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現代か、現代ファンタジー

愛され婚活するならお天気雪の日、九尾の妖狐をお相手に。

作者: 待鳥園子
掲載日:2026/03/02

「寒い……」


 玄関のノブを回して思わず出た言葉は、白い息と共に冷たい風に散った。


 何年間に一度という寒気が日本に流れ込み、二日前ほどから急激に気温が下がった。この地域では珍しいくらいに、零下を越すような寒い日が続いた。


 寒い……寒くて、外には出たくない。けれど、仕事は私の都合を考慮してはくれない。


 毎月振り込まれる給料がなければ、一人暮らしは出来ない。社会人となり歯車のひとつに組み込まれれば、寒いという感情だけでは休めない。


 けど、私個人の意見としては生理休暇があるくらいだから、気温低下休暇があっても良いと思う。


 出来るだけ着込んで貼るホッカイロでお腹と背中をサンドイッチしているけれど、驚くべきことにまったく温かい気がしない。普通。暖かいホッカイロにサンドイッチされて、それが普通なのだ。


 このホッカイロがなかったら、もっと寒いってこと……? 私はなんだか今日の寒波の恐ろしさに気が付いて、背筋がゾッとしてしまった。


 通勤のためのバス亭までは、徒歩で十分程度だ。そこから三十分ほどバスに揺られ、電車に乗り換えて一時間。通勤に片道二時間。


 私にもし、優秀なスキルがあれば、もっと近場で仕事が探せたかもしれないけれど、ないものはないので仕方ない。


 ああ……バスに乗ったら、スマートフォンに届いてる、いくつかの通知に返信しなきゃ……どうせ上手くいかないだろうと察しているものなので、今後のことを考えると関係を穏便に済ませなければならない。


 目の前には、昨夜から雪が降り積もった白い道。歩いていると視界の中で、ちらちらと雪が降り出して、なんだか違和感があった。


 ……ああ。違和感の理由が、この時にわかった。雪が降っているのに、頭上にあるのは青い空なんだ。


 透き通る青の中から、不思議に降り続く白い雪。おそらくは、お天気雨なのだけど、あまりに気温が低すぎて雪として降ってきているのだろう。


 お天気雨ならぬ、お天気雪。


 これだけ寒いのなら、雨も雪になってしまう。曇天の中で降る雪なら自然だけど、青空の下の白い雪は、とても違和感があった。


 不意に、私の耳には『シャンッ……シャンッ……』と、規則正しい鈴の音が聞こえてきた。


 お祭りのお囃子で聞くような、そんな涼やかな音だ。今はもう年も越して、そんな時期ではない。だから、とても不思議だった。


 鈴の音……本来、聞こえていないはずもないものが、聞こえているような気がして。


 これは、気のせいだよね……?


 いま我が身に起きている不思議を解明するには、出勤時間までの時間が少なすぎる。遅刻も嫌だし不意な有給休暇は、その後の自分の首を絞める。


 これは、聞かなかったことにしよう。そうしよう。だって、社会人の私の朝は、あまりにも時間がなさ過ぎる。


 さくさくと良い音を立てて前へ進むと、私の目の前に、半透明の花嫁行列が見えた。


 ゆっくりと進む異形たちの行列。彼らのは姿はそれぞれでありながら、白い狐の仮面を身に付けていた。


 ……最初は、何かの見間違いかと思った。けれど、そうではなかった。


 見えないはずのものが見えてしまっている私は、十字路の前で立ち尽くすしかない。


 何故かって……? だって、私はただの人間だ。明らかに人外に見える異形たちの、狐の仮面を被った半透明な行列を知らないままで横切るなんて出来るわけがない。


 ぶわっと何か、強い風圧のようなものを感じた。とても強いもの、何かの力を持つ者が近付いて来ている。


 私は本能で、思わず後ずさろうと思った。けれど、出来なかった。不思議に靴底が縫い止められたかのようにして、足が動かないのだ。


 ああ……近付いて来る。


 その時、長い尾が何本もある狐が、二本足で歩いていた。不思議だ。私はその狐がこの行列の中で一番に強いのだろうと何故か本能的に理解出来た。


 ただそこに居るだけだというのに圧倒的な存在感を示し、明らかな強者であるゆえのゆったりとした余裕ある所作、居並ぶ花嫁行列の狐たちとは全く違う。


 白い狐はチラリと横目で、私を認識したような気がした。わからない。そう思っただけで、実際にはそうではなかったのかもしれない。


 ……シャンッ……シャンッ……シャンッ……シャンッ……シャンッ……。


 私は目の前の光景に驚き戸惑いながらも、いつかこの狐の仮面の行列は終わるのだろうと頭のどこかで思った。そうして、慌ただしくもありふれた、ただの日常に戻るのだろうと……。


 私に目を留めたあやかしが、すぐそこで足を停めるまでは。


「……なんだぁ? 人の子が、我々のことを、見えているのか?」


 声が聞こえたと同時に、鈴の音はやみ、立ち止まった無数の狐の仮面が私の方を一斉に見た。


 ……怖い。背筋が凍るような、大きな恐怖を感じた。


 私は何も言えなかった……ううん。あまりにも追い詰められた気がして、声が出なかった。気が付かれた。私が彼らを見えていることに、気が付かれてしまった。


「……っ」


 瞬時にあやかしの長い首が伸びて、私の顔の間近にまで来た。狐の仮面は不気味で表情がわからない。なお一層、怖さが増した。


「……ふうん。これは、若いおなごではないか。連れ帰ってしまおう」


 ……! あやかしに攫われる? ……お天気雨の中、狐の嫁入りを見た者は……その後、どうなるんだろう。


 わからない。


 私のあやかしに関する貧困な知識の中では、お天気雨の日は『狐の嫁入り』と呼ばれていることだけ。それは、不思議な世界との境界が、少しだけ曖昧になっている証拠だと。


「ふふふふふ。震えて怯えて……可哀想に。すぐに慣れる。我らあやかしには、人の子の嫁を欲する種族が多く居るのだ……お前は若い。高く売れるだろう」


 耳元で囁かれた言葉を聞いて、喉の奥でヒュッと音がした。


 私……妖怪に、売られちゃうの? こんな寒い日に、重い腰を上げて頑張って出勤しようとしただけなのに、ただそれだけなのに。


「おい。待て」


 絶望を感じていた私が目線を上げればそこに居たのは、さっき一匹だけ別格に見えた白い狐だった。


 若くて張りのある男性の声だ。狐の姿だけだと性別は判別出来ないけれど、この白い狐はどうやら男性らしい。


「妖狐か……いや、人の子が居た。かくりよへ、一歩足を踏み込んでいる。そうなれば、我らの領域に居るということだ。かくりよに迷い込んだ人の子は、早い者勝ち。お主にはこのおなごの所有権はないだろう」


 首の長い男のあやかしはそう言い、意見されたことに対し、不満げにふんっと鼻を鳴らした。


 かくりよに一歩、足を踏み込んでいる……?


 ……あ。もしかして、このお天気雪の中で、私は狐の花嫁行列を見えてしまったから……? だから、私は不思議な世界に居るとみなされて……このまま、妖怪に食べられてしまうの?


 白い狐は無言のままで、幾本もある尾をくるくると回した。それは、首の長い男へ向けた威嚇のためだと、私にもわかった。ぶわっと強い風のようなものを感じた。空気はまったく動いていないのに。


 狐は首の長い男を睨め付けながら、感情の薄い低い声で言った。


「しきたりは道理だ。だがこれは、我が従姉妹の嫁入りだ。この場は、俺が仕切らせてもらおう。それが嫌ならば、いますぐに帰ってもらって結構だ。このおなごを連れて帰るか、我らの里まで行って帰らないか、今ここで選べ」


 そこで、より一層空気は重くなった。なんだか、息苦しい。何だろう。何も変わってないように思えるのに。私はもちろん動けない。


 不思議なのだけど、白い狐はただそこに佇んで居るだけだというのに、不思議な圧が身体重に掛かっていくのだ。


 ……息がしづらい。さっきから、何も……変わっていないはずなのに。


 そんな状況に白旗を揚げたのは、首の長い男だった。


「……よしてくれ。冗談だ。天狐の一族に喧嘩を売るなど、考えてはいない」


 するすると首は縮んで、綺麗に身体に収まってしまった。どんな構造で、あんなにも長い首が収納出来たんだろう……すごく不思議。


 スッとそこで、重苦しい圧が消えた。


 わ……良かった。首長男より、白い狐の方が圧倒的に格上だったようだ。


 サクサクと小気味よい雪の音を立てて、白い狐は近付いて来た。人の背丈ほどもある大きな白い狐だ。


 近付いて来る……なんだか、助けてくれたようで、助かったのかな……? 私。


 だって、よくよく考えてみると攫うあやかしが変わっただけで、私の状況は変わっていないのでは……?


「……今日は、雪だったため、目隠しの術の効果が薄くなったか」


 狐は独り言のように言い、私の顔をまじまじと見た。


「お前。このままでは、俺以外のあやかしに喰われるだろう。助けて欲しいか?」


 彼の質問はここで命を助けてもらう代わりに、何かを差し出さなければならないと言っているような気がした。


 命よりも大事なものは、ある? いや、ないわ……生きていたいです。


「……た……たたたたた、助けて欲しい! です」


 雰囲気に飲まれていてなかなか声が出せず、慌てながら私は必死にそう言い、彼は満足げに頷いた。


「わかった。だが、今は嫁入りの刻だ。一時的にかくりよへと来て貰おう。何。時の流れは同じではない。今の、この場にとて戻って来ることは可能なのだから」


 白い狐はそう言い、私は無言のままでこくこくと頷いた。



◇◆◇



 気が付けば、広く立派な日本家屋内の畳み敷の部屋に居た。天井がとても高い。鴨居が立派過ぎる。置いている壺が高価そう。


 どう考えてもお金持ちの邸……凄い。なんというか、『お屋敷』だった。


 スッと襖が滑るように開き、そこには、初めて見る背の高い銀髪の美青年がいた。


「ああ。気が付いたか。悪かったな。あの場では、お前をすぐに帰すことは出来なかった。今は従姉妹の婚礼も終わった。宴も終わり、客人が帰るまで、いま少し待て」


「は……はい」


 私は聞き覚えのある低い声を聞いて、彼をぽかんとして見上げた。あ。あの白い狐と同じ、赤い瞳……あやかしだから、人にも化けられるんだ……。


「寒いだろう。熱い茶でも飲むか……ああ。ありがとう」


 そう言って彼が襖を見れば、お茶と茶菓子が載ったお盆がふわふわと浮いていた。


 ……え? なっ……これって、どういう仕組み?


 驚きに目を見開いてそんな光景を見ていたけれど、ふわっと文机の上に盆は載り、私からお兄さんの順にお茶と茶菓子が置かれた。


 ……ちゃんと、お茶出しのお作法が出来てる……すごい。驚くのはそこではないかもしれないけど。


「ああ……ありがとう」


 お兄さんが礼を言ってから、襖が閉まった……ということは、お茶出しをしてくれた、透明な誰かが居たんだ! すごい。


「ああ……おそらくは、あのろくろっ首との会話で誤解されていると思うが、俺たちは人の子を文字通り喰ったりはしない。嫁にして、人の血を入れるんだ」


 どうやら、ここで待って居る時間を使い、私がいま感じているだろう疑問を解消しようとしてか、彼はそう言った。


「人を攫って、嫁にして……ですか?」


 それは……聞いたことがある。天狗の嫁攫い。


 『神隠し』とも言われているけれど、いきなり居なくなった若い女の子は、嫁にするために妖怪に攫われて行ってしまったのだと。


「そうだ。我らは同族で結婚すれば、血が濃くなるばかり。あやかしは別のあやかしとは交われぬ。人の子はあやかしと番える。人の子を入れれば、新しい血が入る。だから、珍しくかくりよに迷い込んだ人の子と縁づければ、それだけ評価されるんだ……安心しろ。嫁入りの無理強いなど考えていない。もう少ししたら、元の場所元の時間に返してやろう」


 確かに、中世ヨーロッパの戦争ではなく結婚を使って勢力を拡大したというかのハフスブルク家も、行き過ぎた近親結婚で不幸な末路を辿り、結局はそれで血が途絶え滅びてしまうことになった。


 個体が少ない中で結婚を繰り返し血が濃くなり過ぎることは、環境に変化し進化し続けることを前提にした生き物には、禁忌とされることなのかもしれない。


 そして、白い狐は私の危害を加えるつもりなどはなく、助けて欲しいと言った言葉そのままに、出勤時間のあの時へ返してくれるらしい。


 え。すごく……親切。あやかしなのに。


 さっきも、お茶出しをしてくれた子に礼を言っていたし、そういうところからも誠実さと彼の持つ品性を感じるわ。


「あのっ……!」


 もしかしたら、これは人生に何度もない絶好のチャンスかもしれないと思った私は、勢い良く右手を挙げた。


「ん? なんだ。質問か? 良い機会だ。何かあやかしについて知りたいことがあれば、なんなりと教えてやろう」


 銀髪の美青年は余裕あるゆっくりとした動作で茶器を持って、にっこりと微笑んだ。


「狐のお兄さんって、独身ですか?」


 彼はブフォッと変な音を立ててお茶を噴き出し、あまりに驚いたせいか、頭の上には狐の大きな耳がぴょこっと現れて、そして……消えた。


 え……すごい! 獣耳って、出したり消したり出来るんだ。いえいえ。今は人に化けているだけで、彼はあやかしなのよ。そんなことで驚いている場合ではないわ。


 私はこの彼には、色々と聞きたいことが、あるんだから。


「……なっ……何を言い出す……まだ、俺は嫁取りはしていないが?」


 けほけほと小さく咳き込みながら、お兄さんは言った。私はそれを聞いてほっと安心し、胸に手を当てた。


「私は桜木静音。短大卒の二十五歳で……ただいま、絶賛婚活中なんです。けど、出会いを探しても大失敗続きで……もうこれは独身で生きようかと思っていたくらいに絶望してて……あのっ……お兄さんへの嫁入りの諸条件などを、詳しくお聞きしてもよろしいですか?」


「えっ……ど、どういう意味だ? 婚活? 絶望? 嫁入りの……諸条件?」


 そこで、さっきよりもっと驚いたのか、耳だけではなく何尾もの大きな白い尻尾も、ふわっと出て消えた。


 なんて、可愛い……どうやら、彼がとても驚いたら、あの獣らしい部分が出てしまうようだ。


「その……そちらの、年収であったり、家族構成であったり、結婚後は親と同居なのか、子どもは望んでいるのか……など、気になります! 私は出来れば結婚後働くならパート程度で、親との同居はNGとさせていただいているんですが……」


 そうなのよ。この辺が、大事なのだ。それを聞いておきたい。お兄さんはおそらくは、妖狐の一族の中でも支配階級なんだろう。


 それに、女性に対しての敬意も感じる。私は彼より圧倒的に弱い人間で取って喰ってもおかしくないところに、元の世界にすぐに返してくれると言ってくれたし、あれこれと気を使ってくれるのもそういうことだろう。


 もし……この人と結婚出来るのなら、それはそれで良くない? あやかしって人と結婚出来れば、それで評価されそうな話もしていたし。


「な、何を言っているんだ……!」


 お兄さんはまさか、私から縁談についての相談をされるなど思って居なかったのか、動揺のあまり耳と尻尾が出たり消えたりしている。


 うん。可愛い。私、獣耳ともふもふはすっごく好きなので、こういう素敵オプション設定は、とても嬉しい限りなので。


「私……早く、結婚したいんです! けど、あまり良い人がいなくて……っていうか、そもそも出会いがなくて、出会いを求めて外に出れば、少し良いなと思う出会いはヤリ目のクズばかり……そんな状況に、もう嫌気が差していたんです!」


 私はいま自分の居る状況を思い、ふうっと大きくため息が出てしまった。


 私だって、素敵な男性と恋愛結婚したいよ?


 けど、女子校女子大を経て恋愛にはうとく、婚活しはじめてから、私はようやく事の重大さに気が付いたのだ。


 そういうモテモテの男性の周囲には、うようよと手強いライバルが居て、恋人がもし現在居るとしたら、別れる時を、今か今かと獲物を狙う肉食獣のように待ち構えているのだ。


 競争率の高い男性と結婚したいなら、いわば、気性の荒い狼の群れの中に居る子羊を射止めなければならない。


 けど、私は自分で言うのもなんだけど、気立ては良いものの、外見評価はそこそこ……けど、このお兄さんは人の子と結婚出来れば、それはそれで良いみたいなことを、さっき言っていなかった!?


 短期間に沢山の異性と話をしたことから、一気に目が肥えてしまった私は、目の前の狐さんが良い結婚相手となりそうな予感がしていた。


 だって、初対面の私に対し、敬意も礼儀もあるでしょう。


 悲しいことに、それがない人が多すぎる。


 それに、面食いと言われようが、すっごく格好良い。彼は素敵な男性と言って差し支えないのよ。


 私は出来れば素敵な男性と結婚したい。それは、別にひと形になれるあやかしでも良いのでは? と、今日いまここで気が付いた。


 これは、良い出会いなのよ。


「いや、待ってくれ。理解が追いつかない。お前の結婚したいという気持ちは、確かにわかるんだが……妖狐と結婚したいと思うのか?」


 戸惑った様子でお兄さんは言い、私はその時に彼の名前も知らないのに、結婚を望んでしまっていたことに気が付いた。


「あの! お名前は、なんと言いますか?」


 名前は大事よ。今まで聞くのを忘れていた私が言うのもなんだけど……。


「は? 俺は千早(ちはや)だ。いや、しかし、その、あれだ。わかった……俺は白狐の族長の息子で、年収などという概念はないが、贅沢に暮らしても支障はない。兄弟も居ない。そして、父母とは既に別で暮らしている」


 あ、私の質問にも答えてくれた! そうなのね……ふむふむ。族長の息子さんだと、もちろん生活の心配はないだろうし……つまり、一人っ子長男で、両親との同居はなし!


 高収入で好条件だわ。それに、なんというかこうして直接話すと、彼の人となりがわかる。


 千早さんは私に何かを無理強いするような男性ではないし、モラハラパワハラの気配は感じない。私もそれならば、交際相手に大歓迎だわ。


「私の両親への説明などは、スムーズにいきますでしょうか? たとえば、年二回は里帰りして、子どもの顔を見せたりなど……」


 もし、かくりよに私が移り住むことになっても、両親にはそういう姿を見せておけば、まったく問題ないと思う。遠方に嫁に行った娘は、そのくらいの頻度で会えれば良いのだし。


「べ……別に良い。俺も同行させてもらうことになるが……」


 千早さんは額に手を当てて、観念したかのようにそう言った。


「そうなんですか……!」


 私は手を叩いて喜んだ。こんなことを言うのもなんだけど、今までには条件が折り合おうが、結婚したいと思えるような人に出会えなかった。


 けど、千早さんに関しては条件が折り合えば、前向きに進めて良いと思えた。


 ……もちろん。すぐには結婚とはいかないだろうけど、私一人の希望としては、そう。


「……待ってくれ。勘違いでなければ、俺たち二人の縁談への話し合いが、滞りなく上手くいっているように思うんだが」


 耳と尻尾が完全に出てしまっている千早さんは、私との縁談について、正確に把握出来ているようだ。


 私はにっこりと微笑んで頷いた。


「はい。先ほどの条件など折り合いましたら、結婚に向けての話を、前向きに進めていければと思います。その……私たち」



◇◆◇



 私は『とりあえず外で頭を冷やしてくる……』と言って、襖を開けて出て行った千早さんを、部屋の中で待って居た。


 とは言え、遅い……遅すぎる。


 いかにもな日本家屋風の立派な部屋には、壁掛け時計などはないけれど、おそらくは一時間二時間経っている。


 そして、困ったことにお手洗いに行きたくなってしまった。仕方ない。さきほどまで、それだけ寒い中に居たのだし。


 これだけ大きな家なのだから、何個もお手洗いがあってもおかしくはない。


 それに普通なら彼の住んで居る部屋がどんな様子かを確認するのだけど、千早さんの場合はおそらくはお手伝いさんが複数居ないと保てないくらいに綺麗だ。凄い……これが、上流階級の生活。


 廊下を歩く私は、鼻歌を歌いたいくらいに上機嫌だった。


 これまで、結婚相談所や知人の紹介で、数え切れないくらい会っても会っても、恋愛に発展したいと思える人は誰も居なかった。


 けれど、千早さんはすぐに『良いな』と思えたし、私を助けてくれて紳士的なところもポイントは高かった。


 私の希望的観測によると彼もなんだかまんざらでもなさそうだし、あとは私と彼の両親の了解くらいだろう。


 そして、私の両親は娘が一人片付いたと両手を挙げて歓迎するはずだ。ふふふ。ここ数年の悩みが解消だわ!


 お手洗いを見付け用を済ませて外に出ると、にゅっと首が長い男の顔が現れて、私は悲鳴をあげてしまった。


「……キャー!!!!」


「おおおおお……うるさい! 甲高い声だ。鼓膜が破れるかと思ったぞ!」


 イライラした様子でさっき私を脅したろくろっ首は言った。身体はすぐそこにあったようで、廊下の先からとことこと歩いて来る。


 お酒の匂いがする……ああ。狐の嫁入りだから、ここで祝言が行われているということ……? ということは、おそらくだけどこの日本家屋は千早さんの邸ではないかもしれない。


 あ……彼の家チェックは、終わっていないってことか……そこは、ちゃんとしないとね。


「おい……おい。どうして、そんなに平静で居るんだ? おぬし、ただの人の子ではないのか?」


「え? いえ。普通の人の子ですよ。私は」


 ろくろっ首は近付いて来る男性の身体へ、綺麗に収納された。嫁入り道中では狐の仮面を付けていたので、私は彼の顔をここで初めて見たのだけど、普通に日本男子の様子の男前だった。


 ゲスなことを言って来たので、どうせ変な顔だろうと思っていたのだけど、普通に爽やかな男性だった。なんだか、違和感。


 ……当然だけど性格が悪くても、顔の良い人は居るわよね。


「しかし、俺の姿を見ても落ち着き払って……変な女だ。千早は何処に行った?」


「あ、頭を冷やしに行ったみたいです。私が彼に結婚を申し出て……」


 彼は周囲を確認するように見回し、私は彼に言われた通りに伝えた。


「は? あいつに結婚を申し出て? 千早は天狐だぞ。知らないとは、怖いことだ」


 おそれをなしたように彼は二歩ほど下がり、私はそんな様子を見て不思議に思った。


「天狐って、なんですか?」


「いや……それは良い。おぬし。妖狐と結婚したいと思うくらいなのだ。もし良かったら、俺がもっと良い嫁ぎ先を教えてやろう……もっと楽しいところだ」


 にやにやと下卑た笑いを浮かべ、私は顔が良くても性格が悪いとすべてがマイナス数値になってしまうのだなと冷静に思った。


「いえ。千早さんと良い感じに縁談は進んでいるので……それでは、失礼します」


「いやいやいや! 妖狐よりも、鬼や天狗の方が……まだ」


 私にとっては、その三種類の妖怪の違いがわからないので何の意味もない。


 立ち去ろうとした時、ろくろっ首のお兄さんは私の肩に手を掛けたまま、ひいっと喉を引き絞るような悲鳴をあげた。


「おい。春日。人の嫁を掠め取ろうとは、殺されても文句は言えんぞ」


「ぐええええ。止めてくれ! 本当に、折れる!」


 驚いて振り向くと、千早さんが春日と呼ばれたお兄さんの首を、片手でぎゅうっと掴んでいた。顔がみるみる青くなっているので、本当に折れそうだ。


 今は、耳と尻尾がない……落ち着いたら収納されてしまった。なんだか、残念。


「静音。どうして、部屋を出て来た?」


「お手洗い……行きたくて……」


 低い声で問われて私はビクッとしながら答えた。千早さんが私に怒っている訳ではないとわかりつつ、怖かったからだ。


「……行こう。縁談を進めるなら、早い方が良い」


 彼は春日さんを簡単に突き飛ばし、ガンッと音がした。


「おい! ……千早は天狐だぞ」


「良いですよ? 狐は可愛いですもん」


 負け惜しみのような春日さんの声に、私はにっこり微笑んで頷いた。


 私の祖父は思い通りに仕事がいかないと暴力的なところがあって、祖母はいつも大変そうだった。母は結婚を許して貰えずに、駆け落ちをした。


 私が生まれたから、年に一回ほどは会っていたけれど、祖父は私にとってとても『恐ろしい存在』だったのだ。


 だから、幼いながらに私は考えたのだ。結婚するならば、なによりも、私を大事にしてくれる人が良い。


 ……千早さんなら、そうしてくれるだろう。これは、まだ私の勘でしかないけれど。


「……行こう。挨拶はして来た。もし、縁談を進めるのなら、仲人が要る」


「仲人が必要なんですね……! 私はその辺は、お任せします!」


「狐に嫁入りするんだぞ? ……本当に、わかっているのか?」


 そういえば、狐の嫁入り。そんな日には、お天気雨のような、不可思議な出来事が起こるんだった。


「私も……あの狐の仮面、付けるんですね……! 楽しみです」


 白無垢に狐の仮面……なんだか、楽しみでしかなかった。


「本当に……わかっていて、言ってるのか?」


「けど、まだ結婚しないですよ? 一年間は結婚を前提にお付き合いして、性格の相性をみたいです」


 さしもの私も、まさか初めて会った狐と結婚を決めたりしない。今日は縁談を前向きに進めるという話に留めておきたい。


「……一年のお付き合い? まあ、別に良いが。その間は、どうするんだ。俺が人界へ会いに行けば良いのか?」


「はい! いろんなデートも、たくさんしたいですね。いろんな場所へ行きましょう……!」


 私がパッと千早さんの手を繋いだら、彼の白い耳が頭から出て顔が赤くなった。


 ……あ。なんだか、可愛い。


Fin





どうも、お読み頂きありがとうございました。

もし良かったら最後に評価お願いします。


待鳥園子


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― 新着の感想 ―
このあとどうなるんでしょう?ドキドキ おっとりしてるのかと思えば、割とマイペースに押しの強い主人公と、怖いのに可愛い天狐様(きっともっと奥が深そう)の、2人の心が通っていく所が気になります!
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