが、その発信機さえ外されていた」


 春樹は思考を展開する。

 確かに、新任の教師と今回の事件を結びつけるのは当然の考えだろう。それでいて、そう仮定するときの多々の矛盾が推測を遮っているのだ。

 教師が派遣される前にいなくなったということは、恐らく教師が誘拐した可能性は低い。護衛が強いのだ。見知らぬ男にそんな彼女を受け渡すわけもないし、話の展開的に見て護衛が倒されてまでの強行に走ったわけでもなさそうだ。

 すると、多少は面識があった人間が連れ去った可能性が高くなるのではないかと思う。そして、その場合教師と結びつけるならば教師が任命された後のほうが辻褄があうのだが、そうでないという。

 その時、あることが春樹の頭をよぎる。

 本来外界でもサークルエリアでも、特例を別とし貴族制度は廃止されている。にも関わらず九条はそのような待遇を受けていた。すると、相当な重要な地位にいる人間であることは一目瞭然であろう。それも特例レベル、外界で言う三大貴族並みのだ。

 三大貴族並みの地位を持っているのであれば、政府とのつながりがないとも言い切れないのではないだろうか、と。

 しかしならば、何故誘拐という手段を取らなければならなかったのか。それとも、向こう側では了解が取れていてこちら側だけが一人歩きしているだけなのか。


「治安維持機関のほうには、何か連絡を?」


 思ったことを聞いてみる。

 警察の機能も果たしている機関なので、多少の協力にはなると思ったのだ。

 だが学園長はばつが悪そうに、春樹から視線をそらした。

 その瞬間、していないのだと悟った。恐らく相当な人物なのだろう九条という女子生徒は。 なので学園側の過失を隠蔽するために公にはさらしていないということだろう。

 そんな感づいたような表情を見せる春樹を見て、学園長が弁解もせずに視線を戻す。


「どちらにせよ先日、1stエリアの治安維持機関の青年がやってきて情報提示を求めてきたのだ。依然として断ったがな。恐らくすぐに捜索状でも持ってくるだろう」

「それは本当か!?」


 つい声を上げてしまう。

 それに驚きもせずに、学園長は言う。


「ああ、だから君も1stエリアのものだと思ったのだよ」


 誰なのだろうと言うまでも無い。

 アイツァー・ランフォードの言っていた言葉によれば、信一は既に3rdエリアに来ているのだ。それで治安維持機関といえば、もはや彼以外の誰でもないだろう。

 つまり信一もまた、ここに訪れこの話を聞いていったことになる。とすると信一だ。何か動きを見せているに違いないと思った。


「君は治安維持機関のものでは無い様だな。どこの人間だ?」


 その質問に多少迷ったが、協力者と答えておく。ついでに信憑性をアピールするためにこちらの個人情報を少しだけ与えてやった。


「そうか、確かに1stエリアの治安維持機関は最高武力などを持ち合わせていると聞く」

「他エリアの情報が入ってきてるのか?」

「うむ、この学園は見ての通り3rdエリアの中心を飾っている。そして同時にSAMO、つまり総合区域管理機構の配下にある施設でもあるのだ。このエリアにとってはもしもの時の司令塔だな」


 すると、こちらの治安維持機関も他エリアの情報が入ってきていたのであろうかと思う。信一からそのような話は聞いたことが無い。

 しかしそれよりも、ここがSAMOの配下にあったことが以外であった。SAMOはつまり親玉機関であり、サークルエリアの全システムを握っている組織であった。そのような組織の配下施設であるならば、恐らく何らかの特殊な施設なのであろうと思う。

 確かにそんな施設の長ならば、今回の行方不明の事件は公にさらせば自らの地位が危うくなるであろう。


「―――そういえば」


 ある有力な情報を掴む方法を思いついた。


「その、派遣されてきた教師に合うことくらいは大丈夫ですよね?」


 それには学園長も頷いたが、頷くだけでは終わらなかった。


「可能ではあるが、彼は一回研究室に篭りだすとなかなか出てこんのだよ。全く、職務怠慢もいいところだ」


 さぞかし憤慨しているだろうと察する。

 だが、また一つ不可解な点がこれで出来てしまった。


(研究室か・・・。何してんだろうな)


 科学の教師なのだからそういうことはあるのだろうが、やはり先ほどの多々の謎からただ事ではないと仮定するのが一番有力になるような気がした

「その教師の名前は・・・?」

「・・・ダムン・デルファだ」


 それには春樹も顔をしかめた。


「外国名称?なんでまた」

「それも謎だということだよ。なんと言っても逆らうことは出来んからな、SAMOには。外界からの派遣やもしれん」

「逆らうことが出来ないって?」

「この学園の派遣、転入、入学などは全てSAMOによって管理されているのだ。だから今回に限らずとも履歴書が不完全なものであれ派遣を拒否することが出来んのだよ」


 理不尽な話だと思った。

 しかし権力がものを言う格差社会の中で、それもまた仕方が無いことだと割り切るしかないのだろうと思う。

 実際、春樹が傭兵時代であったときも差別は多々あったし、信一から聞く話によれば治安維持機関もまたその一例に数えられるらしい。

 だが何より、今回のこの話。危ないほどに大きなものが絡んでいるようで恐ろしい推測を展開させられてしまう。

 政府、新任の教師、行方不明、そしてここでまさかのSAMOの存在だ。

 現在では他にもアイズの国や、未だ正体不明の潤目、政府からの刺客である金剛地兄妹にミリア、そして近いところで外界の貴族である由真。

 もはやこのサークルエリアの核を奪おうとする計画が露になってからの目まぐるしい変化についていける自信がそろそろ無くなってきたような気がした。


「と、とにかくその行方不明の事件は色々と調べさせてもらいますよ。俺たちもサークルエリアの命運を任されているようなものなんで」

「サークルエリアの命運?何だねそれは」


 ここで初めて学園長が春樹たちの来た理由を知らないことに気が付いた。

 最初に1stエリアの住民だと気付かれたときに、あたかも知っているような口ぶりだったためそう錯覚してしまっていた。


「えと、サークルエリアに核があるのはご存知ですよね?それが今、外界の連中に狙われているんですよ」

「核を・・・?何故またあんなものを」

「外界の情勢っていうか、何やら戦争中で色々あったみたいです」

「ほう、それでそうか。・・・ライフだな?目的は」


 本当に話が進みやすくて助かると思った。

 それに軽く頷いた。

 だが、対する学園長はあまり納得しがたい事態に陥っているようだった。先ほどから顎に手を置いて何やら考え込んでいる。


「ライフは、本当に必要なのかね?」


 突如そんなことを聞いてきた。


「核の保管されている部屋には施錠が施されていて、それを開けるためには5つのライフが必要らしいです。ちょうどここに2ndエリアのライフも」


 そう言って、あの煌々と光る緑色の宝石のようなライフを取り出して見せてやる。興味津々と言うわけでも無さそうなので、見せた後すぐに懐に入れた。


「一応順調には進んでいるようだな」

「ええ、ライフは各エリアの生命でもありますから悠長なことをしている場合でも無いんですよ」

「ならば九条の行方不明とそれは、何の関係がある?」

「直積的な関係はないと思うけれど、政府が絡んできている可能性があるものにはライフが絡んでくる場合が多い。こっちとしては全く3rdエリアの情報が無いものだから消去法を使っていくのが一番じゃないかと思って」


 妥当であると自分で言って思った。

 確かに九条美香留の行方不明、もとい誘拐事件とライフには全く結びつきが見られない。だが、先ほどの教師のことなどを考えると政府が関わってきている可能性が否定できない。

 可能性は一つずつ消していこうという魂胆だ。

 だが、それでも学園長は嫌々そうに否定の意を示す。


「しかしだな・・・」


 と、その時だった。

 春樹の後方の扉が突然音を立てて開いた。振り返る前に、そこから声が発せられる。


「そこまでだ学園長殿。治安維持機関からの情報提示命令が下った」


 その姿を見て、春樹は絶句した。

 また相手側も春樹を見て、言葉を失った。

 つむいだ最初の言葉は、こうだった。


「信一・・・!」



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