3rd area 始動・仮面の男と少女
3rdエリア編始動します。
ここはとても暗くて怖いと思った。
ただ無機質でコンクリートの壁と床しか視界に入らない。余計なものは何一つ無い。
音も無ければ気配も無い。
ただそこを暗闇と静寂が支配し、圧倒的な孤独感と無力感を生んでいた。
少女は監禁されていた。
突然学校帰りに武装した男たちに囲まれ、そのまま連行されて今に至る。食は与えられているものの、普段は鎖で繋がれていて自由な行動は何一つ出来ない。
満たされない空腹に、非常に気分が滅入ってくる。何もする気が起きない。もしかしたら全力を込めて鎖を引っ張れば壊れるかもしれないほど錆びていたが、そんなことをする気力すら起きなかった。
すると、突然視界にうっすらとした一線の光が差し込んだ。
希望ではない。こんなこと、監禁されてから何度もあった。最初は出してくれるのかと期待もしたが、結局出してはくれなかった。
ただの食事の時間である。
扉が開き、いつもの通り人が入ってきて食事を置いて鎖を外し、その場で見張りを始める。
どうして自分がこんな目に会わなければならないのかなんて、今頃考えるまでもない。自分と言う存在が彼らにとって必要だからだ。何故必要なのかも大体予想はつく。
床に無造作に置かれたトレイの中に入った少量の食事を取る。
残飯では無いのだろうけれど、今まで食べてきた物を思えばとても食べられるようなものでもなかった。
白米が少しと、少量のスープ。
毎日2回これをもってきて、後はただ一人で鎖に繋がれているだけの毎日だ。
何故誰も助けに来てくれないのか。
そんなに自分は皆にとっていらない存在だったのか。
考えれば考えるほど、悲痛な気分が胸の中に漂ってきて、それが目に出る。しかし涙は流せなかった。もう、枯れるほど出たからだ。
「いつまで、こんなことが続くのかしら・・・」
口から言葉が出てしまった。
しまった、と思った。無駄に言葉を発すれば、見張りの男から殴られるのだ。
目を硬く瞑って、頭を押さえつける。恐怖に身体が震えるが、今更どうにも出来ない。
「・・・・・?」
いつもは頭に響く衝撃が、今回は来なかった。
それを不思議に思って、見張りの男を見るといつもの見張りとは少し違っていた。
仮面をつけているのだ。
何か、狐を思わせるようなよく屋台などで見る仮面。服装はいつもの見張りと同じ黒い服だが、ついている紋章の様なものの装飾度合いが違った。いつも見る紋章と比べ、少し豪華な仕上がりになっている。
きっと権威の高い人なのだろうと、少女は思った。
「貴様は・・・」
突然仮面の男が口を開いた。
それに驚いて、身をビクリとさせるが相手に攻撃する意思が無い様に思えたのでそのまま話を聞くことにした。
「貴様は何故ここにいるのか、理解しているのか?」
その言葉を聞いて、少しだけ助けてくれるのではないかと期待してしまった。
だから顔を輝かせてはい、と答えた。
「自分の存在に疑問を持ったことは無いか?」
答えを聞いて、満足するでもなく不満なようでもなく、違う問いを投げかけてきた。
期待は未だ持ったままだが、その問いには表情を暗くする。
自分の存在に疑問を持ったことがないはずがない、そう言いたかった。自分が何故こんな境遇で生まれてきたのか、誰がどんな理由で自分を選んだのか。
何も分からないまま、ただその存在を受け入れて今まで過ごしてきたのだ。
だが、あえてこう答える。
「うぅん、今頃自分がどんな存在だったかなんて考えても無駄だし・・・」
自分の闇と言うのは他人に知ってほしいとは思う。
だが、それがどれだけ怖いことなのかと言うのを少女は十分に知っていた。それもこんな何者かも分からない人間に、何故教えなければならないのだろう。
「私は、自分の存在に疑問を持つと同時に不満を覚えている」
一体この人は何の話をするつもりだろう、と耳を傾けるの戸惑ったがこちらが聞く気が無くても話すらしく言葉を続けた。
「何故自分がこんな立場にいるのか、不満で仕方が無い。他人の世界と自分の世界を天秤にかけて私は何がしたいというのだろうか」
仮面の男はこちら見るでもなくただ目の前の虚構を見つめる。
「しかしそうする他無いのならば、そうするしかない。これが奴の作り出した物語だというのならば、その物語通りに動くしかない」
それを聞いて、少女は無性に口をはさみたくなった。
「そんなの、おかしいよ。人の思った通りに動く必要なんて無い。自分が良いと思ったように動けばいいじゃない」
仮面の男は口をはさまれたことが意外だったのか、一瞬だけ少女を見て、また虚構を見つめる。
「奴は現存する神だ。あの日から全ては奴の物語の通りになっている。こうして、私が貴様の前にいるのも奴にとっては必然なのだよ」
全てを諦めきったような言葉に少女は憤慨を覚えた。
少しムキになって言葉を紡いだ。
「そうやって諦めてるからダメなんでしょ!?物語に逆らうことをしないから・・・」
言っていて、なんだか自分が惨めに感じた。
自分も同じなのだ。
ただ用意された道を行くだけ。意思も意見もない。だが、それが自分にとって一番良いことだという概念を持っているからでもある。
「運命、というのを貴様は信じるか」
やはりこちらは見ないで仮面の男が問う。が、答えを聞かないまま言葉を続けた。
「運命とは、定められた未来のことを言う。人が重い病にかかり、絶対治らないと診断されたならば『死』が運命によって定められたことになる。だが、その人は生き延びた。人々は言う、彼は運命に抗ったのだと」
少女は思う。
ならば自分がこの境遇から抜け出せたならば、運命に抗って勝利したことになるのだろうかと。
だが、そんな思考も仮面の男はことごとく壊していく。
「しかし良く考えてみるがいい。運命とは定められた未来。そして、運命は『未来』という名を持っているときには誰にも分からない。『現在』という名を持ったとき、それは必然の名を持って運命となる。ならば、運命に抗ったその行為すら運命と呼ばれるのではないだろうかとな。同じように、奴の物語に逆らおうとしたその行為が、既に奴の物語だった・・・ということだ」
反論できなかった。
運命が定められた未来ならば、運命に抗うことが未来に定められている。全く持ってその通りだとも思ってしまった。
ならば、自分たちの意思はどうなるのだ?
自分がこうしたい、とそう思うことさえ未来に定められているというのか。
考えれば考えるほど、身体に震えが走る。嘔吐感さえ出てきた。
「だが、運命に抗う方法はある」
仮面の男はそろそろ出て行くのか、少女に鎖をつけ始める。
そして、こう言い放った。
「運命を殺せ。それが最善だ」
鎖につながれた少女は、去り行く仮面の男を扉が閉まるまで見ていた。