第2話 ××科
「すっげぇ、あれが本館か。何回見てもでっけぇな」
歩きながら、傍で歩くヒョウガが腑抜けた声を漏らす。
綺麗に舗装された道を4人で歩きながら、思わず思ったことをこぼしてしまう。
「それにしても、まさか皆同じ学科なんてね」
「ね、あたしは嬉しい」
「とても心強いです。まぁ」
フレンはにこりと微笑み、少しだけ挑発的な表情になってつぶやく。
「わたくしたちだけなら、ね」
「なんだよ、誰が足を引っ張って心配になるって?」
「あら、足を引っ張るとは言っていませんが?」
「なにおう」
また、俺たちを挟んで言い合うヒョウガとフレンの言い合いが始まる。
船内から数えたら、これで28回目かな。
毎回どちらかが吹っ掛けては、どっちかが止めるまでやめてくれない。
止めるこちらの気持ちにもなってほしいものだ。
今は同じ学科の棟へ行くように指示されて、4人で並んで目的地へ進んでいる。
周りには同じように談笑しながら歩いている新入生や、俺たちを歓迎している先輩の生徒が見える。
ネクタイの色を見ても、二、三、四年……五、六年生の学生がいない?
二人の口喧嘩を聞き流しながら、 先輩方の姿と道の両端に並んでいる街路樹をぼんやりと眺める。
「一年のみんなー! 魔箒の授業で活躍したいなら、今からうちのクラブに入っておくと良いよー!」
「魔法魔術一切なし! 素の体を鍛えるファイトクラブならうちが一番!」
「良い薬草が欲しかったら、緑園亭をご贔屓にー! 他の店のはゴミみたいな品質だから使っちゃだめだよー」
「おい、何言ってんだよお前! 他店を陥れる宣伝は控えろって校長言ってたろ!」
「うるさいな、この前店の中で爆発してたのはどこの店だっけー?」
「こんな危険な奴らは気にしないで、上手い飯食いたければ僕らの店に来ると良いよ!」
勧誘の声の中に、怒号が混じっている。
一応生徒間でもそれなりに仲良くしている、のかな?
「でも、わたくしたちの中では座学は最下位ですよ」
「あのな、おれだって座学は苦手だが、氷の魔法なら……うわっ」
聞き流していた口喧嘩が、急に止まる。
そっちに振り向くと、誰かとぶつかったらしい。
次の瞬間、
ヒョウガの肩越しに、強大な気配を感じる。
魔獣のような、強大で獰猛な雰囲気。
牙をむき出しにして獲物を狙っている魔獣のが、ヒョウガの後ろにいるような感覚。
一瞬背筋が凍ったのを感じて、その気配の方を見てみる。
その気配のもとにいたのは……同じ一年の新入生。
小柄で赤髪な女子生徒だ。
今の魔獣みたいな雰囲気は、何だったのだろうか。
ぶつかった当の彼女は、そばかすの上の大きな瞳を潤ませている。
自分よりだいぶ体の大きいヒョウガにビビッているのか、ガタガタと震えている。
「ご、ごめんなさい! わたしがどんくさいせいで……!」
「あ、いやすまん。おれがそっぽ向いてたのも悪いよ」
「申し訳ありません。わたくしたちが話し込んでたので」
「俺たちっていうか、口喧嘩に夢中で周りを見てなかったヒョウガが悪い。あなたは気にしなくていいよ……えーっと、名前は?」
ヒョウガを軽く小突きながら、とりあえず名前を聞いてみる。
頭を下げている小柄な女子生徒は、そばかすのある幼そうな顔を赤らめながらゆっくりと口を開く。
「アンジュ……アンジュ・フレイシアです。こっちに行くということは、みなさんも?」
「うん、同じだと思う。あたしはカノン・アルヴァ―ト。よろしくね」
「リーフ・フォリアだ。よろしく、アンジュさん」
「は、はいっ。よろしくお願いいたします」
そう言った彼女は、小さな頭を勢いよく下げる。
そのまま上げた顔を見ると、目がものすごく泳いでいて俺の目を見てくれない。人見知りなのかな。
「フレン・グレイサーです。フレンとお呼びください。フレイシアというと、魔獣関連の家でしたか」
「グ、グレイサーのご令嬢様……!はい、グレイサー家ほど大きくはありませんが、300年は続いております」
「家名……アンジュさんは、ぜひフレンという名前でお呼びください。同じ学科になるのですから」
「は、はい。フレン……さん」
一瞬家名を出されて表情がひきつったが、すぐに笑顔でアンジュさんと話し続ける。
古い家ってのは同じだろうし、俺たちより話が合うのかもしれない。それを見ていると、ヒョウガが体を小さくしながら俺とカノンの後ろに回ってくる。
「なぁ二人とも、家の名前を聞いただけでそんなにわかるもんなのか?」
「うん。もともと俺たちは一般人に比べると狭いコミュニティだからね。二人みたいに古い家同士だと特につながりが深いんだ」
「へぇー」
「あたしのアルヴァ―トもリーフのフォリアも、死んだ両親はそれなりに知られてたらしいしね」
カノンの言葉を聞いたヒョウガが、どこか間の抜けた声を出す。
今の魔法使いと一般人の比率は、1対9くらい。
これでも増えているらしいから、崩壊直後なんかはもっと横の関わりが深かったという話もある。
「ヒョウガはまだ魔法を勉強し始めて2年だからね。親とか先生から話を聞いていないと、分からないと思うよ」
「だよなぁ。おれの先生、そういうのは全然教えてくれなかったし。放任主義ってか、適当なんだよな」
「あはは、あたしたちのお兄さんも同じ。後見人なのに、禁呪の研究ばっかで」
「先生もそうだよ。もしかしたら、実は知り合い同士かもな」
そうして5人で談笑をしているうちに、目の前に三階建てほどの建物が近づいてきた。
今まで住んでいた町にもいくつかあった、木造の学校の校舎と似たような形。
多分、俺たちの校舎だ。
「思っていたよりも小さいですね。どこの科なのでしょうか……」
「見た感じ、この規模だと百人入らないんじゃない?」
「ね。まぁ行ってみようよ」
話しながら、校舎に入っていく。
300年前からある学園なのに、中はそれほど汚いわけでもない。
寧ろ清掃が行き届いていて、汚いと思える場所が見当たらない。かなりしっかり管理されていることが分かる。
「えっと、一年の教室は……」
中に入って廊下の中をきょろきょろと見渡していると、奥の教室から一人の男が歩いてくる。
古めかしい魔術師のローブを着ている体格がしっかりした男性だ。
多分、ここの教師の人だろう。
俺たちの目の前まで歩いてきた男性教師は、かなり若く見える。
20代の中盤……俺の兄さんと近いくらいの年に見える。
魔法使いの中には年齢を詐称できる人間なんて幾らでもいるけれど、この人からはそういうものを感じない。
髪色は俺に似た黒髪。
その下の目は、ヒョウガのそれよりかなり鋭い。
丁寧に揃えられている顎ひげも相まって、真面目で厳格そうな人に見える。
ぼうっとその顔を観察していると、立ち止まったその男性教師が口を開く。
「よく来た。金髪がフレン・グレイサー、白髪がシラヌイ ヒョウガ、赤髪がアンジュ・フレイシア。で、オッドアイがリーフ・フォリアとカノン・アルヴァ―トだな。ついてこい」
まさか、もう俺たちの顔と名前を憶えているのか。記憶力のいい人なんだろう。
「あの、よろしいでしょうか?」
「いいぞ、グレイサー。どうした」
「家名で……わたくしたちは、どこの科の所属になるのでしょうか?」
フレンが聞いたのは、船の中から俺たちが最も気になっていた話だ。
この人からも何も聞けないし、更にこの学生棟にそれを知れるものがない。
この学園には5つの学科があるが、その中のどこに所属なのか。
「まぁ、追々な。とりあえず、お前らが最後だから今から説明を行う。さ、この教室に入れ」
そう言って、ある教室の前で立ち止ってその扉を開く。中に入ると、俺たちと同じ色のネクタイをした生徒が6人、教室の席に座っている。
目隠しに、灰髪、三つ編みでガタイがいい金髪男。見るからに面白そうな生徒が集まっている。
けど、すこし気がかりなのがその人数だ。
入学するのは百五十人くらいで、それが5つの学科に分けられるとしても……ここには俺たち含め、たった十人しかいない。
「よし、フレイシアは廊下側の最前列。グレイサーは……」
彼の言葉を聞きながら、指定された席に座る。俺とカノンは、一番後ろの二つの席だった。
歩いていくと、俺の隣の席には黒髪の女子生徒が座っている。顔を見るに、ヒョウガと同じ極東の人だろう。
持っていた鞄を隣に置き、左隣の女生徒に会釈をして席に座る。
軽く頭を下げると、黒髪の彼女の足が一本少ないことに気づいた。
魔法使いにはよくあることだけれど……あまり見慣れたいものではないな。
全員座ったのを見て、さっきの暫定担任が話を始める。
「まず、自己紹介から。オレはアッシュ・アンビシアン。この学年の担任だ、よろしく。とくに専攻してる教科はないが、まあ魔法学全般は修めてるから何でも聞いてくれ。とりあえず、君たちがいま最も気になっているであろう、学科についての説明だが……」
そう言いながら、教室に備え付けられた時計を一度チラ見する。そのままため息をついて、俺たち全員を流し見る。
その表情は、無機質な瞳のわりに楽しそうに歪んでいた。
「それよりも更に大事な話題だ。君たちの、入学試験の続きについて」
「続き……?」
試験って、もう終わってるんじゃないのか?そんな俺の疑問を同じように周囲も感じたようで、教室の雰囲気が変わる。
表情が険しくなった俺たちを眺めながら、アッシュ先生は表情を変えず静かに話し続ける。
「君らは既に入学試験が終わり入学も決まっていると安心していただろうが、まったくそんなことはない。むしろ、ここからが試験の本番だ」
「マジか……⁈」
思わず、口から言葉がこぼれてしまう。
教室のみんなも同じようで、小さな教室の中がざわざわし始める。
「あらあら、面白いワネ」
「ね、楽しそ」
「僕なら、出来るだろう」
「わたくしは、こんなところでは……」
それぞれが思い思いに呟いている。
それでも半数以上がこれから起こることに対して、どこかワクワクしているような。
「なぜそんなことが」というような戸惑っているように見える人がいない。
これが、魔法使い。
息を飲んで、緩んでいた覚悟をもう一度引き締める。
「試験の概要を説明しよう。これからお前らは、11人で協力して自分たちにかけられた魔術の正体について探る。期間は1か月、不合格の場合、記憶処理の魔術をかけられこの島から永久追放される」
先生のその言葉に、クラス全体が静まり返る。
俺たちには、もう既に魔術がかけられている。
新しい情報が出されたが、まだまだ何もわからない。
それでも、目的を果たすため……そう思って、右隣のカノンを見る。
俺と逆の色のオッドアイを持つカノンと、目が合って小さく頷く。
「君たちの入る学科、ここはレヴェリア学園島の中でも特殊な才能を持つ奴らが集まった、「特殊科」。とりあえず一月、よろしくな」
絶対に、この学園島に入学してみせる。
俺たちの両親が殺された本当の理由を、知るために。




