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この作品には 〔ボーイズラブ要素〕が含まれています。
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【高校生青春BL】『素直になるドリンク』を飲みますか?

作者: キタ
掲載日:2026/08/02

 今、俺の目の前には「飲むと素直になるドリンク」が置かれている。


「…………」

 俺にこのドリンクを渡してきた、すぐ向かいの席に座っている誠を見やる。ばちり、と目が合うと、にこり、と期待が入り混じった笑みを返された。この様子だと、俺が飲むまで彼は引かないだろう。これまでの付き合いでよく分かっている。


「飲むと素直になるドリンク、ねえ……」

 受け取った缶をぐるぐると回転させてラベルを読む。当たり前だが「ジョークグッズです」と小さく書かれていた。成分を見た限り、ただのりんごジュースなのだろう。それはそうだ、こんな夢のような商品が数百円で買えるわけがない。

 誠は天才だなんだと持て囃されているくらい頭が切れて頭脳明晰なのに、素直であるが故に信じやすいところがある。俺たちが所属しているオカルト研究部に彼が所属している理由も「UFOや超常現象が好きだから」らしい。物理的に考えたらおかしい内容であったり、いわゆるヤラセ的な現象に関しては「信じる信じないではなく、存在しようがないからな」とばっさりと切り捨てる面を持っているが、基本的には夢見がちな人間だ。ちなみに俺はというと、都市伝説などが好きでオカ研に所属しているものの、あくまで読み物として楽しんでいるだけで信じてはいない。


「ひさしぶりに松本先輩と会ったときに貰ったんだ。俺自身が飲んでも検証が難しいから、よかったら協力してくれないか?身体に悪い影響が出るものは入っていないらしい」

 まあこれ、ただのりんごジュースだからね……と口にしそうになって、慌てて止める。

 松本先輩は数少ない、幽霊部員が多いうちの部にしてはほどほどに部室に顔を出していた一歳上の先輩だ。よく誠をからかっていたが、馬が合うようで今でもたまに会うらしい。松本先輩も彼と同じで頭が良く、難関大学に通っているそうなので進路に関する話をしたりもするのだろう。俺が誠と一緒に居られるのは、もうあと一年を切ってしまっているのに。


 俺は今、目の前に座っている、ジョークグッズである「飲むと素直になるドリンク」を信じているこの男のことが、好きだった。彼に告白する気はない。

 今、俺は彼の「一番の親友」というポジションに居られているのだ。告白して気まずくなって、関係が悪化してしまったり話せなくなってしまったら、と思うとこのままで居たほうがずっとずっといい。

 誠はきっと、俺が告白しても茶化すことは決してないだろう。真剣に考えてくれるだろう。そういうところが好きだ。……問題は誠ではなく、俺のほうにある。


 俺の名前は「澄尚」だ。澄尚と書いて「すなお」と読む。「素直な子に育ってほしい」という親の願いは俺には重すぎて、名前に反するように年々と天邪鬼になってしまっていっていると自覚している。

 俺と違って素直である誠は、そんな俺のことも笑って受け入れてくれていると思っていた。けれど「素直になるドリンクを飲んでほしいと思っている」イコール、素直ではない俺のことに辟易していたのだろうか。……あ、なんかちょっと泣きそう。


 涙がこぼれてきてしまわないように目をしぱしぱと瞬かせて、震えそうになる声に気がつかれないように小さく「……分かった。飲んでみる」と言うと、誠の表情が分かりやすくパッと明るくなった。俺が素直になったらそんなに嬉しいのか。

 はは、と心のなかで乾いた笑いをこぼして、カシュ、と音を立ててアルミ缶を開ける。

 顔に近づけて匂いを嗅いでみたが、普通のりんごジュースと変わらないようだ。緊張感からか、喉がカラカラに乾いていたのでちょうどいい。ごくごくと缶の半分以上を飲み干して、トン、と机に軽くなった缶を置く。


「どうだ?身体が熱くなってきたりとか、そういうことはあるか?」

「……ないよ。味も普通」

「そうか。うーん、どれくらいで効果が出るんだろうか」

 誠はこのジュースの効果を信じ切っているらしい。よって、俺がこれから取れる行動は二択だ。


 一つ目は、ただのジョークグッズであって、やはり効果はなかったと真実を告げる。

 二つ目は、効いたフリをする。つまり、天邪鬼な自分をどうにか抑え込んで、素直な物言いをする、だ。

 目を輝かせている誠に夢を見させてあげたい気持ちと、彼に本当のことがばれてしまったときに恥ずかしくなるであろう感情のどちらを取るべきか。一体、どちらの選択肢がより正解なのだろうか、俺には分からない。

 もしこれがゲームの世界であれば、効果音と共に好感度ゲージが上がったり下がったりするゲージが見られるだろうに。


「……その、澄尚」

「何?」

「まだ効果は薄いかもしれないが、確かめる意味でもいくつか質問をしてみてもいいか?」

 実際に効果が出ているのか調べたいのだろう。彼からの質問によっては、今日くらい素直になっても問題ないかもしれない。

 俺は二つ目の選択肢、効いたフリをする、を選ぶことに決めた。惚れた弱みだと言われても構わない。どうせ俺以外、誰も知り得ないのだから。


「今日の昼は何を食べた?」

「かつサンドとハムと卵のサンドイッチとメロンパン。……ってこれ、嘘言ったりすることないでしょ」

「そういえばそうか」

 誠が珍しくうんうんと唸っている。頭がいい彼のことなので、実験を開始するより前に質問事項をしっかりとまとめているものだと思っていた。お遊びのようなものだからだろうか。

 今日の誠はいつもと少し違っているように感じて、話しているとそわそわする。知らないひとのようだ、とまでは言わないけれど、あまり俺が見ることがない誠だ。


「少し踏み込んだことを聞いてもいいか?」

「いいよ。今更、何遠慮してるの」

「親しき仲にも礼儀ありだろう。もちろん、黙秘したかったら黙秘してくれても構わない。……いや、素直になる、であれば、黙秘も難しいのか?」

 ぶつぶつと呟く誠に思わず笑ってしまいそうになる。俺を気遣ってくれていることがよく分かってくすぐったい。好きだな、と思わずぽろりとこぼしそうになった言葉を慌てて喉の奥に押しやった。


「澄尚は今、付き合っている相手はいないと言っていたな」

「……え、うん。そうだよ」

 じ、と俺を見つめている誠と視線がかち合う。真剣な表情にどきり、と心臓が跳ねた。

 誠とは恋愛に関する話はほとんどしたことがないが、こうやって一緒に放課後を過ごすことが多いので、お互いに付き合っている相手がいないという話はしていた。

 恋人がいるのであれば、自分よりもその相手を優先すべきだ。お互いにそういう考えなので、相手ができたら言おう、と約束している。


「その、好きな人はいるか?」

「……え、」

 誠にそんなことを聞かれるとは思ってもみなかった。間抜けな声が喉から抜ける。

 彼は恋愛にはあまり興味がないタイプだと言っていたし、俺の恋愛事情ももちろん気にすることはないと思っていたので完全に想定外の質問だ。

 ついさっき潤したはずの喉が再びカラカラに乾く。

 どうしよう。どうしよう。

「ジュースのせいだから」と本当は効きやしないジュースに責任を押しつけてどさくさに紛れて、彼に向ける感情に気がつかれてしまうようなことを言っても、はたして許されるのだろうか。

 どう答えるべきか迷っていると、誠がおそらく「言いたくなかったら言わなくていい」と言いかけた。彼が言い切る前に「いるよ」と言う。

 心臓がばくばくとうるさい。口から飛び出してしまいそうだ。誠の顔が見られなくて俯く。


「……そうか。その相手は俺が知っている人か?」

 確信に迫る質問だ。それもそうか、誠は今「素直じゃない俺が素直に質問に答えるか?」で、ジュースの真偽を確かめようとしている。普段、誠に同じことを聞かれてもきっと俺ははぐらかすだろう。相手がアンタだとは、いつもの俺なら口が裂けても言えないのだから。


「……うん」

 ジュースのせいだから。そう、全部素直になるジュースの効果。

 ぶつりと吹っ切れた俺はジュースに責任を押しつけることに決めて、全部言ってやろうと決めた。今日だけだ、全部忘れてほしいと言えばいい。きっと誠なら頷いてくれる。


「そうか。ではその、相手は?」

 ごくり、と唾を飲んだのは俺か誠か、あるいは二人ともだっただろうか。

 口を開いて、閉じる。

 全部言ってやろうと決めたのに、素直になれない俺が素直になるのにはかなりの勇気がいるようだ。

 はあ、と誠には聞こえないように小さく息を吐いて、覚悟を決めて口を開いた。


「今、俺の目の前にいる」

「……は?え、」

 鳩が豆鉄砲を食ったような顔、というのはまさに今の誠のことを言うのだろう。完全に予想外だった告白に驚くのも無理はない。

 誠が口を開いて、音を出さずに閉じる。数十秒前の自分を見ているようでなんだかおかしかった。


「すまない……!」

 告白の返事は聞かなくても分かっていた。分かってはいたけれど、実際に言われると胸にくるものがある。

「俺こそ、急にこんなこと言ってごめん。ただの友達だって思ってたやつに告白されたら気持ち悪いよね」と早口で返すと「違う、そういうことじゃない」と強い口調で否定された。全部分かっていたことなのに、勝手にこぼれ落ちてきそうになっていた涙が引っ込む。


「俺は卑怯でずるいことをした。言いたくなかっただろう。勝手に暴いて言わせてしまって、本当に申し訳ない」

「いや、そんなことない。誠が謝ることじゃないから」

「……俺も飲む」

 決意をその瞳に浮かべてそう言った誠の手が「素直になるドリンク」へと伸びる。

 まずい、これを飲まれてしまうと真実がバレてしまう。


 誠の手に渡ってしまうより前にアルミ缶を手にとってゴクゴクと飲み干す。驚いた表情を浮かべている誠に「喉乾いてたから。誠はこんなの飲まなくても、いつも素直でしょ」と言うと、誠は「いや、そんなことないんだ……」と消えそうな声で紡いだ。


「……」

「………」

 なんとも言えない、気まずい空気が流れる。

 やはり告白はしないほうがよかっただろう。今後ずっと、誠とぎくしゃくしてしまったら嫌だ。しかし数分前の自分の発言を後悔したところで、時間はもう巻き戻せない。


「……澄尚」

「ん、何?」

「今日はもう帰ろう。家まで送る」

「え?いいよ。誠、徒歩でしょ。うちまで電車で二十分くらいかかるよ」

「ジュースを飲ませたのは俺だ。実際に効果があると分かった今、発言のコントロールができないせいで、何かの事件に巻き込まれてしまう可能性も考えられるだろう」

「ええ、そんな大げさな……」

 そもそも、ジュースに効果があるフリをしているだけなので、何ら影響はないのだ。真面目な彼らしい提案だが、不必要であるし申し訳がなさすぎるので断りたかったのに、誠は頑として譲ってくれなかった。誠の申し出を断るには真実を話すしかないだろう。「効いたフリでした」とは言えない俺は、卑怯で臆病者だ。


◇◆◇


「澄尚、大丈夫か?」

「う、うん。誠こそ大丈夫?満員電車、慣れてないよね」

「ああ、なんとか……それにしても、人が多いな」


「学校近くの駅の改札まででいいから」と言ったものの、俺の自宅近くまで送ると言って絶対に聞き入れてくれなかった誠と一緒に俺は今、電車に揺られている。

 できるだけ長く誠と過ごしたくてなるべく部活に顔を出すようにしていたから、この時間帯の電車の混雑具合を忘れていた。沿線沿いに高校が複数あるせいで、学生の帰宅ラッシュであるこの時間は非常に混むのだ。徒歩通学であり、電車通学をしたことがない誠にとってはかなり窮屈で負担が多いだろう。

 申し訳ないという気持ちと罪悪感が募る。素直な誠は、俺の嘘に騙されてしまっているせいでこのような状況に身を置いているのだ。

 それなのに、誠は俺のことを気遣って少しでも身動きが取れるようにと空いたスペース側に俺を立たせてくれている。

 こんな俺にやさしくしないでほしい。俺はやさしくされる資格なんてないのに。

 俺が今すぐ真実を言えば、誠はこの状況から解放されるのだ。それなのに、本当のことを口にできない卑怯な自分が嫌になる。


「あと何駅だ?」

「えっと、あと三駅。ごめんね」

「君が謝ることはない。何なら、俺は不謹慎にもワクワクしている」

「……満員電車に?」

「それもあるが……澄尚の家の近くまで行くのは、初めてだろう」

「そ、うだね」

 にこ、と嬉しそうに笑いかけられて心臓が跳ねる。ばくばくとうるさいそれが口から飛び出てきてしまわないかと不安になる。ただでさえいつもよりも誠と距離が近く、密着してしまっているのだ。

 電車が揺れ動くタイミングで、彼のシャンプーの匂いがふわりと薫ってどぎまぎした。ばかみたいに緊張している。ごくり、とつばを飲み込んだのを、誠には気づかれたくない。


 気が気でないまま更に乗車率を増した電車に揺られること十数分後、やっと地面に降り立つことができた。新鮮な空気を肺に送り込む。満員電車に慣れていないはずの誠よりも、俺のほうがぐったりとしてしまって情けない。

「誠、大丈夫だった?気分悪くなったりしてない?」

「大丈夫だ。澄尚は?」

「俺はまあ、たまに乗ることあるし……帰りは逆方向だからすいてるはずだよ」

「そうか。澄尚の自宅は駅から近いんだったか?」

「ここから歩いて五分くらいかな」

「分かった。送る」

 そこまでしてくれなくていいよ、と思ったものの、ここで「はい、さようなら」と追い返すことは流石に出来ない。

 少し考えて「もし、誠に時間があって嫌じゃなかったら、ちょっとウチ上がってく……?何のお構いもできないけど」と返すと、誠の表情がぱあっと明るくなるのが分かった。


「いいのか?でも、急にお邪魔したらご家族にご迷惑ではないか?その、手土産もないし……」

「あはは、そんなこと気にしないでよ。母さんはいるけど、俺の部屋に行くから関係ないし」

「そうか。なら、お言葉に甘えよう」

「掃除してないから、散らかってるけど……」

「気にしない。……澄尚はその、友達をよく自宅に招くのか?」

「うん?あー、中学のときはウチで遊ぶこともあったけど、そういえば高校生になってからはないなあ」

 誠に問われて、高校生になってから友達を自宅に招くのは初めてのことだと気がついた。母に何か言われるだろうか。誠と俺はタイプが違うように見えるだろうから、仲がいいことを不思議に思われるかもしれない。


「その、こういった際の振る舞いがあれば教えてほしい」

「振る舞い?」

「友人の家に行くのは、幼少期を除けば初めてなんだ」

「……俺の家でよかった?」

 初めてなのに、とこの状況を作り出している後ろめたさも込みで聞いてみるも「初めてが澄尚の家で嬉しい」と返されて、じくじくと胸が痛む。傷つく資格なんか俺にはないのに。

 それでも、彼の「初めて」の枠を埋めるということに優越感を覚えてしまっていて、もうどうしようもない。


 申し訳なさと嬉しさが入り混じってぐちゃぐちゃな感情のまま歩いているうちに、自宅へと到着してしまった。

「ついたよ、ここ」

「おお……表札が君の名字だ」

 変なところに感動している誠をおいて、鍵を差してドアを開ける。


「ただいま、友達連れてきたよ」といつもよりも大きめの声でリビングに向かって話しかけてみたものの、返事がない。おかしい、まさか、不在なのだろうか。

 誠に玄関に上がって貰って、ひとりリビングへと向かう。いつもであればこの時間にはこの部屋にいるであろう母の姿はなかった。もしかしなくても、今、この家には俺と誠の二人きりらしい。

 今日一番心臓が早くなる。

 別に、友達が家に遊びに来ただけだ。何もない。ただ、彼が俺の好きなひとで、俺が今「素直に思っていることを口にする」状態だと思われているというだけだ。


「…………」

 すう、はあ、と大きく深呼吸をする。お客様をいつまでも玄関に放置しておくわけにはいかない。

 玄関に戻って「ごめん、親いなかった。俺の部屋まで案内するね」と誠の顔を見ないで言って、いつもよりも早いペースで階段を駆け上がる。


「飲み物とおやつ持ってくるから、部屋で待ってて」と誠を俺の部屋に置き去りにして、キッチンで頭を抱えた。

 二人きりだと意識してしまうともうだめだ。邪なことを考えているわけではないし、俺が誠に告白をしたあとという状況ではあるが、俺たちはただの友達だ。そう、ただの友達。

 誠は俺のことを友達としか思っていないのだから、間違っても何かが起こることはない。


 二人分の飲み物とおやつを乗せたお盆を手に、先ほどとは打って変わってゆったりとした足取りで階段を登る。誠にどう顔を合わせたらいいのか、数時間前の自分の選択の後悔でいっぱいだった。どうしよう。俺は、どうすればいいんだろう。

 ごく、と息を呑み込んで覚悟を決めて、自室のドアを引き開けた。


「ごめん誠、おまたせ。麦茶で大丈夫?」

「いや、お構いなく」

 誠はどこか落ち着かないようで、そわそわしている。借りてきた猫のような状態の誠を見る機会は滅多にない。思わずふふ、と笑みが溢れたところを、誠にしっかりと見られてしまっていたらしい。


「……笑うな。俺だって緊張しているんだ」

「誠が?あんまり緊張しないタイプじゃん」

「俺が緊張している理由は……というかそもそものことを、君にきちんと話すべきだな」

「うん?」

 真剣な表情を浮かべる誠に、意を決して向かい合って座る。

 俺とは違っていつも堂々としている彼らしくない。彼の口が開かれて、何も音を出さずに閉じられる。話し始めあぐねている彼を急かすのは違うだろう。

 言いたくなかったら無理に言わなくてもいい、と告げようとしたタイミングで、ばちりと誠と目が合った。


「まずは、何度も謝ってしまって君に気を使わせるばかりだと分かってはいるが、謝罪させてほしい。身体に影響がないと聞いていたとはいえ、自分の意思とは異なることを強制的に言わされる、自白剤のようなものを飲まされるだなんていい気はしないだろう」

「それは、俺が自分の意思で飲んだんだし。決めたのは俺だよ」

「そうであっても、言いたくないことを言わせただろう。卑怯だった。君にあのドリンクを飲んでもらったのは、ひとえに臆病でずるい俺のせいだ」

「……」

 ぽつぽつと独り言のように、でも後悔の色が滲む声音で紡がれるそれに横槍を入れることはできなくて、頷くことしかできない。誠は今、何を考えているのだろう。彼が俯いてしまったせいで、その表情はよく見えない。


「君には好きな人間がいるのだと、偶然小耳に挟んでしまった」

「……え?」

「友人との談笑を盗み聞きしてしまったのは申し訳ないと思ったが、聞いてからずっと引っかかりがあって、色々なことが手につかなくなっていたんだ。そんな俺を見かねた先輩が差し出してくれたドリンクに飛びついてしまった」

「……誠、俺の好きな人が誰か気になってたの?そういう話、興味ないじゃん」

「他人の惚れた腫れた話には興味がない。ただ、君のことだと話が違う」

 ゆっくりと顔を上げた誠と目が合った。

 心臓がうるさい。だって、こんな、勘違いしてしまう。

 違う違う、そんなことない、と否定の言葉を頭のなかで何度も繰り返すのに、期待した心が震えるのが分かった。


「俺は澄尚のことが好きだ。だから、気が気じゃなかったし、君の好きな人間が誰なのか探ろうとした。身勝手ですまない」

「う、うそだ……」

 ぽろ、とこぼれたのは他でもない、俺の心からの声だ。素直になったとしても「そう」思っているのだと考えたらしい誠が身を乗り出して「うそじゃない」とすぐに否定の言葉を紡ぐ。もしかしたらこれは夢で、全部現実ではないのかもしれない。


「君も俺のことが好きだと言ってくれたが、こんな卑怯な男だとは知らなかっただろうし、幻滅しただろう。俺のことをまだ好きでいてほしいと、虫の良いことを言うつもりはない」

 すまなかった、と頭を下げる誠に感情が追いつかない。誠に見られていないのをいいことにそっと頬をつねる。痛い。


「……誠、顔上げて」

「しかし……」

「俺も、誠に謝らなきゃいけないこと、ある」

「……なんだ?」

「その、俺のほうが臆病だし卑怯だ。幻滅もすると思う。誠はやさしいから、そんなことないって言ってくれるかもしれないけど……」

 ごくり、とつばを飲み込む音が静まり返った部屋の中に響く。

 ああもう、こんなときにも心臓がうるさい。聞こえないフリをして、意を決して口を開いた。


「俺、素直になるドリンク、飲んだじゃん」

「ああ」

「あれ、うそ」

「……は?」

「ただのりんごジュース。ジョークグッズだって書いてあったでしょ。俺は飲んで効いたフリをしてただけ」

「…………」

「誠も、俺が天邪鬼なのは知っていたでしょう。だから、効いてるってうそをついて、誠がどう思うかも考えずにべらべら喋った。それで、わざわざ家まで送らせちゃったし……」

「家まで送ったのは、それこそ俺の意思だ」

「でも……」

「なあ、澄尚」

「……うん」

「俺たち、似た者同士だな」

「……全然似てないのにね」

「そうか?」

「そうだよ、俺は凡人だし」

「それでいうと、俺と違って澄尚は常識があるな。一緒にしたら失礼か」

 はは、と笑った誠が、ふ、と息をこぼす。すぐに真剣な表情になって、射抜かれるように見つめられた。


「ちゃんと言わせてほしい。澄尚、君のことが好きだ。俺と付き合ってくれないか」

 彼の口から聞くことはないであろうと思っていた言葉が、彼の声で俺の耳へと届く。

 現実味はないのに、これが現実だと俺はすでに分かっていた。彼に言わせてばかりいるのは卑怯すぎるだろう。震える手をぎゅうと握りしめて、口を開く。


「俺も、誠のことが好き。俺こそ、付き合ってほしい」

 ドリンクの効果でもなんでもない、俺の心からの本心だ。素直に本音を言うのはこんなにも怖い。

 震える手を俺のぎゅ、と握りしめて「これから、より一層仲良くしてほしい」と言う誠は、これまで見たことのない照れた表情を浮かべていた。うつったらしく、俺まで照れてしまう。顔が熱い。

 今だけはほんのすこしだけ、心臓の音を聞かれてしまってもいいかもしれない、などと思いながら、繋がれた手にぎゅっと力を込めたのだった。


了

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