25, 賑わう学園郡
3rdエリア始まります。
目の前の光景を見て、誰もがここがサークルエリアだということを疑うであろう。
1stエリアは外界とのつながりがあるため、多少は賑わいを見せていたがそこから先に進めば元監獄施設なだけあって、殺風景もいいところなはずなのだ。証拠として、2ndエリアを思い出す。
見渡す限りの森。認識する能力が低い人間ならば緑しか無い、とも言えそうなあの大自然。あれが監獄施設かと聞かれれば、それも疑問に残るがサークルエリアは監獄施設と同時に更正させるための施設でもあるため、最上級の施設が設けられていたとも聞く。
しかし、今目の前に広がる光景はそんなものを超越していた。
賑わいを見せる人々。1stエリアの人口をゆうに超えているだろう。
そしてその服装と外見年齢に問題があった。
服装はそう、言うならば制服という奴であろう。春樹たちも学校というものに通っていた時期があったので分かる。そして、外見年齢は完全にそれにそぐった16、7の年齢。
遠くを見て見れば、とてつもなく大きな時計がついている建物が見える。いや、周りを見れば建物は大体『学校』と呼ばれる施設であるような気がした。
つまりここは、学園エリアということになる。
「ず、随分賑やかだな」
春樹が感嘆の声をもらした。
他の二人も同じことを考えていただろう。
先ほどまでいた場所が場所であっただけに、ここまで賑わっているとある意味拍子抜けでもあった。今や警戒心など微塵もなくなっていた。
ここで、金剛地兄妹が一歩前に出て言った。彼らは驚いてはいないようだった。
「それでは、私たちは任務がありますのでここでお別れです。・・・邪魔をする気はありませんが、衝突したときは手加減はしませんよ?」
その表情には微笑も含まれていた。
「ふふぅん。一度はボクらに負けてるんだから結果は同じだと思うけどなー!」
それに応対するように、笑顔で準が言う。
こいつらは本当に敵同士か?と思ってしまうくらいにフレンドリーだ。
黄金は春樹の方に寄ってきて、耳打ちするようにして言う。
「ミリアの件は感謝する。んで、これは警告だ。ミリアと出合ったらすぐに逃げろ。奴は人間じゃねぇ」
その不可解な言葉に、首をかしげるのを抑えてこちらも耳打ち気味に聞き返す。
「人間じゃない?どういうこった」
「まんまだ。オレが槍で刺したんだが、変な液体になって復活しやがったんだ。とにかく奴と関わるとろくなことが無さそうだから、ライフ云々で奴と会おうとしてるなら止めときな」
「・・・ま、心には留めておこう」
それを聞くと黄金は口元をわざとらしく吊り上げて笑顔を作った。
「んじゃ、白銀、行くか!」
威勢良く春樹たちに背中を向けると、別れの言葉も無しにどこかへ歩いていった。白銀は一礼してから、その後を追った。
とりあえず二人と別れた春樹たちは、今後の行動を決めるために話し合うことになった。
ざっと見るからに、この3rdエリアは相当な面積を誇っていると言えよう。真正面遠くにある時計のついた大型施設を中心とし、かなりの数の施設が群れを作っていた。
そこに学生が出入りしているからには、何らかの学習施設なのだろうと推測するも2ndエリアのようなライフの隠し場所に似合った施設は目に留まらない。
この全ての施設をくまなく探すのであれば、それはもう多大な時間を要するであろう。
それに、信一がこちらに来ているという情報がアイズから入っているので、まずは信一を探すことを優先すべきだと春樹は思った。
「とは言え、信一を探すのも一苦労だなぁ、こりゃ」
結局のところ、ライフを探すのと同等の難易度を要することに気が付いた。
「じゃあ、ボクとユマユマであっちのほうを探すから、春樹は反対側を探してみてよ」
入り口から右のほうを指差して言う。
それに特に異存はないのか、由真も春樹に意見を求めるようなまなざしで頷いた。
「いいけど、大丈夫か?ミリアが潜伏してるかもしれないし、何より政府の動きが気になる」
「なら尚更だよ。早く見つけないと信ちゃんを」
少々危険な様な気もするが、確かに二手に分かれれば効率も良い。それに準においては戦闘力もそこそこあるのが2ndエリアで判明したので、ここは任せても良いのではないかと結論した。
「んじゃ、俺はまず一番怪しそうな向こうの建物からにする。それでいいな?」
巨大な時計のある施設であった。
それに首の動きで答えて、同意する。
「とりあえず・・・30分くらい経ったらまたここに集合で」
それを聞くと、準はピクニックでも行くようなテンションで由真の手を握って、街中に消えていった。
「ねぇねぇ、あそこのデザートおいしそうだよ!」
「ええ!?希さんを探すんじゃ・・・」
その背中を見ながら、多大な不安感を感じる春樹であった。
取り残された春樹は、一度息をついてから目的地を見据える。
そう遠くは無いのが遠近感から分かる。それはただ建物が無意味とも思えるほどに大きいせいで錯覚したのかもしれない。
無機質な雰囲気は微塵も感じない。やはりそこに生が行き来しているせいなのか、病院のような冷たさとは真逆の空気が漂っているような気がした。
足取りは軽く、そこへ向かって歩を進めようとしたその時だった。
「ついに、ここまで来たか・・・」
背後から突然声がする。それも聞きなれた声が。
進めようとした歩を止め、振り返りざまに言った。
「潤目冬夜、か。お前もここに来てたのか」
捉えた姿は何度も目撃している黒ローブの男だった。
リンクロードの扉に背をかけて、またも語るような姿勢でそこにたたずんでいた。
「言っただろう。俺の目的はお前以外には無いと。ならば俺がお前のいる所にいるのは当然だ」
否定する材料は無い。このことは昨晩潤目の口から直接聞いた言葉だ。
ため息を一度ついてから、春樹は問うた。
「で、今回は何のようだよ?また伏線とか、真実とかの意味不明なこと語るつもりか?」
潤目は微動だにしない。が、代わりに口が動く。
「お前たちが挑もうとしているのは2ndエリアとは違う、真実の一角だ。季節は確実に巡ろうとしている」
もはや言うまでも無く春樹にはいいたいことが理解出来なかった。
抽象的極まりない表現の仕方に、苛つきさえ覚えそうになる。
潤目の言葉は続く。
「お前は見たはずだ。この世界の全景を」
「・・・全景、だと?」
またもや意味不明だったが、今度は何かが引っかかる。記憶の片隅にそんなワードが浮かんでいるような気がしてならなかった。
―――世界は・・・で出来ている。
(何で、出来ている?)
確かに記憶にあった。が、思い出せない。
頭を抱えて必死に記憶を探る春樹の姿を見て、潤目は一度背を扉から離して近づいてきた。
「無理もない。だが安心しろ、すぐに記憶は戻る」
春樹は何かをされると思ったが、潤目はそのまま春樹を通り過ぎて背あわせになったところで立ち止まる。
「ところで四年前のサークルエリア強襲事件、被害者は人格封印を受け、今は普通の生活を送っているそうじゃないか」
この言葉を聞いた瞬間、春樹の身体が震える。
視線は合わせずに、恐る恐る疑問を口にする。
「お前、あの事件の被害者を知ってるのか・・・?」
「ある研究者の実験成功体第一号。全くもって役者が揃いすぎたな」
先ほどの話と全く接点が無いが、何故かそれに違和感を覚えず潤目の言葉一つ一つに心が揺らぐ。
何故、この男が四年前の事件を知っているのか。
見てはいないが、背中を合わせる潤目の顔に笑みが浮かんでいるような気がしてならなかった。話題を選んで潤目は次々と話しているのだ。
「あの惨劇の結果を知ってるのは、俺と信一と、事件の関係者くらいだぞ?どうして・・・」
完全な隠蔽の元に進められた計画のはずだった。そう、春樹は聞かされていたのだ。
だからこそ、潤目が知っていることに恐怖する。
「あれは1stエリア崩壊まで陥った事件だ。その事実が隠蔽されてないのだから知っても不思議ではない」
「だとしても、じゃあお前はあの頃にはもうここに・・・?」
「ちょうどお前がここに来たときと同じ頃、いやそれより少し後か。まぁそんなことはどうでもいいがな」
そんな頃から監視されていたのだと思うと、ストーカーにつけられていたみたいでゾッとした。
四年前、ここサークルエリアはある実験暴走体により1stエリア陥落までの大規模な破壊を受けた。その頃傭兵をしていた春樹は、その暴走体の抑制作業に参加し、それを相手に戦闘を繰り広げていた。
なんとか外界やサークルエリアの傭兵の同志たちと共に暴走を止め、最後には政府の研究者たちによって人格封印の形を取り完全に静まった。
しかし人格封印を施したおかげでむしろ気持ちが悪いくらいに静まり、記憶においても完全消滅まで至るほどの処置になった。そのため、政府の上級権力者がそれを監視すると共に、更正させるという最終処置を取ったのだ。
最後のこの事実だけはサークルエリアの民を不安にさせないようにと厳重な隠蔽工作が取られたはずだったのだ。
だが、現にこうして潤目は知っている。その事実は隠蔽工作の不手際があったのではないかという不安の材料には十分であった。
そして、その不安を抱かざるを得ない理由も。
「何のために、今そんな話を・・・」
すると、潤目が歩を進める音が聞こえた。
だが、春樹は振り返れずに硬直していた。
「・・・お前自身で、真実にたどり着け。俺はしかるべき状況に備える」
そこでやっと春樹は勢い良く振り返り、潤目を呼び止めるつもりで叫んだ。
「ま、待てよ!しかるべき状況って・・・え?」
目の前には既に潤目の姿は無く、無駄に賑わいを見せる学園風景のみが、そこに残されていた。
あの時とは違う、手で遮りたくなるような日照りが春樹を照り付けていた。
だが、あえてそれを受けるように堂々と空を見上げて、決意を固める。
「・・・やってやろうじゃねぇか」
時計の針が、午後12時を指した途端に大きな音を立てた。