24, 任務完了(2)
「・・・メールですか」
音を鳴らしたのは白銀のパソコンと呼ばれる箱型大容量記憶機械だ。音声認識型式を発動できるほどの情報記憶容量があるその機械が微振動と共に文通があったことを知らせている。
白銀はその内容がどのようなものであるかは大体予想がついていた。
2ndエリアへの侵入者を許したことへの罰に違いない。黄金も無い頭ながら白銀と同様の予想が展開されていた。
恐る恐るそのパソコンを開き、中身を確認する。そこには過去送られた形跡は全く残っておらず、証拠隠滅はこなされているようであった。
とりあえず他三人には見せず、黄金と共に内容を見た。
「・・・・・・どういうこった?」
先に言葉を発したのは黄金であった。
白銀も同様に驚きが隠せない様子である。
「・・・メールって奴の内容、教えてくれるか?」
春樹が神妙な顔つきで問う。
二人は顔を見合わせて視線だけで相談していたみたいだが、少し経ってからこちらに歩み寄ってパソコンの中を見せてきた。
横から準と由真も覗き込むような形でそれを見る。
実に内容はこうであった。
『2ndエリアのライフは回収完了。金剛地兄妹のリンクロードの件については結果を重視し今回は流す。全隊3rdエリアに向かい、ライフの回収を命じる。また、計画反逆者達の処理については第一級兵に任せる。統括者神堂は、サークルエリア内にて総合区域管理機構を手中に収めるため行動中。計画は予定通りに進める』
その場にいた全員がその内容に目を疑った。
それぞれ考えたことは半分は違うであろうが、恐らく一番最初に目に付いた文は皆同じであっただろう。そして、それは春樹たちにとっては予想もしなかった文であった。
それを春樹が口にする。
「2ndエリアのライフは、回収完了?どういうこった」
春樹は自らの懐に入れていたライフを手にとって出す。
緑色の光輝を放つそれは、紛れも無くあの森で入手したものであった。カイツの確認も取れている。
春樹自体、ライフというものを見るのはこれが初めてではあるがミリアとの第一戦の時見たあのライフと何ら変わりは無い。つまりこれは、ライフだ。
すると考えられる結論は一つであった。
「これは、偽物か?」
誰もがその春樹の手の上を見つめた。緑光にはまがい物だと言うオーラを感じさせる要素は全く無く、それが偽物だと判断する材料は何一つ無かった。
だがカイツがここで推論を口にする。
「しかし、実際ライフの森に先にいたのは恐らくミリアだ。そうでないにしろ一度敗れたあの時間を使えば偽物と入れ替えておくことなど容易いだろう」
何故気が付かなかったのだろう、と今頃後悔の念に苦しむ春樹。
確かにミリアがライフを入れ替えておく時間など多々あった。それに信一の推理によれば政府もライフを狙っている。だとすればあの場で手に入れておかないはずが無いのだ。
とても簡単に気が付くことであり、というよりもそうでないはずがない確定レベルの事象にも関わらず気が付かなかったのだ。
「ちょっと私に貸して下さい。本物か確かめる手段はあります」
白銀が手を伸ばしてくる。
少し躊躇ったが、今更と思ってライフを白銀に渡す。すると、白銀はそれをパソコンの上に置き何かキーボードを打ち始める。
「情報強奪、開始」
それを聞いてカイツが頷く。
「うん、確かに情報強奪の式で内容を読み取れば分かるかもしれないな」
パソコンに強奪された情報が羅列されていく。その情報表示は一向に止まらず、次々と不可解な文字記号を並べていった。
そのうち、これ以上は無理と判断したのか白銀は一番大きなキーを押して情報強奪の表示を停止した。一度一息ついてから、白銀が結果を言う。
「情報を見る限り、その量はライフと寸分狂いは無いと思います。内容については本物を調査したことがないのでなんとも言えませんが・・・。ですが、通常宝石などの情報の場合は『鉱物』の要素が主となるはずです。まぁ、琥珀や真珠のようなケースの場合は別ですが、見た目からして宝石である場合エメラルドか孔雀石の可能性が高いです。光沢や、模様からしてエメラルドだとは思いますが・・・情報の内容には鉱物の式はあまり含まれていませんのでやはり別物かと」
「別物ということは、ライフの可能性もあると」
カイツが確認するように言う。
それに頷いて、言葉を繋げる。
「ええ。むしろ逆にライフ以外のものと判断するには難しいかと。まぁ、これを入れ替えた人物がミリアなのであれば緻密な工作でもしてる可能性は大ですが」
春樹がミリアの事を考える。
あの狂犬病ウィルスの一件を考えれば、宝石の情報をいじってライフに仕立て上げることなど可能なのかもしれない。こちらにはそれがライフだと判断する知識は無い。そう考えれば、ミリアが情報を工作した可能性は否定できない。
「ミリアに直接、会って確かめるしか・・・」
春樹が思考した中で、最善であり最も単純な考えを述べた。
あまりに突発的で、稚拙すぎる考えではあったと春樹も思うが確認できる方法が無い以上、これがライフだという確信を得るにはそれしかなかった。
白銀がパソコンを閉じて、皆に確かめるように言う。
「ミリアはこのメールを見る限りでは、恐らく彼女も3rdエリアに向かったでしょう。なら目的は変わりません。ですが・・・」
その後に続いて黄金が言う。
「わりぃが、てめぇらに協力するわけにはいかねぇ。こっちにも立場ってのがあってな、政府に逆らうわけにはいかねぇんだよ」
「なら、なんで今までこうして来たんだ?」
「それは武藤さん、あなたが兄を救ってくれたせめてもの礼です」
隣で黄金も頷く。
先ほど黄金が礼を言ってきたのだからそれに嘘は無いだろう。
それに、春樹にはそれを確信させるもう一つの出来事があった。それは、あの日、ライフを初めて回収しようとした日に金剛地兄妹と別れた時、彼らはこのサークルエリアが崩壊することを快くは思っていなかった。そして黄金は春樹にミリアの情報を教えた。
それはむしろサークルエリアが崩壊することを彼らは望んでいない、いや、止めたいと思っているのではないかと思うからだ。
「3rdエリアからは別行動、いえ、関係を断たせていただきますのでそのつもりで」
ずいぶんと律儀な事だと思う。だがそれが最善であろう。
「分かった。えぇっと、おじさんはどうする?」
カイツのほうに向き直って聞く。
「おじさんはここに留まる。少し用事も出来たしね。その後おじさんのほうでも政府の動きについては調べてみる、ということでいいかな?」
満場一致で頷いた。
春樹たちにしてみれば、アイズといい有力な協力者を得られるのは得であること以外何ものでもなかった。
「助かるよおじさん。ってか、連絡は取れないんじゃ?」
白銀のような通信機器があるわけでもない。
カイツは少し髭の生えた顎に手を置いて考えると、ふっと笑って言う。
「アイズに1stエリアの扉が破壊出来たのだ。おじさんも同じ方法で3rdに行って君たちに会うことにしよう」
なんとも無茶苦茶な提案である。
(というか、リンクロードの扉って脆いのか?)
あれだけ巨大で存在感に満ちているというのに、この扱われ方はなんなのだろう、と不思議にも思ったりする。
「じゃあ時間も無いことだし、ボクたちは行こうか」
そう言って準は、手に持っていたカードを扉に当てて上からペンで何かを書く。恐らく扉の鍵を開錠するための式なのであろうと春樹は今頃ながら思った。
そして、轟音を立てて扉が少しずつ開いていく。
時折ツルが千切れる音がして、なんとも新鮮な気分であった。そして、完全に扉が開いた。
1stエリア同様、壁の周りにはなにやら模様が刻まれており、ただ直線の一本道がそこに見えた。
「じゃ、おじさん、また今度」
準が軽く手を振りながらそう言って、金剛地兄妹を含めた五人は扉の向こうへ消えていった。
カイツも、その時手を振り返していたが誰も気が付かなかった。
扉が閉まる。すると、一度ちぎれたはずのツタが再び再生され、またも鎖のように扉を覆った。
「・・・さて、もういいだろう」
誰もいないはずの空間に声をかける。当然、誰もいない。
しかしカイツの独り言は続く。
「運命とは皮肉なものだな・・・。今になってここまでの役者を揃えてくるとは」
記憶をめぐらせば、いつでもやり場の無い罪悪感がカイツを襲う。
これは永劫に許されるものではなく、いつまでもカイツ自身を締め付けるものであり、それは罰であった。
「アイツァー・ランフォード、か。久しい名を聞いたものだ・・・」
機械的なまでに晴れ渡る空だった。
カイツの心もまた、不謹慎だとも思いながら期待に踊っていたのかもしれない。