15, 狂獣の牙(3)
更新遅れてすいませんでした。
なんとか3日に一度更新に戻れるよう、頑張りたいと思うのでこれからもよろしくお願いします。
あと、短編を書きましたのでそちらのほうもよろしくです。
そこは4LDKだなんて現代的な部屋ではなかった。木造建築二階建てという言葉を良く聞くがまさにそれだ。
鬱蒼とした森の中、唯一開発されたように開けていた地があり、そこにカイツの家は寂しくもたった一つ建っていた。しかしなんだか、この密林の中で見るとあんな家も豪勢なものに見えなくも無かったりする。つまり、金銀財宝の中にダイヤモンドがまぎれていても、なんらおかしくはないが、薄汚れた廃棄物の中に新品のビー球があると輝いて見えるようなものだ。
その家の中で、四人は必要以上にくつろいでいた。
「ふぁぁ、疲れたよ〜」
そう言って椅子にだらんと腰掛ける準たちは、先ほどまでカイツと共に数ある難関を乗り越えてきたばかりである。というのも、ツタや背の高い雑草はその成長を留めることを知らぬかのように伸びていて、狂犬たちも昼間なのに活発に行動していたため緊張感溢れる移動であった。
しかし、そうしてだらけているのは準のみであった。
「・・・・・・」
「・・・・・・」
「・・・・・・」
他三人とも、三角形に睨みあう様に座って黙っている。白銀はカイツを、カイツは由真を、由真は・・・自分の膝を。
準から見れば、なんとも恐ろしい均衡状態であったため、しらを切らして身を乗り出す。
「あのさ〜、何か言いたいことがあるなら言っちゃえばいいじゃんよぉ。ほら、白銀ちゃんから聞いちゃって聞いちゃって!」
白銀は順に催促されると、何の躊躇も無くカイツに向かって問いを投げかける。
「私が聞きたいことはただ一つです。が、追求しないと約束しましたので思考に耽るとします」
そういうと、案外簡単に引き下がって視線をカイツからそらして机に向けるようにうつむいた。
カイツはというと、相変わらず難しい顔をして由真をちらちらと見ていた。
「ほら、おじさんも聞きたいことがあるなら聞いちゃって!」
準が再び催促するように、おじさんの後ろに回って背中を叩いた。痛そうに背中をさすりながら、微笑して準の言ったことに従うようにして由真に聞いた。
「天宮寺というのは、王家の名か?」
王家というワードが何故このおじさんから出てきたのか。それに多大な疑問を感じつつ、由真は答えるべきか否かを考える。
事実、白銀たちやアイツァーのように由真を外界へ帰らせようとする者がサークルエリアには来ている。おじさんが王家の名を知っているのであれば、由真を帰そうとする確立も高いと睨んだのだ。
だが、おじさんの表情は厳しいものでありながら、どうしてか微笑ましい何かを感じる。そのことからどうしても警戒心が鈍ってしまっていた。
「そうだったら、どうするんですか?」
ついこう聞いてしまったが、この問いはつまり私は王家ですと言っているようなものだと、後に気づいて後悔した。
しかし、カイツは相変わらずの視線を由真に送り続け動じる気配は微塵も見させない。
「君が王家、天宮寺の娘ならばおじさんは・・・君を守らなければならない」
「え?」
その言葉に疑問を覚えた。
何故、会った事も無ければ耳にしたことも無い人物から守られなければならないのか、という以前に彼は名からして外国の人間。守られる理由が何一つ浮かんでこないのだ。
そこで白銀が口を挟む。
「何故、彼女を守らなければならないのですか」
三人の問いを、代表して問うように聞いた。
しかし、カイツは黙秘を貫き通すつもりなのか一言も喋ろうとはしなかった。
先ほどからの態度。何かあるようにしか思えなかった。
何もないのであれば黙る必要はないし、まず由真の存在自体を知るはずが無いのだから。
「あくまで黙秘なのですね。いいでしょう、私はこれ以上口を挟みません」
白銀は諦めてため息をつくと、椅子から立ち上がって外へ出て行ってしまった。そのせいで、なんとも険悪な雰囲気がそこに漂う。
「えと、ボクもちょっと外の空気吸ってこようかな」
その雰囲気に耐え切れなくなった準が、苦笑いしつつ白銀の後を追った。
取り残された二人。
「・・・・・・」
「・・・・・・」
当然のように、会話などあるはずがなかった。先ほどからの均衡状態は続く。
(うぅ、気まずい・・・)
由真はその紳士な視線を直に受けているが、やはりこの雰囲気には白銀や準同様に耐え切れるものではなかった。
「君は、王家の天宮寺だね?」
静寂が途端に破られた。
こちらからの問いに答えてくれないのに、こちらに問いを投げかけてくるカイツに無礼を感じたがどうせだと思って、その問いに答えを出した。
「その通りですよ」
決意でもしたかのように、カイツの目を見る。
「私の名は、王家の名です」
答えを待っていたとでも言うように、カイツは微笑をこぼして由真への熱い視線をそらした。その瞬間、由真を圧迫していた緊張感というか、先ほどの険悪な雰囲気が一気に消えうせたことによって由真はなんだかガクッと肩を落としてしまった。
「おじさんが護衛の仕事をしていたのは、さっき言ったな」
突然カイツが語りだす。黙ってそれに由真は頷いた。
「おじさんは君たちが思うとおり、この国の人間じゃない」
言われなくても分かっていることだ。
カタカナ表記の名前はこの国では受諾されない。サークルエリアもこの国の所有物なのだから、内部にいる人間も当然そうだ。
なら気になることはただ一つ、彼がどこの国の人間で、どういう経路でここにいるかだ。
「ルイド・フォン・アザーアイズの名を知っているね?」
その瞬間、驚きから由真の目は見開かれる。
「アイズ君の、お父様・・・」
その名は、由真の良く知る現王様のアイズの父親の名であった。
「知っているようだね。彼の国とこの国は親睦が深かったから当然ではあるが、君は確かに王家のようだ」
「どうして、その名を知っているんです・・・」
「決まっているだろう。おじさんがその国の人間だからさ」
由真はその言葉を聞いた瞬間、驚きをついに隠せなくなる。顔を素早く上げて、信じられないといった様子でカイツの微笑んだ顔を見た。
「何故そんな人が、ここにいるのですか・・・」
少し震えた声でそういう。
最悪でもアイズと関わりのある人間に対して興味を抱かざるを得なかったのだ。
「このサークルエリアが元々なんだったかは、知っているか?」
記憶を巡らしてみるが、都市化計画が進んだ以前のサークルエリアのことは良く知らなかった。
サークルエリアは元々何かの施設に使われていたらしいのだが、戦争の影響によって空気、水質、地質汚染と住むことが難しくなったときに都市化計画が進められ、内部の改造と共に住居スペースとして確保されたことは知っていた。
その時に、天宮寺家は外界に残って世界の再生を行っていたため、由真は思い人と別れることになってしまったのだ。
「・・・・・・」
考えると、何か思い出したくない悲惨な記憶が蘇ってくるようで考えるのをやめた。
その様子を見ていたカイツは、由真はそのことを知らないと判断し、言った。
「サークルエリアは、犯罪者収容大施設だったのだ。つまり、巨大な牢屋だな」
「え?じゃあ、おじさんは・・・」
犯罪者収容施設に入っていた、ということになる。
ならば導き出される結論はただ一つ、考える必要すら見出せない結論。
「そう、おじさんは犯罪者だったのさ」
「な、何をしたんですか」
犯罪者と言われれば、このことを聞いてみたくなるのは人の性というもの。相手の心に土足で入るようなものだが、一緒にいる以上は聞いておかなければならないと由真は自分を許す。
「おじさんの任務っていうのは、ある犯罪者をこのサークルエリアまで運ぶことだったんだ。」
由真は黙って話を聞いている。彼の話の経路に、何かが隠されているのだろう。
「それは、この国とわが国の共同の作業だった。長期間を要する任務で犯罪者との面会も度々あったのだけど、それが案外いい奴でね。意外と仲良くなってしまったんだ」
犯罪者との交流。
それは本来許されていないはずだったのだが、恐らくその時は特例だったのだろうと推測する。犯罪者の中には、ふとした弾みで犯罪を犯してしまうような人間もいる。そういう場合はカウンセラーなどとの交流が認められているので、恐らくそのようなものだろう。
「彼の考えはとても大人びていた。常に現実を見た発言をし、奇麗事という言葉は彼の辞書にはないようだったな。おじさんはそんな彼に可能性を見出してしまったのだよ」
だんだんと話が読めてくる。
犯罪者の考え方への過大評価、可能性を見出したということは少なからず彼に好意を感じていたということだ。
「そして、おじさんはやってはいけないことをやってしまった。・・・彼を逃がしたんだ」
読めていた。
カイツの罪は、無断罪人釈放罪。これはかなりの重罪に値した。
危険人物を野放しにしたのだ。国民への危険性を高めることになり、当然死刑レベルに値する。
「だが、彼はおじさんを裏切ってこう言った。『無知なる政府を俺が正してやる』と」
「・・・それでおじさんはこのサークルエリアに収容されたんですか」
「そうだ。領事裁判権の行使により、ルイドの弁解も虚しく終わってしまったからな。それで今にあたるわけだが・・・」
言葉を詰まらせる。
恐らくその先は、由真が一番聞きたいことの内容が含まれているのだろう。
何故、由真を守ろうとするのか、ということが。
カイツが口をゆっくりとあけて、話そうとしたそのときだった。
突如、身の回りの全てのものというものが騒ぎ出すように音を立てる。大きなたんす類までもが音を立て、大きな揺れに平行感覚を失って由真は床に膝を付いた。
だがそれは収まったかと思えば、すぐに揺れだし、さらに巨大な何かが近づいてくるような大きな地響きが聞こえた。
そして扉が急に開き、そこから準が姿を現した。
「おじさん!なんかおっきい動物が出た!」
なんとも意味不明な説明だが、おじさんにはその脅威がすぐに伝わる。
すぐさま二丁拳銃を腰に装着し、準と共に外に出る。
そこには白銀が謎の巨大生物と対峙している図が広がっていた。だが、無残に叩き倒されている木々とその生物が歩いてきたと思われる地には大きな爪痕が残り、そこから察しても人間の相手になるような生物ではないことが予想できた。
「あれだよ。今白銀ちゃんが頑張ってるけど、きっと無理だよ!」
「白鳥君だったか、天宮寺君と共に家で結界式を張って待っていろ」
そのおじさんの真剣なまなざしに押され、準は今にも飛び出しそうになっている由真を押し込んで家の扉を閉めた。
その瞬間、家は忽然と姿を消し結界式の発動を物語った。
カイツは奮闘している白銀の元に駆け寄り、声をかける。
「金剛地君だったか、君の能力はなんだ」
「遠隔操作による射撃と、一般的な攻撃型の式です。先ほど情報を強奪したところ、古代に滅んだはずの『恐竜』という種類の肉食獣です」
「これはずいぶんと便利だな。だが、あれはただの恐竜ではないぞ。狂った竜と書いて『狂竜』だ」
「先ほどの狂犬と同じようなものですか・・・。困りました、皮膚が固すぎてビットによる光線射撃もダメージが低いようです」
狂竜は先ほどから結構な距離を置いて、白銀のビットに誘導されるようにして翻弄されている。このおかげで家には近づくことは無かったのだ。
カイツは拳銃を抜き、目標を狂竜に定める。
「そのまま翻弄していてくれ。おじさんが仕留める」
「待ってください!あのような皮膚を貫く攻撃など・・・あっ!」
白銀が言い終わる前に、カイツは飛び出していた。
その後姿は、とてもおじさんと呼べるものではなく、勇敢な戦士のようだった。