第4話 魔法使いたちの日常
「あー疲れた!みんな、お疲れさま~」
「お疲れ様です」
「お疲れ」
「お疲れ様~」
島に上陸して、数時間。
昼前には島に来て説明も受けたのに、もう日が暮れてからしばらく経っている。
掃除がある程度終わった仮の寮の食堂に集まったが食堂の外には、全員分の荷物の入ったカバンが雑に並べられている。
寮の本館から運ばれてきた食事を全員でとりながら、皆で談笑している。
「いやぁ一日目から疲れた!それより、アンジュちゃん?って呼んでいい?」
「は、ひゃいっ!えっと、あなたは……」
「エスト・ノイジア。みんなも気軽に、エストって呼んでねー!」
教室で先生へ真っ先に質問をしていた、灰色の髪の女子生徒。
こうやって対面して顔を見てみると、男にも見える中世的な美人という感じの顔立ちをしている。
さっきまでの掃除も彼女が率先して進めてくれたおかげで、だいぶ早く終わった。
俺の勝手な偏見だが、掃除が早い魔法使いは優秀な人が多い。
つまり掃除が苦手な俺は、凡才ともいえる。
「そうアンジュちゃん!あなたの魔法びっくりしたよ!ただの火炎の魔法であんな威力出る人、初めて見た。そこのオッドアイ君も、びっくりして倒れちゃってたしね」
突然の言及を受けて、思わず飲んでいた飲み物を喉に詰まらせる。
しっかりと見られていたのか、恥ずかしい。
「げほっ、め、目のまえであんなの急に見せられたら、びっくりするだろ」
「あはは、ごめんごめん。名前なんだっけ?」
「リーフだ!リーフ・フォリア!」
「よし。腰を抜かしたのがリーフ君ね」
「抜かしてない!」
「あはは!ねぇそこの君、その目の包帯ってさぁ……」
顔が赤くなるのを感じながら、エストに抗議する。
それにも彼女はニコニコ笑いながら、他の生徒に興味を移していく。
まだ数時間しか関わっていないけれど、常に明るくて接しやすい人だ。
辱められた鬱憤を晴らすようにパンを大きな口で齧りながら、傍に座っているヒョウガとフレンの話に耳を傾ける。
「それにしてもヒョウガ、貴方にもそのような才能があったのですね」
「あぁ。オレはまだそれほど制御もできないからな、船の中じゃあんなの撃てないし、訓練のしようも無かった」
「ね、あたしもびっくりしちゃった」
「得意とは聞いていたけれど、あそこまでなんて思わなかったよ。凄いな、ヒョウガ」
「ありがとな。でも、オレはこの才能一本みたいなところもあるしなぁ。同じタイプの才能のやつらと比べても、他の分野は劣ってるし」
「それはアタシもよ。ヒョウガちゃん!」
「んぐっ」
話しながらハムを口に運ぼうとしていると、後ろから骨太な腕が俺の肩に巻き付いてくる。
また喉に詰まらせながら振り返ると、そこにいたのは長い金髪を三つ編みにした体格のいい男子生徒がいた。
「アタシはエヴァンよ。アタシも、この才能一本でここまで来たのよねぇ。だから、親近感湧いちゃう」
「ひ、ヒョウガだ。この才能、っていうと?」
「アタシは、腕力の強化魔法ね。こんな体でも、それなりに使えるようになるのよ」
そう言いながら、がっしりした骨太な腕をさする。
ここにいる生徒たちの誰よりも体格がいいうえに、筋肉の量も同じ16歳とは思えない。
そんな姿を見ながら、思わず嫉妬を零してしまう。
「うらやましいよ、エヴァンさん。俺は、見ての通り細いから」
「エヴァンちゃんって呼んで、リーフちゃん。腕っぷしだけが魔法使いの才能じゃないって、アタシの師匠は言ってたわよ☆」
「あ、ありがとう……」
顔が引きつるのを感じながら、彼のウィンクにどうにか笑顔で返す。
魔法使いは癖の強い人間が多いと言うけれど、少なくとも地元では見たことがないタイプだ。
「とはいっても、その優れた体格は目を見張るものがあります。素晴らしい才能ですね、エヴァンさん」
「エヴァンちゃんって呼んで、フレンちゃん。ところで、あなたの才能は?」
「わたくしは……ヒョウガと真逆の力、でしょうか」
「ということは、炎の魔法への特化?」
「えぇ。ヒョウガ程の火力も出ないですが。わたくしはその分、他の分野も学んでいますので」
「……みんな、派手な力でいいなぁ」
誰にも聞こえない小さな声で、そこまで考えていたことを漏らす。
ここにいる全員は、何か特別な力を持ってここに来ている。それに引き換え、俺の才能は……
「リーフ、いい?」
「あぁ、カノン」
食堂での小さなパーティーが終わってから、しばらく。
片付けも終わって、疲れた人は明日に向けてもう眠ってしまった。
小さな明かりが灯る廊下で、カノンと向き合って話す。
「また、一緒の家だね」
「うん。また、だ」
「ここなら、前より家事は減るかな」
「兄さんは全然やってくれなかったからねぇ」
「リーフもでしょ。魔法薬の勉強ばっかりで、二人してあたしに押し付けて」
「ごめんって……」
窓の外に見える星空を眺めながら、静かに呟く。
父さんと母さんが死んだあの日から、俺とカノンは一緒の家で生きていた。
この学園島の教師である九蘭兄さんも一緒に、ここまで一緒に生きてきた俺たちは家族みたいなものだ。
「リーフ、さ」
「ん」
「不安、じゃない?あたしたちの才能なんて、ほんの少し珍しいぐらいだし」
「そう、だな」
俺たちは、同じ才能を持っている。
しかもそれは、ヒョウガやアンジュさんみたいに分かりやすく強いものでもない。
その力でどうやって行くのか、不安なんだ。
「大丈夫だよ。ここには、九蘭兄さんもいる。それに、ここまで来られたんだ」
俺本来の肌と違う白い左腕を見つめ、握りしめる。
昔の大けがのせいで継ぎ接ぎになったこの左腕には、まだ少し違和感がある。
「あの人たちが殺された理由を、ちゃんと知るため。あの人たちの後を継ぐため。俺たちなら出来るよ、カノン」
「……うん。頑張ろうね、リーフ」
「あぁ。じゃ、おやすみ」
「お休み、リーフ」
カノンの小さな手と軽くハイタッチをして、自分の部屋に帰っていく。
明日からは、入学試験の続きと授業が始まるんだ。早く寝ないとな。
この学園島に来てから、大体1週間の時間がたった。
みんなとの生活の中で、クラスメイトともかなり親密になってきている。
「くあぁ~……あれ」
欠伸をしながら、仮の寮の食堂に足を運ぶ。
少し早い時間に起きたと思ったけれど、そこにはよく見知った顔が二人いた。
「おはよ、二人とも」
「あら、おはようございます。リーフ」
「お、おはよう。えーっと、崩暦……神堕とし、精霊……」
ヒョウガと、フレンだった。
常にいがみ合って競争している二人だけれど、気が合うところも多いみたいでよく二人で行動している。
特殊科の本寮から送られてきたスープとパンを手に取って、二人の前に座る。
パンを頬張りながら、フレンに話しかけてみる。
「入学試験のこと、何かわかった?」
「何もわかりません。複雑な術だとは思うのですが、やはり難しいですね」
「ブツブツ……」
「そうだよな。何かヒントさえあればいいんだけれど……」
入学試験の進捗は、特に何もない。
ほかのみんなも、何もわかっていないらしい。
一応一週間の授業にヒントが隠されていないかと思ったが、何もわからない。
あと23日の間に、本当に分かるものだろうか。
頭の中で思考を巡らせながら、スープを口に運ぶ。
そして、さっきから思っていた疑問を投げかけてみる。
「で、ヒョウガは何をブツブツ言ってるの?」
フレンと話している間も、ずっと何かブツブツと独り言を呟いている。
流石に、鬱陶しく感じてきた。
頭がおかしくなったわけでもなさそうだし、理解が追い付かない。
「これ?入学試験の探りだよ」
「……あー、説明してくれる?」
「あぁ。先週アッシュ先生が言っていた、口封じの魔術じゃないかと思ってな。適当な単語を言い続けてれば、そのうち当たるかと思ったんだ」
「先輩たちにかけたってやつか。でも、調べるのにどんだけかかるんだよ」
「さぁ。でも、一人ぐらいそういうやつがいても良いだろう?」
何の言葉が指定されているかもわからないのに、無理やりすぎる。
こういう力任せのやり方は、フレンが止める役割だと思っていたのに。
止める気配どころか、さっきから完全に無視しながら朝食をとっている。
「フレン、」
「ヒョウガがやりたいというのなら、好きにさせればよいでしょう。それで答えが見つかれば上々ですしね」
言葉封じの魔術は、無理に口にすれば喉にダメージがあるのを言っていないな……
もしヒョウガの仮説が正しければ俺たちが学生とはいえ、数日は魔法の詠唱すら出来なくなるだろう。
元々意地が悪い気があるけれど、まだ寮に慣れず寝られていないからか少し苛立っている。
まぁ、確かに当たっていたらそれはそれでいい。
特に止める理由はないか。
「今日は、全学科の一年で合同授業なんだ。授業中は静かにしてくれよ、ヒョウガ」
「勿論だ。歴史用語じゃないか?それなら……」
明日には諦めてくれるといいな。思わずため息を吐きながら、スープの最後の一滴を胃の中に収めていく。




