第3話 彼らの『特異性』
「せんせー、いいですかー?」
静まり返っていた教室の中、一人の女子生徒のハスキーな声が通り抜ける。
俺と同じ列の最前列にいたその女子は、ゆらりと立ち上がる。
細身で俺と同じくらいの身長で、灰色の髪を短く切りそろえている生徒だ。
「なんだ、ノイジア」
「特殊な才能って言いますけれど、ボク含めここの全員にそういうのがあるとは見えないんですよねぇ。なんか分かりやすい実例みたいなの無いです?」
「エスト・ノイジア。お前はその中でもまた数段と特殊なんだが……ま、いいか」
頭を掻きながら面倒くさそうな表情をして、腰に差していた杖をゆっくりと抜く。
俺のいる方……正確には、俺の後ろにある教室の開き空間に杖を向ける。
「操杖」
そう先生が魔術の呪文を唱えると、彼が立っていた教卓の下から何か板のようなものが2枚出てくる。
人の顔くらいの大きさ程の丸に、中心には小さな赤い丸が描かれている。
「とりあえず、これを魔法で撃ち抜いてみろ。そうだな……」
一度教室全体を見渡したアッシュ先生は、一番前の列に座っていた生徒2人を指差し口を開く。
「フレイシア、シラヌイ。お前らが丁度いいな。的の反対に立って、手持ちの杖で魔法を撃て。特に魔法の指定はなし。自分が一番得意なもので、だ」
「ひ、はいっ!」
「はい」
「良し、それじゃシラヌイからな」
アンジュさんは手足を少し震えさせぎこちない動きで、ヒョウガは落ち着き払った表情で教室の後ろ側まで歩いていく。
ふよふよと浮かんでいた的は窓側に向かって動いていき、2人はその逆側に並び立つ。
俺たちも全員椅子ごと後ろを振り向いて、2人の行動を見守る。
「じゃ、シラヌイから。好きなタイミングでな」
「はいっ」
先生はどこかニヤついているような声色で、ヒョウガにそう告げる。
それを聞いたヒョウガは腰からまだ真新しい杖を抜いて、呼吸を整え始める。
それと同時に、彼の体を纏っていた冷たい魔力が研ぎ澄まされていくのを感じる。
「ふぅっ……大丈夫、いつもやってたことだ……」
小さく呟いたヒョウガは杖を的に向ける。
次の瞬間、魔力を一気に杖に集約させる。
そして杖の先に発生した氷の塊を、そのまま撃ち出す。
「氷塊‼︎」
呪文が詠唱された瞬間、教室内に冷たい風が吹き荒れる。
思わず両手で顔を覆うほどの吹雪が一瞬吹き荒れ、すぐに視界が晴れる。
「な……」
思わず、驚いて口を開いてしまう。
さっきまでヒョウガの前に浮いていた的は、ヒョウガの作り出した氷塊によって跡形もなく吹き飛ばされていた……だけでは無い。
そこまでの軌跡。ヒョウガと的があった場所の間に、ヒョウガの背の半分の高さの氷の柱がいくつも生まれていた。
ただの魔法の余波で、こんなものが生まれるなんて。
「こいつの特殊性は、氷魔法の極端な特化。氷系の魔法の威力だけなら4年の生徒に匹敵するレベルだな」
「えぇ。ですが、それ以外の魔法はほぼ使えません。簡単な火球の魔法も、使うことすら……」
「こういうことだ。シラヌイに近いものもこの中に数人いるが、うちの3割はそういう特化型の奴だ。シラヌイほど火力が高いのも中々いないけどな」
「ありがとうございます」
「戻っていいぞ。次、フレイシア。いけるか?」
「は、はいっ!やってみます!」
一度頭を下げて席に戻るヒョウガと対照的に、名指しされたアンジュさんはまたびくり体を揺らす。
そして俺の横を通り抜けていくヒョウガの腕を小突き、小声でつぶやく。
「すごいじゃん」
「悪いな、見せてなくて」
得意げでもなく、普段通りの表情で答えて席に戻っていく。
まぁ、あの船の中でこんな大火力の魔法なんて使ったらとんでもないことになる。
そう考えると、1週間ぶりでよく出来たもんだ。
そのまま、振り返って杖を構えるアンジュさんの姿を見守る。
さっきまで震えていた彼女の姿はそこにはなく、まっすぐ古びた杖を構える彼女の姿があった。
全身に纏う魔力は、それほど大きくも見えない。
それなりに優秀そうには見えるけれど、どこが特殊なのだろうか。
纏った魔力が、杖の先から放出される。その、瞬間。
「火炎!」
「へ?」
詠唱と同時に、視界がオレンジ色になる。それと同時に目の前を火炎が通り抜ける音、的がひしゃげて木っ端みじんに吹き飛ぶ音、的の後ろの窓ガラスが吹き飛ぶ音が聞こえる。
「うわっ!」
「リーフ!」
思わず、座っていた椅子から転げ落ちる。机に思いっきり頭を打って、さらに視界がぼやける。
「ってぇ」
「これは……」
「やっばぁ。凄い凄い!」
「さっきの氷より凄いな」
教室内から、感嘆と畏怖の声が聞こえる。
教室の床に触れる俺の腕も、恐怖か驚愕で震えている。目の前の光景のせいで。
俺の目の前に広がっていたのは、焦げた木製の床と壁、吹き飛んで真っ黒な炭になってしまった的。
そしてその魔法を撃った場所に、涙目で震えながら立っているアンジュさんの姿だった。
「ごごご、ごめんなさいっ!!まだ制御が苦手で、いつも練習してたんですけれど……べ、弁償します!」
「落ち着け、フレイシア。復元」
教卓から、アッシュ先生が復元魔術を唱える。
それと同時に、粉々に砕け散っていた窓ガラス、焼け焦げた木製の床。
そして転がっていた俺の椅子の位置が元に戻っていく。
「フレイシアの特殊性は、この破壊性。どんな魔法を使っても、桁違いの破壊力が出る。制御も難しいから、うちでその手段を学ぶって感じだ。二人が分かりやすいってだけで、本人しかわからないようなものもいるがな」
そう言って、一度俺たち全体を見渡す。
本人にしかわからない特殊性というのは、俺とカノンにもある……けれど、こんなので学科も変わってしまうものなのか?
俺の希望学科は、自然科だったのに。
「はい、これで学科と入学試験の説明終了。戻っていいぞ、フレイシア。ほら、フォリアも床に転がってないでちゃんと座れ」
「はいっ」
「あ、はい」
そう言われて、俺が今机と椅子の間に座座り込んでいたのを思い出した。
誰にも笑われていないのに、思わず顔が熱くなるのを感じる。
立ち上がって座りなおしていると、俺の右を通り抜けようとするアンジュさんが、申し訳なさそうな表情でささやいてきた。
「その、ごめんなさい……」
「あ、うん。大丈夫」
そうして、小さな体をさらに小さくして小走りに戻っていく。
こんな小動物のような可愛らしい子でも、あんな魔法が撃てるのか。
羨ましいような恐ろしいような変な感覚を覚えながら、戻っていた椅子に座る。
「早いが、今日はここまでだ。これから案内する一年用の寮に入って、持ってきてた荷物を片付けてくれ。後は仲を深めるも良し、明日のために復習するのも好きにしな」
目を疑うような景色を見たあとの、数分。
先導されながら歩いていると、海がすぐそこに見える大きな学生寮が見えてきた。
レンガ造りの、100人は入れるような小奇麗な建物。
玄関の外から中の噴水がある広場も見えている、とても住み心地がよさそうな場所だ。
ワクワクしながらそれを見ていると、隣を歩いていたカノンが俺の腕を小突いて小声で話しかけてきた。
「リーフ。あたしたち、こんないいところに住んでいいのかな」
「さぁ。でも、すごいよな。学園島の中でもレベルが高いって聞いていたけれど、ここまでとは……」
「あー、ごほん」
11人の生徒の前、先導していたアッシュ先生がこちらを向く。期待に胸を膨らませている俺たちのことを遮るように、口を開く。
「お前らの寮はこっちじゃない。あっち」
そう言って、目の前のこぎれいなレンガ造りの寮とは逆の方を指さす。
「へ……」
俺たちの中から、小さく声が漏れる。その意味は、多分みんな同じ。
先生が指さす先にあったのは、木造の二階建ての建物。
これだけなら、まぁそれほど問題もないのだが……問題は、施設そのものだ。
全体的に蜘蛛の巣やほこりが大量に溜まっていて、木のいたるところが風化してボロボロになっている。
その上……何というか、汚い。
「先生、よろしいでしょうか?」
「何だ、グレイサー」
「っ……その、まさか、わたくしたちの寮というのは……」
「あぁ、ここだ」
「……」
質問をしたフレンも、他の生徒たちも息を飲んで固まる。
お嬢様のフレンにはキツいだろう。
俺もそうだ。
冗談だろう?こんな汚いところに、住む?
「あぁ、ここは仮の住まいだ。試験が終わるまで、あっちにいる上級生とは合わせられんからな。口封じの魔術はかけているが、あいつらは無駄に能力があるからな」
「そういうことか……」
確かに、フレンみたいに上級生にツテのある人なら何かヒントとなるものを渡されてもおかしくない。
そういうのを弾くために、期間限定でここに住むというわけだが。
……あぁも汚いと、どうしても拒絶反応が出てきてしまう。
「とりあえず、一月!試験の間は、ここで共同生活をするんだ。今日はまず掃除だな。がんばれよ~」
「な……」
俺たちが何かを言う前に、アッシュ先生は手をひらひらと振りながら教室の方へ帰っていく。
取り残された俺たちは、寂れた仮の寮の前で立ち尽くすことしか出来なかった。




