暗躍・青く燃える赤髪
時刻は昼だというのに、何故こんなにもここは薄暗いのか。
理由は簡単、ただ木々が太陽光を遮断しているだけの話である。ただそれだけのはずなのだが、何か近寄りがたい雰囲気をかもしだしていた。
(ライフがあった場所、ってのには最適かもねぇ)
『命』と名付けられたように、各エリアごとの命とも言える存在ということを踏まえるとこの程度の保管ではあまりに薄すぎるとは思う。それに、自分がここを突破しようと思えば『炎上』の式で木々を焼き払えばそれで一発だ。
囚人の監獄施設だったのだから、もう少しセキュリティが高くても良いと思った。
(まぁ、サークルエリアん中入る時は手こずったような気がしないこともないけどさぁ)
気持ちはお気楽に考えて道中を進んでいたが、正直心中穏やかではない。
所詮脳内で展開されている事象など無理矢理自分を落ち着かせる材料に過ぎないのだ。だが、その事を納得したくないのも事実だ。
アイツァー・ランフォードは少なくとも戦闘技術などには自信があった、というよりも、今まで戦闘してきて敗北は一度も味わったことが無かった。
黒フードとの戦闘は多少ヒヤッともしたが、多少だ。
しかし今のこの緊張感は何だ。いてもたってもいられない、早く歩を進めたい気持ちと、出来ればもっと時間をかけたい気持ちが交錯して、さらには身体の震えすらある。
トンファーを握る手にも汗がにじみ、自分の心情がかなり不安定なのは確定的だった。
だがこれは恐怖ではない。それは確かだ。
ならば何か。
(これは、期待って奴さ・・・)
顔がにやけるのが分かる。頬の筋肉が緊張して無理に笑顔を作らせる。
震えはそう、武者震いという奴だ。
「そうさ、アンタと会うのは15年ぶりにもなる。これが楽しみでないはずがない」
いつもの口調で無くなり、一層自分が興奮しているのが分かる。
何故なら目の前にいる人物こそ、アイツァーの求めるものだったからだ。
丸く纏められた金髪と、妖しく光る碧眼。何より露出度の高い服とあの、鞭がその人物が何者かを物語っていた。
「ミリア・ヴァンレット、久しぶりすぎてアンタの存在忘れてたさ」
金髪頭がアイツァーの登場を全く予想していなかったのか、素早く振り返る。
アイツァーの姿をミリアが確認しても、ミリアはそこまで驚いた反応は見せなかった。というよりも、彼自体が何者かがわかっていなかった。
「あら、どちら様?生憎ですけどわたくしに赤髪の友人はいませんが」
皮肉っぽく言い放つ。
「あぁそれなら安心しろさ。俺様にもアンタみたいなババアの友人はいないから」
微笑して言う。
当然ミリアの額にはいくつもの皺がより、怒っていることは誰が見ても分かるほどであった。だがそれも挑発であることはミリアも重々理解していた。
「で?わたくしに何か用ですか。今忙しいのですけれど」
「そりゃな、今こうして俺様と出会っちまったんだから」
もはや引き下がる気は無かった。
トンファーを回す。と、同時に攻撃型の式が構成され『炎上』が発動する。対春樹とは違う、火球が分裂し拡散してミリアの方に向かう。木々を焦がしながら暗闇を進み、ミリアに直撃した。
が、当然それは故意的なものであり、ミリアには焦げ跡一つついていなかった。
普通ならそれを不思議にでも不可解にも思うはずだが、アイツァーはそれを特に気にするわけでもなくただ微笑していた。
「アンタが普通の人間でないことは分かってんだよ。今頃驚きはしないさ」
「あらそう、というよりもいきなりでわけが分からないのですけれど?」
アイツァーは一度回すトンファーを止め、ミリアと向き合った。
「とりあえず聞くけど、アイツらに渡したライフは本物か?」
まずは不可解な点をミリアの意見は無視で問う。
彼女がここにいるということは、少なくとも反政府派の奴らと出くわしている可能性が高い、それもこの場所でだ。そして今ここにミリアがいることと、反政府派の奴らが生きていたことを踏まえればなんらかの停戦協定無いにしろ、戦闘放棄をしたことは確かであろうと思ったからだ。
反政府派はライフを持っていた。が、ミリアと出くわしてただでライフが手に入ったとは考えにくい。ならばミリアの何らかの策略にはまっていたと考えるのが妥当だった。すると考えられるパターンの内、最も可能性が高いのがライフの複製を渡したこと。
ミリアが作るライフの複製ならば、ほぼ完璧に再現できるはずだと踏んでいた。が、恐らくミリアの手を持ってしても『完全再現』には至らないはず。そうなればライフは見た目、情報的には完璧でもしかるところでの役割は果たせない。
だが、ミリアが口にしたのは予想外の言葉だった。
「恐らく考えていることは素晴らしい推理だと思いますが、わたくしが彼らに譲ったのは紛れも無く本物のライフですわ。確かに、複製を渡して本物をわたくしが手に入れることは可能ですが、わたくしはライフには興味がありませんし政府に完全に加担したわけでもありません。単なる調査の一環に政府の計画があっただけですわ」
言っていることに嘘はないだろうと思う。
ミリアは昔からこうだ、全体の利益などよりも自分の利益を優先する。『調査』と言うそれも恐らくなんらかの個人的な計画があるのだと察した。
「ふぅん、まぁいいさ。どうせまた下らんこと考えてるんだろうしさ」
「それより、あなたは一体どこの馬の骨?わたくしと面識がある人間がこんなとこにいるとは思えないのですけど」
ミリアはもう一度男を見る。
特徴的な赤髪と、大きめの服に長いもみあげ。そして、ある国の紋章。
(ルイド・フォン・アザーアイズの国の人間・・・。何故ここに)
考えても理由は見つからない。
政府の計画が公にさらされてそれが他国にまで渡った可能性は否定できないかもしれないが、今回の計画はそこまで暗躍に進められているわけでもない。それどころか、他国に救援要請まで出しているくらいなのだからむしろ知れ渡っているだろう。
だが、この『核』を利用する計画は世界協議会で満場一致の計画である。今更それに反感して活動する国などないだろう。
それにルイド・フォン・アザーアイズの国はこの国と友好関係にあったはずである。それなのにいちいち計画をないがしろにするような行動を取るとも思えない。すると、独断で動いているのか・・・。
「俺様の名前は、アイツァー・ランフォード。15年前の出来事でも思い出してくれれば、分かるかもしれないさ」
―――そういうことか。
疑問のピースは案外簡単に埋まってしまった。
そういえれば、赤髪と言えば記憶の中にある人物はただ一人しかいない。そして、その人物がここにいる理由も納得出来なくは無い。
しかしタイミングが良すぎると思った。この計画に合わせて、何もかもが動きすぎていると思う。
「運命の皮肉でしょうね。役者が揃いすぎだとは思いません?」
どこかの誰かと同じ事を言った。
「あぁ、俺様もそう思うさ。だけど俺様にとっては好都合でだ。こうしてアンタの目の前にいるんだからな」
空虚な空間を見つめ、アイツァーはミリアに憎悪にも良く似た目を向ける。
「あの日、首都大紛争があった日、俺様は忘れはしないさ」
「あれはわたくしにもあなたにも、それにもう一人の人間にも損なことばかりでしたわね。あの日から世界恐慌も始まり、何より彼が・・・」
そこまで言って口を閉ざす。
「・・・残念ではありますけれど、わたくしはここで撤退させてもらいますわ。わたくしにも色々と事情がありますし、あなたのような方がここにいるということは予想外でしたので」
ミリアはここでアイツァーと争っても利益はないと判断した。
しかし突如として、アイツァーの周りが焼原となりはじめる。気温が増してくるのが分かる。
そして、地から吹き上げるようにして炎が上がった。
アイツァーのようには赤くない、青い炎が。
「あはは。焼け死ねって。『大炎上』」
アイツァーがトンファーを振るった瞬間、その場が一瞬にして青の世界へと変貌した。
木々も消えうせ、光景が炎に包まれる。
温度は感じない。感じる間もなく灰と化す。
風もない。吹き荒れているのは絶対的な死のみ。
炎が次第に弱くなり、青の世界から少しずつ元の光景に戻っていく。いや、元の光景などどこにもなかった。
あるのは灰。黒ずんだ灰。
ミリアもそこにはいなかった。が、アイツァーは苦い表情をする。
(逃がした・・・。最近の科学者ってのは無敵なのかねぇ)
特に疲労を感じたわけでもないが、そこにどしりと腰を下ろす。
灰の世界にたたずむ、赤い戦士がそこにいた。
彼の名は、アイツァー・ランフォード・・・。