9:内心、少し焦った
《……はい》
もう切ってやろうかと思うほどには長いコール音のあと、控えめな声が聞こえた。
「突然のお電話、申し訳ございません。わたくし、河中勇飛と申します」
《……かわなか、……? あっ、絆賀くんの》
「はい、いま元木絆賀の保護者をやらせていただいております。えっと、美雪さんから番号を伺いまして、ご連絡差し上げたのですが、赤城穂積さんの携帯でお間違いないでしょうか」
《あ、えっと、はい。赤城穂積です。すみません、本当なら、こちらからご連絡するべきだったのに》
知らない番号だったので、少し調べてしまいました。そう言う声と一緒に、周りの話し声もわずかに届く。
「もしかして、お取込み中ですか。あとで掛けなおしましょうか」
《いえっ、大丈夫です!》
「………では、とりあえずの報告だけ」
午前中に老婆と美雪に話した内容を、そのままもう一度伝える。彼女は、「わかりました、ありがとうございます」と安堵の混じった声で言った。
《本当に、ありがとうございます。ご存じの通り、義兄の実家はあんな感じなので、絆賀くんもお姉ちゃ……姉も、かなり窮屈な生活をしていたらしくって。あ、義兄は良い人だったんですよ⁉ あの人たちみたいな性格してたら、たった一人の肉親をホイホイあげたりしません!》
ややシスコンめいた発言だが、すでに両親を亡くしている身とすれば当たり前なのかもしれない。
《………言い訳に聞こえるかもしれないんですけど、これから忙しくなるので、絆賀くんのことも投げてしまって………自分が恥ずかしいです、情けない……》
「といいますと?」
《まだ学生なもので。来年には就職できそうなんですが》
なるほど。思ったより、歳の離れた姉妹だったらしい。
「いいえ。勉強しながらの慣れないことは体にも精神にも毒です。今はご自身のことを考えていてください。あ、でも、もしご都合が合うようでしたら、一度は絆賀に会ってやってくれませんか。葬儀でのこともあって、父方の親族に少し恐怖心ができてしまったようで」
《! それはもちろん、ぜひ!》
講義もアルバイトも就活も無い日をあとから連絡してもらうこととし、通話を切る。
「さて、あとは……」
時間的にもちょうどいい。いろいろと考えることは後にして、駅のほうへと足を向けた。
定刻通りの電車が駅から離れていくのを見送った。
「……?」
出てくる人混みの中から藍色のランドセルは無かった。
便を間違ったか、どこかでメモを落としたか。内心、少し焦った。
藍色のランドセルを降車客から見つけたのは、その二つあとの便だった。
「絆賀」
少し声を張って呼んでみると、ぱっと彼がこちらを向いた。その顔を俯けたまま、速足でこちらに来たかと思うと、そのまま足に頭を擦り付けてくる。
「……どうした、学校でなんか嫌なことでもあったか」
そう頭に手を当ててみるが、その子供は何も言わない。
「黙ってちゃ分からないだろ。聞かれたくないならそう言え。俺は、お前が思うほどお前に詳しくないんだ」
しばらくは口も開かないつもりのようだったので、しばらくスマホで暇をつぶす。え、あの漫画あと二話なんマジ?
「ゆーひさん」
「ん?」
きゅ、と、スーツのパンツにしわが寄った。
「ぼく、もう、『ふつうの子』にはなれないのかなぁ」
美雪のモデルになった漫画のキャラはいます。




