追憶・その瞳が覚えているもの
巨大な扉が目の前に立ちはだかる。
1stエリアの扉とは違って苔やツタで緑に染まっている。だが、その不可解な存在感はやはり圧倒的で長居していたら押しつぶされそうな感覚である。
アイズ・フォン・アザーアイズは長剣を携えてそこに背を掛けて居座っていた。隣にはアイツァー・ランフォードが構えている。
眼鏡の青年と黒ローブの男がリンクロード内で色々と邪魔をしてくれたが、結局アイツァーの手を借りてなんとか巻き上げることが出来た。二人とも相当な実力者で、アイズ一人では分が悪すぎた。
その後アイズは由真を探すために彷徨っていたものの、結局はここに行き着き待つ方法を取っていたのだ。アイツァーはアイズが呼び出して横に待機させているものであった。
理由は二つ。
先ほどの男二人のどちらかが襲ってきた場合の保険。
そしてもう一つは、何らかの故意的な手を加えられたことによる突然変異だと踏んでいる狂犬と、謎の巨大生物との遭遇に備えて。
あと気になったのは、大きくえぐられた地と灰化している木々の山。何らかの爆発的なものがあったとしか考えられないが、そうすると由真はどうなったのか。それが何だかんだいって一番気になって仕方が無かった。
「・・・アイツァー。由真は無事だろうか?」
あまりの沈黙と思考に耐え切れなくなり、横のアイツァーに声をかける。
アイツァーは隣でボーっと空を眺めたままアイズの言葉に答えた。
「さぁ〜。そればっかりは俺様にも検討もつかないってぇ」
「だが、お前は由真と同行している奴らと戦闘したのだろう?どうだった」
アイツァーは顎に手を置いてわざと考えるようなそぶりを見せる。
「俺様と比べれば、雑魚も同然だったねぇ。ていうか戦力測る間もなく終わっちゃったし」
あはは、と乾いた嘲笑をもらす。
だがアイズからしてみれば笑える心境ではない。そんな人間に由真を任せていいものかと憤慨を覚える。せめて戦った眼鏡の青年や、黒ローブの男くらいの実力があればと思う。
「由真・・・・・・」
本当に神妙な顔をしていたので、アイツァーがその場の雰囲気にやりきれなくなって一度ため息を漏らした。
「そういやさぁ〜、天宮寺王女様と出会ったのはいつ頃だっけかぁ?」
考えた限りの最高の話題、つまり昔話を持ち出した。
とは言えアイツァーにもその経路というものには多少ながら興味があった。アイツァーはアイズが由真と友好関係に陥った後に国入りした人間であり、その国の過去やこの国との友好関係がどう築かれたかなどは全く知る由も無かった。というよりも自分から興味は持たなかった。
いい機会だ、と思ったのも事実であるが正直なところ暇だっただけの話であるのは本人の心の中の言い訳である。
「・・・由真と出会ったのは、あのサークルエリア都市化計画のすぐ直後だった」
語り始めたとき、空はやはり青かった。
そんな風景がアイズの口を上手く動かしたのかもしれない。
―――
現在の時間から遡ること約10年前。ルイド・フォン・アザーアイズの統制する国は現在異常なまでの恐慌状態に陥っていた。
戦争中のため、他国の売買が停滞状態に陥り国内過剰生産により資金が底を見せ、他に前例を見ぬ異常事態となった。
またその頃、護衛兵隊長を務めていた人間が罪人を無断釈放した罪を着せられたことにより、一気に国の評判は下がり貿易の相手国の信用すら失ってしまった。
しかし、その頃サークルエリアという監獄施設を作り上げていた天宮寺王家が統制する国では恐慌状態にある自国の住民を、外と比べて穏やかである監獄施設内に収容し人口を減らすことにより経済復活を図っていた。サークルエリア内は囚人が自立して生活できるように多々の施設が内臓されており、環境や多少の物資の補給のみで人が住めるような地であったらしい。後に聞くところ、それは『サークルエリア都市化計画』と呼ばれ国の思惑通りにその国は経済復活に成功した。
後にルイドは、自国の恐慌状態を復活すべくその国と友好関係を結び、貿易による経済復活を目論んだ。隣国だったので自らの足でその国の地を踏み、天宮寺現当主であり、また国王である天宮寺源三との友好関係の設立に成功した。
その頃、杯が設けられた場で天宮寺源三は自らに一人娘がいることを明かした。同様にルイドも自らに一人息子がいることを明かし、二人を会わせてやることにした。
それが、アイズと由真の最初の対面であった。
その日はすぐにやってきた。
二人の国王がにこやかな表情で話しているのに対し、ルイド後ろに隠れるアイズは警戒心を丸出しにして由真を見つめていた。特に目立つ装飾も無く、ただその素の姿が可愛かった。蒼い髪が整えられて長く流れており、見るものを虜にしそうであった。
ただ、その時見た由真の表情はどう見たって楽しみや嬉しさなど微塵も感じられるものではなく、何かに絶望しきったような表情で虚空だけを見つめていたようだった。
当時9歳前後であったアイズにとって、自分を見てくれないそのもどかしい視線は気に障ったのか互いの親が会議のためにいなくなったことを境に声をかけてみたのが始まりであった
「・・・ねぇ、名前はなんていうんだ?」
客室の椅子に腰を下ろしている由真の目の前にたって、聞いた。
だが由真はすぐには答えず、視線を上にあげてアイズの目をじっと見ていた。何かを見透かされるようなその瞳に少したじろいでしまう。
「見えないものを見るには、どうしたらいいの?」
唐突に由真がそんなことを聞いてきた。
質問の意図が分からず、首をかしげるがそれを不満にも思わず真っ直ぐな目で由真はアイズを見る。
「え、えと、幽霊とかのことかい?」
「違うよ。友情とか、愛情とかそういうの」
同じ年齢の人間の考えることとは思えない発言に、思考を上手く回せないアイズ。友情や愛情を見るためにはどうしたらいいのか、などと聞かれても心理学者や眼科の医者でも答えるのは容易ではないだろう。
子供の好奇心溢れた疑問にしては、幾分かませているような気がした。
「良くわからないけど、見えないものは見えないと思うけど・・・」
素直な答えだった。
しかしその返答に不満だったのか、由真は大きく音を立てて立ち上がり身長が同じせいなのか目線をアイズと同じところに持っていき、睨みつけて言った。
「それじゃあダメなの!見えないものが見れないと、彼が戻ってこないの!」
激怒を思わせる形相でアイズに迫ってくる。
そう言われてもアイズとしては質疑の意味が全くと言っていいほど理解できず、しどろもどろになってしまう。しかも由真は何故か涙目になっていて、やり場のない気持ちに困惑していた。
しばらくその涙目でアイズを見つめていたが、何か諦めた様子で一瞥して部屋を出て行った。
突如、アイズの中に何か熱い感情が湧きあがってきたのを知った。恋心とか、そういうものではない。敗北感、というものに良く似ているのかもしれないと思った。
自分の知識と言葉では彼女を納得させることが出来ない。その事実に憤慨を覚えたのであろう。
その日からアイズは、しつこいまでに由真に付きまとうようになった。
名前を知ったのは、それから一週間後辺りであった。
子供心というのは案外簡単なもので、接している内に自然と打ち解けてくるものだ。
アイズと由真は、隣国であることを良いことに王家から何度も抜け出しては遊んでいた。結局あの質問の答えは出ないままだったが、今になってはそんなことはどうでもいいものとなっていた。
その頃、二人には友達がもう一人出来ていた。
神堂真二とその男の子は名乗った。天宮寺王家の国の三大貴族と呼ばれる家系の一つである神堂家の次男であった。眼鏡を付けており、傍から見ればインテリ系に見えないことも無いが実際インテリ系だ。知識人とは彼のことを言うのだろうとアイズはいつも感心していた。
親が最近再婚したらしく、新しい父親には毎日のように暴力を振るわれていると思われる傷跡が多々あり、会う度にそれは酷くなっていた。しかし、本人は頑なに気にしないでくれと冷静を貫いていた。
その日も彼を加えた三人で、庶民の町に踊り出て遊んでいた。
「ねぇねぇ、今日は何して遊ぶ?」
由真が二人の先頭を行き、後ろを振り向いて問う。
「僕はなんでもいいけれど・・・由真ちゃんは何して遊びたい?」
アイズが問いを問いで返す。
うーん、と一度うなってから由真は今度は真二のほうを見て言う。
「真二君は?何かしたいことある?」
その問いが自分に向いたことが意外だったのか、一瞬驚いたような表情を見せてから静かに答える。
「私は何も。君たちのやりたい事に会わせるよ」
子供とは思えない独特の話し方をする少年だった。いや、由真曰く昔はもっとやんちゃな性格だったらしいが再婚したことを境目に凶変してしまったらしい。
一体家庭で何があったのか、友達としてアイズは非常に気になっていたが、それを聞くたびに特に何もないと言われてあしらわれてしまう。
「じゃあ、かくれんぼでもしよっか!」
それにアイズが同意し、真二は首の動きで賛成の意を示す。
その後じゃんけんにより鬼は真二に決まり、二人は全く同じ所に隠れていた。
それは一般に『裏路地』と呼ばれる場所であった。
「く、暗いねここ」
由真が多少怯えたように周りを見渡す。
アイズも同様に見回してみると、辺りは確かに暗闇に包まれていた。上空からかすかに入る木漏れ日のような光だけがたよりになっている。時々その暗闇のせいで、ゴミ箱や廃棄材に足を取られて転びそうになった由真を助けたりしていた。
とりあえず路地の最奥と思われるところで腰を下ろし、真二が探しに来るのを待つことにした。
「由真ちゃん、怖くない?」
隣でかすかに震える由真を見て、声をかけてみる。
「う、うん。少し・・・」
確かな話である。実際度胸が無いとも言えないアイズでも、長時間ここに居座っていれば多少の恐怖は生まれてくるだろう。それが一人であれば確実に、だ。
思っている恐怖とは具現化するもの、と誰かに聞いたことがあったのは気のせいではなかった。
「おうおう、ガキがこんなとこで何してんだぁ?」
アイズが顔を上げて声の主を探すと、目の前に見た目典型的な不良とでも言うべき男が数人立っていた。激しく見下してくる。
由真が隣で怯えているのを見て、アイズは無性にカッコつけたくなったのかもしれない。由真の前に立って、守るような形で言う。
「な、なんだよ君たちは。僕らは王族だぞ?手を出したらどうなると思ってるんだ」
精一杯威勢を張ったつもりだったが、不良たちには何の効果も無く、逆に『王族』という言葉に反応して急に笑みをこぼし始めた。
「あひゃひゃひゃ!!王族だぁ?王族様がこんなとこにいるわけねぇだろが!」
男の腕が大きく振り上げられ、強烈な打撃感と共に振り下ろされた。
頬の痛みと共に大きく後ろに殴り飛ばされ、壁にぶつかって勢いが無くなる。口の中に初めて味わう鉄分の味をかみ締めながら、立ち上がった。
「こっちの可愛いお嬢ちゃんも王族だってかぁ?大人を舐めちゃいけねぇよ」
由真の胸倉を掴み、上に上げた。
が、その光景がアイズの最後の理性防衛壁を破壊することになった。
「由真ちゃんに触れるなぁぁぁ!!!」
我武者羅に男に突っ込んだ。思い切り、持てる限りの最大の力でタックルしたが男はビクともしない。それどころかそのふざけた行為が向こうの堪忍袋にも異常をもたらした。
「調子こいてんじゃねぇよガキぃ!!」
殴る。
殴る。
殴る。
痛みも既に感じず、うっすらと歪む視界には泣き叫ぶ由真の姿が見える。顔部分に異様なまで違和感を感じる。
もうそろそろこれ以上殴られたら死んじゃうかな、と思ったところで男の拳が止まった。
声がする。
悲鳴と、悲鳴と、打撃音。
後方で構えていた男たちが、次々と倒れていくのが見え、由真は男たちから解放されてこちらに駆け寄ってくる。アイズを掴んでいた男はその手を離しその当事者を見つめた。
離された途端、腰を地に打ち付けて開放される。目が腫れているのか、上手く目を開けることができないものの目の前で心配そうに涙ぐむ由真の顔だけは、しっかりと捉えられていた。
「アイズ君、アイズ君!!」
泣き叫んでいる。なんとなく抱きしめてあげたい気持ちになったが、どれだけ動けと命じても上手く体が動かなかったので妥協した。
「・・・誰が、助けて?」
言葉が足りない疑問で、由真に問う。
「真二君が、助けてくれたんだよ?」
真二、という言葉に絶句する。
彼があの男達を倒したというのか。疑いは、すぐに確信に変わった。
「私の友に手を出すな。この下衆どもが」
鬼、いや悪魔のような形相で男とにらみ合いを続けている男の子。それは紛れも無くアイズの記憶にある真二の姿だった。
真二の周りには先ほどの男たちがピクリとも動かない状態で寝ている。それを真二が踏み台にでもするかのように佇んでいた。
「こ、この。ガキのくせして生意気な!」
男が肩を振り上げ、真二に殴りかかろうとするがそれをひらりとかわし、間髪入れず真二は大きく左足を上空高くに振り上げた。
「何もかもが甘い、遅い、稚拙だ」
体制が整わない男の首筋に、かかと落としを叩き込んだ。同時に大きく鈍い音がなり、相当な威力があったものだとアイズに連想させた。
男は一瞬息を詰まらせてうなるが、すぐに気持ちの悪い泡を吹きながら地に伏した。
男を一瞥したのち、真二はゆっくりとアイズの方に歩み寄ってくる。そして、眼前まで迫ると立ち止まり、顔をほころばせて言った。
「無事で、良かった」
その言葉を聞いた瞬間、急激な安心感から涙が溢れそうになったが、胸に抱きついてきた由真に先を越されてタイミングを失ったため、泣き喚く少女をあやすことに専念したのだった。
後日、神堂真二はこの事件がきっかけで外出を禁止された。由真とアイズはそれを後ろめたく思うもいつも通りに遊んでいた。が、あれほどの危険を目の当たりにしたので庶民の町に出るのは流石に二人とも自重している。
二人の仲は進み、巷では王族で恋人同士とも呼ばれるようになった。それを特に嫌にも思わずただにこやかにその噂を聞いていた。暗黙の了解、というものが既に二人には生じているくらいの仲良し、いや恋人となっていた。
しかし、16歳になったアイズはあることを知っているために由真との関係をそれ以上進めることが出来なかった。
夜な夜な由真は、泣き出すのだ。
それも、誰かの名前をささやきながら。
今思えばそれが彼女の出した問いの真実のヒントなのかもしれないと思っている。
―――
「と、こんな感じだろうか・・・」
一気に話したせいか、どっと疲れを感じながら一息ついて視線を茶色い見慣れた地面に戻す。
アイツァーも案外興味深げに耳を傾けていたため、少し口が滑らかになったのかもしれないと思う。
「神堂って奴は、今回の計画の首謀者、政府の総合管理人の名前じゃねぇかぁ?」
それにアイズは頷く。
今考えれば彼の親かもしくは彼自身が今、サークルエリアの核を強奪する計画を立て実行しているのだ。これも運命の皮肉というものなのだろうかと、神妙な顔つきになってみる。
「彼と会う可能性も考えられなくは無い。その時は・・・な」
「・・・まぁいいさぁ。で、その問いの答えとやらは出たのかい?」
そう。
それが一番今のアイズを悩ませるものであった。いや今ではない、由真と出会ってからずっとアイズの課題であり続ける問い。
『見えないものを見るには、どうしたらいいの?』
永久に問われるアイズへの問いなのかもしれないと、彼は思いをめぐらせていた。
その答えは、未だ出ていない。