11, 金銀兄妹(2)
扉が大きく音を立てて閉まる。
信一は向こう側で何かを叫んでいたようだが、意識が朦朧としている春樹の耳には入らなかった。それどころか、立っているのがやっとで、二人に肩を借りる始末となっていた。
正直情けない。
前回、黒ローブの男、潤目との戦いにあっさりと敗れ、さらには今回のこのありさま。しかもそのせいで信一は犠牲となり、あの扉の向こうで赤髪の男と戦っている。
自己嫌悪に陥りそうになる春樹であった。
(なんで、こんなに弱いんだ・・・!)
自分の中で苛ついたところで何も答えは出ないのは分かっている。しかし、今はこうすることでしか気持ちを抑えられなかった。
準は、一度春樹を肩から下ろし床に寝させる。
「春樹、ちょっと痛いかもしれないけど我慢しててね?」
そういうと、準は先ほど使ったペンを取り出し、春樹の胸に突き立てた。
「ん・・・新手のプレイか?」
「本当にやってあげようか?」
「遠慮します」
痛い、というよりもくすぐったい感覚に春樹は身をすこしよじるが、準にすぐ制止された。
準はすらすらと春樹の胸の上で何かを書いていく。
そばから見ていた由真には、それが何か分かった。
「それは、『自然治癒力の激化』でしょうか?」
「そうだよ。傷を手っ取り早く治すにはこれが一番でしょ〜」
由真はそれに頷くが、何故準のような一般市民が式を使えるのかがどうにも先ほどからひっかっかっていた。
式は、確かにそこまで特殊な人間ばかりが使うものではない。教われば、一般市民でも十分出来るが、それは外界での話。サークルエリアの事情は知らないが、そう教わる機会は無いはずだと由真は思うのだった。
(私が出会った人たちは、希さんも、準さんも、武藤さんも、みんな普通じゃない気がする・・・・・・)
そう思っていると、準が式を完成させる。
「これでよしっと。春樹、具合はどんな感じ?」
春樹の顔を覗き込むように聞いてくる。
それに目をそらして、答えた。
「ん、どういうことか痛みもふら付きも無くなったみたいだ。今のも式ってやつか?」
春樹は起き上がりながら聞いた。痛みは本当にもうない。
「うん、ボクの場合、なんだか物心ついたとこきは式が使えてたの。よく分からないんだけどねぇ」
物心ついたとき、春樹はその頃のことを思い出す。
(・・・あの時、確かに準は・・・いや、忘れよう)
首を横に振って、思考を抹消する。
そのまま座った体制で、春樹は準に問う。
「信一も、式使えるのか?」
「信ちゃんは治安維持機関だから、覚えるのを義務とされてるよ」
そう聞くと、春樹はなんだか仲間はずれにされているようで気分が悪くなった。
いつも一緒にいた三人組の中で、自分だけ式を使えない。それも、使うだけの道具は持ち合わせているというのに、準たちは式の存在すらほのめかしもしなかった。
「私も・・・」
由真が突然口を開く。
「私も、エンブレムは持っていませんが、式は使うことが出来ますよ」
その言葉に首をかしげる準。
準の無言の問いに答えるように、由真は続けた。
「外界の人は式知識は義務教育として学校などで習いますし、私の場合は・・・、先ほどの男の方が言っていたように、王女ですので・・・」
うつむいて申し訳なさそうに話す。
恐らくわざと隠していたわけでは無いのだろう。それに、春樹にとっても特に王女であろうが無かろうがあまり関係の無い話だ。
ただ彼女は、好きな人のためにここに来て、共に戦う決意をしている。これだけで十分だと思った。
「ま、天宮寺さんがどうあれ、俺らにはあまり関係の無いことだ。気にすんな。それよりも俺も痛みが治まったことだし、信一が開いてくれた道だ。早く行こう」
春樹は立ち上がって服についたほこりを払った。
その春樹の意見に二人は頷いて、春樹を先頭として見るにも長い道を歩み始めた。
「春樹?」
突然準が声をかけてくる。
「なんだ?」
「ボクも、手伝うよ」
何を手伝うのか一瞬考えたが、それに春樹は笑ってうなずいた。
案外その時は、早くやってきた。
「ようこそ、オレ領域へってな」
「ですから、先ほども言いましたが結界式は私が立てますので、私の領域です」
登場からインパクトが大きい二人組みが、春樹たちの前に現れる。
一人は金髪で、整った顔立ちをしている。手には槍が握られており、戦う来満々といったところか。
もう一人は銀髪長髪で、これまた整った顔立ちをしていて美人。パソコンを持ち歩いており、金髪の言うことに突っ込んでいた。
「な、なんなんだお前ら?」
春樹はそう言うほか無かった。
すると、金髪の男が胸を張って言い放つ。
「そりゃ、仲良し兄妹、金剛地黄金と同じく白銀だ!」
「馬鹿ですか?いえ、馬鹿ですね。死んでください。」
その言葉にもろに顔に出るようにショックを受ける黄金。
夫婦漫才のようなやりとりを、唖然としてみている春樹たちが思ったことは、一致した。
(馬鹿だ。そしてこいつら面白いぞ)
一度白銀はため息を吐いて、春樹たちに向き直る。
「とりあえず、あなた方は一体何をしに来たのですか?」
それに準が答える。
「そんなの、2ndエリアに行くことに決まってるじゃない」
「やはりそうですか。しかしそれは叶いません。ここから先は通せないことになっています」
そう言って、手を横に広げる。
「もしそれでも通るというなら、力ずくでも止めなくてはなりません」
その目に迷いなど無かった。
後ろで構える黄金の表情も真剣そのもの、本気でやるつもりなのだろう。
由真が、一歩前に出て話しかける。
「金剛地兄妹、あなた方も、政府に加担したのですか・・・」
白銀は少しその姿を見ていたが、ここで怒った様に表情を変え、
「あなたこそ、何故一国の王女でありながら国の政策に反対なさるのですか?ここで『核』を奪わなければ、私たちの国は滅びるかもしれないというのに」
何も言い返せないのか、黙りこくる由真。
春樹も考えてみれば、由真の政府を止める理由は明らかに私情だ。そのために国が滅ぶ道を選ぶというのも確かにおかしい。
そこまでして、その好きな人というのが大切なのだろうかと疑問に思う。もっと他に理由があるのではないかと。それとも、単に王女としての自覚が足りないのか。
ここで、今度は黄金が口を開いた。
「それと、お前」
短く言った後、指差した先には春樹がいた。
「俺?俺がなんだっていうんだよ」
「お前、『四樹』じゃねぇのか?」
と、春樹は隣で準がびくりと一瞬震えるのを見逃さなかった。が、春樹本人にその意味が分からなかったため、特に気にしないで答える。
「なんだよそれ?」
「兄さん、それ以上の問いは無用です」
横から白銀が口を挟んだ。
「そうだな。さて選べ、帰って平和に暮らすか、ここで死ぬか」
槍を構え、臨戦態勢は整っている。
春樹は、何かを決意したように表情を強張らせ、ゆっくりとナイフを抜いた。
「お前を倒して、2ndエリアに行くっていう選択肢でお願いするわ」
すると、その行動を見た瞬間に白銀が叫ぶ。
一触即発とは、まさにこのことだろう。
「『ビット』発動」
手を前にかざすと、丸いボールのような球体が三つほど式を展開させながら現れる。機械のような作りをしているその球体は、不規則に動き回り始めた。
それを見た春樹は、準に問う。
「あれはなんだ?」
「あれは、式の中でも特殊中の特殊、『音声認識型』だよ。多分あのパソコンに登録してある式を、音声だけで速攻構成できるようにしてあるんだと思う」
準もペンを取り出し、既に何かを地面に刻んでいた。それが何の式かは分からないが、とりあえず春樹は自分の出来ることをしようと、黄金と対峙する。
「オレとやろうってか?無謀にもほどがあるぜ!」
黄金は地を蹴った。
距離は瞬時にして詰まり、既に一歩の距離。だが、その距離は槍とナイフでは差があった。春樹は黄金の全身にあわせて、一歩を踏み込む。すると、距離はゼロになる。
黄金はしまったというように顔をしかめる。
「近距離なら、こっちのほうが有利だ」
流れるように黄金の横腹を切り裂いた。が、身をそらしてよけられたのか、鮮血は飛び散らない。
そのまま後ろに回りこみ、第二撃を放つ用意をする。
直後、春樹の斜め上から光線が発射される。
「うぉ!?」
よろけながらもそれを間一髪でかわす。
ビットとやらだった。不規則な動きをしながらそれは確実に狙いを定め、光線を放っていた。
「助かったぜ白銀」
切られた横腹の部分の服を見ながら、白銀に言う。
「まだ完全な意思連結が完了していません。気をつけてください、馬鹿なんですから」
「馬鹿は余計だ!」
体制を整え、再び黄金が突進してくる。だが、先ほどとは違う左右への動きを入れながらの突進だ。
かく乱するつもりなのだろうが、春樹はその動きを見極める。
「春樹!ビットの処理はボクに任せて、黄金の動きを止めて!」
後ろから準の声がし、それに首を下に振って了解する。
春樹は突進してくる黄金を捉える。黄金が振ってきた槍をナイフで受け止め、からめる。そのまま槍の棒の部分を手に取り、壁に向かって大きく投げ飛ばした。
黄金は壁での着地に成功し、そのまま地に足を着こうとするがその隙を春樹は見逃さない。追撃をするため、投げた軸の足で回転し、黄金に向き直る。
しかしここで、またもやビットが春樹の頭上に来る。今度は三方向から三個だ。
「やらせないよ!『地柱』」
準の式が完成した。
すると、地面が地響きを立て、塵や砂が大きく震えだす。そして、突如春樹の身の回りの地がひび割れる。
ゴォン!と大きな音を立て、地柱が発生した。それは狙ったようにビットを叩き潰す。
「くぅ・・・!?」
同時に白銀が精神統一状態を解き、頭を抱え込んだ。
それを見た黄金が、飛ばされた反動など無かったかのように、白銀のほうへ飛び寄る。
「大丈夫か!?」
「大丈夫・・・ではない状況になりそうです」
と、白銀のほほを何かがかすめる。
手で触ってみると、血がついていた。
しかし、そんなことは気にも留めず白銀は、黄金を置いてとっさに準の方に走り出す。黄金はその行動に一瞬戸惑ったが、後を追おうと・・・。
「行かせねぇ!!」
春樹が黄金に向けて投刀すると同時に黄金に突っ込む。
「邪魔だてめぇ!」
果物ナイフをかわし、突っ込んできた春樹の攻撃を受け止める。そのままもつれあっている と、白銀が大きく叫ぶ。
「兄さん!結界式が不安定な状態です!今すぐそこから逃げてください!」
「ちょっと!?春樹まで巻き込・・・早く逃げて!」
同時に準も叫ぶ。
だが、解き既に遅し。
春樹と黄金の戦っている空間が、陽炎で揺れるような現象を起こす。次第にそれが視界を埋め尽くしていき、ついには何もかもが歪んできた。
(なんだ・・・これ?)
気分が悪い。それも生半可な事態でないほどの吐き気と気だるさが春樹を襲う。
「あぁ・・・が・・んぐぁ」
隣で黄金も同様に苦しんでいるようだが、そんなことを気にしている余地はない。
胃がよじれるような、こう体内にある全ての臓器を吐き出してしまいたいと思うほどの嘔吐感と戦っていたが、ついに負け、春樹は意識を失った。