17, マッドサイエンティスト(1)
「そうか、君たちは反政府軍ということだな」
カイツの家の前、春樹と黄金を含めた六人はそれぞれの事情説明をしていた。
つまり、春樹たち三人はライフの収集を目的として2ndエリアへやってきたことと、途中金剛地兄妹に邪魔をされ、現在の状況に至るまでをだ。
しかし一番意外だったのは黄金の反応である。
「サークルエリアが、崩壊しちまう、だと?」
政府の人間ながら何も知らなかったのか、その言葉に多大な疑問を覚えて表情を厳しくする。白銀も同様に驚きを隠せないといった様子である。
「何も知らないで俺らの邪魔したのかよ・・・」
春樹がため息をついて言った。
事実、二人には反論できる要素は何もない。
「私たちが与えられた任務は、とにかく2ndエリアに人間を通すなというものでしたので、内容までは把握しておりませんでした。しかし、私たちの世界がそこまで危うい状況になっているとは・・・」
自分の世界のことなのにそれを知らない、そんな現状になんだか腹が立ってきた春樹。一体政府もとい外界の人間はどういうことになっているのか少し気になった。
カイツがそんな二人を見て言った。
「君たちはどうする。天宮寺君たちはライフを集め、このサークルエリアを救うと言っている。が、君たち二人は外界の人間であり、核が無ければ存亡は難しいという現状。しかし君たちはその驚きの様子からサークルエリアに思い入れが多少でもあるらしいな」
苦渋の選択であろう。
何にしろ、どちらかは失うことになるのだ。核が無くとも外界はそう簡単に滅びはしないのだろうが、いつかは滅びることとなる。サークルエリアにおいては核が奪われた瞬間アウトだ。
「私たちは―――」
苦悶の表情で、白銀が口を開いた。
「あなた方を手助けする考えは微塵もありません。ですが、邪魔をする必要も見出せない」
「どういうことだ?」
「外界がどうなろうと私たちの知ったことではありませんが、あなた方に加担すれば私たちの命も危ない。かと言って今頃任務を遂行しようとしても既に形勢は劣勢でどうにもできません。なので私たちは中立の立場、いえ、あなた方とはここで関係も断たせていただきます」
強い決意の瞳をカイツにむけ、そう言った。
その視線を適当に受け流すようにしてそらし、春樹たちを見る。
「ならば、おじさんは今から彼らとライフを取りに行ってこよう。おじさんはライフの場所を知っているからね」
その言葉に期待と驚きを混ぜたように、カイツの言葉に反応する春樹。
「本当か!?そりゃ助かるわ」
準も喜んで、奇声を上げながらカイツに飛びついた。カイツは嫌な顔一つしないでそれを受け止めたが、見ている春樹はなんだかすごい光景に見えた。
(いやむしろ、これは・・・禁断の愛か!?)
つまり現在の春樹の脳内はこうだ。
『ボクね、おじさんみたいなダンディーな人が好きなの・・・』『おじさんも、君のような可愛い子は見たことが無い。どこの国のお姫様かな?』『ボクは、おじさんの世界のお姫様だよ・・・』『準君、嬉しいよ』『ねぇ・・・ボクを愛して?』そして二人は禁断すぎる・・・
「有り得ていいはずがねぇぇぇっぇぇっぇ!?!?」
一人で勝手に叫びだす春樹だが、誰も相手にはしない。
ちなみに、一瞬だけ妄想世界の準が可愛く見えてしまったのは春樹だけの秘密である。
「春樹?」
準だけが春樹に反応して、その名を呼んだ。
「な、なんだ」
「・・・・・変態」
「ごめ、今回は否定出来ない」
すると由真がほほを赤らめて、
「む、武藤さん。ついに準さんまでに毒牙を向けるなんて・・・」
「落ち着いて!?ちょっとやっちゃった感はあるけどきっと違う!」
「羨ましいです!」
「何故!?だから何故うらやましい!?」
カイツがそれに止めを刺すように言う。
「つまり、女ったらしの性格にむしろ尊敬の意を抱いたということかもしれんな」
「ちげぇぇぇっぇぇ!?!?」
「大丈夫だ武藤君。青春時代などそんなものだ」
「マジかよ!?」
「嘘だ」
「・・・・・・」
テンションを上げすぎた春樹は、魂が抜けたがごとく力を失う。
由真は赤らめていた頬を戻し、安心したように息を漏らすが、白銀の視線に気づいてそれと目を合わせる。
二人とも黙っている。が、視線を受けた由真は白銀が言わんとすることが理解できた。それに誰に向けたわけでもないように首を下に振って、白銀からの無言の言葉から開放される。
それを確認すると、白銀は後ろに振り返って黄金に言った。
「兄さん、行きましょうか」
黄金も白銀に言われるがまま、その場を立ち去るようにして白銀の後を追おうとしたが、突如止まって言う。
「ミリア・ヴァンレット。鞭使いの女で、マッドサイエンティストだ。気をつけろ」
春樹がそれに頷いて、黄金は満足したかのように手を頭の後ろに組んでから歩き出した。
そして、二人は森の中へと消えていった。
―――
その後、カイツを含めた四人はカイツに誘導されるがまま森の中を進んでいた。
進んでいると森は一段と鬱蒼とした所へと入っていき、日の光は木漏れ日程度にも入ってこなくなってきている。いや、言うならばむしろ日が既に照っているのかも分からないほど暗い。カイツが持ってきたランプをつけて、その中を進んでいた。
木々草花の種類も湿気の多いところに生えていそうなものになってきて、気をつけて歩かなければ危険な状況。
何しろここに着く前にカイツがこんなことを言っていたのだ。
「ここからの植物は、恐らく毒素を含んでいる可能性が高い。気をつけて進んでくれ」
なので春樹たちは必要以上の警戒をはらって歩いていた。
不思議なことに、ここにはいつもそこら中にいたマッドタイプの動物が生息していない。カイツ曰く、いくら凶暴化したとは言えこんなところに住める生物などそういないとか。
そのまま進んでいると、突然開けた場所へと出た。
そこはまだ昼なのに月夜が照らしているかのごとく輝いていた。木漏れ日の光は明るいというよりも神秘的な雰囲気をかもしだし、紫色の光を放っていた。
そして、その開けた場所の中心に祭られるようにして何かが置いてある。
「あれがライフだよ。このエリアの命の源、綺麗だろう?」
春樹はそれを見る。いや、嫌でも魅せられたように視線がそこにいってしまうくらいだ。
この幻想的な風景の中で一際強く輝いており、その存在感は一目瞭然であった。にも関わらずここに来るまでの間はこの輝きを微塵も感じなかったのが、恐らくライフの特殊な力なのだろうと推測する。
それに春樹は近づいて見てみる。
「こんな石みたいな物なのか、ライフって」
緑色に輝くため、傍から見れば単なるエメラルド等の宝石にも見かねない。
「でも、本当に綺麗だねぇ」
いつの間にやら準も近くに来て、ライフを見ている。
「そうね、本当に罪なほどに綺麗だわ・・・」
後方から声がする。
声質から女性であることが確認できるが、由真ではないのはすぐ分かった。カイツは男性で選択肢には入らない。とすると、
「誰だ!?」
四人とも同時に後ろを振り返る。
「あら、ごきげんよう」
そこにいたのは妖しい雰囲気をただよわせながら、露出度の高い服を着た女性だった。後ろに丸く纏められた金髪と碧眼、そして片手には鞭。
その姿を見て最初に出てきた言葉が、これだった。
「ミリア・ヴァンレットって奴か・・・?」
黄金が最後に口にした言葉。恐らくこの2ndエリアもしくは3rdと繋ぐリンクロードにいると思われる人物の名前。特徴である鞭を手に持っているため、もはや確実と言っても過言ではない。
「何故わたくしの名前を知っているのか知りませんけど、その通りだわ」
気品のある独特の喋り方をする。
政府の人間かと思うが、黄金たちとは服装も違ければそれ以前にカタカナ表記の名前の人間がこの国の人間であるはずがない。だが、黄金たちはミリアの存在を知っているということは政府の人間。つじつまが合うようで合わない。
「お前は、政府の人間か?」
春樹がその疑問を口にした。
するとミリアは微笑しつつ答えた。
「ええそうだわ。とは言っても、他国からの人材補充のために来たのだけれど」
その言葉に今度は由真が驚くようにして問いを投げる。
「政府は他国にまで救援要請を出しているのですか!?何故そこまで・・・」
「知らないわ。わたくしは自国の繁栄のため、この計画に手を貸したまでだもの」
「それは、神堂様からの要請ですか・・・?」
突如として由真の表情が険を含む。
神堂が一体誰なのかは分からないが、春樹と準はそのまま二人の会話を聞く。カイツは何を考えているのか微動だにして表情も動かさない。
「神堂・・・。そんな名前だったかは覚えてないけど、何故わたくしがそんなことを答えなければならないのかしら?」
「私は、天宮寺です」
自信ありげというか、その力を見せ付けるようにして由真がそう言った。
それに目を見開いて驚いていたミリアだが、すぐに微笑の表情を取り戻して嘲笑する。
「これはとんだお転婆王女様がいたものだわ。それに何?権力で解決でもできると思ってるの?これだから王族は困るのよね」
「・・・・・・」
何も言い返せず、口を結んでしまう。
それに勝ったように由真を一瞥して、すぐにライフの前に立つ二人に視線を向ける。
「さてあなたたち、それをどうするつもりかしら」
「お前と同じく、答える義務はねぇよ」
春樹が一歩前に出てそう言う。
「まぁ答えなくとも、あなた方が何をしようとしているのかなんて一目瞭然だわ。そこをお退きなさい」
それに微笑して、春樹が言う。
「退くと思ってんのか?」
「強気なのはご結構だわ。でも、あなたに何が出来るというの?」
「戦える」
春樹は腰からナイフを抜き、構える。
それに呆れたように肩を落とし、ミリアも鞭を一度地にたたきつけた。すると、突如その場に地響きが走る。
先ほどの狂竜と同じような、歩く震動。ようなではない。これは、狂竜が来ているのだとカイツは判断した。
「これは・・・君がやっていたことだったのか」
カイツは春樹の前に出て、ミリアと顔をあわせる。
「だったらなんだというのかしら?あなたのような中年に何かできるとは思いませんけど」
「毒素、いや操作性の式でも使用したのか。マッドサイエンティストと呼ばれるだけのことはしたようだな」
「・・・あなた、ただものではありませんわね?サークルエリアには対した人間はいないと聞きましたけど誤報だったようですわね」
「・・・かもしれんな。武藤君だったか、ここはおじさんに任せておけ。君たちはライフの回収を急ぐんだ」
二丁拳銃を抜く。先ほど消失したものと同じだが、新しくなっていた。
春樹は一度そのカイツの背中を見た後、ナイフをしまってライフに手を伸ばそうと・・・。
が、その瞬間だった。
《やらせません!!》
突如、上空から鋭く光が落下してくる。
「なっ!?」
春樹は見ると同時にバックステップし、それをかわした。春樹が立っていた場所には深く焼け跡が残り、背筋に寒気を覚えた。
同時に、自分の上空と回りに何かが飛んでいることに気がついた。球体で、機械の様なフォルム。そしてそれから発せられた光線。
導き出される物体の名前は一つしかなかった。
「ビット・・・だと?」
その使用主を慌てて探すように鬱蒼とした木々の中を見渡す。だが、そこには誰もいない。声は確かにしたのだが姿が無かった。
いや、まだ考えられる方法はあった。聞き覚えのある雑音が混じった声。
「通信の時の声か・・・」
ビットに向かって、そう言い放つと答えるようにして声が返ってきた。
《悪いとは思いますが、こちらも状況が変わりました。ライフを諦めてもらいます》
由真がどこにいるのかも分からないビットに向かって叫んだ。
「邪魔はしないのではなかったのですか!それに、私たちが成功させなければあなたの・・・」
それを遮って、聞きなれた白銀の声が響く。
《黙って下さい。状況が変わったと言っているでしょう》
状況は悪化した。
さらに、地響きの正体が次々と木々をなぎ倒してあらわになっていく。巨大な図体とこの暗闇でも鮮明に分かる眼光、狂竜だった。それも先ほどとは比にならない数で軽く5、6体がそこに集結していた。
「これは、厳しい状況下になってしまったな・・・」
カイツが苦虫をかみ殺したような表情で言う。はっきり言って勝算は無いに等しい。
狂竜一匹でもカイツのあれがなければ勝利は出来なかった。それに白銀も今はいないどころか敵側に回っていて、さらにはミリアというまだ未知の実力を持つ人間。戦力差は瞬時にして圧倒的になっていた。
「さぁ、どうするのかしら?」
微笑は既にしっかりとした艶笑へと変わっていた。
カイツは無言で懐から何かを取り出し、高速で何かを空中に書き始める。
式だ。とすぐに春樹は理解する。
「逃げるも策のうちだ『濃霧』」
すると、式が発動し次第にその場が濃い霧に満たされていく。数秒後には真っ白な世界と化し、暗闇よりも視界を遮るものとなっていた。
「なっ!?逃げるというの!?」
ミリアは辺りを見回してその姿を探すも、もはや一寸先にある自分の手すら見えない状況下にかなわない努力となる。
狂竜たちは濃霧の中でもその激しい眼光が何かを照らしているのか、突如として何かを追うように走り出す。足音を聞いたミリアはとりあえずそれに任せることにして、姿を探すのをやめる。
《ミリア》
白銀のビットから声がする。それに怒鳴るようにしてミリアが言う。
「あなた、任務を失敗したのね!?全く、どうなると思って・・・」
《死んでください》
刹那、ミリアは前方から何か熱源が発生したことに気づくと同時に、それが白銀のビットからのもとの判断した。考えるよりも先に、鞭を大きく振るってそのビットを破壊した。
白銀のうなるような声が一瞬聞こえたが、気にする余地は無い。まだビットは空中にいくつか浮かんでいるのだ。だが、濃霧のせいで熱源を察知出来なければ分からない。
「何のつもり?政府に喧嘩を売ろうってことかしら?」
《さすがの反応ですね。ですが、詰みです》
「何ですって・・・?」
ズブッ。
ミリアは何かが自分の身体を貫いたことを悟る。肉が引きちぎられるような音とともに、液体が流れ出す。
一体何が起きたのか。ミリアは後ろを首だけ回してみた。
「てめぇら政府の言いなりにはならねぇよ。こんなことなんだったら、命なんて惜しくはねぇさ」
黄金だった。
金髪をふわりと揺らしたその体の手には、槍が握られていてミリアの身体をそれが貫いていた。
痛い。
痛い。
痛い・・・?
痛みは、無かった。変わりに湧き上がるようにして笑いが出る。
「ふふ・・・あははっはははははは!!」
奇妙なほどの笑いに気味が悪くなり、黄金は槍を引き抜いて一歩下がる。
顎をしゃくりあげてまで笑っていた声は、突如途切れて下を向く。息を切らしながらミリアは妖艶な笑みを浮かべて、黄金と白銀に言った。
「チェックメイトには、ほど遠かったわね」
ドロリ。
ミリアの体が溶けるようにして崩れていく。
「な、なんだこいつは・・・」
畏怖に怯え、黄金はじりじりと足を下げる。
危険を痛いほどに感じていた。こいつとやりあってはいけないと体中の細胞が伝えていたが、その光景に体がうまく動かない。
だが液体化したミリアはその黄金を追うようにしてうねりながら近づいてくる。既に原型をとどめていないそれは、もはや黄金から見れば恐怖の対象以外の何ものでもなかった。
「く、来るんじゃねぇ!・・・ぐあぁ!」
そして、黄金はその溶けたミリアに飲み込まれていった。
《兄さん!?応答してください!兄さん!》
ただそこには、ビットから流れる白銀の声だけがこだまするように響いていた。