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18, マッドサイエンティスト(2)

 息が切れる。

 高速で流れていく景色を横目に見ながら、ともかく自分の向かう方向へ走っていた。

 始めは濃霧の影響により景色どころか一寸先すら真っ白な世界に包まれていたが、一度その範囲を出てしまえば深緑の世界へと引き戻される。

 既に呼吸のペースは最初と比べ、格段に早くなっているが後方から迫る地響きに焦りを感じずにはいられず、肺に鞭打ちながら前方のカイツと準、由真を追う春樹。敵前逃亡とは性には合わないが、あの状況下ではそうも言ってられなかったのだ。

 狂竜が三体と政府の刺客が二人。

 数で考えてもとても敵う相手ではなかった。

 それも狂竜に関してはカイツの放った超強力な一撃が無ければそう簡単にはいかないだろうし、ミリアにおいては未知の実力。白銀は後方支援に長けている。

 それに対してこちらは由真を守りながらの行動となり、準はあのひ弱な身体だ。春樹自身も自分が役に立つのか悩ましい部分もある。

 地の揺れを足の裏に感じながら、春樹はなんとなく無力さに絶望してみるも、それは自分に対する慰めにもならなかった。

 負けるはずが無いと思っていた時代。

 だが、潤目もとい黒ローブの男に敗北し、アイツァーに敗北し、今眼前にいるカイツになど勝てないことは言わなくても分かっている。


(俺が知ってた世界ってのは、小さかったんだな・・・)


 思っていると、この薄暗い森に入る前の木漏れ日で美麗な森へと風景は姿を変えた。


「さて、ここらでいいだろう」


 カイツが走っていた足を突如止める。

 それに後ろにいた準がぶつかって、由真も準に直撃。春樹は身をひらりと回し、その連鎖を食い止める。

 準が眼前のカイツに疑問を投げかけるようにして、上を向いた。


「どうして止まるの?もうすぐ後ろに狂竜が迫ってるんだよ!?」


 カイツはそれに、準の頭に手を置いて言った。


「どうせ逃げたところで追いつかれる。ここで始末していく」


 そう言うとカイツは懐からいつもの通りに二丁拳銃を取り出した。

 とりあえず由真と準を後ろに下がらせ、準には後方支援の命を出しておく。春樹はもう既にすぐそこまで迫っている地響きに、身を強張らせながらカイツのところまで後退する。


「おじさん。三体も相手に出来るのか?」


 疑問を口にする。

 実際あの超強力な射撃を持ってしても、二発が限界。一匹は必然的に残ってしまうのだ。それを打撃銃のカイツや、もはや攻撃手段すら見出せない春樹のナイフでは勝ち目はないのではないかと思う。


「武藤君。何も一発で一匹を倒す必要はないのだよ」


 銃弾を補填しながらそう言う。


「・・・三体を一撃で倒すってのか?」

「そうだ。効果範囲も直線距離もこの射撃は自分で言うのもなんだが、異常だ。だが、一つ問題がある」

「それは?」


 カイツは春樹に分かるように、薄暗い森の入り口を指差す。


「あの森を破壊するわけにはいかない。なんとか他の森を犠牲にしていきたい」


 確かな話であると春樹は思う。

 ライフが保管されているあの森を破壊すれば、もはや隠し場所は無くなりライフはその体をさらけだすことになるだろう。

 それを推測しつつ、春樹はカイツに問う。


「だけど、俺たちがライフを持っていったら結果は同じじゃないか?」

「良く考えてみろ。もし君の言い分が正しいなら、この2ndエリアは滅ぶことになるぞ」

「あ・・・、そうか。ライフが無けりゃいずれそのエリアは滅ぶのか・・・。でも、したら持っていったらまずいんじゃねぇのか?」

「確かにいずれは滅ぶが、そこまで短い期間では滅ばない。無論、『核』を奪われたら一瞬の時で滅ぶがな」


 聞くと、本当に自分たちの行動がこのサークルエリアを救うことに改めて気づく。

 準が言ったように、RPGでないにしろ自分たちは世界を救おうとしているのだと。

 そんなことに、少し笑みがこぼれた。


「さて、笑っている暇は無いぞ。―――来た」


 笑っていたことに気づかれたのを微妙に恥ずかしがりながら、春樹も森の方を見る。

 今や地響きは響くどころの騒ぎではなくなり、大地震とでも言うべき揺れに変わっていた。三体の狂竜の大行進なのだ、その地震から連想される圧迫感は、圧倒的なもの以外何物でもない。

 そして、木々の隙間からその眼光を覗かせ、巨体を露にした。涎を止めどなく流し、その獲物を狙うような鋭い目は健在しどう考えてもまともに戦える相手ではないことが分かる。


「白鳥君、頼みがあるのだが」


 カイツが後ろにいる準に声をかけた。


「何かな?」

「水流を発生させてくれないだろうか。できれば、私たちの後方に狂竜たちを誘導するような流れで頼みたいのだが」

「えと、どうして水を・・・?」

「狂犬病ウィルスに感染しているのならば、水を怖がるはずなのだ」


 しかし、その言葉に準は疑問を抱く。


「狂犬病って、犬の病気じゃないの?」


 そう、恐竜がそのウィルスに感染したとは思えないのだ。

 しかも犬等から感染したとしても、その方法が無い。犬と恐竜が同じ場所で生息しているとは考えにくいからだ。


「狂犬病は犬以外にも感染する。とは言え、主に哺乳類にしか感染しないはずなのだが・・・ そこはあのマッドサイエンティストの仕業なのだろう」


 事実、カイツは長くここに住んでいるがあそこまで凶暴化した恐竜は見たことがなかった。狂犬病の主な症状である凶暴化や精神錯乱、そしてあの異常なまでの涎がその確かな証拠になっていた。

 そして狂犬病の一番悲惨なことは、放っておいても時が経てば感染が強くなり、死ぬこと。


(殺さなくてもどうせ死ぬ運命。ならば一思いに殺してやったほうが酷ではないというものだ)


 哀れむような目で、狂竜を見た後、準に再び問うた。


「出来そうか?」


 すると準は自分の無い胸を叩き、任せろといわんばかりにペンを取り出した。


「期待しててよ。そういうのはボクの得意分野だもん」


 そう言うと、地にペンを走らせる。

 次にカイツは、同じく狂竜と対峙する春樹に言う。


「武藤君は天宮寺君を守ることに徹してくれ。あと、これを頼む」


 カイツは春樹の前に拳銃の一つを差し出した。その意図がつかめず、それを手に取らないでカイツのほうを向く。


「・・・どうしろって?」

「おじさんが仕留め損ねたときの最後の一撃を頼む。引き金を引くだけだ。頼むぞ」


 納得が微妙にいかなかったが、嫌々ながらもその拳銃を取る。

 ずっしりとした重みが春樹の腕にかかり、こんなもので銃弾を発砲したらどの程度の威力が保障されるかなど考えなくても予想はつく。

 カイツは無言で拳銃を調べている春樹を一瞥した後、迫り来る狂竜へと視線を戻す。

 もはや考えている暇など無かった。

 狂竜はその強靭な足で地を蹴り、一気に距離を詰めてきた。

 が、ここで準の声がはさまれる。


「いくよ、『水流』」


 すると突如地中に潜んでいた水脈が湧き出すように、足場が水で満ちていく。それに案の定、狂竜たちは叫びの咆哮を上げてその水から避けるように動き出す。

 ここからが勝負だった。

 準は全神経を式の構成に集中させて水流の流れを操る。自分たちを中心として輪を描くように水流を展開し、狂竜をそれに沿って後方へと誘導していく。


「よし、そのまま頼むぞ」


 カイツが銃口の矛先を狂竜へと向け、タイミングを見計らっている。

 左へ動き、右へ走り、後退し、前進する。思うように森と逆方向へいかずに準は苦戦していた。

 そのうち水流の動きがだんだんと荒れてくるのが分かった。水しぶきが舞い、所々に水が流れてない部分が出てくる。

 狂竜も能無しではなかった。その微妙な違いを見逃さず、今まで暴れていた巨体は突然制止し見極めるようにして水の動きを見る。

 対にカイツも狂竜の動きが変わったことに気づく。


「・・・これは、最悪だ」


 舌打ちを加えて状況を見る。

 狂竜たちは3方向に三角形の頂点に位置するように四人を囲む。その動きには既に焦りも何も見られず、策士とも言うべき冷静さが見られた。

 春樹もその危機感を感じ、背中合わせになるようにカイツに近づく。


「どうすんだ?囲まれちまったぞ」

「二匹は絶対に仕留めなければならない。後の一匹は後に考える」


 カイツは拳銃を構え、引き金を引いた。


「貫け」


 あの時の光景が蘇るように、銃口から閃光がほとばしる。一気に光景を奪い取る驚異的な光が直線的に満ち、あっけなく狂竜の肉体は塵と化す。

 春樹は後ろにとんでもない熱を感じながら、自分の拳銃の引き金も引く。

 同様に自分の目の前が白とも言えない激しい光に包まれ、その眩しさに瞼を閉じる。

 手が焼けるように痛い。

 拳銃の鉄の部分が熱で溶けるように弾力をつけていくのが分かり、それを手に持っている自分が不思議に思えてくる。

 そして閃光が少しずつ開けていくのが分かると、手に持っていたそれは知らぬ間に灰へと姿を変えていた。


「・・・すげぇ」

「武藤君!左だ!」


 呆気に取られていると、カイツの声がうるさいくらいに鼓膜に響いた。同時に言葉通り左に視線を移すと、茶色に黒光りした巨体が迫ってきているのが目に入る。


「まずい・・・!?」


 視界に入ってくるのは巨大な牙を向けられた準と由真。

 準は集中力を使いすぎたせいかその場から動けず、由真は恐怖に身を怯ませている。

 春樹は出せる全力の疾走を見せ、まず遠くにいる準を掴んでカイツの方へと後ろ手に投げる。続いて狂竜を後方寸前に見ながら由真を抱き上げ・・・。


「ギャァァァォォォオオ!!」


 咆哮が突如上がる。

 その甲高い音とも言えない雄たけびに意識を取られそうになるが、抑える。しかし耐えたせいで由真を抱き上げるはずの手が自分の耳に行く。

 由真の直前で立ち止まり、なんとか腕を伸ばそうとした瞬間。


「天宮寺さ・・・はがぁ!?」


 牙ではない。尻尾が春樹の横腹を捉えた。不自然に腰が曲がり、激しい嘔吐感を一瞬覚えた。

 肋骨が何本か持っていかれるような衝撃に耐え、なんとか意識を保つも勢いでそのまま木に叩きつけられる。


「武藤さん!?」


 目の前の事象に意識が追いついていかず、どうするべきか狂竜と春樹を見比べるように視線を上下する。

 だがもはや迷う暇は無く、鋭く光る牙が迫っていた。

 カイツが駆け出すが、間に合う見込みは全くない。


「あ・・・ぁ・・・」


 由真が涙で視界を失った瞬間だった。


 ―――ストンッ。


 気持ちいいくらいに快音が鳴った。


「ギ、ギヤァァオォォ!!」


 雄たけびではない、悲痛の叫びが狂竜から上がり、由真はその牙から逃れカイツに抱き上げられ後退する。

 由真はその潤む視界に見た。狂竜の眼球に果物ナイフが突き刺さっているのを。果物ナイフと見てそれを刺した人物は一人しかいない。


「首筋を、狩る」


 いつの間にやら特攻してきた春樹が、その目を点にでもしたかのような一点目視の視線で暴れる狂竜の首に飛び込む。

 そして腰から引き抜いた鋭利な刃をその首に突き刺した。持てる最大馬力を駆使し、狂竜の頚動脈を狩った。

 その瞬間、生物が含んでいるとは思えないような鮮血が滝のように溢れ出した。その鮮血をどしゃぶりの雨でも浴びるように春樹の身体が真っ赤に染まる。

 春樹が着地すると、その血特有の異臭を放つ服を汚そうに見ながら狂竜から離れる。狂竜は大きな地響きとともに、その命を失った。

 それを信じられない光景でも見たかのように、カイツが口を開けて呆けている。準も同様の反応だ。


「武藤さん、大丈夫ですか!?」


 由真だけは、その事実に気がつかなかったようであった。




(今、俺は何をしたんだ・・・?)


 駆け寄る由真に血を浴びせないため、一歩下がる春樹であった。


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