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8, いざ2ndエリアへ(1)

 今日は、待ちに待った退院の日であった。

 その後の病院は、平和であること極まりなかった。とはいえ、やはり病院なので、急患が駆け込むことは幾度かあったが、春樹の気にすることではない。

 気にすることといえば、潤目と再び会った日である。

 何かにブザーが鳴り潤目はロビーにすぐ飛び出していった。春樹は腹痛に苦しみながら行くも、行ったときには後の祭りだった。

 床が盛り上がり壁はボロボロになっており、見るからに戦闘した形跡があった。それも、教わったばかりの『式』とやらを使ったのだろう。

 一体誰と戦ったのか、何故そいつはここに来たのか、何もかも分からないまま過ごしていた。


「まぁ、信一とかに聞いてみれば何か分かるだろう・・・」


 つぶやいて、ため息を吐く。

 現在春樹は、とぼとぼと若者の悩みを抱えながらの帰宅中である。

 最近は、準や信一はライフ収集の計画のため、色々忙しいらしくお見舞いにはあまり来なかった。由真においては良く来てくれたものの、あまり会話もせずに帰っていった。

 なので、今日帰るとかなり久しぶりに二人に会うことになる。


「元気にしてっかなぁ・・・」


 家に帰るだけというのに、何故か一歩踏み出すごとに緊張が増す。 

 いつも見慣れた町並みが、今日だけは新しいものに感じる。ちょっと風景から離れていただけなのに、新鮮な気持ちになったことに春樹自身驚いていた。

 いつもと違う、それはこれから告げられる事を物語っていたのかもしれないと、後々思った。









 ――――








「ただいま〜」


 気だるげに靴を脱いで、春樹は帰ってきた。

 すると、ドタドタと階段を駆け下りる音がして、


「は〜る〜きっ!」

「うわっ!?」


 準が飛びついてきた。うまく受け止めるのも面倒なので、かわすことにする。

 そのまま準の両手は空中をかすめ、玄関に落下する。


「ふぎゅ!?」


 変な声を上げて、地面に突っ伏す。

 さすがに痛そうに思えた春樹は、手を差し伸べて言う。


「だ、大丈夫か?」

「いったぁ〜い・・・。どうしてよけるのよぉ」

「病み上がりの人間に飛びつくなって」


 打った部分をさすって、怒ったようにほほを膨らます。が、それが春樹にとって怒られているなどと捉えられるわけも無く、何故か赤面してしまう。


(ひ、久しぶりの準は刺激が強いな・・・)


 準は春樹の手をつかんで、立ち上がる。

 そのまま春樹を見据えて、満面の笑みをこぼした。


「おかえり、春樹」


 その笑みに返すように、


「おう、ただいま」


 春樹は、自宅への一歩を踏み出した。



「あ、そういえば今日信ちゃんが話があるって言ってたよ?」


 リビングでくつろいでいると、突然準が言ってきた。


「信一が?あぁ、ライフ集めのことか」


 春樹が入院している間、全く行動が出来なかったためか、信一と準はそれぞれ何かをしていたと由真に聞いていたが、恐らくそのことだろうと思う。

 約一週間ほど入院していたため、動きは迅速かつ確実にやらなければならない。そういうための用意でもしていたのだろう。


「いつ帰ってくるんだ?」

「多分、もうすぐ帰ってくると思うけど。まぁボクはほとんど内容知ってるし、ユマユマと遊んでようかなぁ」

「天宮寺さんはいるのか?」


 ふと疑問にした言葉だった。


「うぅん。それが朝からどこかへ出かけちゃったのよねぇ〜」


 それに、春樹は考えたように顔をしかめる。

 由真が自ら行きそうな場所とはどこなのだろうか?と。


「なぁに?ユマユマが気になるわけぇ?」


 にやけた顔で言ってくる。

 それに、ため息を一つして、


「どういう意味でだよ。そりゃサークルエリアに来たばっかりだから、心配にはなるって」

「ふぅん。春樹って以外に優しかったんだね」

「以外ってなんだ!俺は素で優しいから、あぁやって天宮寺を家に連れてきたんだろう」

「あぁ!それもそうだよね」


 それに納得したように、ポンッと手を叩き、にこやかに肯定する。

 なんというか、春樹はそんなやりとりが出来ることに、すごく安心感を得る。病院生活をしているときは他人との関わりはおろか、話す相手すらほとんどいなかったのだ。

 それに、日常が戻ってきたような、帰ってきたような、そんな安堵感。


『お前がいた場所は、真実と虚実が入り混じった酷い場所だ』

『その光は、偽りという色で塗り替えられた闇だ』


 夢の言葉が、一瞬頭をよぎる。

 一語一句、完全に覚えているその夢はどうにも春樹の頭から離れてくれなかった。夢の意味も分からなければ、その意図も分からないが、なんとなく気にはなっていた。


(一体、何だったんだ・・・)

「何を難しい顔をしている」

「うおぉ!?」


 急に背後から声がしたものだから、椅子をなぎ倒しながら春樹は大きく後ずさりする。壁まで逃げ切った後、振り返ると、そこには見覚えのある顔が二つ。


「ふむ。ついに私の存在に恐れを成したか」


 不敵に笑みをこぼす信一だ。


「あ、武藤さん。ご退院おめでとうございます」


 純粋に微笑みかけてくれる由真だ。

 驚きに高鳴る心臓を押さえて、春樹は壁に背を掛ける。


「ったく、驚かすなよ」

「特に驚かしたつもりはなかったのだがな」

「というより、先ほどからいましたし・・・」


 由真が付け加える。そうすると、準は知っていたと思うと、妙にいらだつ春樹。

 信一は、そこにあった椅子に座り、肘を着いて手を組む。


「とにかく座れ。準から聞いてるとは思うが、これからのことを話そうと思う」


 それに春樹は少しだけみんなを見て、うなずく。

 由真や準も同席し、ゆっくりと信一が口を開いた。


「まず、先に話すことがある」


 他の三人は、真剣な面持ちでそれを聞こうとする。

 その表情を見た後、信一が口にした言葉は・・・。


「政府が―――既に行動を始めている」

「なっ!?」


 それに春樹は驚く。

 たった一週間前までは、政府の動きというのは皆無に等しかった。黒フードの男の件はあったが、政府でないことは前回話したときに確定した。

 それが、この一週間で行動をし始めたということは、


「ライフ、奪われたのか?」


 思った最悪の事態を口にする。

 だが、信一はそれに首を横に振った。


「いや、ライフを狙ってきているのは確かになったが、何しろ私でも1stエリアのライフの所在は知らん。そう簡単にはいかないだろう。だが―――」


 一度間をおいて、言った。


「各地で、政府の人間の仕業と思われる事件が多発している」


 由真や準はそれを既に聞いているのか、特に反応は示さない。

 だが春樹は、その言葉で自分の疑問を片付けようとすべく、聞いてみる。


「それってもしかして、俺の入院してたとこでも起きたってことない?」


 春樹が信一に問う。

 信一はそれに、ふむ、と少々考え、


「あったかもしれん。病院での事件も多々あったからな。・・・何かあったのか?」


 今度は信一から春樹に問うた。


「あった・・・って言っても、俺は見たわけじゃねぇけどな。んでも、床とか壁とか、戦闘した形跡はかなり残ってたし、あぁそうだ、黒フードの男が来たんだ」


 黒フードの男、というワードに少し顔をしかめながら、信一は問いを続ける。


「男は、一体何をしに来た」

「俺も意外だったんだけど、果物ナイフ持ってきやがった」


 それにもろに疑問を抱くような表情になると、


「果物ナイフ?他にはなかったのか?」


 追求する。


「そうだ、『式』ってのを教わったんだけど、知らねぇか?」

「・・・『式』、か。・・・・・・・・・・余計な事を」

「ん?何か言ったか?」


 最後の部分が聞き取れず、春樹は聞く。


「いや、何でもない。まぁ、男のことはいいだろう。前回話し合ったとおり、彼に我々を邪魔する意はあまり見られん。とりあえずはこれからのことだ」

「あぁ、そうだったな」


 何故か放置された話題に疑問を持ちながらも、信一の話に耳を傾けることにする。


「我々は、予定通り『ライフ』の散策をすることにする。だが、2ndエリアから順にだ」


 それに、首をかしげた春樹。


「2ndから?そりゃなんでまた。ってか、リンクロード通れるのか?」

「先ほど言ったとおり、1stの『ライフ』はどこにあるか全く分からん。2ndも同様ではあるが、政府の手が下る前に行動したいのでな。あえて2ndからにする。リンクロードは、本来は確かに強力なセキュリティがかかっている為入れないが、この場合は私が何とかしよう」

「本当になんとか出来んのか?」


 疑いの目で信一を見る。


「私を誰だと思っている。不可能など有り得ん」


 自信満々にそう答えるが、事実信一の行動力はすごかった。

 治安維持機関に勤めているだけあって、権力的には他の人間より圧倒的に大きいのだ。そう思えば、納得せざるを得ない。


「ま、そうだな。んで、いつ頃行くんだ?」

「明日だ」

「・・・・・・えぇ!?」


 即答されたため、一瞬反応が遅れてしまったが、驚愕の事実に相応する驚き方で、立ち上がった。ちなみに、それに春樹が驚いた姿を見て由真も驚いていた。


「ま、待てよ。早すぎはしねぇか?」

「何を言う。貴様が刺殺寸前にまでやられなければ、もっと早く行動していたのだ。むしろ貴様には存分に頑張ってもらいたいところだな」

「う、確かに」


 春樹が入院しなければ、確かにもっと早く行動が出来たはず。言い返せる言葉は無い。

 と、ここで驚きに驚いていた由真が、口を開く。


「あの、でもまだ見つかるとは限りませんし、武藤さんも病み上がりです。少し休ませてもいいのはないでしょうか?」


 その時、春樹には由真が天使に見えた。白衣の天使とは違う、優しい何かを発する天使に。


「一理無くも無いが、却下だ」


 対に、信一は悪魔に見えた。今更ではあるが。

 続けて信一が春樹を睨むようにして言った。


「何度も言うが、政府よりも早く行動しなければならないのだ。悠長なことは言ってられん」


 ここで、初めて準が口を開いた。


「まぁともかくよ、ボクたちは一応サークルエリアの命運を背負ってるんだから、気合入れてやらなきゃダメってこと」


 ずいぶんと漠然とした説明ではあるが、確かな話だ。

 これに失敗して、政府にライフをとられて『コア』まで進入を許せば、サークルエリアは崩壊してしまうのだ。

 そう考えれば、いかに由真の意見が無駄な時間をとることになるか、春樹は理解する。


「分かった。明日でいいよ」


 正直疲れてはいるが、先ほどの意見を聞いてはそうは言ってられない。


「本当に大丈夫なんですか?」


 心配したように、春樹を覗き込んでくる由真。潤んだ目が、春樹の本能を駆り立てるようにと効果を発揮する。


(うっ!?こ、これは!?)


 ついに展開する脳内回路。

 つまりはこういうことである。『本当に大丈夫なんですか?』『あぁ、俺は君がいればそれだけでいい』『そ、そんな!!私は・・・その・・・』赤面しながら言葉を詰まらせる。『恥ずかしがらないでいいさ、俺たちの想いは通じているんだ』そっと抱きしめる。『春樹さん・・・今まで隠してたけど、もう無理。・・・愛しています』そして二人は、禁断の・・・。


「だふす!?」


 吐血する。もう定番になってきたのか、準も信一も微笑むだけでどうにもしない。

 だが、慣れていない由真はなおさら心配した様子で春樹に近づく。


「だふすって、武藤さん!?死んだらダメです!」

「いや、むしろここで殺してもいいのかもしれんな」


 信一が言い放つ。


「ダ〜メ!春樹はボクがもらうんだから」


 春樹の腕に絡む準。


「止めろ。俺はお前にはやらん」


 それを払って、春樹は復帰する。


「良かった。武藤さん復活したみたいですね」


 本当に心配していたかのように、ほっと胸をなでおろす。

 なんというか、ここまで心配されるとむしろ怪しいと感じてしまう春樹であった。


「あぁ〜、春樹、今ユマユマの事考えたでしょ〜。・・・変態」

「変態!?確かに考えたけど、んなやましいことはねぇよ!?」


 それに由真が赤面し、顔に手を当てる。


「武藤さん!?そんな・・・私は、・・・うぅ」

「落ち着いて天宮寺さん。あなたは準におとしいれられていますよ」

「私・・・はずかしめられたのでしょうか・・・」

「うぉい!?何言ってんのよ!?」


 それに信一が加担する。


「ふむ、ついに妄想を武器にして襲い始めるとは・・・むしろ圧巻だ」

「圧巻するな。そして訂正してくれ」

「無理難題を極める注文だな。私としては面白くて仕方が無い」

「うるせぇよ!?」


 準に、由真に(天然なのか)、信一にいじられた春樹はやけになって叫んだ。

 由真はそれでも顔を隠し、準はにやけて由真を慰めている。

 ふむ、と信一は一置きおくと、


「冗談はさておき、明日はリンクロードの前に集合してくれ」

「冗談って・・・まぁいいか。リンクロードの前の方がいいのか?」


 それにうなずいて、言う。


「そちらの方が治安維持機関からの距離が近い。集合も面倒なことにはならないだろうしな。それに、リンクロードのキーも持っていかなくてはならないからな」

「そっか。分かったけど、今日はどうするんだ?泊まってくのか?」

「いや、白鳥準に襲われる危険性があるため、今日は機関に泊まることにする。」


 それに当然のように準が反応する。


「何それ〜。ボクが襲うのは春樹とユマユマだけだから、安心しなさい!」

「安心できねぇぇぇぇ!?」

「色々ダメです〜〜〜!?」


 春樹と由真が叫んだそのときには、信一は既に不敵な笑みを浮かべて去っていっていた。




 これから忙しくなる。そんなことは、四人全員が分かりきっていたことだ。

 運命は、回り始めた。

 誰が中心といわず、全ての人間を中心として。




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