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第7話 十六式複合魔杖

 学園島に入学し、1週間弱経った朝。

 この前はハサノフとかいう嫌な主席にケンカを売られて、色々と面倒だった。

 あの後結局、フレンに殴られるわ先生とカノンから怒られるわ……両親を侮辱されたとはいえ、すぐ帰るべきだった。


「おはよう、君たち。昨日はよく眠れたか? 眠れてない奴は、今日は無理をすると思うから特に頑張れよー」


 はっはっはと、どこか愉快そうにアッシュ先生が話を始める。

 今日は先生の指示で、特殊科の敷地内の大きな広場に移動している。

 全員が大きく間隔を開けて並んで、先生の話を聞いている。


「それじゃあまず、授業の前に君たちへ質問だ。君たちは魔法を使うとき、何を使う?」


 それは、俺たちの腰に収まっているものだ。

 こんなの、誰でもわかる。手を挙げて質問に答えようとすると、小柄な赤髪の男子生徒が勢いよく手を上げる。


「はい」

「エイド・フリッガー。答えろ」

「杖です。特に僕たちのような未熟な魔法使いは、魔力の操作の正確にするため杖を使って魔法を使います」

「正解。模範解答だな」


 幼いころから魔法の訓練をしている生徒は、杖なしでも魔法を使える。

 無杖魔法(ワンドレスマジック)と呼ばれる技術だ。

 フレンが一度、船内で見せてくれたことがある。

 ただし俺みたいな未熟者がそんなことをすると、魔力が暴走して自分の体を傷つけてしまう、難しい技。


「だからこそ、君たちには渡すものがある」


 そう言って、アッシュ先生は持ってきていたケースを持ち上げる。

 彼がそれを開けると、中から綺麗に加工された短い杖がいくつも入っていた。


「これは、一六式複合魔杖。錬成科が十数年前に作り出した傑作だ。魔力の通りが他より群を抜いて優れて、杖自身がこの杖を最初に使った本人にとって最適な形状に変化する……操杖タクト


 その呪文とともに、小さい杖をふわふわと浮かせ11人全員に配る。

 俺の目の前にも、それが浮いてきた。

 手に取ったそれは、俺が使っていた古い木製の杖とは違う。

 金属で作られたそれは、とても精巧につくられている。


「それじゃあ、全員その杖を持て。そのまま魔力を通してみるんだ。その杖も体の一部だと思って、自然にな」


 言われるがまま、渡された杖を持ち上げる。他の10人も同じように、手に持った杖を胸の前まで掲げる。


「全員、やってみろ」


 掛け声に合わせて、魔力の流れを意識的に切り替える。

 一般の魔法使いが全身から発生させる魔力を、心臓を起点に魔力を全身に通わせる。

 驚くことに、杖はあまりに自然に俺の魔力を通していく。

 すると、次の瞬間。

 バキン!

 小さな音が、手の中で鳴り響く。

 手元にあったそれはそのまま異音を鳴らし続け、形を変えていく。見ると、数刻前まで杖の形をしていたそれはすっかりと様変わりした形をとっている。

 これは……


「刀……?」


 ヒョウガの故郷に伝わる剣の一種、刀だ。

 片刃の綺麗な刀身に、刀身と持ち手を遮る鍔。

 よく見てみると、鈍く光る刀身全体に魔力が通る同線が走っている。

 ふと、周りを見てみると他の人の杖も形が変わっているのが見える。

 槍やメイス、長杖に弓と、各々が別々の形の物を持っている。


「先生、これは一体?」

「さっき言った持ち主の最適な形になるって特性だな。この杖は、魔力含め本人の資質にあった武器の形状へ変化する。戦闘科と精霊科、うちは戦闘が多いからな。こういうもんが必要になってくるってこった」


 刀身を眺めると、全体が俺の腕の延長のように魔力が通っている。

 さっき傑作と言っていたのも頷ける。


「近年、魔法使いから離反した『魔術テロリスト』が増加している。そう言った奴らに対処するため、こいつを最大限使いこなす必要があるってわけだ」


 そう言って、もう一度杖を振る。

 すると、さっきのアタッシュケースから別の物が、目の前に飛んできた。

 よく見るとそれは、子供が遊ぶような小さな木の人形。

 無機質な金属製の瞳が、俺の顔を見つめている。


「こいつは古いオートマタを、錬成科と戦闘科が共同で改造したものでな。特定の指示を与えるとそれに準じて勝手に動いてくれるって代物だ」


 元々オートマタは崩壊後すぐからある。

 魔力に余裕のある魔法使いが、小間使いとして使う程度の物だった。

 自律機能を持つものまであるとは。


「それで、これをどう使うってんですか? もしかして、こいつらと戦うとか?」

「おお、察しがいいな」


 シニカルに先生に声をかけるエスト。

 その声とともに、先生が杖を振る。

 その瞬間、手元にあったオートマタから急にガタガタと音が鳴りだした。


「さっきも言ったが近年は魔獣や精霊だけでなく、対魔法使いの戦闘も前提に訓練している。つまり、こういうオートマタが一番最適なんだよ」


 オートマタはどんどん大きくなっていき、ついには人間台のサイズにまで変化した。

 そして、その手には短い木剣が握られている。嫌な予感が、現実になっていく。

 11人の生徒の前には、同じく11体。

 それぞれに適当な武器を持った、人間サイズのオートマタが、構えを取りながら立っている。


「最初の戦闘訓練だ。さっき配った杖を使って、こいつらを機能停止させこと。手段は問わない。それじゃ全員、頑張れよ」


 その言葉とともに、目の前のオートマタが襲い掛かってくる。

 人間のような軽快な動きで剣を振り上げ、勢いよく振り下ろす。


「うおっ!」


 まっすぐに振り下ろされた剣を、後ろに飛んで避ける。

 剣を降る無機質な顔には、何も映っていない。

 振り下ろされたところから横に振りぬかれる剣を、杖から形成した刀で受ける。


「ふっ!……みんなは?」


 両腕で剣戟を受け止め、鍔迫り合いになる。

 その隙を見ながら、周囲に意識を向けてみる。まず目に入ったのは、すぐ近くにいたヒョウガ。


「これぐらい、魔法で!」


 ヒョウガが形成していたのは、俺と同じ。

 少しだけヒョウガの物の方が長く見えるが、刀だった。

 それを杖のようにオートマタに向け、魔力を集中させる。


氷か(ニク)


 そのまま、魔法の詠唱を行う。ヒョウガが唯一扱える氷系の魔法。だが、その次の瞬間。


「なっ……!」


 ギィン。甲高い音と同時に刀が弾かれる。

 ヒョウガの長い刀の先にいたオートマタが、一瞬で懐に入り込みその長い刀を弾く。

 そのまま体勢を崩したヒョウガに、オートマタの剣が襲い掛かる。

 刀の根元ギリギリで受けたヒョウガを見ながら、先生の声が飛んでくる。


「言い忘れてた。そいつらは魔法の発動を感知すると、一瞬で間合いを詰めてくる。それも踏まえてな」


 体勢を崩したヒョウガから目を離して、自分の目の前のオートマタに視線を戻す。

 こっちが魔法を使う気もないからか、剣の鍔迫り合いが続いている状況から変わらない。

 ここからとにかく、こいつの機能を停止させないと。


「ふ、んっ!」


 刀を押して、オートマタとの間に距離を作る。

 さて、どうするか。

 魔法を使えば距離を詰められる、刀はまだ使い慣れていない。

 魔法薬は飲めないから、強化もできない。


「それなら……」


 心臓から、腕の刀に魔力を集中させる。

 それを察知したオートマタが、一気に距離を詰めに来る。


ラフィ、ぐっ!」


 刀を向けようとした瞬間に、間合いの内側に入られる。

 そのまま、まっすぐに構えていた刀をしたから打ち上げられる。

 振り下ろされる剣を、ヒョウガみたいにギリギリで受け止める。

 両腕でそれを支えながら、腕にひたすら魔力を集中させる。

 杖は今持っていない。

 つまり、杖の3倍の長さのこれを杖として使わなくちゃいけない。

 なら、これは杖じゃない。


突風(ラフィーガ)


 詠唱を行い、刀に魔法を込める。

 俺が一番得意な、風の魔法。

 帯のような突風を、刀に巻き付くように纏う。

 そしていつもは杖から放つ魔法を、そのまま刀に定着させる。

 それを察知したオートマタの力が、次第に増していく。


「邪魔、だっ!」


 オートマタの意識が刀に集中していたのを見て、すかさず胴体に蹴りを入れる。

 魔力で強化もしていないが、一瞬だけ体勢が崩れる。

 そのまま、崩れた姿勢を低くして勢いよく突進してくる。

 突風の魔法を纏った刀は俺の膂力以上のスピードで振られ、オートマタの持つ木剣と交錯する。

 そのまま鍔迫り合いをすることもなく、振りぬく。

 ばぎっ!

 と木が砕ける音を鳴らしながら、オートマタの木剣が折れる。

 腕に当たった刀が、機械仕掛けの腕に深く傷をつける。

 横に斬り払った刀を、そのままの勢いで後ろから上に振り上げる。


「はぁっ!」


 がら空きの胴体に向けて、風を纏った刀を全力で振り下ろす。

 肩の付け根当たりから胴体まで一直線。そこを深く切りつけたオートマタの動きは、ようやくそこで停止した。


 「はっ、はぁ……」


 ほぼ止めていた息を思い切り吐き、刀を杖にして肩で息をする。しんどい。

 武器そのものに魔法を定着させる……杖でやる必要がなかった技術だけれど、覚えていてよかった。

 俺がぶった切ったオートマタはそのまま小さく縮んでいき、最初見た小さな姿に戻っていった。

 話に聞いていた初めての戦闘訓練……刀の扱いは全然慣れないけれど、どうにかなった。


「よし、リーフとクロサキが最後だな。杖はしばらく放置してれば勝手に戻るから」

「え?」

「午前の授業はこれで終わり。午後の授業まで待機な」


 先生のその言葉を聞いて、思わず周囲を見渡す。

 そこにあったのは、俺が苦労して得たものとは違うものだった。

 余裕そうに欠伸をするエストと、小さい体に似合わないハルバードを素振りするアンジュさん。

 メイスを持つエヴァンの前にできた巨大なひび割れ。

 フレンの周りの大きな焼け跡と、オートマタを飲み込む巨大な氷塊を作ったヒョウガ。

 ここまで息を荒げているのは、俺だけ。

 カノンすら、俺を心配する余裕がある。

 得意な魔法薬が無い状況なら、最下位。

 俺は、何をしているんだ。


「お疲れ、リーフ。びっくりしたね」

「……」

「リーフ、お前も刀なんだな」

「……」

 

 もっと、魔法を撃つスピードを上げないと。

 もっと、判断を早くしないと。

 もっと……


「リーフ、どうしたのですか?」

「え?」

「どこかぶつけましたか?すぐ医務室に……」

「いや、問題ない。ありがとね、フレン」

「なぁリーフ、刀の使い方教えてやろうか?その代わり魔法薬の勉強手伝ってくれよ」

「もちろん良いよ。ビシバシ頼むね」

「わたくしもご一緒させていただいても?」

「あたしも」

「はは、結局いつもの4人になっちゃうね」


 いつも通り笑顔で談笑しながら、心の中に燃える焦りの炎を必死で鎮める。

 ここから、追いつかないと。

 俺は……

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