16, 狂獣の牙(4)
目の前に立ちはだかるは一匹の狂竜。
ビットにかく乱されているせいで、その巨大な身体は縦横無尽に暴れ周り、周囲の木々をなぎ倒していく。そのうち鬱蒼としていた密林地帯は平野へと姿を変えていき狂竜の姿があらわになっていく。
やはり言える事は、巨大。そして狂犬と同じように、獲物を狙うような殺気に満ちた眼光。 その瞳を向けられれば凍り付きそうなくらい冷たかった。
だがカイツは動じない。慣れているのだ。
「全く、困ったもんだよ」
微笑を含んだため息をもらしながら、狂竜に接近していく。だが、カイツの持つ武器は拳銃だ。
何故接近する必要があるのかと白銀は思った。が、その問いはすぐに消される。
カイツは一定の距離まで詰め込むと、狂竜の脚部分にまず一撃弾丸を撃ち込んだ。しかし、銃弾にもかかわらず狂竜の脚に直撃すると、虚しく弾き飛ばされた。いくら皮膚が固い狂竜と言えども銃弾までもが通じないわけは無いのだがその光景が考えを否定に導く。
「おじさんの拳銃は、『打撃銃』ですか」
少し白銀が舌打ちをする。
打撃銃。
それは銃の中でも特殊で、殴ることを主とした拳銃のことである。当然射撃もできるのだが、その威力は普通の射撃銃の半分以下もいかない。反動が少ない分、威力が弱いのだ。ただそのボディーは硬く、本当に殴られれば相当な鈍器と化す。
そしてこの現状でそれは致命傷となっていた。
先ほどから中距離からの射撃を繰り返すカイツだが、狂竜には傷一つつけることすらままならない状況。ビットの光線でさえも防ぐのだ。打撃銃の中距離射撃が効くはずもなかった。
カイツは、これではダメだと思い近距離戦に持ち込む体勢を取る。
暴れまわる狂竜に近距離は危険すぎると白銀は思うが、かまわずカイツは突っ込んでいく。
「少し落ち着こうか」
天高く跳躍した。式か何かが施されているのか、その跳躍力は並みの人間ではない。
照準を適当に計り、撃つ。
ドンッドンッ!
発砲した銃弾は狂竜の頭に直撃する。が、やはり思った以上のダメージは見込めない。近距離に持ち込んだため、流血までにはいかないが傷はついている。
「相変わらず硬いな・・・」
カイツは狂竜の頭に着地し、今度はゼロ距離から撃ち込む。
ドンッドンッ!
今度はそこから滲み出るようにして赤い液体が姿を現した。瞬間、狂竜が始めて痛みに気づいたのか雄たけびを上げ、さらに身体を大きく振るい暴れだす。
一度それで狂竜の頭から飛び降りて再び距離を取る。
その瞬間、ビットから網のようなものが射出されその動きを止める。
「こりゃまた便利な機能つきだな。だがこれで・・・」
なんとかなる、と思った直後だった。
網が絡まっているにも関わらず狂竜は大きく身体を奮い立たせ、ビットごとその網をぶち破った。同時に白銀の念意が破壊され、カイツの後方でうめくような声が上がる。
一体何事かとも思ったが、今は後方に意識を集中している暇は無かった。今までで一番大きく暴れだす狂竜にどうすればよいのか分からず手を出せないでいた。
が、突然そこに雄たけびのようなものが走った。
「白銀ぇぇぇぇぇぇ!!」
密林の王者でも気取るつもりなのか、木々を飛び越えて一人の男が接近してきた。金髪で槍を持っている。
そのままの勢いで、その手に持った槍を狂竜に投げつけた。
「この、でかぶつがぁぁぁ!!」
一直線。
狂竜の脳天に見事直撃し、それは確実に頭を貫くように突き刺さった。それを瞬時にして引き抜き、跳躍して男は白銀の元に行く。
「白銀!大丈夫か!?」
黄金であった。
白銀はその兄の無事な姿を確認すると、微笑して自分の状態を表す。隣で叫ばれると頭痛が酷くなるという意味で。
「兄さん、君もそっちから来た類の人か」
カイツが視線は暴れる狂竜に向けながら黄金に聞いた。
「誰だかしらねぇが、白銀を守ってくれたことに礼を言うぜ。オレは黄金、てめぇは?」
「カイツ・アルベルトという者だ。おじさんと呼んでくれ」
「分かった。おっさん、このでけぇのはなんだ?」
おっさんという言葉に少し不快な気持ちを覚えたが、その問いに答えることにする。
「狂竜。最近出てきた動物の突然変異の一つだよ。黄金君もここに来る途中犬に何度か襲われただろう?」
「あぁ、何かと思ったが突然変異だったのか。つぅか春樹!さっさと来い!」
「兄さん。頭に響きます・・・」
「あ、すまん」
大きな声で叫ぶと同時に、木々の間から春樹が顔を出した。
かなり息切れしており疲れは目に見えるようにして分かった。だが、狂竜の姿を見ると同時にその態度もすぐ戦闘態勢に変わった。
「んな大きな声で呼ぶなってか、こいつはなんだよ」
春樹の視線の先、狂竜は頭から血を巻き上げながら暴れている。
相当脳が無いのかこちらに襲ってくる気配は無い。それどころか、周りの木々にぶつかって自らダメージを蓄積していっている。
カイツは春樹を見て、声をかける。
「君、硬い皮膚をも貫ける武器は持っているか?」
その急な問いかけに戸惑いつつも、横にいるカイツに目を配らせて答えた。
「え、あぁ。俺はナイフでの戦闘が専門なんで、あぁいうのは無理だ」
「そうか・・・。仕方ない、君たちは後ろに下がっていろ」
春樹はカイツを少し見て、信用したのか黄金に催促してから三人で後退する。
「あの人は?」
春樹が白銀に向かって問いを投げる。白銀は頭を抱えながら答える。
「2ndエリアの住民ですが、恐らくは元外界の人間ですね。というかよくこの場所が分かりましたね。偶然ですか?」
「いや、黄金が急に『白銀があぶねぇ!』とか言って走り出したもんだから、俺はついてきただけだ」
黄金のモノマネをして言う。なんだか似ているような気がする、と白銀は不覚ながらも苦笑しそうになってしまった。
それに黄金が胸を張って言った。
「おうよ、オレらの兄妹パワーは世界最強だからな!」
「シスコンパワーか、尊敬するわ」
「死んでください。ついでにあなたも」
「俺も!?俺も同罪なの!?」
「むしろ兄さんより重罪です」
こいつは強敵だ、とか思いながら春樹はカイツの姿が小さく見えるところまで後退した。
見ると、カイツと狂竜の図体の大きさは一目瞭然。普通に考えれば敵う相手でないことは分かる。だが、依然としてカイツは狂竜とにらめっこを続けてタイミングを見計らっているように思えた。
春樹は、その光景を食い入るようにして見守る。
カイツは三人が十分な距離まで後退したことを確認すると拳銃の一つに違う弾丸を詰め込んだ。そして、片方は腰にしまって拳銃を構え狂竜に突っ込んだ。
距離は50、20、10と詰まっていく。拳銃に詰め込まれた弾丸が吼えるように音を立て始めた。その震えに答えるように、カイツは引き金をしぼる。
照準は狂竜の腹部、最も体から外しにくい場所を選択し引き金を完全に引いた。
「貫け」
刹那、視界が光に包まれたかのような巨大な閃光が銃口から走った。貫けと言った言葉ではすまない、消し去るという表現が似合う射撃。
周りの風景までも奪いながら、閃光は辺り一体を光で包み込み木々を消失させ、空を消失させ、地を消失させ、皆の視界を消し去った。
狂竜は成す術なくその光に包まれ、強靭な肉体を音にならなかった叫びと共に消失していった。
光は次第にその輝きを失わせ、皆の視界が戻ってくる。が、そこに見た光景は元は新緑に満ちたものだったはずなのだが、今は灰色と黒一色の荒地と化していた。
直線何メートルを奪ったかは分からないが、遠くに、本当に遠くには緑が顔を見せいている。
カイツは銃口がその熱で完全に潰れていたのを当然のように確認して、それに向かって言葉をかける。
「すまない、そしてありがとう」
拳銃は、カイツの手の中で崩れるようにして灰と化した。