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22, 月下の冬夜

 目を開けば知らない天井があっただなんて謎めいたことは言えない。何故なら視界の向こうにある光景は満天に輝く作られた星空だからだ。暗闇に点々と輝く淡く白い光は、太陽光を反射して光っているわけではなく、電気供給を受けてただ命令されるがままに光る人工物の光。

 ロマンも何も無いなと、春樹はその光景を見ながら思った。

 春樹たちはミリアを退け、ライフを手に入れた。・・・ということになっているが、正直春樹にはその過程が全く記憶に無かった。

 いや、実際何もかもが分からない訳ではない。黄金を助けたのは自分、だという確証はある。が、どうやって助けたのかという具体的内容が曖昧なのであった。

 ミリアと出くわす所までは覚えている。いや、水を見てしまったせいで狂犬病の症状が発症し、意識をもがれていくところまでだ。

 その後目を覚ませばカイツの家の木々の匂いをかぎながらの起床。狂犬病は準が式を施してくれたらしく、ほぼ完治しているらしい。

 ほぼ、というのはやはり知識や技術には限界があるらしく、完全完治かと言われれば保障は持てないのだと言う。人の身体の構造は式で表すには情報量が多すぎるらしく、そのどこかの部分が多少犯されたくらいでは全く気がつけないのだとか。狂犬病は主に脳内に支障が出るため、場所さえ特定できれば後は技術の問題であり、大掛かりな式によって春樹は一命を取り留めた。

 そして現在、既に他の皆は床に着いた時間だが春樹は眠れずに外に出ていた。準や由真は夜遅くまで式の準備をしていてくれたため、すぐに床に就いた。

 カイツや白銀においては狂犬病云々や、現在の状況について色々話し合っていたが間もなくして寝てしまった。

 春樹が寝付けない理由は、混乱する記憶もあったが何よりも横で寝る黄金の超耳障りないびきだったりする。なので外に出て暇を潰してから寝よう、という計画であった。

 少々肌寒く一度家の中に戻り、足音を立てぬよう静かに毛布を取り出してもう一度外に出た。それを自分の身体にかけて家の壁に背もたれる。


(何はともあれ、2ndエリアでの仕事は終わったんだな・・・)


 ライフは手に入れた。ミリアも邪魔をしてくることは無いだろうと、白銀が言っていたし、金剛地兄弟は任務を失敗したことを神堂とかいう上司に伝えるためにここに留まるつもりだと言う。


(神堂・・・か。三大貴族の第二階級の苗字じゃねぇか)


 白銀からその名を聞いたとき、何かピンと来るものがあったが、今それを思い出した。

 神堂真也じんどうしんやという名が現在の当主だったはずである。確か、再婚した妻の連れ後が一人いてその子が現在行方を暗ましているという。

 そして、その神堂家が今回のサークルエリアの核を利用する計画を立てたというのならば三大貴族が動いているということになる。


(ずいぶんと大掛かりなことに・・・)


 天宮寺由真。

 三大貴族の第一階級の貴族の娘にして、現在自分たちと行動を共にする反政府軍の一人。

 これだけ大掛かりな、そう金剛地兄妹やミリアなどの緊急招集のかかった人間たちを呼び寄せられるくらいの事態なのであれば、天宮寺家が関わっていないはずがない。


(だが、天宮寺さんはこっち側に回った。したら親はどうだ?娘が敵に回った今はどうなんだ?)


 さらには由真の許婚だと言い張る国の刺客。赤髪の男。

 現在はどうなったかは知らないが、信一と共に1stエリアに残った。実力は歴然というものであり、信一に太刀打ちできるかと聞かれれば不安になる。


(一体今あいつはどこに・・・)


 夜空を見上げる。

 良くある言葉で『離れていても同じ空を見上げている』などというのがあったような気がするが、2ndと1stの空は違う。今や信一の消息は風の噂でも流れてこないのだ。


「・・・・・・あぁもう!!考えることが多すぎんだよ」


 誰もいない虚空に愚痴が響き渡った。


 ―――はずだった。


「それは、お前の中で伏線が真実と絡み合っているからだ」


 誰もいないはずの空間から声が返ってくる。

 そのことに驚きつつも、素早く毛布を剥ぎ取り立ち上がって周りを見渡す。が、やはり誰もいない。

 声は続く。


「物語は主人公を始めとして動くが、真実にたどり着くのは主人公の功績ではない。他人から得られる情報と経験、そして事実から導き出されるものだと思わないか」


 暗闇の世界に、さらに黒い物体がそこに姿を現した。

 もはや保護色ではあるまいが、見えにくいこと極まりない。が、春樹にはその姿がしかと見えていた。

 黒ローブの男、潤目であった。


「ご無沙汰だな」


 そばにあった木に背を掛け、会話を催促するように挨拶してくる。


「お前、2ndエリアに来てたのか・・・。いつだ?」

「ちょうどお前がここに来た二、三時間後だ。俺の目的はお前一つ、見失うわけにはいかないからな」


 その頃の時間と言えば、信一と赤髪が戦闘していた頃ではないだろうかと思うが、彼の口ぶりから終わった後だろうと推測してその事は口に出さない。

 春樹は潤目を警戒の目で見つめながらもう一度問う。


「毎回思うんだけどさ、お前の目的はなんなんだ?俺に式を教えて、何がしたい?」

「戦うためだと以前説明したはずだが?」

「何のために俺に戦わせる」


 答えを予測していたかのように、返答と合わせて言う。

 潤目はローブの下に顔を隠したまま、俯いて黙っていたがやはり見えないまま顔を空に向かって上げて言う。


「それを答えるには、まだ伏線が足りない。結論を情報無しで聞いたところで何も理解できない。だからお前はこのまま行動し、自らの世界に理論と真実を付け、結論にたどり着け」


 何を言っているのか全く理解できなかった。

 だが、潤目が確実に何かを企てているのは確かであった。

 そのまま視線は合わさず気持ちだけでにらみ合っていた二人だが、潤目が先に口を開く。


「春夏秋冬、という言葉は知っているな」


 その問いに顔をしかめる。

 当然知っているが、その意図が全くつかめない。


「外界で言う季節って奴だろ?主に気温の変化でその季節を決めるとかなんとか」


 潤目は頷く。依然暗闇に身を溶かしたまま、語り始めた。


「これは固定概念であり、真実だ。春夏秋冬というように、季節は『春』に始まり『冬』に終わる。だが、『春』が始まる前は『冬』であり、季節に始まりも終わりも本来はないはずだ。春夏秋冬という言葉は語呂の良さで決められたといっても過言では無いだろうな」


 一瞬そこに冷たい風が吹いた。

 ほんの少しローブが揺れ、潤目の表情が見える。


 ―――笑っていた。


「しかし、今物語は『春』から始まろうとしている。『冬』はそのために時が過ぎるのを待ち、季節が巡るのを今か今かと期待している。そして、『春』が巡ったとき、季節は一巡するのだ。『春』『夏』『秋』そしてまた『冬』へとな」


 言い切った静寂が、そこに流れた。

 春樹自身何を口にしていいのかわからず、ただ木々のざわめきを耳にするだけであった。


「・・・何が、言いたい?」


 やっと口に出来た言葉がそれだった。

 言わんとすることは分かる。四季は巡り、春から冬へと、そしてまた春へと巡る。


(だけど、なんの物語がだ?)


 冷気が吹き荒れ、思考すらクリアにしていくがそれでも理解できない。潤目の時々見える表情は笑みを残したままで、黒のローブの中でのそれは不気味に見えた。


「春樹、ミリアとの戦いは記憶に無いのだろう?」

「・・・だからなんだ?」

「そうだ、物語は簡単に真実に結びつくよりも多々の伏線を張ってからのほうが良い。理解できなければ本当の結論には結びつかない」


 そう言うと、潤目は背かけていた木から身を離し、後ろを向いて空を見上げる。

 その目に見えていたのは月か星か、はたまたその先に見える何かか。作られた空間の中で見上げるものには限界がある。だが、潤目は思う。


「今宵は、夜が美しい」


 口に出してみる。

 春樹にも届いたが、それを共感するほど春樹には頭の余裕というものが無かった。


冬夜とうや。まさに今という時間は俺の名前そのものだ」


 潤目冬夜うるめとうや

 それが漆黒に溶け込む彼の名前だった。

 そう、今という時は彼に支配されており夜の美しさは全て彼の周りを漂い神秘的なものをかもしだしていた。

 神秘というのは謎であり、彼自身の存在にしてはあまりに適切な表現だと春樹は思ったのだった。

 潤目はそのまま無言で歩き出す。


「ちょ、待てよ!」


 止められたのが意外だったのか、不自然な止まりかたをして立ち止まる。が、返答するつもりは無いらしく春樹の言葉を待つ。


「一体何なんだ?突然現れては消えて、何故かミリアとの戦闘のこと知ってるし、お前は何がしたい?」

「ミリアの件については一部始終を傍で観戦させてもらっていたからな。言っただろう?俺の目的はお前だ。それ以外に何も無い」

「それじゃわからねぇんだって!俺を監視する目的は何なんだよ!」


 声を荒げる。

 不可解な事象が連鎖し、謎を紡ぎだし真実から遠ざける。そのやり切れない現状に苛立ちを隠せないでいた。

 だが、潤目はあえて冷静に、夜光を浴びながら言い放つ。


「もう一度、四季が巡るのをこの目で見たいだけだ」


 そう言うと今度は立ち止まる気配は見せずに深緑の森へと姿を暗ましていった。

 もはや春樹に返す言葉も無く、ただそこで潤目も見ていた夜空を見上げるだけだった。






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