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20, 恋路と過去(女)

 湯船からお湯が波を立てて床に滴り落ちる。

 光を反射する美しい肌がそこに沈み、一層とその妖艶な雰囲気を強くさせた。

 美しい曲線美がそこに存在し、もしもこの場に男性がいたならばその姿に捕らわれていただろう。

 つまり、簡潔に述べるならば由真と準が浴槽に身を沈めただけの話である。

 何やら苦痛に顔をしかめている春樹と、それを追って少しのぼせているカイツと交代に二人は風呂に入ることにしていた。男性が入った後だというのに、浴槽の中は垢一つ無い綺麗なお湯のままであった。

 入った瞬間から予想はついていたが、風呂だけは立派に豪華なようである。


「ふぁぁぁ・・・」


 なんともオヤジくさい快感の吐息を漏らしながら、準が湯船に肩まで身を沈める。となりで由真がそれを微笑ましそうに眺めていた。

 曲線美、というのは全くもって準にはそぐわない言葉である。ふと、自分と由真を比較してみる準だったが・・・。


「・・・・・・」

「・・・どうかしました?」


 由真が心配そうな瞳で見てくる。

 上から言葉にしていけば、ボンキュッボンとまではいかないものの、年相応以上のプロポーション。水も滴るいい女とは、まさに目の前の光景のことを言うのでは無いだろうかと思ってしまうほどである。

 それに対して由真の視点。

 準の視線がどこに向いているのかを察した由真も、反射的に相手の身体を観察する。

 まな板。

 いや、まな板というよりも立派に胸板と言える代物では無いだろうかと思う。身体を預けられる男性の頼りになる胸板。そんなイメージがどことなく漂う。

 失礼なことを思ってしまったと、由真はそこから逃げるようにして視線をそらし話題を無理矢理作った。


「えと、準さんって好きな人とかいます?」


 一般女子が一番話題にしそうなベタな展開。

 準はハッと自我を取り戻したように顔を上げ、にこやかにそれに答えた。


「春樹だよ!」


 その何の迷いも無い即答に、一瞬言葉を失う。それは由真にとってとても輝いて見えた。が、反面何故か人間としての本能が否定しているような気がしたのは、所詮気のせいでしかなかったことにする。


「武藤さんですかぁ〜。確かに武藤さんはお強いですしね」


 ふと初めてここに来たとき、路地裏で政府の兵士に追われているときに助けてもらったことを思い出す。政府の兵士は、例え一般兵クラスでも一般人がまともに勝負できるほど甘くは無い。しかし、それを春樹は目の前でかすり傷負わずに全滅させてしまった。

 そしてあの時聞いた事が、今でも心のどこかで引っかかっているようだった。


「そういうユマユマはどうなのよ〜」


 ニヤニヤしながらで迫ってくる準。それをなんとか押しのけて、由真は答える。


「わ、私にはそんな人いませんって・・・」

「嘘つきぃ。顔が赤いよ〜」

「ちが、これは・・・のぼせたからです」


 赤面しているのが自分でも分かる。やはり王族として暮らしてきた由真にとって、そういった話題は自分で振ったのに苦手なようだった。

 準がそんな赤面してうつむく由真を見つめる、見つめる。凝視する。視線で相手を殺すように、見続ける。


「ぅ・・・」


 そんな視線に耐え切れなくなって、一度息を大きく吐いた後、勘弁する。


「わ、分かりましたよ。います、いますって・・・」

「ほぉらいるんじゃん!で、どんな人?どんな人?」


 質問攻めは止め処なく続く。

 その猛攻に押され、口走るようにして話していく。


「えぇと、ずいぶんと昔の事なんですけど・・・」


 思い出に耽るように、以前カイツがしていたのと同じ空の見上げ方をし、語る。


「サークルエリアの都市化計画って知ってますか?」


 何故恋愛の話から、そういう話題が出てきたのかが理解できなかったが、とりあえず記憶にあることを喋ってみる。


「あぁ〜、ボクは都市化計画された後のサークルエリアに入ったみたいだから分からないけど、なんか習ったね。確か、監獄施設だったここを外界の事情で住めるところにしたんだったよね?」


 それに由真がコクリと頷く。

 答えて準がなんとなく予想を展開する。

 由真は王家である。都市化計画に参加したのは三大貴族という王家直属の家系であり、当然由真も何らかは関わったであろう。そんな時に恋愛をする余裕など無かったのではないだろうかと思う。

 由真は思い出を探るように記憶を呼び起こし、語っていく。が、見るからにその表情は楽しいものではないことを悟らせる。


「思えば、あの事件さえ無ければ私たちは別れることはなかったはずなんです・・・」

「事件?」

「はい。『四季』の暴走事件です」


 その瞬間、準のこめかみがピクリと動いた気がした。

 かまわず由真は続ける。


「都市化計画っていうのは、表では戦争の被災が原因だと言っていますが、実際は『四季』の 暴走で世界が荒れてしまったのが全ての元凶です」

「・・・つまり、『四季』っていうのが戦争を起こした原因?」

「そうですね、でも、悪いのは『四季』全体ではありません。中の『秋』が起こしたことですから。なのに『春』も『冬』も『夏』も、みんな捕まって・・・」


 途中から準には言っている意味が理解できていなかった。

 だが、とりあえず予想できるのは由真がその『四季』とやらに大きく感情を左右されていること。怒りにも似た感情が、その表情から読み取れた。


「その・・・『四季』っていうのと関係があるの?」

「はい。私は・・・その中の『春』と小さい頃良く遊んでいたもので・・・」


 大体察しはついた。

 その何かをかみ締めるような表情の中に、悲しみが浮かんでいる。恐らくその『春』という人のことが・・・。

 由真はそのままの苦い顔で、話を進める。


「都市化計画と同時に、『春』もサークルエリアに移されました。それっきり彼の顔も見ていませんし、どこで何をしているのかも分からなくなってしまいました」


 一度大きくため息をつく。

 ずいぶんと由真にとっては衝撃的だったに違いないが、時がそれを和らげてくれているのだろうか、話してすっきりとしているような印象を準は得た。


「その、『秋』に憎悪感とかは無いの?」


 すると由真は少し考えて言う。


「無い、とは言い切れませんけど、彼女も良い人でした。ただ、『秋』は天候が崩れやすいように彼女の心も想像以上に崩れやすかったようです。何があったかは私も未だに知りえませんが、暴走した『秋』はもう人とは思えないような顔をしていましたし・・・」

「人とは思えないって、どういうこと?」


 恐怖の感覚を自分の中から掘り出すように、由真は湯につかっていながらも震えた声で言う。


「彼らの性格などは、名前の通りなんです。『春』は温かな心と性格、『夏』は情熱的、『秋』は静かだけどどこか痛々しいような心と性格、『冬』は冷静沈着で表情を滅多に変えないといったような感じで。しかしあの時の『秋』は、もう鬼の人形のような、無表情でただ殺すだけを考えていたような顔で。・・・怖かったです」


 震える。

 そんな由真を見て、この話題はまずいと察した準が無理矢理に笑顔を作って由真の腕に抱きつく。

 その腕は、体感上からは温かに感じたが、どこか冷えていたようであった。


「ほぅら、ボクはそんなことを聞きたいんじゃなくて、その『春』がどんな人だったのかってことだよ!」


 満面の笑みを向けて、由真を慰めるようにして腕に寄り添ってくる。そんな準の対応に助けられ、由真も微笑して今度は心の中の温かな、いや、熱い感情を引っ張り出した。


「『春』は、どんな時でも優しい人でした。私が泣いていれば慰めてくれたし、笑っていれば彼も楽しそうに笑っていました。あと、少し面倒くさがりだったかな?」


 そう話す由真は、先ほどとは打って変わって楽しそうなこと極まりなかった。

 準もそんなことを聞いていると自らも楽しくなってくる錯覚に陥る。いや、実際そういう話題は好んでいるのだ。


「いっつもかったりぃ・・・とか言ってお買い物とか付き合ってくれなかったんですよ?」

「あぁ〜、春樹もそんな感じだよ。ついでに、ってことにすれば色々やってくれるけど、本当に自分に利益が無いと動かない人だからねぇ〜」


 果物ナイフを買って来いって言ったときは別だけど、と後に付け加えた。


「そう考えると、もしかしたら『春』と武藤さん少し似てるかもしれませんね。名前もですけど」

「だねぇ〜」

「こう、いじられ易いところとか」

「突っ込み役でもあるよね」

「シリアスになると、凄くカッコよく見えるところとか」

「一応シリアスな性格してるんだと思うよ、本人は」

「急に噴出すところとか」

「昔っから妄想癖が激しいのがたまに傷なんだよね〜」

「・・・・・・ふふ」

「・・・・・・はは」


 なんだか非常に似ているような気がして、二人は笑いあってしまった。

 二人はその後、片方がのぼせて倒れるまでその話題で盛り上がっていた。





 ―――






 それに気づいたのは、風呂上りにリビングに戻ってきたときのことであった。

 周辺の家具は無残に破壊されており、木製だったため木片がそこら中に散らばっている。先ほどまで楽しく話していた机は、真ん中から強打されたのか大きくその体が割られていた。硝子の破片が飛び散り、もはや以前の光景はどこにも無かった。

 二人の脳裏に同じ事がよぎる。


 ―――政府の人間が襲いに来た。


 その予感を決定付ける材料として、カイツと春樹の消失は十分なものであった。先ほどから姿が見えないのはそのせいだ。

 唖然としながらも、準は床に無造作に散らばった家財の中から、一枚の綺麗な紙を見つけて手に取った。それは他に散らばってるものとは明らかに置き方が意図的なものを思わせた。

 カイツの置手紙である。

 その無駄に厚い筆圧の字を読みながら、隣の由真に向かって言った。


「春樹が、狂犬病に犯された・・・」

「・・・え?」


 信じる信じない云々ではなく、状況を理解できなかった。準が手に持つその手紙に横から覗き込むようにして目を通す。


『部屋を見れば分かると思うが、まずい状況になった。武藤君が狂犬病に犯され、暴走し始めた。本来潜伏期間が早くとも一週間はあるはずの病なのだが、どういうことか発症した。おじさんは彼を止めに行くから、君たちはここで結界式を張りおじさんたちの帰りを待つこと。決して外に出てはならない。それと、帰ってきたときに治癒がすぐ出きるように式の準備をしておいて欲しい。倒壊している本棚の中に緑色の本があるはずだ。そこから狂犬病の知識を得て、ワクチンを構成してくれ。ただの薬品などでは狂犬病のウィルスはどうにも出来ない。良くそれを見て、使えるようにしておいてくれ』


 手紙に準はざっと目を通すと、すぐにそこら中に散らばったものをどけておもむろに一つの本を探し当てた。


「じゅ、準さん・・・」

「ユマユマ、式の知識が少しでもあるなら手伝って。春樹が、春樹が危ないの・・・」


 その目は、必死の色で染まりきっていた。

 本の内容には準をそうさせる一言が書いてあった。



『発病後の死亡率はほぼ100%で、科学的治療法は無い。』

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